これはこれで、気まずい。
今しがた出会ったばかりの人間が二人きりでそんなに広くも無い書斎に閉じ込められるというのは。

調べた本と調べ終わった本を、何でもないような顔で区別しながら内心で溜息をつく。


・・・・・しかも何となくだけど観察されているような気がする。
観察、というか探られているような感覚。

私の腹は探られてもあんまり痛くないはずだが。


「・・・・・こっちは終わりましたよー、けどそれらしい本はどこにも・・・」


がちゃり。


「・・・・・・・。」


何でだろう、今ドアの鍵を閉めるような音がしたような気がする。
ぎ、ぎ、ぎ、と油のさしていない機械人形の動きで振り返れば、扉の前で後ろ手に鍵を閉め艶然と微笑む髭ダンテの顔。

いい加減に私も『髭ダンテ』以外の呼び名を考えた方がいいだろうか。
いや、そんな事を考えている場合じゃなくて!


「えー・・と、何で、鍵を、閉める、んですか?」

「アンタと1対1で話がしたくてね。ま、悪いようにはしないさ。」


ひらひらと手を振り、にこやかな笑顔を浮かべる彼は爽やか過ぎて気持ちが悪い。
ましてや一応この人とは本日会ったばかりの真っ赤な他人で、いきなり二人きりにされると不安にはなる。

ダンテと同じ人間なんだからまさか暴挙に及んだりはしないだろうが・・・


「話なら後でいくらでもできるでしょう、それこそあの二人が居ても。
 今はあの本を先に探した方がいいんじゃないんですか?」

「あの本ならもうとっくに見つけた。」

「・・・・・はぁ!?」


びっくりして普段使わないような酷い声が出た。
あんまり初対面の人間には聞かせたくなかったなぁ・・・・

髭ダンテの背中に隠れていた手の内を見ればなるほど、確かにあの本がある。
本の淵を彩る金の蔦薔薇の装飾には覚えがあるような気がした。


「いつから・・・」

「ここに来てすぐ。」

「早く言って下さいよ・・・私、馬鹿みたいじゃないですか。」

「悪いね、お譲さんの後姿に見とれていたのさ。」

「・・・・・・・。」


ああ、なんて胡散臭い。
しかし突っ込む気力も無く私は大げさな溜息を吐くに留める。

それにしてもあの二人がいないだけで不安だ。
本当に大丈夫なんだろうか、私は。


「で、私と何を話したいんですか?何であの二人が居るとまずいんですか?」


もし何か起こりそうになっても大声を出せば大丈夫。

そう判断し話を進める事にする。
未来のダンテと対峙する。


「・・・・そう身構えるなよ、言ったろ?悪いようにはしないって。」

「そういう悪役っぽい台詞を言うから警戒しちゃうんですよ。
 それにこっちに来てから警戒心は怠らないという事は学びました。」

「ふぅん?そういやは違う世界の人間なんだっけか?」


不躾な私の言葉にも動じることなくゆっくりと髭ダンテが近付いてくる。
そのままもっと近付くのかと思ったけれど、途中にあった適当な本の山にどっかりと腰を下ろした。

・・・・・バージルにこんな光景を見られたら間違いなく殺されるんじゃなかろうか。


「・・・・・・。」

「・・・・・・・。」


しぃんと静寂が舞い降りる。
私から話す事は特にないし、話したがっているはずの本人が黙っているのだから当然だが。

手持無沙汰に、本の持ち主からの報復が怖いので床に腰を下ろす。


「・・・・・昔を思い出したのさ。」

「昔?」


老いたダンテが微笑む。
過去を懐かしむように、思い出を味わうように。


「俺の居た未来にバージルはいない・・・・正確には、いなくなった。」

「え?いな・・・・いなくなった?」

「もっと具体的に言うと、俺が殺した。」

「??・・・・・ッ!!」


バージルが、いない?しかも正確には、殺した!?

