刑部達にこの牢へ放り込まれて数日は経った頃。
小生は空腹に耐えかねて半ば意識が飛びかかっていたが、自分の内側から鳴る盛大な胃の悲鳴に現実に引き戻された。

壁に凭れたまま格子越しに窓の外を仰げば、四角く切り取られた青が薄暗い空間によく映える。

を餌に鍵を奪取しようとして失敗したあの後、怒り狂った三成によってこの牢屋に閉じ込められた。
どうやら三成のやつは鍵を盗もうとするという反抗の意志よりもあのに手を出されたというのが数倍も気に喰わないようだった。
だからこそ監禁に絶食というおまけまで付いたきつい仕置きをもらったという訳だ。

―――そんなに大事なものなら名前でも書いてどこかに仕舞っておけばいいものを。


(しっかし・・・そろそろ空腹で死ねるな・・・・・・)


小生を西軍の戦力の一つとして数えているのだからさすがにないだろうと思っていたが、三成の憤怒を見るとどうもあやしい。
どうかこの不運が転じて飯がどこからか湧いてくるという幸福がこないかと妄想した時、妙な気配がこの牢屋付近に転がり出てきた。

かよわい気配に鼠か何かかと思って目を閉じているとそれは自分の鉄格子の前で止まった。


「官兵衛さま、生きてますかねー?」

「んあ?・・・・その声は、」


聞き覚えのある声に目を開ければそこには自分が先日餌にしようとした人間が格子越しにしゃがんでいるのが見えた。
視線がかち合うと「よかった、生きてた」とへらりと間抜けに笑う。

何故あんたのような人間がこんなところをうろついているのか。
自分を酷い目に遭わせた小生をわざわざ笑いにきたのか。
それとも刑部達に様子でも見て来いと言われたのか。

色々な憶測がぐるぐると頭の中で回り、ついにはそのどれもを口にするのを諦めた。
皮肉の一つも飛びだせないほどに空腹は小生を苛み気力を奪っていたからだ。


「あー、やっぱりご飯抜きにされてるっていうお話は本当でしたか・・・・。
 牢屋に閉じ込めるだけでもやり過ぎだと思うのに、絶食なんていくらなんでもやり過ぎだよね。」

「・・・・・・・・・・・・。」


そうは言うが、実際(不本意だが)刑部の制止がなければ三成の手によって小生は三枚に下ろされていたいただろう。
それほどまでににちょっかいを出されたのが、触れることすら不愉快だとでも言わんばかりの勢いだった。

はごそごそと持っていた藍色の包みを広げて鉄格子越しに小生に何かを差し出す。
白い塊が何なのかよく分からず、近付いて見ればそれはおにぎりだと分かった。


「官兵衛さま閉じ込められたのって私のせいだと聞いたので作ってきました。よかったらどうぞ。」

「何を・・・・刑部の差し金なら小生は要らんぞ。」

「いや?私の自己満足ですけど。」

「自己満足?」


善意でもなく自己満足とは、予想外の言葉に眉をひそめた。
当の本人は当然だと言わんばかりに真顔で頷き、また精一杯に腕を伸ばして小生の口に握り飯を突っ込もうとする。


「はい。もし官兵衛さまが閉じ込められているのが私のせいじゃなくて酷いことだったら助けないかもしれませんが。
 でも私のせいで、しかも些細なことで官兵衛さまがこんな目に遭うのは嫌だなぁと思って。」

「小生がお前さんを餌にしようとしたんだがそれも些細なのか?」

「うーん・・・まぁ、実際はそんなに酷い目に遭った気がしないしなぁ。」


どこも怪我してないですし、と虚飾もなくけろりとしているのを見ると恐怖も感じていなかったらしい。
女のくせに肝が据わっているというか―――そもそもは何者だ?

