「っはぁ・・・は、は・・・ぅ、」


ずり、ずりと手頃な木に体重を半ば以上預けながらやっとの思いで歩を進める。
自分が手をついた後には真っ赤な手形がついてしまっているが、それを構う余裕なんてなかった。
どうせ城から離れたこんな森の中、それを咎める人間なんているはずもない。


「ぅ、っ・・く、ひ、・・・」


痛い。
灼けるように、ただ熱い。

肩の肉に突き刺さる金属は初めこそ冷たかったのに今は移した熱よりも熱い。
矢が刺さっている箇所が燃えるように熱く、痛い。

何かに刺されるなんて今まで注射器しか経験したことのない私には未知の激痛。

こういう場合は矢を抜いたほうがいいのか、それとも抜かないほうがいいのか。
その判断がどうにもできなくて―――それ以上に恐ろしくて、痛みを引き摺ったまま足を引き摺っている。
自分の体に矢が刺さっているという事だけでも、それを確認してしまっただけでも失神してしまいそうだったのに、それを抜くなんて。


(痛い、痛いよ・・・・痛い、誰か、)


―――襲われた。

三成さまたちが不在の間、何者かが城を攻め込んできた。
善戦はしたようだけど私には分からない。結局は落とされてしまったのだから。

私は何も役に立たないまま右往左往している間に城内にまで敵が雪崩れ込み、微かに覚えていた隠し通路を使って何とか逃げ出した。
けれどその際に肩を矢で射られてしまい血が容赦なく溢れて着物はすっかり赤く染まってしまった。

今のところ追いつかれてはいないけれど痕跡なんて消そうともしてないのだからきっと追いつかれるだろう。

追いつかれて殺される―――それが分かっているのなら動かなければいいのに、けれど私は何かに縋るように足を動かしていた。
縋るものなんてこの時代にはないと、頭では理解しているのに何で私はまだ動いているんだろう。

それでも瞳はあの銀色の光を求めている。


「っう、あ!!」


背中を急に衝撃が走り、無様に前のめりに転倒する。
頬と地面が仲良く挨拶をするのを抵抗する力もなく、広い森の中で私は地を這わされていた。

のろのろと顔をあげると目の前に4本の足があって、それが二人の人間だと知れると絶望で目の前が真っ暗になった。
更に見上げて確認するまでもなく頬にまた衝撃が走り―――しかしそれは離されることなく地面と私とを縫い付ける。

ああ、死ぬのかと、わかってしまった。


「―――これが石田三成の寵姫か?それにしては・・・他に美しい女もいただろう。」

「いや、噂によればアレは相当の変わり者だろう。
 だから俺達には理解できない趣味もあるのかもしれない・・・それにそれ以外は全員捕まえたからな。
 今のところ兵の慰み者になっているか、殺されでもしているだろう。」

「死にかけならば捕まえても意味はない。とりあえず首を刎ねて持ち帰るか。」


頭上では何が起こっているのか分からないけれど会話の内容は分かる。
血を失って朦朧とした頭、激痛に支配された神経はそれでももう動く力なんて残っていなかった。手詰まり。

目の前を過ぎった銀色のものが刃だと理解して瞳を閉じる。


(・・・・三成さま、)


結局、私を殺すのは三成さまではなかったのか。

あんだけ斬滅してやると言われて、最初はすごく仲が悪くて・・・最近やっと少し仲良くなれた気がした人。
それを少し意外に思いながらも、惜しみながらも―――瞳を閉じた。

最後に見られるのがあの銀色であればよかったのに。


「ッ・・・・」


その時が来るのを覚悟して瞳を更にきつく閉じる。
しかし数秒たっても私が死ぬことはなかった―――もしかしてより恐ろしい死に方が私を待っているんだろうか。

そして唐突に頬への圧力が消えて、地面に何かが倒れる音、そしてきっと泥まみれの頬に添えられる誰かの手。

湧き上がる疑問のままに目を開けると、そこには切望した銀色。

肩で息を切らせて、その鋼玉を見開かせて、例えるならデパートで置き去りにされたような子供のように悲愴な表情で。
私が縋って求めていた石田三成が私の傍らに膝をついていた。


「・・・つ・・・り、・・ま」


掠れた声はほとんどその意味を成していない。

涙で視界が滲んでしまってすぐにあの表情は見えなくなってしまって、少し残念だった。
けれど最後にあの銀色を見ることができたのなら、なかなか上出来な最期なのかもしれない。


