『・・・・・・・・・・・。』


教団の廊下を歩く二人の足取りは鈍く、そして重い沈黙が圧し掛かっていた。

先頭を無言で歩く銀髪の少年の後を黒髪の女が小走りで続く。
女の方は何かを言おうと口を開こうとするのだが結局は雰囲気に呑まれて口を噤んでしまう。


(何をやっているんだ・・・俺は・・・・)


は悪くないというのに結局は八つ当たりの形で苦しませている。
教団の都合で攫われ、ダンテへの人質として連れて来られている彼女には何の咎もないというのに。


握りしめているキリエにプレゼントしていたネックレスが無力な自分を責めるように重い。
教皇の手から連れていたを守ることはできても、本当に助けたかったあの幼馴染を助けることはできなかった。

沸騰する怒りと共に忌々しい右腕を壁に叩きつけると、石造りの壁が紙細工のように吹っ飛ぶ。


(こんな力を持っておきながら結局あの時掴めたのはたったこれだけ―――・・・)


ここまでの破壊をしておきながらこの腕は痛むことがなく、むしろ更なる破壊を求めている。
何て無様で醜い腕だ。こんな腕ではもうキリエに触れることも、守ることもできない。

もう一度壁に叩きつけようとしていた手に誰かの手が添えられ手が止まる。
手の先を辿ると不安そうに瞳を揺るがせながらこっちを見据えると目があった。


「ネロ、あの、」

「――――うるさい。」


振り払おうとするが存外に強い力で掴まれていて剥がすことができない。
もちろん本気になれば造作もないことだがそんな事をすればこの華奢な人間の手は見るも無残な姿になってしまうだろう。

無言の押し問答が続き、の手が名残惜しげに離され顔が俯く。
その姿に胸を罪悪感の棘が刺したが、今はそれどころではない。

むこうを向こうとした瞬間、思いっきり胸倉を掴まれて顔を引き寄せられる。
不意を衝かれなすがままになる俺の身体をの鬼のような形相が迎え撃つ。


「いいから、聞け。」

「・・・・・・・・・・・。」


東洋系人種特有の黒い瞳には地獄の業火。

職業柄もっと恐ろしいものを見ているはずなのに、の威圧感に呑まれてしまう。
反論がないこちらの様子に彼女は満足そうな笑みを浮かべた。
そして今度は揺るぎのない真っ直ぐな目線で俺の目を射ぬいてくる。


「お願いだから失望しないで、ネロ。あんたがそうなったら誰がキリエさんを助けるの?」

「それは、」


沸騰していた怒りの感情に冷水のように正確な指摘が浴びせられる。
言葉に詰まる俺に対して、は胸倉から手を離して微笑んだ。


「大丈夫、キリエさんは助かるよ。私も手伝うから。」

「・・・・・」


力強い笑みを浮かべ意気込むように拳を握るだが、もちろん非戦闘員の彼女にできることなどたかが知れている。
けれどそれでも力を貸そうというのだ、彼女は―――危険だと重々承知しておきながら。


「手伝うって・・・何を?」


悪意からではなく自然とそんな言葉が口をついた。

の身体が見えない衝撃を受けたかのように揺らぎ、顎の下に手を当てて何やら考え事を始める。
眉を寄せながらぶつぶつと呟く唇の動きから判断するに何も考えていなかったらしい。悪いが間抜けである。


そんな可愛らしい動作に自然と口角が上がり、笑みのような表情を浮かべる。
傷を受けた心が癒されたわけではないが少し軽くなったような気がする。


「――――ありがとな、。」

「え?何が!?私結局なにができるのかわかってないんだけど・・・・」


感謝が予想外だと言わんばかりにの華奢な体が跳ねる。
気まずそうに視線を逸らしている辺り理由が本当にわかっていないらしい。

なんというか、抜けているが・・・こんな状況下でも変わらない彼女の気質に心が少し安らぐ。
憤怒で狭まっていた視界が急に開けたような錯覚に陥る。


(そうだ、俺はこんな事をしている場合じゃない。)


キリエのネックレスを懐に仕舞い込み、大きく息を吐く。

のおかげで先ほどよりも冷静なった頭にはただ一つ「キリエを助ける」という言葉のみだった。
強い意志は実力以上の力を引き出してくれる―――今ならきっと、大丈夫だ。


(にしても、変なヤツ・・・・)


隣で未だに首を捻るの姿をつま先からてっぺんまでまじまじと見つめる。

あの赤い男の同居人だというのに戦う力も術も一切持たず、知力も体力も何もかもが言ってみれば凡人そのもの。
けれど彼女は最強の悪魔狩人と呼ばれる男の隣で笑い、堂々と立っている。


初めは疑問でしかなかったが今では理由がなんとなく分かる気がする。
赤い男もきっとこの女にこうして助けられてきたのだ。武力ではなく、言葉で。
この一見無力な人間の言葉と助けがあるからこそ・・・・あの男はきっと最強の座を勝ち取ったのだ。


「さ、いつまでも考え事してると置いて行くぞ。」

「ちょっ、置いてかないで!?」


歩き出した俺の悪魔の手をの小さな手が掴む。
あまりに命知らずな行動に一瞬呼吸が途絶するが、今度は力を緩めて優しく握り返した。

――――は俺が教団の命令でダンテの元から攫ってきた人間だ。
(最初はダンテへの人質という理由だったが)今はこうして一緒に悩んだり共に行動してくれるのが不思議だった。
俺が命令を拒めば彼女はこんな目に遭わなかったかもしれないが、それでも恨み事を言うのは最初だけで後はこうして励ましてくれる。