三成の小姓まがいのことをしているようだがお手付きでもない。
もちろん名家のお姫様にも見えないし、そもそもそんな人間が小姓などやるものか。

そして何より、あの凶王が特に取り柄も豊臣の利益にもなりそうにないを傍に置くことを由とし望んでいることが不思議だった。


「っていうか、思えばあの時って官兵衛様が私を人質にすればよかったのに、しなかったじゃないですか。
 まぁ私に人質になるほどの価値があるかはあやしいとこですが・・・・まぁ、だからですよ。うん。」

「・・・・・・・・。」


しばらくそうしていたが、それでも握り飯に手を付けようとしない小生にが首を傾げた。

今はの正体が何なのかは置いておいてもいい。
確かに小生は限界に近い空腹を感じているが、この食事に毒が入っていないとは限らない。
ましてやこの人間は刑部とも親しいようだ。だったら何か仕込まれていても不思議では、


「えっと・・・食べないんですかね?実は私、三成さまにも吉継さまにも内緒で来てるのでできればささっと・・・」

「フン・・・・・そんな事を言って、何か仕込んであるんだろう。」


刑部にも三成にも内緒で来ている。つまりあの二人の差し金ではない。

けれどそんなものはが勝手に言っているだけで信用はできない。
空腹なのは確かだが、だからといって毒を盛られてしまってはそれこそ本末転倒だ。

吐き捨てるような小生の言葉に、きょとんとが目を瞬かせ―――その仕草がどうにもこの戦乱の時代に合っていないように感じた。


「えっと・・・それが何も入ってないんですけども。
 塩とか魚とか入れられればよかったけど、怪しまれるかなとか思って。」

「いや、握りの具のことじゃなくてだな・・・・小生は毒が入ってるかどうかを聞いたんだよ。」

「えっ毒!?」


は驚いているがむしろどうして具の話になったのか、そっちの方が不思議だ。
毒が入っているかどうかを疑うなど当然だろうに、何故か少し悲しそうな顔をしている。


「・・・・・毒なんて入ってませんし、そもそも持ってないです。」

「ハッどうだかな。信用なんてできないね。」

「・・・・・・・・・・・。」


そうしたらさっきまでのしおらしい顔はどこへやら。
むっとした表情を作るとその口に握り飯を無造作に突っ込み始めた。

そして何ともないぞと言わんばかりの笑みを浮かべるものだから鼻で笑い返してやった。


「フン、どうせ他のものに入っているんだろう。」

「チッめんどくさい人ですね。」


女のくせに思いっきり顔を歪ませて舌打ちをし、また一つと握り飯が女の口へ消えていった。
目の前の食事の光景に腹の音が鳴りそうになるのをぐっと堪える―――何の拷問だ、これは。

もう確認もせずにまた一つ握り飯を頬張ろうとするのを今度はさすがに待ったをかける。
自分から毒だと疑い断っておきながら、という複雑な思いはあったが背に腹は代えられない。


「――――その、握り飯」

「ああ!やっと食べてくれる気になってくれましたか!!
 よかったさすがに私の胃におにぎり3個目はきっついかなと思ってたんですよ。」


不服な顔はどこかへ吹き飛び、はいという人懐っこい笑みと共に米の塊が差し出される。

正直、先程の握り飯は白でこちらが毒入りの黒だという可能性は捨てきれない。
けれど空腹で参っているのも事実だ・・・目の前で食事姿を見せつけられたのだから、尚更。

握り飯を格子越しに両手で受け取り、がぶりと獣のように食らいつく。
久し振りに胃に入った食物は宣言通り味気ないものだったがその白米の味だけで救われる気がした。


「どうですかね?おいしいですかね?」

「・・・・・っ――――・・・・!!」

「あ、それどころじゃないですか。まぁまだありますので。」


あっという間に平らげたその手に再びおにぎりを握らせ、湯呑を差し出す。

その作業を3回ほど繰り返した後、ややあとが困ったように声をあげた。


「もうないんですすみません・・5つもあれば充分かなとか思ってたので。」






































→ちからつきた
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あとがき
月下奇人の連載をわりと本気出して考えて力尽きたでござるの図。

2011年 5月18日発掘 八坂潤

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