「頼む、この通りだッ!!お願いだ・・・」

「何度言えば分かる?答えはNOだ。俺達はアンタの依頼を受けられない。」


恥も外聞もなく床に頭を擦りつけ、涎を撒き散らして頼み込む男に対して、秀麗な眉をひそめてダンテが冷やかに対応する。
バージルに至っては薄氷色の瞳を伏せて我関せずとでも言うように黙々と刀の手入れをしていた。

ダンテと男の前には高く積まれた札束の壁がそびえ立っている。
普段なら喉から手が生えるような状況だが、おそらくそれすらも双子の不興を煽るだけだろう。
あいにく他の人間ならいざ知らず、この二人はお金で心を動かされるような安い人達ではないのだ。だから扱いに困るんだろうけど。


「頼む、頼むよォ・・・アイツさえ死ねば、オレは、オレは・・・・・・」


上がる男のボルテージに対して二人のテンションは目に見えてどんどん下がっている。
その言葉に物陰から見守る私の顔も顰めてしまう。

そう、つまり先ほどからこの男が依頼している内容は殺人の依頼なのだ。
断片的な言葉を拾い集めて推理すると、相手はマフィアのボスで自分がのし上がるにはどうも邪魔らしい。
腕の立つ警護に守られているからこの界隈で最強の名を欲しいままにしているこの双子に暗殺の依頼に来た、らしいけど。

そもそもこの二人にこっそり相手を倒すなんてできるんだろうか。明らかに人選ミスだ。
ダンテなんて戦っている時は破壊音が絶えないし、バージルは正々堂々と戦いを挑むだろうから忍べないし。

まぁともかく、どういう訳か汚い仕事を双子の為に弾いているエンツォさんを通り抜けて直談判に来たらしい。
いかに憐憫を誘う姿でも事情が事情なので相手に同情することもない。
ただでさえ二人とも悪魔に関係しない仕事に対しては消極的なのだから。


「相手を殺りたきゃ勝手に一人でやれよ。それか他を当たれ。
 ともかく、ウチはこういうのは引き受けねえんだよ。バージルも何か言ってやれ。」

「―――帰れ。」

「・・・・だとさ。」


相変わらず何の感情も窺い知れない声でバージルが切り捨てる。
にべもない言葉に男が崩れ、放心したように力なく床に座り込んだ。
その時に私と目が合って睨み返され、思わず後ずさる。


ここまで二人が冷たい態度をとるのも訳がある。
初めてその話を聞いた時、その場にいた私が思わず猛反発したのだ。
確かに事務所の財政はよくないけれど、二人に殺人なんて汚い仕事を絶対にしてほしくないと男に言葉で噛み付いた。

その事もあって二人は頑として依頼を撥ねつけている、のだと思う。
二人の気遣いは嬉しい、けれど明らかに怒りの矛先は主に私に向けられた気がする。うう、背筋が寒い。


「・・・・・・・・・ッくそ!!」


男が舌打ち交じりに札束を引っ掴んで黒革の鞄に突っ込み、乱暴な足取りで踵を返す。
去り際に男が私に向かって「お前のせいだ」と呟いたけれど気が付かなかったふりをした。

壊れるんじゃないかと思うくらいに乱暴に玄関のドアが閉められて大きく息を吐いた。


「・・・・・・やっと行ったね。あーあ、こわかった・・・」


今までの経験上、この程度の修羅場に遭遇したのは初めてじゃないけれどやっぱり肝は冷える。

先程と変わらず椅子に腰かけ、デスクに長い脚を乗せたダンテはどこ吹く風だ。
バージルは刀の整備を終えてソファーに腰かけ長い睫毛を伏せて考えている様子だった。


「は相変わらずチキンだな。」

「いや、これが普通なんですけどね。」

「異常に半分以上も足突っ込んでるくせに何を今更言ってんだか。」

「うっ・・・・!!」


的確すぎる指摘に思わず息を詰まらせる。
確かに、今更になって元の日常で生きていけるとは思ってはいないけど!

ダンテのデスクに寄りかかって溜息をつく。頭の中を占めているのはさっきの男の人の事だ。


「あの人、絶対に私のこと恨んでるだろうな。」

「まぁ俺達も仕事を受けるつもりはハナからないが実質的にお前の言葉がきっかけに見えただろうな、向こうには。」

「やっぱり?うわー、うわー・・どうしよう、仕返しとかされたら・・・・・」


この家はダンテとバージルが居るから、はっきり言って核シェルター並みに安全だけどそれ以外のときに狙われたら。
買い物してる時とか、出かける時とか、二人が留守の時とか。

相変わらず何の戦闘技術も身に着けていない私は無力なまんまだ。
それに関しては前に二人とレディにはっきりと「戦いのセンスが全くない」と逆に驚かれて諦めた。
その時の事を思い出して軽く落ち込む。どうせ私は運動神経は一般人並みですよーだ。


