「あ、三成さま見付けた!」


刀の鍛錬をしていたのかもしれない。
軽く汗を白い頬に垂らしながら、刀を提げて木陰で休む三成さまを発見する。

家康さまが天下を統一する平和な世の中。
今は真夏の快晴。雲ひとつない見本のような天気。
こんなクソ熱くて平和なのに鍛錬だなんて今の僕には理解できない。いやたぶんこれからも。


「か。」


いつもは涼しげな目許もさすがに暑そうに眇められている。
だからこんな日に鍛錬するなんて今の僕には理解できないと何度言わせれば。アンインストール。

しかし汗のせいで細いくせに無駄に鍛えられた無駄のない半身を惜しげもなく晒されていることに赤面してしまう。
加えて三成さまは冗談のように美しい顔立ちをしている。きっと私が今までに見たどんな人よりもこの人は綺麗だ。
幽霊のように白い肢体と真夏の熱気というのはなんとなくミスマッチで非現実的。

まぁ真夏のせいだと言えば顔色は誤魔化せるだろうが、その、あんまり無防備にその身体を晒さないでください。こっちが恥ずかしいです。

こ、これだから鍛えている男の自信は!!(八つ当たり


「えーと、三成さま、ちょうどよかった運動した後ならお腹も空いてるでしょう。
 実はこういうものを頂いたので、元親さまからあなたにも渡して来いと。」

「元親が・・・・」


ごそごそと包みを解いてその中身を三成さまに晒す。

赤黒くて細い塊。干し肉。ビーフジャーキー。
いや、ビーフジャーキーと評したがあのズボラ海賊には「何の肉だか分からねえ!まっ食えるだろ!!」と言われたので牛かは不明。
いいのか、それで一国の主がそんなんでいいのか。三成さまほど几帳面過ぎるのはどうかと思うけどその逆すぎるのもまずいだろう。

なんでこっちの人は両極端、いや濃いキャラの人が多いんだろう・・・でもそれくらいじゃないと国主なんて無理なのかもしれない。
証拠に私にはそんな大役できない自信すらある。なんていったって普通だから。


「えーと、なんでもこの間、三成さまが兵糧のチェックをした時の消費期限的にやばいのが色々あったでしょう。
 今みんなで兵糧の在庫処分セールやってるそうですよー・・・・いや、売ってる訳じゃないんだからセールは違うか。」

「元親・・・にそんなものを渡したのか。」

「全くですよー。私は別にお腹そこまで弱くないから多少の痛みは大丈夫ですけども。
 三成さまとか大丈夫なんですかコレ、一応持ってきましたけど。
 あ、味ならイケますよ。まだお腹も壊してないのでたぶん大丈夫です。」

「・・・・・・・・・・・。」


味見させてもらったのだが、まぁ未来と違ってそこまで味が濃いわけじゃなかったけどなかなかいける。
元親さまはこれで宴会でも開くかとかノリノリだったけど、マジでその思考はおっさんだと思う。

色素の薄い瞳が何かを言いたそうに細められ、溜息になって言葉がどこかの空へ溶けていく。
今あからさまに言葉を飲み込んだようだったけどまぁ別にいいか。


「で、三成さまどうしますか。食べませんか?せっかくですし。」

「・・・・動物の身は胃がもたれるから好きじゃない。」

「へ?動物?」


ぷいと端正な顔をそ向けられてしまい、一瞬言葉の意味が理解できずにきょとんとしてしまう。

どうぶつ、動物?牛とか鳥とか豚とか魚とかを含めた、動物?
冗談でしょうと言いかけてそんな訳ないとかぶりを振る。この人はそんなキャラじゃない。


「え、ええー・・・何ですかそれ。修行でもしてるんですか。」


でも思えばあんまり肉を食ってるイメージってないなこの人。
というかそもそも何も口にしていないような印象。それはここのところ大分落ち着いたけど。

それにしてもくそ、コレがリアル草食系男子ってやつか。霞しか食わないのか。繊細すぎる。
性格は思いっきり獰猛な肉食獣のくせになんていうギャップだ。


(いや、肉食なのに草ばっかり食べて胃に合わないから吐いてるような、イメージ。
 それは緩慢な自殺だと思うけど、でもきっとそれすらも気付いていない。)


色々と思うところはあるが飲み込んで目伏せる。
この分だとお菓子の家の甘い誘惑にも引っ掛からないだろう。ヘンゼルは私の方だったか。


「もったいない・・・」


しかしそう言われてしまえば仕方がなく、三成さまが腰を下ろす隣に私も座る。
そして干し肉を齧り、もっちょもっちょと塩と肉の絶妙でもないハーモニーを味わう。コレ塩分きつい。
でもやっぱり肉はうまいと思ってしまう。はい、雑食系女子です。


