透ける様な銀糸にふっくらした白磁の頬。 理知的な眉と、どうやら目つきが悪いのは子供の頃かららしい鋼玉。 年不相応に凛とした雰囲気は成長後は更に研ぎ澄まされて凶器レベルになるのだが、まあそれはいい。 結論から言えば、三成さまは子供時代から文句なしの美少年でした。 「三成さまマジ天使ッ・・・!三成さまほんと天使ッ・・・・!!」 誰に命じられたわけでもなく自然と身体は地面を這い、図らずも相手を崇めるような形になっている。 床に伏せて運動もしていないのにぜえぜえと息を切らせる私に周囲はひいているようだ。 馬鹿だなぁ今の私の顔を正面から見るほうが酷いというのに!神配慮だというのに!! 「、お、落ち着け・・・ブフッ。」 どうどうと背中を軽く叩く元親さまの声も、しかしいつもの覇気はなく笑いを堪えるのに必死なのが丸分かりだ。 そして唐突に背中を踏まれ、バッと勢いよく顔を上げると案の定そこには不機嫌そうな三成さま。 だが今の彼は青年ではなく少年と呼んだ方がいいだろう。 踏まれた痛みは体重の違いからか平生のものに比べればとるにも足らない。 「――――。私がちぢんだのがそんなに面白いか。」 「いや、面白くなんてないよ!可愛いなとは思ってるけど!!」 「きさま・・・ざんめつしてくれる!!」 私の言葉に頭に血を昇らせた三成さまは愛用の武器に手を伸ばす。 しかし小学校低学年程度にまで若返ってしまった今の彼にはそれは重過ぎる。 苦心して鞘から抜いたはいいものの、振り切ることができずに刀は地べたに力なく落ちた。 自分でも何が分かったか分からないという表情の三成さまは、理解するとかっと顔に朱がのぼる。 その一連の可愛らしい動作に、もう耐えられないと言わんばかりに巨体が床を転がった。笑いすぎである。 「はー・・・やめとけやめとけ、今のお前さんには、重いだろ。」 ひいひい笑いながら白い小さな手から難なく鞘を奪うと、落ちていた刀をぱちりと収めて手近な戸棚の上に置く。 それが三成さまの届かない距離だと分かると噴き出しそうになったがさすがに二度目は外道だろう。 「・・・・で、三成さま。真面目な話どうするんですか。 もしかして黒ずくめの男達の怪しい取引現場を目撃して目が覚めたら身体が縮んでいた、っていうオチじゃないでしょう?」 「いやに具体的だな。そういう話を聞いたことあんのか?」 「いんや別に。こっちの話なので気にしないでください。 でも本当に何か心当たりとかないんですか?」 「・・・・・・・・・ゆめの、なかで。」 三成さまが記憶を辿る様にまだ幼い顔を顰める。 薔薇色の唇が口を開き、躊躇うように閉じるを数回か繰り返した後に苦々しげに吐き出した。 「黒いふくをきた大男が、あいのしれんをさずけるだの、なんだのと・・・」 「えー、でもさすがに夢は関係ないでしょう・・・・ん?元親さまどうかしましたか?」 「・・・・・・・・・・・俺、そいつ心当たりがあるわ・・・」 はああああああ、とこの豪快な海賊にしては珍しく陰鬱そうに溜息を吐く。 天を仰いで虚空を見上げる様からは、よくわからないがこの世の辛酸を嘗め尽くした男の顔をしていた。 「本当かもとちか!そいつは・・・」 「あー、今はここにゃいねえよ。散々こっちに迷惑をかけた挙句、ありったけの金を持って南蛮の自分の国に逃げちまった。 しかし、そうだな・・・ヤツだったらお前さんのその珍妙な出来事にも、まあ納得はいくな・・・」 「えっなにそれこわい。何者なのその人。」 確かにこっちは割りと何でもアリなファンタジーに片足を突っ込んでいる感はあるが、しかし。 その住人にここまで言わせるなんて相手は一体何者だろう。 私も知っているような有名な偉人や聖人だったら、若干嫌だなぁ・・・・。 浮かしかけた腰を下ろし、三成さまは目を伏せる。 