「俺達の傍にいりゃ安全だろ。」

「それはそうなんだけどさ。」


デスクに頬杖をついて、余裕の笑みを浮かべるダンテを見上げる。相変わらずこの双子の顔は綺麗だ。
傑作の彫像のような美しい顔、銀糸に彩られた氷河の瞳も高い鼻梁も薔薇色の口唇も、何度見ても見惚れてしまう。
きっと世の女性達は二人の憂いを払うためなら何でもするのだろう。まるで世界の王様みたい。

手持ち無沙汰にアイボリーを弄る指先も整っていて、こんなに綺麗な指が悪魔を殺しているとは到底思えない。
だからせめてそれ以外の理由で汚れることがなければと考えてしまう。


「うん、でもやっぱりダンテとバージルは人殺しとかするの絶対に嫌だし、我慢する。
 あの人には悪いことしちゃうけれど二人にはそういうの、してほしくないし。」


ダンテもバージルも何も言わない。

たぶん二人とも――――あまり考えたくはないけれど人を殺したことくらい、きっとあるんだろう。
あまり過去を話さない二人だけど、居住まいでなんとなくそれは感じられる。
人間関係の血生臭い話を私の前で全くしないのは二人からの気遣いなんだと思う。

でも、できればこれからはそんな事してほしくない。
いくら私が怖い思いをすることになるからといっても、せめて私のせいで誰かが死ぬなんていうのはできるだけ避けたい。


「ん?あれ?バージルは?」


振り返ってもソファーに腰掛けていた青い優雅な悪魔はいつの間にやら姿を消していた。

目を離していたのはほんの数分だったのに、そのスキにどこかに行ってしまったらしい。
2、3日の付き合いじゃないからあまり驚かないけれど、ダンテに負けず劣らずフリーダムな人である。一言くらい残せばいいのに。


「ね、ダンテ。バージルがいなくなっちゃった。」

「さぁな・・・散歩にでも行ってんだろ。」

「あぁなるほど。」


時々、こういう不愉快な出来事があるとふらーっと出て行ってしまうことがある。
気分転換でもしてるんだろうか。この辺りは治安は悪いといえど彼にとっては何でもない。強いし、半分悪魔だし。


「それよりも今日何か作ってくれよ。腹が減った。」

「ん、いいよ。ホットケーキでも焼いてあげる。」


腹ペコの悪魔のために台所からホットケーキミックスを取り出して料理の準備をする。
すっかり脳裏からはバージルの行方の心配なんて消えていた。















「くそっ・・・くそっ・・・・くそっ・・・・・・」


大きな鞄を持った男が鞄をぶら提げてぶつぶつと爪を噛む。
最強の名を欲しいままにする双子の事務所の周囲には、その威光を恐れて誰も近寄らない。
その周辺の静かな路地裏で一人、焦点の合わない目で何かを呟く男の姿は異様だった。


「あの女のせいだ、あの女のせいだ、あの女のせいだ・・・・」


ここ最近ダンテの事務所に女が転がり込んできていたのは知っていた。
ただの情婦かと思っていたいたがとんでもない。あれはまるであの事務所の女帝のようなものだ。
最強と恐れられる双子にかしずかれ、あらゆるものから守られている。
懐にしまっていた銃を抜くスキすら与えられなかった。

ダンテはともかく、バージルはどんな汚い仕事も顔色変えず引き受ける男だと聞いたことはあった。
しかしヤツでさえあの女の言いなりになり、以前だったら引き受けていただろうこの仕事も断ってみせた。

もしあの女が命令すればあの双子は何でもやってのける。それこそ殺しも躊躇なく実行する。
人間の思いつく全てを実現する力を持っている化け物のような連中だ、世界掌握もできるかもしれない。
大袈裟でもなくあの平凡な女の手の平で世界は転がっている。本人は気付いていないが危険人物にも程がある。


「殺してやる・・・・」


この仕事の適役はあの双子以外に考えられない。俺の出世街道は闇に閉ざされた。

あの女が全てを変えてしまったのだ。
あの女のせいで、ヤツを殺してはもらえない。あんなゴミのような存在のせいで俺の未来は真っ暗だ!