あまりの衝撃的な言葉に思考が漂白される。


「ど、うして・・・・?」

「テメンニグルが沈んだ時、バージルも魔界に堕ちた。」


あの時、か・・・今となっては懐かしいと思えるのはバージルを引き留められたからだ。

確かにあれは大変だった。
今でも思い出すと背筋が寒くなる。


「・・・・こっちは落ちなかった。それが分かれ目だったんだ・・・・」


バージルをあの時引き留められたかどうか。
それが髭ダンテの世界と私が今いる世界とを隔てた。


「でも、どうして殺すことになったの?」

「数年後に再会した時、アイツは悪魔に操られてたのさ―――ご丁寧に偽装してまで。
 それを知らずに俺は斬った・・・・知ったのは同じアミュレットが床に転がってからだった。」

「そんな・・・嘘・・・・・」

「・・・・・。」


髭ダンテは答えない。
しかし無言の回答こそが雄弁に肯定を語っていた。
それにいくらなんでもこんなに達の悪い冗談を意味も無く言ったりしないだろう。

酷い、と消え入るような声で呟く。
それは決してこの人の事ではなく、運命が。

なんて残酷な運命なんだろう。


ダンテもバージルも何だかんだで仲が良い。
それはあの塔の中でも(今となってはだが)感じ取れた。
声には出さないけれど互いに信頼し合っているのは傍から見ていてもよくわかる。

それなのに二人はそうと知らずに戦い、殺し合った。
そして一方が勝ってしまった―――最悪の結末で。

そんな決闘は間違っている。
互いの感情だとか思いを無視して起こった戦いは間違っている。


「・・・・・そんな泣きそうな顔をするなよ、俺はにそんな顔をしてほしくてこんな事を話したんじゃない。」


言われなくても自分が今にも泣きそうな酷い顔をしていることくらい理解できる。
だからそんな顔を見られまいと、そして彼を悲しませまいと俯いた。

そんな無慈悲な未来も悲しかったけれど、なにより当事者だった彼が可哀そうだった。
気丈な顔で話すけれど、きっと内心では悲しみが強く渦を巻いているに違いない。


俯いた視線からは何も見えないが、あやすように頭を撫でられるのが分かった。

・・・・・そんな事をされると余計に涙腺が緩むんだけどな。


「じゃあ、何で話したんですか・・・・?そんな、辛いこと。」

「・・・・・・さあ?」

「へ?」


困ったように銀の頭をぽりぽりとかく。


「知っておいてほしかったのかも、な。向こうじゃこの事を知ってるのは俺だけだ。
 レディにもトリッシュにも話してない。」


トリッシュって誰だろう?聞いたことのない名前だ。
けれどレディと同列で語るって事はきっと信頼している人に違いない。


「アイツが・・バージルが生きていた事はもう、誰も知らない。
 だからこそに知っておいてほしかったのさ。」

「だからこそ私って・・・そりゃ何でまた・・・・・」

「いや、だってかなり愛されてるだろ。俺と、バージルに。」

「愛・・・・!!?」


突拍子もない言葉に思わず声が裏返る。
一瞬にして頬にかっと熱が上がるが数秒後に冷静になって冷却。

愛されてる、というの好かれているという事であって別にラブとかそういうのではない。
まぁ、それでも十分私にとっては嬉しい事実なんだけれど。
嫌われている、とはさすがに思ってはいないがやっぱり他人にこうはっきり言ってもらえると嬉しい。


「あっはっはっはっはっはだと嬉しいですね〜わーい誉められちゃったー」

「おいおい本気にしてないのか?人の話は聞くためにあるんだぜ?」

「いつも私の言葉を無視して危険にあえて飛び込んで行く人に言われたくないんですが。
 でもどうしてそう思ったんですか?いつも通り私をいじめ・・・いじってたと思いますけど。」


実際、時々だが二人の(特にバージル!!)良心の存在を疑う位に虐げられることもあるんですが。
それも愛情だと言い切るのであればもの凄いツンデレだ、いや分かってたけど。
でもデレはいつ来るんだ、デレは。萌 え る か !!


