びしゃり。

刀に粘り付く赤を勢いよく払えばそんな音を立てて庭の地面に血が舞った。

鼻につく頬の返り血を乱暴に拭えばすぐ近くで腰を抜かして座り込んでいるがいた。
目玉が零れそうな程に見開かれた先には、先程まで秀吉様の城を荒らそうとしていた刺客どもの肉塊が転がっている。
間抜けにも人質にとられ刃を突きつけられ殺されかけていたのを見て、半兵衛様の名と秀吉様の為に排除したが様子がおかしい。
自分の命が助かったというのに安堵する訳でもなく、ただ普段は滅多に閉じない口の中で歯を震わせて―――怯えていた。

まだ敵がいるのかと警戒したが、少し考えてその恐怖の対象は自分に向けられているのだと気付いた。
平和に蕩けた時代からやってきたというは目の前で死を見たことがないと言っていた―――この瞬間までは。
だから目の前で人を殺した私が恐ろしくてたまらないらしい。その程度の事でこのザマとは、未来の人間はなんと脆弱なことか!


「―――――」


誰かに怯えられるのは初めてではない。
むしろそうでない場合の方が少ないということも自覚しているが気に留めたことはない。
しかしのの怯えた目とかちかちと震える歯の音は胸のどこかに不快な何かが引っ掛かる心地だった。
普段は生意気にも私を睨み返し呆れるほどやかましく反論し憎まれ口をたたくというのに、それがないのだ。

謎の引っ掛かりから一刻も早くこの場から立ち去りたいと、賊の報告のために踵を返そうとしたら何かが着物を引っ張った。


「・・・・・・・・・何だ。」

「っぅ、うぅ・・・・・」


地べたに腰を下ろしたまま、に握られた布から酷い怯えと震えが伝わってくるのが不快だった。
意味不明な呻きを垂れ流す口を、ぱくぱくと動かし何かを伝えようとしているのが理解できたがどうにも不明瞭だ。
だが縋りついてくるような小さい手を振り払えずにいると、騒ぎに気付いて家康が駆けつけてくるのが見えた―――どうにも遅い。


「三成ッ!一体、何が、これは・・・・」

「遅いぞ家康。秀吉様の城に侵入者が来た。私は警備の不備と報告を半兵衛様にしてくる。」

「そうじゃない!は、」

「・・・・怪我はしていない。」


半兵衛様からの預かりものに怪我はない、城への侵入は防げたというのに家康は何か言いたげにこちらを睨んだ。
それならばこちらも、秀吉様の城に侵入者だというのに「そうじゃない」などと反論する家康に苛立っているというのに。

そして未だに私の着物を掴んで震えているに目隠しをするように頭から上着を被せ、壊れ物を扱うように抱きあげる。
初めは石のように固まっていた身体も、子供が親にそうするように家康に抱き付いた。
大きな手が震える背中をあやすように撫で、それでもまだ怯えているのが分かる。

しかしそんな事よりものあの目に見られないことに私は心のどこかで安堵し、そんな自分に不快感を覚えた。


「・・・・・ワシはについている。三成は、行くのか?」

「当然だ。秀吉様の城でこんな失態など、二度と起こさせるものか。」

「三成、お前は!!」

「下らない話をしたいのなら口にする前に閉じていろ。不愉快だ。」


踵を返し、じゃりじゃりと白い砂利を踏みながら城の中へ帰還する。
背後からは家康のを気遣うような下らない言葉の羅列と小さな嗚咽が聞こえ、自分の眉にはっきりと皺が刻まれるのを感じた。


(――――家康ならば、もっと上手に助けたか。)


そんなことを考えた自分に下らないと頭を振り、後ろを振り返ることなく歩を進める。
結局、は自分を罵りたかったのか何を伝えたかったのか分からず、そしてそんな事はすぐにどうでもよくなって半兵衛様の部屋へ急いだ。








































→おわり
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あとがき。
三成の殺し方って合理的でえげつなさそう。首をはねるとか。
相手をいたぶる趣味はないだろうけどそれは秀吉に関係があったら話は別かなぁ

  
2011年 1月6日執筆 八坂潤
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