「・・・・・・!!?」


いつものように朝刊を取りに出た時に、いつも通りでない事が起こった。


――――子供だ。

自分よりも何倍も小さい身体。
ふっくらした薔薇色の頬に小さな可愛らしい唇。
大きな青い瞳は何かを期待するようにきらきらと輝いている。


「あー・・・」

「・・・・・・・・・あー。」


自分の見間違いか、それとも宇宙の創造でも起きたのかと扉をそっと閉める。
そのまま何事も無かったかのようにしたいが、数秒迷ってからやはり再び扉を開ける。

当然ながらそこには数秒前と同じ光景が広がっていた。


「――――どうした、。早く新聞を・・・」


いつまでも戻ってこない私に業を煮やしてやってきたバージルの声が止まる。

彼の身長は高い。
だからきっと私の背中越しにこの異常事態を確認してしまったに違いない。


「何だ?この子供は。」

「さぁ・・・・扉を開けたらすぐそこにいたんだけど・・」

「放っておけ。しばらくすれば巣に戻る。」


踵を返して逃げ出そうとしたバージルの腕を、背後を確認せずにすぐさま掴む。


「――――逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ・・・・」

「逃げてはいない。」

「嘘つけ!思いっきり逃げ出そうとしてたくせに!!私だって逃げたいわーー!!
 っていうか巣って何?その言い方はさすがに酷くない!?」


歴戦の悪魔狩人でさえ逃げ出そうとするこの事態を私一人で何とかしろってのかコンチクショー!!

怒りのあまり叫んだ声は存外大きく、子供の体が怯えるようにびくりと揺れる。
まずいと思った時にはもうすでに遅く足元の小さな顔が見る見るうちに歪んでいく。

刹那。

核爆発でも起こったかのような子供の泣き声が周囲に轟く。
あまりの盛大な泣きっぷりに道行く人が何事かとこちらを振り返るのが気まずい、非常に気まずい。


「わわわわわわ・・・泣き止ませないとえーとどうしようどうやって!!?」


怒涛の展開におろおろとする私の肩に優しく手が置かれる。
振り返ればバージルの相変わらずの氷色の瞳と、閻魔刀の白銀の刃。

一瞬固まり、おもむろに奴の胸倉を掴む。


「・・・・・・・・・・えーと、バージルさん?何をするつもりですか?」

「要は黙らせればいいのだろう―――簡単だ。5秒でケリがつく。」

「ケ リ が つ い て た ま るか !ていうかつけんな!!」


バージルの殺意を察知したのかますます泣き出す赤ん坊。

いかん、このままでは非常にいけない気がする。
こういう時こそ私が冷静にならなければ!もちろんバージルとは違うベクトルで!!


おもむろに玄関の壁を思いっきり拳で殴りつける。

びりびりとした振動とじんじんする痛みで私の思考が急速に回復する。
霞がかった思考から曇天位の思考にまで冷静さを取り戻し、見よう見まねで小さな身体をそっと抱き上げる。


「おーよしよしよしよしよしよし・・・良い子だから頼むから泣きやんでくださいお願いします・・・!!」

「・・・・・家は大事にしろ、といつも言ってなかったか?」

「非常事態につき許可が出ました、私限定で。」


まだ何か言いたげなバージルを空気のように無視して目の前の問題に着手する。

生卵を扱う要領で優しく、そして繊細に細心の注意を払えば大丈夫!たぶん!!
この際に後ろの悪魔は全く役に立たなそうなので戦力外として計算する。

「泣きやめ泣きやめ泣きやめ」と念を込めながら左右に優しく揺らす。
幸い私の念が通じたのか子供はすぐに泣きやみ、再びすやすやと寝息を立て始めた。


「くっくっく・・・・ガキなんざチョろいもんよ・・・」

「貴様まだ混乱しているな。いい加減に正気に戻れ。」


すぱーん、と良い音を立てて頭に来た水平チョップに混乱どころか意識まで持っていかれそうになる。
しかしそこはなんとか堪え、腕の中の子供を見下ろす。


「いや、だって、混乱したくもなるでしょこの状況。神は私に何をしろっていうの!?」

「意外だな。貴様、神なんて信じているのか?」

「信じてないけど悪魔がいるんだから存在はするかもね。」


まぁ真剣に信じるのは自分がピンチな時だけだ、今みたいな。

バージルの眼が腕の中の子供を不思議そうに見つめている。
まるで得体のしれない生物を観察しているかのような目付きだ。


「・・・・子供を見たことがないの?」

「まさか。ただ、こんなに間近で見るのはあまりないがな。」


まぁ、この人の場合はこんなものだろう。
私だってそう頻繁に目撃しているわけでもない。


「念のために聞くが・・・・それは貴様の子供か?」

「まっさか〜。だって相手がいないもの。
 それにそこら辺で子供孕んで来るほど私は軽い女じゃないわよ。」

「――――そうだな、貴様はもっと運動したほうがいい。」

「そっちの軽いじゃないんだけど。え?何?殴ってもいいの?」


バージルの表情が心なしか和らいだ。

そりゃそうだ、いきなり同居人が何の前フリもなく子供を作って帰ってきたら驚くに決まっている。
そこら辺は彼も人並みの神経をお持ちのようで。なんとも救われる話だ。

初めの内はまだ羽毛布団のように柔らかそうな子供の心臓の為にモザイク処理が必要かと思ったが。


「それにしてもどうするかなこの子供・・・ここら辺は治安悪いから放置するわけにもいかないし。
 私のせいで悪魔が集まりやすい場所でもあるし・・・・」

「知らん。捨てておけ。」

「ここまでわかっておいてそれはさすがに人としてどうなのよ。」


私の非難を青い悪魔は鼻で笑う。


「俺は半分悪魔だが。」

「私は全部人間だわ。」


確かに私も関わらなかったことにしたいのは事実だ。
こんな漫画にでもありそうな展開を受け入れたくなんてない。

しかしうんそうしようと言って見捨てられるほど私は冷血じゃない訳で。

何か親の手がかりは無いかと周囲を見渡した瞬間、


「あ、ダンテ。」


家の中で珍しく驚いたような表情をする赤い悪魔を見つける。

・・・・・バージルといいダンテといい、危険の無い不測の事態にはさすがに弱いな、この人達。
戦闘とかだったらむしろその逆境を味方につける位の事はやってのけてそうだけど。


「お前・・・どうしたんだよその子供。
 まさかお前の子供?」


ダンテの指さす先は私の腕の中で眠る子供。
事情を説明しようと口を開くが、胸の内にほんの少しの悪戯心が芽生える。

いつも私がびっくりさせられてるんだから、たまにはダンテだってびっくりさせたい。


「うんその通り。私とバージルの子供。」

「貴様・・・・」


バージルが私の意図を察し呆れたように見るが気にしない。



「・・・・・なーんちゃって。実は家の前に置いてあった誰の子供なんだけどね。」



このフォローの言葉は果たして彼の耳に届いていたかどうか。

何故なら、言い終わった瞬間には彼の踵が防御したバージルの右腕に食い込んでいたから。
もっと分かりやすく言えばダンテの無言のバックドロップがバージルに受け止められているから。

耳が痛くなるほどの静寂。


『・・・・?』

「・・・・・・・・・・・・・・すみません出来心でした。」


――――嘘をつくのはよくない、と今更ながら思いました。





































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