「三成さまって未だに、食に関する興味がない、ですね。
 その分だと三大欲求も、枯れて、そう。」

「食べるのと喋るのを同時に行おうとするな。行儀が悪い。」

「だって、これ、固い・・」


三成さまが呆れたように息を吐き、整った指先でさりげなく私の口端の涎をぬぐう。
内心どきどきしながら「ありがとう」と何でもないように返答してみた。ああやっぱりこの人のこと好きだなぁ。

何度も歯を動かしてやっとごくりと干し肉を嚥下する。おいしいけど固すぎる。未来のものよりもずっと噛みにくい。


「。三大欲求とは何だ?」

「んん、ああ三大欲求はですね・・食欲、睡眠欲、それと・・・ええと、性欲。
 人間の最も大きい欲望のこと、だったような・・・」


最後の欲求を言うのはさすがに照れがあったので再び肉を咀嚼する作業に戻る。
三成さまはその綺麗な顔で何かを思案するように顎に細い指をあてて黙ってしまった。

美形はほんとどんな図でも絵になるなぁと眺めていると、ふいにその顔が近付いてきて私の唇と重なる。
さらりとした銀髪が頬を撫で、睫毛と睫毛が触れ合いそうな程近く、何が起こったのか分からなくて固まった。
石のようになってしまった私に構うのか構わないのか、舌が密やかに入ってきたのを理解した瞬間に何かが爆発した。

しばらく意識が飛んでから、きっとアルバムに載れる位の間抜けな顔をしている私からやっとあの顔が離れる。
本人は顔色一つ変えていないがこっちは控えめに言って七変化だ。いや何を言ってるか分からないけど!


「ちょっ、おま・・・今の流れ、え?何でなんです?」

「―――やはり動物の身は好きじゃない。」


顔を顰め、どうやらそれが予想した意味でないことに少しほっとしながらもずりずりと木の幹まで後退する。
そして言葉の意味と口の中の違和感を理解するのに一拍要してから、干し肉を奪われたのだと気付く。

それもご丁寧に私が一生懸命に柔らかくしたものを。舌で、攫った。口映し。


「う、わ・・・・わわ・・・えっと、」

「は私に食欲がないと言ったが、私にも食べたいものくらいはある。」

「ふ、普通に続けた!?」


現在進行形で距離をとりつつある私の腕を掴み、ぐいと強引に抱き寄せる。
ほんっと肉がないくせに、私よりも断然に細いくせに、この馬鹿力はどこから湧いてくるんだ!!

まだ硬直がとれない私を自分の胸元に抱き寄せて足の間に置く。
そして背後からしなだれかかるようにして、やっと満足したような息を吐いた。
まるで鼠が猫の口の中で遊ばされているようだとは、ちょっと適切すぎて冗談に思えなかった、


「私が胃袋に収めたいものがあるとすれば、それはだ。」

「ブホォッ!!!!え、ええ?まぁ、そりゃ脂と肉はのってるって、え、マジ?」


っていうかこの人が言うと洒落になんねえなマジで。

言葉の真意を図ろうと目を白黒させる私に焦れたのか、再び吐息が顔にかかる。
何をされるのかと思ったら一瞬だけ片目が桃色に覆われて妙な感触に鳥肌が立つ。

眼球を、なぞられた?まるで飴玉のように。

やばい、これは、どっちの意味だ?この人は私を、どうしたい?


「み、つなりさま・・・冗談はもっと、面白く、やる、ものです、よ?」

「冗談なものか。」


少しむっとしたように今度は耳を焼き菓子をつまむように齧られる。
全くの未知の感覚に今度は総毛立つ。不快感なのか、それ以外の何かなのか、今の僕には理解できない(三回目


「『食べてしまいたいくらい好き』という言葉が世の中にはあるのだろう。元親が言っていた。」

「・・・・・・・・・・・。」


あ の 海 賊 、余 計 な こ と を 教 え や が っ て 。
いつか殺す。のは無理だから何か別の方法を考えておく。しかし殺す。

それよりも今は、この状況を打開せねば!すっげリアルに怖いんですけどもこれ・・・!!


「み、つなりさまのそれは、食欲、ですか?それとも性欲、ですか?」


これまでにない位に混乱してついそんな言葉が口を出てからリアルに勢いよく頭を抱える。

そんなのどっちでも困るにきまってるッ!いや、後者の方がいいですけも!!
あ、いや私がエロい人とかそういうのではなくて、ええと、ああもう元親今すぐ爆発しろ!!!