「うーん・・・もうちょっと、こう、優しくしてくれてもいいと思うんだけどなぁ・・」

「まだアイツらまだ青いからなー。」

「それってあなたが言うとすごい説得力。やっぱり年を取ってると違うね。」

「おいおい人を年寄りみたいに扱うのは勘弁してくれよ。俺はまだまだ若いつもりだぜ?」


それは確かに。
現在のダンテから明らかに年を取っているはずなのに肌はつやつやしてるし相変わらず逞しい。
・・・・・若さの秘訣は激しい運動?(悪魔退治とか。血筋も関係してそうだけど。

自分の将来の姿を想像して唸っていると、髭ダンテは何かを思いついたように悪戯っぽく笑った。
こういう顔をする時は十中八九こちらにも被害が及ぶ。
経験からくる避難勧告に少し身を引くが、少し遅かった。


「・・・・」

「はひ!?」


艶を含んだ低い声で名前を呼ばれれば、聞き慣れているはずの声でも硬直する。

ああああああああぁぁぁぁ私の馬鹿・・・!いや、でもこれに抗える人類なんて果たしているのか?
い な い に 決 ま っ て る 。

うわ、なんか変な汗までかいてきた!これって何汗!?


動揺と圧力で石像のように固まる私を見て、髭ダンテは肉食獣のような笑みを浮かべる。
悔しさでベルリンの壁を破壊したくなるほどの美貌がこちらに近付いた。


「え、ちょ、何をする気か分かりませんが本当に勘弁して下さい!?」

「キスの時は目を閉じるのが礼儀って知らないのか?」

「・・・・・・・・!?い、いやいや私日本人なのでそういうスキンシップはちょっと・・・」


お互いの息遣いが感じられるんじゃないかと思う位の近さでダンテが止まる。
そして背後を顧みずに、扉が蹴破られる音とともに飛んできた何かを掴む。
それは本だった、おそらくはこの部屋に転がっていたものだろう。


「セクハラは止めろおっさん、そういう事はお互いの同意の上でやった方がいいんじゃないか?」

「それを貴様が言うなと言いたいが同感だ。」

「ふ、二人とも・・・・」


無残にも蹴破られた(と思われる)扉を踏みつけながら鬼のような形相で双子がこちらを睨む。
この表情の壮絶さと言ったら、悪魔も裸足で逃げ出すに違いない。
もちろん悪魔でもない人間の私は魂が身体から逃げ出しそうです、わたし なにも わるいこと してない。

そんな状況にも構わず髭ダンテが可笑しそうに笑うのを見て、今更ながらからかわれたのだと分かる。
いや、うん、さすがにこう・・乙女心に響くものがありますね?


「ほらな、の事になると必死だろ?」

「それは嬉しいけど・・・扉・・・・・・」


ツボに入ったらしく、髭ダンテが腹を抱えそうな勢いで大爆笑している。
私は扉の修理費を考えて軽く泣きそうになりながら、それでも少しだけ幸せな気分に浸る。

―――が、からかわれたと分かった二人が何もしないはずがもちろんない。


「うへぇ!?」


頬のすぐ横を白銀の何かが滑るように動き、連動してバージルが迅雷と見間違う速さで斬り込み。
それを嘲笑するように髭ダンテが本をまき散らしながら立ち上がり、猫のように軽やかに窓へと移動する。