いつかはあの男の手に返さなくてはならない人間だ。
口にしなくても彼女もダンテの元に帰ることを望んでいるだろう。

けれど・・・いつの間にかこの小さな手を離せなくなっている自分がいるのも確かだった。


「あのさ、さっきのことなんだけどさ・・・私にできる事ってあまり無いかもしれない!」

「わかってるよそんな事。は俺の後ろで大人しく隠れてろ。」

「そうじゃなくて、私にできる事はほとんど無いけれど・・・・でもダンテならきっと何とかしてくれるよ!」


の口から出たあの男の名に歩みを再開していた足が止まった。
いつの間にか俺達は教団員である自分ですら行ったことがない奥の方まで来ていた。


「アイツが・・・・」

「うん。まぁネロにとっては敵かもしれないけれどアイツああ見えてけっこー情には厚かったりするんだよ。」


その後もがつらつらとあの男への賛辞を語っていたようだがほとんど耳には入らない。
ピンチの時に咄嗟に出てくる名前、当然のように提示された名前、彼女の同居人の名前。

心が鎖で引き摺り下ろされるように重くなる。
けれどこれは先程のものとは別種のものだと自覚してしまった。

汚泥が煮えたぎる様な醜いこの感情、この名前は――――・・・


「事情を話せばダンテも助けてくれるだろうし、だいじょ・・・・」


最後まで言わせずの手を半ば引きずるような形で連れて歩く。
当然あがった抗議の声も無視、しようとした瞬間にそれは柱の影から騎士のように優雅に現れた。


「あ、噂をすればダンテ!」

「久しぶりだな、。こっち来てその可愛い顔をよく見せてくれ。」

「それ赤ずきんに出てくる狼の台詞だよ!気障すぎる!!」


の顔がへらりという擬音と共に破顔し、俺が見たこともないような安心しきった蕩けたような笑顔を見せた。

ダンテの元へ歩もうとするが、俺に手を掴まれたままなので当然先には進まない。
振り返った黒檀の瞳には純粋な疑問符。俺はどんな顔をしていただろうか。


「ネロ?」

「さっき俺の事を手伝うって言っただろ・・・・」


自分でもみっともないとは自覚している。
けれど沸騰する手前のようなこの思いは、更にの手を握る力を込めただけ。


「あだだだだだだだだ!もちろん手伝うよ!手伝うけれどダンテもいた方が、」

「要らない。」


の細い身体を引っ張って胸の中に閉じ込めると、花の甘い香りの錯覚がした。
相対するダンテの氷の瞳が氷点下の色へと変化する。俺もきっとそうだっただろう。


「アイツの助けなんか要らない。」


華奢な人間の身体が折れてしまわないように力を加減して自分の元へと更に抱き寄せる。
目を白黒させるの思考が完全に停止しているのが一目でわかった。

彼女を悲しませると知って尚、この手は離れない。離すことができなくなっていた。


「さえ・・・いればいい。」


もう片方の手で背中からレッドクイーンを引き抜き、ダンテの心臓に狙いを定める。
睨みつける俺に対して赤い男は目を細めてこちらを眺めた。


「なるほど、そういう事か。」

「へ?え?は?何が?ねえ何がなるほどなの?ちょっと、置いていかないで!展開に置いていかないで!!」


あまりに理解できない事態に涙目にすらなっているの身体をそっと突き飛ばし、部屋の外に出たのを確認する。
そしてあの右腕で天井を破壊し出入り口を強制的に封鎖した。
これでダンテも容易に向こうへは行けず、人間のには越えられるはずもない壁ができる。


「坊やもが気に入ったのか?まぁ、気持ちはわかるがアイツは俺のお姫様だ。諦めろ。」


通せんぼをするように先の通路へ繋がる道に赤い男が立っている。
無論、このまま通ればが奪われてしまうので倒すという前提は崩れない。


「・・・・・うるさい。お前を倒してと一緒にそこを通る。
 お前なんかの力を借りなくてもキリエは助ける。」


感情のままに、手はいつの間にか優美な柄の日本刀を握りしめる。
体の底から溢れる意志と力と本能は目の前にいる男を倒せと告げていた。


「その刀も持っていく気か?俺の兄貴のものなんだが。」

「ああ、もちろんだ―――俺にはこの力と、が必要だ。」


初めはただの人質だった彼女、けれどいつの間にかこんなにも必要としている。
ダンテに負けてこの力とを奪われる位なら、俺は負ける訳にはいかない・・・・


足が地を蹴り爆発的に加速、距離を詰めて気だるそうに剣を構えるダンテに襲いかかる。
その瞬間、一瞬だけ赤い男は寂しそうな―――恐らくここに来て初めて道化の表情を脱いで俺を見た。


「――――俺もだよ、坊や。」


悲鳴のように高く、劈くような金属音が辺りに響き―――死闘の開幕を告げる。





































→END?
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あとがき
あひる様のリクエスト(ネロ&ダンテ・フリーダム・連載夢主人公)ということで好き勝手に書かせていただきました。
リクエストしていただいたあひる様には最大限の感謝の意を。

一応前に書いた『Miniature garden of the glass』の続きっぽい話です。
ネロがチェリーボーイ希望だということで思春期を目指したのにこれはちょっと違う気が(ry
照れるネロを二人がかりで全力でからかい倒すとかそういう明るい話の方がよかったのかなとか(ry
あとダンテと3人の絡みを、という話だったのにダンテあまり出てないとか(ry

・・・・・・・こうやって列挙すると残念すぎる・・すみません。ちゃんとご期待に添えたでしょうか。


では、20万打どうもありがとうございましたー!!


2009年 11月22日執筆  八坂潤


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