「―――分からん。今まで、秀吉様達以外の他人を欲しいと思ったことはないからな。」

「・・・・・・・・・・・。」


幾分か冷静さを取り戻した、いや、いつもと変わらない声色と口調に少し緊張が解れる。
しかし今度は手を持ち上げられて白い歯がゆるく指に立てられるのを間近で見てしまい、再び何かが突破しそうになった。
奇しくも左手の薬指にうっすらと赤い痕が指輪のように残る。


「そ、れってまさか、食欲と性欲の見分けがつかない。とか言わないよね?
 カニバリズムとかマゾヒストとか、マジかんべん・・・普通に愛してくださいよ・・・」

「カニバ・・・?普通の愛し方とは?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


半兵衛様、もうちょっと三成さまの情操教育なんとかしとけよ。

ああいや別にあの人が親っていう訳じゃないのは分かってる。
そこまでするんならもうオシメも換えてる勢いですねハッハ―、というかなんというか。

でも絶対にこの人の情緒の教育を怠ったであろう天国か地獄にいる軍師を私は心の底から恨んだ。
軍事とか政治のことばかり詰め込まれて育ったこの人は、きっとそんな当たり前のことさえも、


「私の前で私の事以外のものを考えるな。」

「いぃっ!!!!?」


少し感傷に浸ろうとした私の首筋に感じた、がりりという擬音でも聞こえてきそうな痛み。
肌に当たる濡れた感触、微かな息、絹のような手触りの髪、それはきっと。

まるで主菜を口に運ぶように首を少しきつめに噛まれた。
羞恥心だか痛さだか、それと言葉にはしたくない何かでもう限界を通り過ぎていた心が涅槃を通り過ぎて、やっぱり死にたい。


「い、今少し本気で・・・だ、大体動物の肉は嫌いなんでしょ?人間だって、動物だもん!!」

「―――なら話が別、いや別腹なのか。」

「くそ、うまいこと言いやがって、食べ物の話だけに!!」


でもこの程度のお茶目(?)が言えるんだからちょっとは変わることができたのか。
そして変えることができた原因に少しでも私が携われていたのなら、それはとても嬉しい。


「のことは髪一本まで余すことなく喰ってやる。」

「・・・・・・・・腹壊しますよ。」


視界に入る赤い指輪。私の傷んだ黒髪を掬い愛おしげに薄い唇を寄せる。
どきどきするよりもそのまま食べられてしまうのではとひやひやしたけどそんな事はないようで安心した。


(しかしさっきのって喜ぶべきなのか、それとも逃げるべきだったのか・・・)


ううん、と悩み始めて再び我にかえる。
それこそ悩むまでもない。普通だったら逃げるべきだろう。
あんなツンデレだかヤンデレだか判断できないような言葉なんて怖すぎる。


『私が胃袋に収めたいものがあるとすれば、それはだ。』


でも、


『―――分からん。今まで、秀吉様達以外の他人を欲しいと思ったことはないからな。』


嬉しさを感じてしまったのは、事実。


(・・・・・・・・・私ってマジで毒されてんなぁ・・・・)


自分の性癖がすっかり信じられなくなって海よりも深い溜息をついてしまう。

もうすっかりマイノリィに毒されているというのに、今更メジャーを語る資格はないか。
普通の愛し方なんて、どんなものが普通だったのか私まで分からなくなっているんだから。


そんなことをつらつらと考えていて、不機嫌になった三成さまに今度は林檎の代わりに頬を齧られるのは数秒後のこと。







































→ごちそうさま
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あとがき。
桜花様のリクエスト(三成の「肉は体に合わない」科白ネタ)でした!リクエストありがとうございました!!

サイトのトップで呟いてたうわ言のようなネタだったのですが、まさかこうして反応が返ってくるとは・・・
ちなみに元ネタはおとめ妖怪ざくろのざくろの台詞だったりします。
あともののけ姫を見る度にやりたいと思ってたネタ。

「食べちゃいたいくらい好き」っていうんで拒食症の三成においしく頂かれる(脚色なし)のを考えましたがさすがに頭が沸きすぎでした。
個人的にカニバリズムネタといえば歪みの国のアリスです。アレは大体BAD落ちの方が好きだった・・・僕のアリスEDたまらん。

毎度恒例の関係ないあとがき。今やってるゲームはグリムグリモアです。
どんなに相性最悪でも!!コストが!時間が!かかっても!ドラゴン召喚を!やめないッ!!
あとシャルトリューズ先生はお願いですからそのまま素顔を晒さないでくださいお願いします。
美形だろうが醜面だろうがどっちでもいいので。素顔が分からないのが個人的には賢者の石よりも重要です。

では、30万打どうもありがとうございました!


2011年 8月7日執筆
(C)八坂潤


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