「とか何とか言っちゃってまさか本当に来ちゃうとわね・・・・」


さむっと夜の寒さに震えながら両手で身体を抱き締めるようにして屋根の上に危なげに立っていた。
初めて命綱なしで体験する目も眩むような高さは、それだけで気絶できそうだ。

元の服に着替えて、苦労して屋根の上に登って・・・はみたもののこの期に及んで躊躇してしまう。

吉継さまにはきちんと別れを告げてきた。けれど三成には何も言っていない。
もし私がいなくなったと知ったらあの男は少しでも動揺してくれるだろうか?・・・寂しがってくれるだろうか?


(って何考えてんの・・・アイツがそんな繊細な事するわけないし、まるで気にかけてもらいたいみたい。)


彼氏を試すちょっと小悪魔気分な乙女か、私は。あほか。

はぁっと自分の息を両手に吹き掛けて僅かな暖をとる。
満月はすっかり昇りきっていて、絶好のチャンスだと私に告げていた。


(もし、もしも少しでも気にしてくれたら、ちょっと嬉しいかな・・・)


そう思ってはっとする。何今の桃色思考。
ちょ、ちょっと待って、え?まさか私、三成のこと気になってたとかそういうオチ?え?まっさかー?

背筋を気持ちの悪い冷や汗がどっと伝う。


「ま、待て待て待て待て待て待て・・・・状況を整理しようか・・・?」


私、三成、吉継様も呆れるほどの犬猿の仲。オーケイ。
なんだかんだで私、三成を、放っておけない。死にそうでイコール死なせたくない。オ、オーケイ?
そして今私は、三成に、心配されたがっている。自分の事を少しでも気にかけてもらいたがっている?い、いえーす・・・


(そうか、私、なんだかんだ言って三成のことを少し、少し好きだったのか。)


まぁ気付いても今更なんですけどね。
相手は愛しの秀吉様と半兵衛様しか視界に入っていないんだから。
しかしなんつー濃くて趣味の悪い男にちょっとときめいたりしたんだ、一度こういうのにときめくともう後が物足りないんだ、やだやだ。

しかも相手が全く私のことを気にかけてないし、気にかけるというか嫌われてるし。
いや、それでもすぐさま斬滅してないところあたり心底嫌われてはいないと自惚れたいけれど、でも。


(それなら尚更、帰らなきゃ。
 どうせ一緒にいても付き合うなんてできないし、三成いつ死ぬか分からないし、心労を増やすだけだし、)


まだ自覚したばかりの恋もどきだ。
ずっと、もうこれから会うことがないと思えば多少辛くてもきっと忘れられる。

でも、うん、せめて最後に顔だけでも見ておけばよかったかもしれない。


「三成、私がいなくてもご飯食べますように・・・」


ぽつりと呟いて、頭を振って乙女回路をシャットダウンする。
夢の中でそうしたように助走をとるため、距離をとろうと後ろを振り返った瞬間、凍りついた。

私しかいないはずの屋根の上に人影が立っている。
星と月の光だけが頼りの世界でもなお視認できる銀髪の長身の男―――三成がこちらに顔を向けて立っている。
せっかく会えたというのに美麗な顔は伏せられていてよく分からない、けれどあれは絶対に三成だ、私が顔を見間違うはずがない。


「え・・・みつ、なり?」

「貴様―――」


ぎょろり、と擬音付きで三成が見たこともない般若の表情で私を睨む。
さっき自覚したあわーい恋心が一瞬で委縮したのを感じた。いや、まさに神のようなタイミングだが、こんなんでときめけるかっ!超こえーよ!!

い、いや落ち着け。ビークールだ、ビィーーーーーークゥーーーーーーーールッ!!
あれは、間違いなくブチ切れてる表情だ、完璧に怒ってらっしゃる。しかしなぜ?


「私がそこに行くまで動くな―――落ちたくなければな。」

「え?ま、待った!ちょっストップタンマ!!
 も、もしかして私が何の考えもなしに猿みたいに屋根に登って、降りられなくなったとかそういう風に見えてるの?」


闇の中で銀髪がこくりと動くのを感じた。マジかよ私ってそんなに馬鹿に見られてるのか。
好きかもしれない相手にそんな解釈をされるのは、ちょっと、というか大分かなり切ない。


「いや、違うよ!?私そこまで馬鹿じゃないからねっ!!?
 私、これから元の時代に帰れるのかも、しれないの!そのためにちゃんと考えて登ったの!!」

「元の時代に、帰る――――だと?」


地を這うような不機嫌さを凝固させた声。
一瞬だけ虚をつかれたように相手の身体が揺らいだ気がした。

予定通り綺麗にさよならすることもできそうにないが、まぁ仕方ない。
最後までという人間は阿呆で騒がしい人間だったと三成の脳みそに刻まれるだろう。いや、覚えていてもらえるだけでも幸せか?


「ここから勢いよく跳び下りれば、私、元の時代に帰れるかもしれないの!
 夢でも見たし、よくわからないけれど確信してる!だから、」

「貴様ァ!誰がいつそんな事を許可した!!?」

「へ?」


予想を230度斜めにいった怒号に身体が竦みあがる。
てっきり「せいせいする」とか言われて私が落ち込むと思っていたのに、え?どういうこと?どういう意味?

無駄に長い足が屋根の上を危なげもなく歩き、あっという間に私のところまで辿り着いてしまう。
その間ずっとぽかんと馬鹿みたいに口を開けて三成を見守ってしまった。指先一つ動かせずに彼を見上げる。


「みつなり、三成、どうし、」

「誰が、いつ、貴様に帰ってもいいと許可をした?言え!誰の許しを得て勝手にいなくなろうとしているッ!!」

「え?え?怒ってるの?三成、あの、」


立ちあがろうとした腕を掴まれ、遠慮容赦なく込められた痛みに小さく悲鳴をあげる。
いつもならこんな手加減なしの暴力なんてしないはずなのに、怖くなった。


「貴様がどうしても帰りたいというのなら、」


片手だけで器用に抜かれたいつもの刀が涼やかな光を湛えて私に向けられた。
ぞくりと背筋を緊張が蛇のようにねっとりと伝ってくる。


「この足を斬りおとしてやる。」





































→ちからつきた
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2011年 5月15日発掘 八坂潤


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