「あのクソ女、犯して殺してやる・・・・・」


やり場のない怒りと胸を汚泥のような絶望感で視界が真っ赤に染まる。
正気を失った頭は思いつくかぎりの呪詛を吐き出し冷静な判断ができない。

もうこれから先に望む未来がないのなら、せめて世界に一矢報いて死んでやる。
この俺を袖にしたことを後悔させて許しを請わせてやる。


「・・・・・・・?」


足音がした気がして振り向くと、海のように青いコートを翻してバージルが立っていた。
完璧な造形の顔の中に氷の瞳だけが無感情にこちらを射抜いている。

先ほどの依頼を受けてくれるのかと一瞬だけ気分が高揚したが、この雰囲気はそうではない。
どちらの言葉もなくただ冷たい静寂が周囲に満ちていた。
背筋を伝う冷や汗に我に返り、緊張で膠着する舌をなんとか動かす。


「あん、た・・・どうして・・・・・」

「―――今、を殺すと言ったな。」


氷点下の処刑人の声が極大の恐怖を呼び、今度こそ背筋が凍った。
事務所にいた時と男の表情は何一つ変わっていないように見えるのに、明らかに表情筋の下の何かが変異していた。
例えばあの少女の前で装っていた穏やかさがない。チクショウ、こちらが本性か。

あまりの恐怖に答えられずにいたのをどう受け取ったのか、黒塗りの鞘から白銀の刀が抜かれる。
長年の勘が警報を鳴らしている、がもう間に合わないことも気付いていた。


「        」


男が何か呟いたが、次の瞬間には視界が真っ赤に染まり何も考えられなくなった。
涼やかな音が遠くに響き、用がないとでもいうように踵を返して進む男の影に狂気が見えた。


(ああ、これが死神ってやつか―――・・・)


死に行く意識で優雅な悪魔の背を追い、今度こそ魂は闇に包まれた。


















「――――今、帰った。」

「あ!バージル。あかえりなさい!!」


ドアの開く音がして、視線を寄越せば予想通りの青色。
いつもの青いコートを壁に掛けてダンテの向かい、私の隣に腰掛ける。

ダンテの目の前には苺ジャムと生クリームとフルーツで盛りつけ重ねられたホットケーキが鎮座している。
漫画みたいなケーキを作ってみたいと思ってはりきった自信作だ。
数分前から互いのフォークを突き立てぎりぎりと力比べをして数少ない陣地を奪い合っている。


「どこ行ってたの?急にいなくなったからびっくりしちゃった。散歩?」

「外の空気を吸っていた。」


そっかー、と聞き流しつつポットから紅茶を注いでバージルにコップを渡す。

当然のように角砂糖をいくつも落とす姿だけを見ると子供みたいだ。
指摘したらたぶん強烈な皮肉を言われるに決まっているので絶対に口にはしない。

今この空間に流れる時間はとても穏やかだ。
二人とも人間じゃなく半魔で最強の悪魔狩人だって事を忘れてしまうくらい。
こういう平和がずっと続けばいいのに、と柄にもなく少女めい願望を抱いてしまう。


「、おかわり。」

「はいはいちょっと待ってね・・・・」


紅茶を一気に飲み干して空になったコップをダンテの手から受け取る。
ポットの中にはもう紅茶は残っていないからお湯を沸かさなきゃならない。


「ダンテ、一時休戦よ。帰ってくるまでに全部なくなってたら泣くからね、私。
 あ、バージルの分も作ってあるからちょっと待っててね。」

「保証はできねえな。」

「バージル見張りよろしく。」


苦い顔をしてが立ち上がって台所まで歩いていく。
その後ろ姿を見送ってから、の側からは見えないバージルの頬を悪戯に指で擦りつけた。
不快を示す皺が深く刻まれてこちらを睨み、それに対しに聞こえないよう小声で指摘してやる。


「返り血が付いてるぜ、お兄様。」

「・・・・・・・・・・。」


見え隠れする狂気に似た愛情。
二人の揃いの瞳には彼女がいる時とは違った感情を覗かせる。


自らの頬の生クリームと苺ジャムの混ざった赤をバージルが長い指で擦り、舌で掬う。
白い頬にはもう惨劇の痕跡もなど微塵も残っていなかった。

望み通りの平穏のために血塗れの玉座に座っている独裁者であることを彼女は未だ知らない。





































→NO CONTINUE・・・
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あとがき
甘露様のリクエスト(双子夢・甘やかされる・怖い)を書かせていただきました!
リクエストしていただいた甘露様には最大限の感謝の意を。
特に細かい指定はありませんでしたか、なぜだろう。きっと甘やかすベクトルを間違えたと思うんだ・・・

VPの「まだ見ぬ夢魔に集いし闇」を聞いて考えました。
神曲が多いゲームです。ボス線の曲のイントロとか大好きすぎて床をゴロンゴロンしちゃう。

双子に人を殺してほしくないという主人公を守るために人を殺している、という矛盾を書きたかったんです。文章力が足りてませんが!
怖い系の話を書くのって初めてです。読むのは大好きなんですけどね!
実際に書いてみてオチの付け方、とかはすごく難しいなと感じました。
個人的にもっと開拓していきたいジャンルです。いつかは甘い系の話も書けるようになりたいですなぁ


では、20万打どうもありがとうございましたー!!


2010年 8月5日執筆  八坂潤


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