「―――無駄な口をたたくな。今、矢を抜く。」


力の抜けた私の身体を起こして自分にもたれかけさせる。
普段は冷たいはずの三成さまの体温が温かくて、そして自分がいかに血を流して冷たくなっているのかを自覚してしまった。

そういう判断は素人同然だけどもこれは常識的に考えれば、


「・・・い、いよ・・私、死ぬんでしょ?」

「―――何を、」

「助からない、って・・わか、わかってるよ、だから、
 だから私なんて、放っておいて、いいよ・・・だって三成さま、あの・・お城、今すぐ取り戻し、たい・・でしょ?」


だからいいよ、とできるだけ悲しい顔にならないように表情を作る。
自分にそんな余裕があるとは思えなかったけれど、ああ最期の力って不思議だ。

けれど事実、自分が今にも死にそうだというのに胸には少しだけ幸福感もあった。

あの全方位無自覚もしくは敵意男が秀吉様以外の為に、私の為に動いてくれたというだけで嬉しい。
わざわざ助けに来たとかじゃなくて何か別の目的があって、そのついでだとしても。
けれどこの事はなんだか誇れるような気がしたのだ。

この気持ちは・・・そう、例えるならめちゃくちゃ愛想の悪い犬が懐いてくれたような感覚!

痛みと恐怖で一瞬だけテンションがハイになったが直ぐに花火のように消えうせる。
私の頬を慈しむように触れていた手は背中に回されてきつく着物を握り締められるのを感じた。
こちらは向かい合わせになっているから相手の表情は見えない、けれど少しでも悲しんでくれたらきっと嬉しいと思う。


「ほんとに、うらまない・・から、どんなに、あのおしろ・・・だいじ・してるか、わかってる・・」


あの城は三成さまが敬愛してし過ぎてもやまない秀吉様の城だ。

それだけじゃない。きっと思い出も思い入れもあるだろう。
秀吉様達がまだ生きていた頃の幸福な過去があの場所にはある。

だからこそ陣だのなんだのを関係なく、石田三成はあの場所を取り戻さなければならないのだ。

そしてそれを知っている私はこの人を恨まない。
大体、この場所に、私が死ぬ瞬間に駆けつけてくれただけでも十分に奇跡なのだ。
むしろ何かを満たされるような心地で、きっと私は死ぬ事ができる。


「でも、もう・・・いたいの、いや・・だな・・・
 ・・・いつも、いっ、いってるように、に・・・・わたしを、ころ、ころして・・くれたら、」


胸の幸福感で緩和されていた痛みが思い出したように再び猛威を振るう。

どうせ死ぬというのなら少しでもこの苦しみを取り除いてほしい。
いつも私を斬滅すると言っていたのだから、そして彼にはその力があるのだから、どうか楽に死なせてほしい。

もう喋るのも億劫で口も閉じ、自然と瞼も落ちてくる。
なんだか寒いのに眠くなってきた―――きっとこの瞳を再び開くことはない。


「みつな、さまもおお、たにさまも・・げんきで・・・
 ちゃ、ちゃちゃんと、ごは、たべ・・・ねて・・・・」


これが最期だというのに唇は意外によく動く。
そしてその内容が三成さま達を気遣うものばかりで何だか苦笑してしまった。


「はじめは、みつなりさま・・・きらいだった、けど・・でも、さい、きんは・・・たのし、たのしかったよ・・
 ・・・さいご、おね、か、い・・・・・だ、から・・・わた、しを・・・・・むぐ!?」


たゆたう意識を再び強引に起こされるように、頭を三成さまの肩に押し付けられる。
いつのまにか肌蹴ていたそれに歯を立てるような体勢で、しかし後頭部に添えられた手は力を増すばかりだ。

何がなんだか分からなくて、せっかくの言葉も紡げなくなる。

もう私の言葉なんて聞きたくないということだろうか。
だとしたらそれはとても悲しくて、今度こそ死ぬために目を閉じた。





































→ちからつきた
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あとがき
この後、三成が矢を抜いて助けてくれます。本人は死ぬ気満々ですが私にしては珍しく助かります。
今まで大きな怪我を誰かに負わされたことがないのでテンパって弱気になっているだけです。三成に言わせれば軽症です。
三成の肩に歯を立てて血が滲むのを書きたかったんですがその手前で飽きるという愚考イエー・・イエー・・・・


2012年 2月20日発掘 八坂潤


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