相手からの返事を待つ前に押し入れの襖を閉める。
そしてそのまま襖をこじ開けようとする手に必死に抵抗した。


「貴様、何のつもりだ・・・・?」

「なーんちゃってウッソー!人間そんな気分になることもありますよ、ね?
 何でもないんで三成さまは部屋に戻って下さいマジ何でもないんで!」


とにかく今は、今だけは三成さまに会いたくない。
戦う前から失恋したばかりの相手にうまく誤魔化せる自信がない。
明日からなら大丈夫だから、どうか今日だけは一人にしてほしい。

半ば祈るように襖を押さえる手が軽くなり、ほっと息を吐いた瞬間に再び光が差し込んできた。
今まで掴んでいた戸はばらばらになって崩れて、涼やかな鞘鳴りの音が静かな部屋に響く。
さっきよりも恐い顔をした三成さまが携えていた刀をぞんざいに後ろへ放った―――そうか、戸を斬ったのか。

岩戸がこじ開けられ、より奥へ逃げようとする私を三成さまが素早い身のこなしで自身も中に侵入する。
狭い押し入れの世界で私と三成さまが対峙した。冷静になるとシュールな図だろうがそんな余裕はない。


「私に隠し事をするとはいい度胸だな、。」

「顔が近い顔が近い顔が近い離れて下さいまじで今はちょっと駄目なので!」


せめて表情だけは悟られまいと顔を背けるが長い指で捕らえられる。
今の顔きっと不細工だから見られたくないのに、


「何を隠した?言え!!」

「いや、ほんと大したことじゃないんでいや私にとっては大問題だけど三成さまには関係ないっていうか!?」


嘘だけど。
当事者だけど。
関係大アリだけど。


「貴様・・・私を裏切るつもりかッ!?」

「ちげーよバカ何でそうなるんだよバカ!首締まる首締まるまじで首締まってるから!!」


ぎりぎりと胸倉を掴まれ締め付けられる。
あれ、私まじで何でこの人に惚れたんだっけ?

正直少し愛が揺らぎました。でも揺らいだだけで、消えてはくれない。


「な、何でそんなに機嫌悪いの!?さっき部屋を飛び出したから?ごめんごめんなさいすいませんでした!!」

「何故先ほどから私と目を合わせない?―――それが気に食わない。」

「子供か!!」


あ、やばいこれ本当に息ができない死ぬ。
惚れた相手に窒息死させられる甘い意味じゃなくてリアルに!!

三成さまの白い手に爪を立てるがびくともしない。
酸素の足りない脳味噌で懸命に言い訳を考えようとするが浮かばない、こんな時に限って。回れ私の舌!回れ私の脳味噌!!

でも結局は秘策なんて閃かずに余裕を奪われて真実を吐き出してしまう。


「私三成さまが好きです!だからそれを知られたくなくて逃げましたごめんなさい!!」

「――――――、」


装飾ではなくリアルに時が止まった。

三成さまの表情を見たくなくて目をきつく閉じて天を仰いだ。
きっとありえねえとか理解不能とかそんな表情をしているに決まってるんだ・・・さっきのまま窒息死してた方が幸せだったかも。

ついさっき絶対に告白しないと決めたのに、いやコレ告白というか吐かされたというか、尋問だったから告白で正解か?
頼むから私に突然タイムリープの能力が目覚めるとかそういうご都合展開、今なら許すから、神様ひとつお願いします。


「だから、裏切りとかじゃないで、首、締めないで下さい、苦しい、れす・・・」

「なら何故先ほどの私の申し出を断った?」

「そ、そりゃあ三成さま私のこと好きじゃないのに軽々しく結婚とか、すごく腹が立つ!」


頬を熱い涙が伝うのを感じて力任せに胸倉の手を振り払い、ぎゅっと両膝を抱えてうずくまる。
涙なんて見られたくない、大体何で私が泣かなきゃいけないんだ、さっさとどっかに行きやがれ。