なってしまった経緯はともかく、本人はたまったもんじゃないだろう。 「とりあえず・・・そうだな、俺はアイツが住んでたところを当たってみるわ。」 「もとちか、私も」 「駄目だ。三成、お前はここで待っていた方がいい。その分じゃ刀も持てないだろう?」 「ッ・・・・・」 まあこの俺を信じろって、と彼は豪快に笑うと三成さまの頭をぐしゃぐしゃに撫でてからどこかへ行ってしまった。 三成さまは何かにはっとしたようにその場に立ち尽くしていたが、こんな状況になれば当然だろう。 「愛の試練・・ねえ。」 そう聞いて「そういえばこの手の呪いは王女のキスで何とかなるよなぁ」と思ったがこの場に王女はいないので飲み込んでおいた。 数日後、未だ三成さまは子供の姿のままだ。 もともと言動は成熟していたものの、精神的な面では癇癪もちの子供のようなきらいがあったから今は年相応とも言える。 元親さまは早速、例の手掛かりとやらをあたってくれたようだけれど効果は全く現れなかった。 私は正直、一日もすれば治るオチかなぁと思っていたので他人事ながら少し焦る。 いや、全くの他人ではないですけど。一応は恋仲ですけども(でも世間一般の甘ったるいそれとはまるで違う 「三成さまは、子供になってしまってもやる事はいつも通りなんですね。」 私が頬杖をついて眺めてる視線の先には、勤勉に机に向かい一心不乱に筆を走らせる小さな背中があった。 縮んでしまったといっても頭まで退行した訳ではないと、いつも通り執務をしている。 こんな状況なんだし少しは子供らしく肩の力を抜いてもいいと思ったが・・ああでもきっと彼はずっと昔からこうなんだろう。 クソがつくほどに真面目で、子供らしく外で遊ぶ様子なんてこの姿になっても連想できない。 きっと捧げてきたのだ。 自分の子供時代から、全てを―――あの覇王の為にと。 ・・・・・あ、今なんかもやっとした。 「当然だ。私がしごとをほうっていいはずがないだろう。」 「元親さまも気にしなくてもいいって言ってくれたのに、真面目だなぁ。」 苦笑しながら、小さな手が筆を置くタイミングを背後から息を潜めて伺う。 そしてその瞬間が訪れた時、私は背後からがばっとその小さな身体を腕の中に収めた。 いつも自分からこうするのは恥ずかしくてできないけれど相手が子供の姿だからできてしまう不思議。 ぎゅうと隙間なく抱き寄せればいつもよりも少し柔らかくてずっと小さい。 「ッなにを・・・!!」 「まあまあ、ふへへ、三成さまは子供になっても相変わらず身体が冷たいですね。」 その細い矮躯を閉じ込めてしまえば、しばらくは暴れていたがさすがにまだ力は私の方が上だ。向こうもすぐに諦めてくれた。 ・・・・ついでにいえばこっちは大人気なんてとっくに売り飛ばして渾身の力で抑え込んでいたからね! 膝の上に向かい合わせになるように座らせて、その柔らかい髪を指で梳く。 表情こそは相変わらず不機嫌そうだが嫌ではないようでおとなしくされるがままだ。 何だか普段と逆だと思うと面白い、もっと子供らしく甘やかしてみたいと笑みがこぼれた。 「・・・・まだ子供から戻れないっていうのに、三成さまはそこまで悲愴な感じは、ないですね。 不安だったり悲しかったり辛かったりするのなら、そうと言ってくれてもいいんですよ。」 「――――べつに、この体に不足はない。 いぜんだったら刀をにぎれなくなるのはかんがえられないようなことだったが、もう私にはたたかうりゆうがない。」 「・・・・・そうですか。」 それは、家康さまを倒す理由がないからだということだろうか。 だからといって、それだけが全てのように語られるのは腑に落ちない点もあるが。この人はそういう人だ。まだ仕方ない。 でも、考えようによってはこの体になってしまったのは、もしかしたら今まで三成さまが手にいれようとしなかったものを。 