そして髭ダンテが誘うようにバージルに向けてちょいちょいと指を動かす。


「・・・・・。」


止める間もなく、瞬きした瞬間に二人の姿は消えていた。
遠くで金属同士の踊るような音が聞こえるから―――うん、きっと戦ってるんだろうなハハハ


「・・・・そういえば、ダンテは行かないの?」


部屋でぽつんと残されていたダンテに声をかける。
今までずっと未来のダンテと話していたから、いつもの彼が若返ったような錯覚がした。


「バージルが行ったしなぁ・・・それに、よく考えりゃ自分で自分を斬るなんて微妙だろ。
 ま、楽しそうではあるけどな。」

「何というか・・・私の周囲にまともな人間はいないのかしら?」

「『まとも』なんてつまらなくてモテない人間の言い訳だろ。
 安心しろよ、も『まとも』じゃないから。」

「それは真剣に困る・・・・」


本日何度目かの溜息とともに愚痴が零れる。
それに遅れて視線がさっき投げられたであろう青い装丁の本にぶつかった。

可哀そうなその本をぱんぱんと優しく叩いて埃を払う。


「駄目じゃない、ダンテ。ここにある本はバージルのなんだから、投げたの知られたら怒られるよ?」

「ん?ああ、それ投げたの俺じゃねーよ。バージルがやったんだ。」

「・・・・ええ!?嘘ぉッ!!?」


ぼとっと思わず本を落として慌てて拾う。

ここにある本はお父さんから引き継いだ大切な本のはずなのに。
それなのに投げるなどという雑な扱いをするなんて!

・・・・・・・・。


「なにニヤニヤしてんだ?。」

「いや〜、何でもないよ〜?それよりも買い物に行かないと。
 付き合ってくれる?ダンテ。」

「買い物?・・・・・そろそろ日も暮れそうなのに?」


ダンテの頬を夕暮れが朱に染める。
立ち上がり伸びをしながら私はそう、とダンテに続ける。


「一人分余計にご飯を用意しなきゃいけないからね。」

「ピザでも取りゃいいだろ、ピザ。」

「やだ。だって向こうのダンテはどうせピザばっかり食べてるんだろうから他のものも食べさせないと。」
 
 
面倒くさい、とぽりぽりと頭をかきながら去っていくダンテの背中を見送ってから、地面に視線を下ろす。
そこには今回の騒動の原因であろうあの赤い本がぽつんと落ちていた。


私はふと考える。

現在のダンテとバージルは私と彼との会話を聞いていたのだろうか。
聞いていて、だからこそあえてダンテは共に髭ダンテを追おうとはしなかったのだろうか。
数年ぶりの兄弟の邂逅というにはいささか物騒だが、この人達にしてみればそれが『まとも』なのだろう。


少し逡巡した後、私は本を見つかりにくそうな場所に紛れさせた。
すぐに別れるにはあまりにも惜しいと思ったから。


「・・・・・まずは呼び名を考えなきゃなぁ・・・」


いつまでも「髭ダンテ」と内心で呼ぶのもアレだし、何より現在のダンテと一緒にいる時にどうすればいいのかわからない。


下から聞こえるダンテの声に返事を返し、私は書斎を後にした





































→END
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あとがき。
『If』・・・もしも

木戸時雨様とれむ様のリクエストを参考にさせていただきました、ありがとうございます!
未来のダンテがこちらにやって来るという内容だったのですが、さすがに1と2と4のダンテを一度に集結させると、
それを文字で表すにはかなりのカオスになってしまうので4ダンテを一人だけ・・という事に。申し訳ない。
というか髭ダンテという呼び名もアレですよね・・・!!
他に良い呼び名があったら是非とも教えてくださいお願いします

3ダンテが空気になりかかってる、というか前作に引き続いてわりと空気・・・!
でもこれは同じ人間が同じ空間にいるので仕方がない気もしますが・・・・・すみません言い訳です単なる力不足です。

バージルが饒舌なのは、割と気に入った人間には遠慮なく毒を吐くんじゃないかなという超解釈のせいです。
興味のない人間にはそもそも何も喋らなさそう。

4ダンテが割と素直なのは年齢のせいです。
年くってる分あまりつまらない意地を張ったりはしません。
というかこの人まで意地を張ってたらあまり物語が進まない。
双子の被害者の相談役にもなってくれそう。

リクエストから長く時間を頂いてしまった上に無駄に長いですがご容赦を・・・!!
またこの3人で話をかけたら面白そうですね・・・ネタが浮かべば

それでは、10万打どうもありがとうございました!


2007年 8月12日執筆  八坂潤
 

 

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