昼の、人の喧騒とは隔離された狭い世界の内側で。

昏い座敷牢の中に力なく横たわっているは萎れて折れた花を連想させた。
起きているはずだが小生達の存在に気付かないほど憔悴しきっている―――させられている姿は痛々しかった。
久し振りに見たその姿は明らかに衰弱していて、以前の健康的な面影など微塵もない。


「お前さん、本当にやるのか?」


答えずに刑部が首をしゃくり、溜め息をついて木製の頑丈な格子を鉄球で破壊した。
普段は煩わしいだけの枷も鉄塊もこうして武器として役に立つのだから複雑な気分だ。

派手な音を立てて牢が壊れてその内側に侵入する。
常ならない騒音に顔を上げたが、小生達の姿を見た瞬間に恐怖に目を見開いた。


「や、やだ・・・・ごめんなさい、やだ・・・・・・」


弱々しく首を振り、男に対して恐怖感を露わにするはまるで別人のようで、これは本当に同一人物なのかと疑いたくなる。
しかし触れるのも躊躇われるような怯えぶりに動けずにいると、刑部が強引に小さな身体を抱き寄せた。
涙を流して暴れるその口に刑部が薬をねじ込み、枯れ枝のような身体でを抑え込む。

しばらく暴れていたが、やがて麻酔が効いてきたように大人しくなると、包帯に包まれた細い手の平が黒髪を梳いた。
まるで親が子にそうするように、この男が見せたこともないような慈しみを孕んだ手付きに少し驚く。
そもそもこの状況は刑部が何よりも好む、他人の不幸は蜜の味というもので―――しかしほぼ見えない顔の下は確かに何かを悼んでいた。


「忘れやれ、。三成のことも―――我のことも、」


薬の作用で意識が途切れていくまで刑部はを抱き寄せていた。
今飲ませた丸薬は服用者の記憶を混濁させる特殊なものだという・・・・つまり、


「いいのかい?三成はともかく、お前さんの事まで忘れさせちまって。」

「どんなところから記憶に綻びが生まれるか分からぬゆえ、しかたなきことよ。」


しかたなきことよ、ともう一度誰かに言い聞かせるようにの髪を最後に名残惜しげに掬った。
そして小生にもたれかけるようにの身体を優しく預ける。
心の底からを想っているのだというしおらしい態度に、ついに皮肉が口をついて出ることはなかった。


「暗よ、早に行け―――三成が気付く前に。離れとはいえ、いつ気付かれるか分からぬ。」


を助ける代わりに小生が逃げるのを見逃す、という条件だった。

三成はを壊してからというもの、日に日に苛立ち城の人間は怯えるばかりだ。
このままでは東軍と戦う前に内部から崩壊してしまう、と刑部が言うがそれは些か言い訳めいて聞こえる。


「小生はを東軍の、あの権現のところへ連れて行けばいいんだな」

「そうよ―――花は陽の下でしか咲けぬゆえ。」


あの権現は小生の運気を吸い取るようであまり近寄りたくはないんだが、一度預けてしまえば小生は今度こそ自由の身だ。

よっと小さく声をあげての軽い身体を持ち運びやすい姿勢に変える。
その間も何かを振り切るように刑部はこちらを全く見ようとはしなかった。


「ま、小生としてはこんなとこから出られればいいんだがね。
 ついでにこの枷も外してくれるとより確実に逃げられるんだが?」

「今回の逃亡も保険にを連れ出すのも暗が1人で勝手に企てたこと。我は知らぬ存ぜぬ。」

「・・・・・へーへー悪いのは小生一人だよ。」


ひひっとあの胸糞悪い笑声を漏らし、ちっと微かに舌打ちする。
さすがにそこまではうまくいかないらしい、が、この城から出られるというなら妥協せざるをえない。


「しっかし、お前さんは小生がをどこかで捨てるとかは考えないのかね。」

「主はに恩がある。そうであろ?―――我が知らぬとは言わせぬ。」


あの事を知っているのか、と嘆息し秘密にすると自分から言っておいてバラしたのかとに視線を移す。
しかしあの時のは何かを隠している様子は無かったから違う、となんとなく思った。

女の足首から伸びる、小生のものとは違う白く細い鎖を力任せに千切り(自分の手枷もこう上手く行けばいいものを)座敷牢から出る。


「じゃあな、刑部。もう二度と会わない事を祈ってやるよ。」

「それはこちらの台詞よ、主の顔をこれから見ずに済むと思うとまこと晴れやかな気分よ。
 さあ、三成が駄々をこねる前に早にを連れて行け。」

「――――小生には、お前さんがと離れたくないと駄々をこねてるように見えるがね。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・、」


小生の反論によく回るはずの刑部の舌は沈黙を保ったままだった。







































→月下奇人 
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あとがき。
「大谷さんの反応が気になる」というコメントをいただいたので蛇足。
私は大谷さんに夢を見過ぎなんだと思います。
っていうか私SIRENネタ好き過ぎじゃね?あ、はい大好きですまじ墓まで持っていきたいゲームの一つですはい。
けれど志村のうざ子救出ステージと高遠先生の学校脱出ステージはまじで二度とやらね!