ふっと自分の身体が浮いたと思ったら地面に乱暴に投げ出されていた。
もふっという感触の、布団の上に無様に這いつくばって目を白黒させる。遠くに三成さまの刀が落ちているのが見えた。


「いった・・・・・!ちょ、何して、わ!?」


両肩を無遠慮に掴まれて布団に押さえつけられる。
固まる私の上を三成さまが平然と跨り、冷たい美貌が私を見下ろしていた。

あれ私押し倒されてるちょっと意味わかんないです超次元展開すぎて理解不能です。

きっと間抜けな表情をしてる私を鼻で笑われて、腹立たしさに我に帰った。


「・・・・三成さま何してくれんですかどいて下さい。」

「愛してやるからじっとしていろ。」

「はあ!?何言って――――ッぅ!」


あの美しい顔が私の首をはみ、ちりりという感触に身体が跳ねた。
超展開に脳味噌がどろどろにとろけそうで、このまま私もとろとろに溶けてしまいたい。

突っぱねようと抵抗していた手がいつの間にか三成さまの着物を力なく掴んでいる。
長い指が私の唇を扇情的になぞりやっと意味を理解し、頭の中がぼおっと霞がかった。


(・・・・あれ、もうこのまま抱かれてもいいんじゃないの?こんな機会きっと二度とないよ?)


でも、三成さまは私のこと好きじゃないのに?


「いや、だ・・・・やだやだやだやだ!やめろ離せふざけんな!!」


咄嗟に白い指を思いっきり噛んで、再び手に力を込めて男にしてはたぶん軽い身体を懸命に押しのける。
あっさりと三成さまが引き、残念なんだが嬉しいんだかよく分からない感情にまた泣きそうになった。


「何故邪魔をする?愛が欲しいんだろう。」

「ふざけんなそんな安い愛なんていらねー!私がその程度で満足すると思ってんのか、なめんな!!禿散らかせ!!」


さすがにむっとしたようで、唾液で光る指で私の低い鼻を摘む。今度は別の意味で涙が出そうだ。
しかし私を見下ろす三成さまの表情が、いつもの不機嫌さだけじゃない何かをはらんでる気がして息が止まった。


「だい、たい!普段は私のことを貧相だの何だの散々に言ってるくせによくこんな、
 それに貴様呼ばわりしてるくせに、動物みたいな扱いしてくるくせに、」

「なら私は何をすればいい。抱いてやればとりあえず満足するのだろう。」

「満足しない。全然まったく圧倒的に嬉しくない。
 むしろ三成さまのことが嫌いになるのでやめて下さい。」


はあ、はあ、と滲む視界の向こう側で三成様が訝しげに眉を潜めたのが分かった。
ッほんっとに乙女心もクソも分からない男ですね、本当にどうもありがとうございます。


「―――私、あなたのこと嫌いになりたくないです。」


なけなしの勇気でぎろりと睨むと、三成さまがようやく身体をどけて私の近くに腰を下ろした。
こちらに背を向けているからその表情も心境も窺い知ることはできない。


「・・・・三成さまは私のことを考える余裕なんてないでしょう。
 いつだって頭の中は秀吉さま半兵衛さま、今は家康さまを倒すことで頭がいっぱいだし。」


三成さまの沈黙は肯定。
自分の言葉で心が刺さり、無音で血を垂れ流すのを感じた。


「なんていうか・・お願いだから忘れて下さい、三成さま。
 大丈夫です私だって子供じゃないんだから自分の立場くらい弁えてるし元の時代に帰れば上手に忘れられますからだから、」

「―――――、」


再び三成さまが視界を埋めて、今度はいつの間にか持っていた刀を抜いていて息が止まった。
ゆっくりと姿を現す刀身を見るのを初めて冷静な気持ちで見つめていた。


(さっき死にたいとか思ってたしうっかり告白しちゃったしこれから先は見えないし、
 好きな人の手で殺されるってのもいいのかも、しれない。)