普通だったら与えられるべきものを、取り戻せるチャンスなのかもしれないと、勝手にポジティブに考えてしまう。 「・・・・・もし、もしもこのまま戻れなくても、私、三成さまの近くにいますからね。 きっと三成さまが元の年齢に戻る頃には私はおばさんになってしまっているけれど。」 ―――仮に、三成さまが身体ではなく心と記憶まで子供の頃に戻っていたら今頃どうなっていただろう。 いつ出会ったのかは聞いていないけれど、もしその後であったのならきっと彼は聞いただろう。 ひでよしさまはどこにいらっしゃるのか。 はんべえさまはどこにいらっしゃるのか。 ぎょうぶはどこにいるのか。 それをもし聞かれたら、私には返す答えがない。 この人にとってはその三人が全てで、世界だったのだから―――もう全て失われてしまった、などとは。 「・・・ただ、この体は小さすぎる。」 小さくてまだ柔らかい手が私の目尻に優しく触れる。 その色素の薄い瞳に年不相応な真摯な色を宿しているのにはっとした。 ああ、もしかして私は泣きそうになっていたんだろうか。 「この体でを守ることができるのか、それだけが私には気がかりだ。」 「・・・・・・へっ?私?」 「私が守るべき人間など、他にだれがいる?もとちかは自分の身は守れるだろう。」 ふん、と鼻を鳴らしてそして小さな手が私の頭を薄い胸板に押し付ける。 仕草だけは甘えるようなそれだが、でも雰囲気は騎士が忠誠を捧げるように厳か。 そしてここで名前を出して、守ると言ってくれるのは―――私もまた彼の世界の一部になれたということ。 「私がこの体になってまっさきにおそろしいとかんじたのは、を守れないことだ。 他のことなんてどうとでもなる。けれど、こればかりはゆずるつもりはない。」 「三成さま・・・」 じん、と心が震えるような言葉に目頭が熱くなって、一拍遅れて頬が熱くなってくる。 見た目は変わってしまったというのに、中身だけはこうも変わらないとは。 「だから、まっていろ。私がふたたび強くなるまで。」 待つ、という言葉にここ数日で感じていた不安が首をもたげる。 このまま元に戻れなかったら、三成さまとはその分の年が離れたまま時を重ねることになる。 ―――でもその間にこの人が心変わりをしてしまわないか。 否、三成さまの性格上は決して私を見捨てたりはしないだろう。 けれど、だといってもう一度与えられたやり直すチャンスを、過去の私に縛られるようにしていいんだろうか。 私なんかでは見せて上げられないような輝かしい可能性が、他の誰かは持っているんじゃないだろうか。 相手を慮ってしまうばかりに、ずっと一緒にいたいと言うことができない。 いっそ我侭になってしまえば楽なのに、ああどうして私はこの人を愛してやまないのだ。 「・・・・私、その時には、おばさんになってますっては。 だからきっと、他の若くて可愛い子の方がいいにきまって、きっとこれからそういう人が、」 「―――何を言っている。」 ぐい、と顔を上げさせられて小さな額と額とを合わせさせられた。 真剣さを通り越して怒りさえ感じさせるほどに強い眼差しが私に注がれる。 視界一杯に広がる端正な幼い顔はそれだけでも心を揺さぶられる心地になった。 その身に余るような激情が、全て私に捧げられているのだと感じるとぞくりと体の芯が震える。 「なんども同じことを言わせるな。私はがいい。」 「・・・・三成さま、」 「以外には考えたこともない。」 だからも私のことだけを考えていろ、と続けた後に間髪入れずに唇が合わせられる。 目を閉じて少しかさついた感触がした、と思った瞬間に途端に膝の上が重くなった。 驚いて瞳を開くとそこには元に戻った三成さまの姿があった。本人もこれには驚いたようで目を瞬かせている。 