とりあえず考えたのは、
・ヒロインはその日から毎晩銀髪の男の首を絞めて殺す夢を見る。
(輪郭ははっきりしないので誰か分からない・相手が何か言っているけれど水の中に沈めているから聞こえない)

・自分を拾ってくれた官兵衛にすごくなつく
(恋愛感情ではない・三成の秀吉に対するそれほどではないけれど慕う)

・記憶を失った理由が理由だけに手を出せずに苦しむ家康
(家康のことも覚えてない・自分のせいで記憶が戻るのを恐れて安易に近寄れない)

・三成に官兵衛が殺されかかるのを身体を張って止める
(官兵衛を殺さない・手枷の鍵を求めて三成の小姓に再びなる)

・官兵衛を無条件で慕うヒロインに対して三成が苛立つ
(それはかつてヒロインが秀吉達に対して抱いた醜い感情・知らなかったもの)

・せっかく逃がしたのに戻ってきたヒロインに対して複雑な感情を持つ大谷
(ちなみにヒロインは三成のことはガチで嫌いだが大谷さんは何故かそうでもないと感じている)

・いつしかヒロインに情が湧いてしまう官兵衛
(恋愛感情じゃないけれど、親のような気分になってしまう・捨てられなくなる)

・未来人ならではの奇行もあるが官兵衛は未来人だと気付かない
(刑部の薬のせいで記憶が混乱しているせいだろうと勘違い)

まで考えました。タイトルは「月下奇人」イヤッホオオォォォウまじで私しか萌えないウッホウッホ

個人的な萌えポイントは「第三者の視点で自分を見つめ直させられて(秀吉を慕う自分=官兵衛を慕うヒロインという図)苦しむ三成」です。
だからヒロインがかつて感じた嫉妬や執着といった醜い感情を、美しいだけだった三成の心から引きずり出されるという…
それでヒロインのことを憎々しく思うのに、けれどそれだけじゃない何かもあって、ウッホウッホ
ヒロイン=三成が今まで考えもしなかった人間の醜悪さ、それに含まれる人間らしさを与えるパンドラの箱。
そしてその最後には希望が残って―――るといいのに

こんな連載を読みたいので誰か書いてください。私はたぶんモチベーションが続かないので無理です。
でも夢の中で三成を殺すとか滾るんですけど私だけですか、西軍の捕虜になってだんだん顔がはっきりしてくるとかいいよね!
記憶が完全に戻った時に三成を夢の中でそうしたように殺そうとしてそれに対する三成の反応とか考えるとウッホウッホ

家康のことにちょろっと触れたけど小田原に移住でもいいかもしれない。
辿り着く前に怒り狂った三成に捕まってしまうっていうね、ウッホウッホ
風魔と北条に甘やかされるなんて考えるだけでウッホウッホ!


知らないはずなのに三成と「夢の中で逢った、ような・・・」気がして、
官兵衛が長年苦しめられてきた手枷をどうにかできるかもしれないと思ったら「それはとっても嬉しいなって」、
初めから鬱を全面に出しておけば苦情なんて「もう何も怖くない」と予防線を張って、
三成とヒロインが許しあえる「奇跡も、魔法もあるんだよ」って、
けれど三成はヒロインを壊したのは当然の報いで自分は悪くないと「後悔なんて、あるわけない」と言い聞かせて、
官兵衛を無条件で慕うヒロインの姿に「こんなの絶対おかしいよ」と思ってもそれは秀吉を盲目に慕う自分に全て跳ね返ってきて、
そしてしがらみだとか矜持だとかを乗り越えて三成が「本当の気持ちと向き合えますか?」という ハ ー ト フ ル 話 。


そんな素敵な物語だったら、よかったのになぁ。
あ、別にヒロインが魔法少女になったりはしません。

WATASIHA HOMUHOMUHA DESU !!
・・・・あとがきなげーむしろあとがきが本編。

 
2011年 2月16日執筆  八坂潤

 
 
 
 
 
 

 
 

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