鏡のように磨き上げられた凶器は持ち主同様に美しくて、そこに自分が映っているのを何となく目が離せずにいる。
酷く穏やかな表情をする私に対して、三成さまは苦虫を噛んだような苦渋の表情を浮かべているのが不思議だった。

首筋に押し当てられる冷たさと微かな痛みに身体がびくりと反応したが、今度は抵抗しなかった。


「何故、逃げない。」

「―――――、」


何となく答えるのが億劫で、黙って目を閉じた。ああ相当に頭が恥と失意で毒されているらしい。
ぎりりという歯軋りの音が聞こえて首への圧迫感が消えた。いよいよか。

三成さまの着物を強く掴んでその瞬間に備えるが、代わりに口に柔らかい感触がして目を開けた
鋼色の髪が新雪の頬が整った鼻梁が切れ長の金剛石のような瞳が、濡れた薔薇色の口唇が私に注がれている。
びっくりして口をぽかんと開けてしまった隙間から、ぬるりと舌が侵入して別の生き物のように動く。
歯列をなぞり口腔を撫で、最後に私の舌を絡めて丹念に深く口付ける。


「ん・・・・っ、ぅ・・・・」


唾液が口の端から零れやっと解放されて、止まっていた酸素補給を荒い息で再開する。
零れた唾液を当然のように三成さまの舌が攫い、私の唇を濡らして離れていった。

今、何されたよ、自分、え?


「貴様の言う愛は何だ。」


耳元に口を寄せられ、言葉を発する度に僅かにかかる息に身体が跳ねる。
きっと顔同様に茹で蛸のように真っ赤な耳を真珠の歯が食み、また変な声が漏れそうになるのを両手で口を抑えてこらえた。

しかし鬱陶しそうに払われすぐさま私よりも細い腕に両腕を地面に押さえつけられる。


「貴様は私に何を求めている。」

「・・・・・・・・・・・・・・何でそんなこと聞くんですか。」


三成様が一瞬だけ目を見開いた後、私の鼻を思いっきり抓み(いてえ!)憮然とした表情でどこかへ立ち去ってしまう。
私はしばらくそのままの体勢で呆然とした後にやっと頭が少しずつ回り始めた。


(さっきの質問は、一応は譲歩、なのか?)


あの暴君が私の頼みを聞く姿勢を見せるなんて。
しかしそうだとしたらさっきの質問に何かしらの答えを返していたら、どうなっていたのだろう。


(ああそういえば、結局向こうの返事を聞いていなかったなぁ)


仰向けの状態からごろんとうつ伏せの状態に移行すると視線の先には三成さまの刀が転がっている。
秀吉様から賜ったのだという愛刀を忘れて、一体どこへ、


「―――あ。」


先程の質問の意図とこの行動を深読みしたところに微かな希望が見えた気がして、私はまた布団の上で呆然とした。








































→鯉
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
あとがき。
だが断る。

悠里様のリクエスト(「メルト」の続編ネタ)でした!リクエストありがとうございました!!

消化不良!といわれてしまえばそれまでなのですが、でも三成が敵討ちの最中に恋愛にうつつを抜かす姿も嫌だなぁと思ったので。
あともっと欝な感じにしちゃうぜうひょー恋心フルボッコだぜ的な展開にしたいと思ったけど「やめたげてよう!」と言われました。

嘘です昔の書きかけの文章が見つかったので。

欝と言えばフェイトゼロのウェイバーちゃんが可愛くて可愛くて、でも脚本家にあの御方の名前が。
ウェイバーちゃんとライダーが本当に可愛いです。本当に可愛いです。本当に可愛いです。ウェイバーちゃんぺろぺろ。
雁夜のおじさんの余命よりもウェイバーちゃんが少しでも報われる最期を迎えられるか気になるばかりです。

えっ何で死ぬ前提なのかって・・・ほら、奇跡も、魔法も、ないんだよ。

では、30万打どうもありがとうございました!

 
2011年 10月10日執筆 八坂潤
inserted by FC2 system