険のある目付きだけど端正な顔、硬質な髪、肩幅から長い足まで、たった数日なのに久しく見ていなかったように感じた。 「・・・・まじで?」 「王子の呪いは王女のキスで解かれる」というお約束パターンが頭を過ぎったが、この人は優しい王子様という柄ではない。 そもそもの問題は私が王女ではないという大きな事実があるのだが、ああでもそうか。 御伽噺には王女様が多いから失念していたけれど、それよりも大きな大前提があるのだった。 それは、真に愛する人間であれば身分なんて関係ないのだと。 ―――ああ、私はこの人を、 「・・・・わ、私もさっきはあんなん言ったけれど三成さまのこと好きだし! おばさんになったからとか、他に好きな人ができた、とか言われたらどうしようかとか!・・・へぶ!?」 「私がその程度の些事でを諦めるものか!それに心変わりなど、くだらない。」 「いだだだだだだだだだだ!!!!」 長い指がぎりぎりと私の鼻を抓み、その痛みに我ながら情けない悲鳴が漏れる。 先程までの可愛らしい非力さはどこへやら、万力のように容赦なく込められる力は冗談ではなく本気で痛い。 「っていうか重い!軽いんだろうけど私には重いから早く降りて!!」 「・・・のほうから抱き上げただろう。今更何を、」 「やだー!顔近いし恥ずかしいし!!くっそ爆発する!爆発してやる!!!」 「なっ私を置いて死ぬつもりか!そんなことは、断じて許さない!!」 「ちげーよ!ああーーーーーーーーーーーーもうめんどくさっ!これだから!三成さまは!これだから!!」 その後もぎゃあぎゃあと三成さまは私の膝の上を占領し、騒ぎを聞きつけた元親さまに引き剥がされ、 私もしばらくはさっきまでの甘い雰囲気などかなぐりすてて歯を剥いて威嚇していたけれど。 「―――どうやら待たせる必要はなくなったようだな。」 その一言ですっかり毒気を抜けれてしまうなんて、私も大概だ。 →カエルちゃん王子様を救う ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- あとがき。 桐様のリクエスト(三成が記憶ありで幼児化して甘える話)でした!リクエストありがとうございました!! 幼児、というほど若返っていない件とさほど甘えてもいない件について・・・グハッ(吐血 あとツイッターで三成が好きですって言ってもらえて嬉しかったのでリプ通り踏んでおいたよ!別に必要はなかったんだけどね!! 着地点が二転、三転するはめになって結局は若干シリアスに落ち着くといういつもの展開でした。 これでもきっと、私の書いた作品の中では甘いほう、なんだ、ぜ・・・! 甘いのとか書くのが苦手すぎてずっとペルソナ4の濃厚なホモ祭りを垂れ流して中和してました。 おいスタッフ・・おい、これ、スタッフ・・・・!!くっそBD買ってやるから安心してもっとやれ!!! 今月給料でバサラ3宴買うんだ!と言い続けてラプラスたんの厳選作業をして数日。 スカイアローブリッジも誰ともぶつからない長い直線を見つけて2V・相当優秀・控えめがボックスに溢れる中。 賢者タイムに陥りかかっているのでバサラ3宴のここはよかったぜ!っていうのがあったら教えてくだしあ。 事前情報は三成が松永に地べたに這わせられた挙句に足でぐりぐりするということしか仕入れてない。 ほ、ほんとに・・・!ほんとうにそんなんやってくれるんです・・・・!?///////(ハアハア ピングドラムがあと6話くらい?でこの毎週わけがわからなくてもやもやするのがなくなってしまうと思うと若干さびしい。 相手を慮ってしまうばかりに我侭を言えないっていうのは、ガーネットの三成に対しての皮肉です。 でもこの場合に問題なのは愛の深さ、浅さという量のことではなく。 では、30万打どうもありがとうございました! 2011年 11月19日執筆 八坂潤