官兵衛さまの一件以来、ここ最近は礼儀作法を叩きこまれていた。
いつもニートまがいの怠惰な生活を送っていたのに、そのせいできっちりとした生活を送るようになったのは自分でも驚きだ。
さすがにゲームもパソコンなど私の娯楽の中心を担っていたものがなくて飽き飽きしていたというのも本音だけど。

まぁ悪い話ではないし、もともと暇だし、わざわざ人を呼んで指導されているのだから断る理由もない。

それは、そんなある朝の出来事から始まった。









「起きろ。グズグズするな。」

「ん・・・・ん?」


起きぬけに誰かに声をかけられ、まだ眠っていたい私は本能のまま布団に潜り込む。
ここんところこの時代に合わせて体内時計も速まっているけれど、連日の慣れない稽古に疲れていた。

しかし無防備なお腹を誰かに容赦なく踏まれて呼吸が止まる。


「ふごぉ!?げほっ、げほっ・・・な、何!!?」

「起きろと言っている。」

「うえ・・・・ごほっ、み、みつなりさ、ま?」


悔しいけれど一気に意識が覚醒し、殺意を孕ませながら涙目で相手を睨む。
この至福の時間をこんな形で邪魔する人間なんて一人しか浮かばない。

私を無駄に長いその足で踏みつけている人間―――石田三成さまはそんな視線など意にも介さないように鼻で笑って見せた。
今日も鋭利な銀髪も鋭い眼光も顔の造形もどれを取っても美しくて若干腹が立つ。


「女の人の寝所に入ってきていいんですかー、げほっ、三成さまのはーれーんーちー」

「無駄口を叩くな。さっさと着替えろ。」


遂には最後の砦だった布団も容赦なく剥ぎ取られ、眠い目を擦って起き上がる。
さすがに現代でも寝起きの何の準備もしていない姿を男の人に見せるのは恥ずかしかったけれど、もういいや。

無慈悲な帝王の横には女中さんが数人、何かを持って粛々と控えていた。何となく物々しい雰囲気に緊張。
そして首根っこを掴まれて女中さんの前に突き出される。犬か、私は。


「いった!いや、だから、説明をですね。」

「後からする。今は大人しく着飾られていろ。」

「だーかーらー話を聞けっての!そうか、視野が狭いのはその髪型のせいか!!」


すぐさ雷のような衝撃が頭に落ち(どうやら鞘でぶん殴られたらしい)、飛びかけた意識を何とか堪えて相手を再び睨む。
しかし美しい暴君はすっかり背を向けて襖を閉めるところだった。ちくしょう空振り三振。


それから女中さんにあっという間にいつもよりも豪華な藤色の着物を着させられ、更には念入りに化粧まで施された。
いつもと違う状況に疑問は絶えないがぐっと堪えてなすがままに飾り立てられる。

まぁ一応はオンナノコの身の上、自分が綺麗になるのにわくわくせずには居られないというのもありまして。


「いかがでしょうか、さま。」

「う、お・・・・・これ私?」


そして小一時間も経った頃、差し出された鏡には別人が映っていた。
元の時代でも化粧はたしなみ程度にしていたけれど、時代が違えどプロにやってもらえば出来が全然違う。

しかし第一声が「うお!」とか私のしおらしさは息をしていないのかもしれない。

女中さんに御礼を言った後、「それでは三成さまを呼んでまいります」とか言って静々とみんな退室してしまった。
ぽつんと残されると、さっきの変身過程までの高揚感は瞬く間に消え失せ不安が襲ってくる。


(三成さま、急に何でこんな服装をさせたり化粧させたりしたんだろう・・・・なんか、怖い。
 「それが貴様の死に装束だ!」とかだったらどうしよう。最後の思い出ってやつか。死ぬ。)


着物にしたって、前に官兵衛さまに私のもらった着物は高価だと教えられたけど、今回のは更にグレードが高い気がする。
ましてや化粧は一度もさせていなかったのに・・・・すっぴんであのイケメンの前をうろついていたのかと思うとちょっと死にたくなった。

三成さまが来る前に逃げてしまおうかと立ちあがった瞬間、を狙い澄ましたかのように襖が開いた。あのトンガリめ。
しかしいつもと違って相手も真新しい籠手を嵌めて綺麗な羽織を纏った戦支度の出で立ちで私を迎える。

あ、やばいコレ死亡フラグ立った。


「三成さま、せめて苦しまないようにさくっとお願いします・・・」

「何を馬鹿な事を言っている。立て、行くぞ。」

「え?違うの?」


漆黒の瞳が理解不能だとでもいうように歪み、それ以上怖くならないようにと大人しく立ちあがって三成さまの近くへ寄る。
いつもより煌びやかだけど、重くて裾の長い着物は歩くのも重労働だ。慣れない化粧も髪型もちょっと辛くなってくる。
何度か転びそうになったのを見かねてか漆黒の籠手に包まれた手を差し出されて反射的に掴む。

そして半ば引き摺られるようにして廊下を無言で歩いた。


「えーと、三成さま、何かこう・・・言うこととか、ないですかね?」


三成さまがさせたのだけど、今の私はいつもと違ってちゃんとして(っていうのも変だが)化粧もしている。
そんな私を見て社交辞令でも何か言ってもらえると、その、すごく嬉しいんだけれど。

少しだけ胸を躍らせながら相手の言葉を待つが、返ってきたのは飾り気のない一言。


「何をだ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・いえ、何でも。」


まぁそうですよね。一瞬でも期待した私が馬鹿ですよね。ええ、分かってましたとも。

相手がこちらを見ていないのをいいことにがっくりと肩を落として後に続く。
きっと家康さまだったら嘘でも誉めてくれるのにな、全くこの男は人の心というものを分かってない。

しかしそんな間にも半ば相手に引き摺られて歩いているようなものだからさっきよりも躓きそうになってしまう。


「いや、ちょっ、こけ、こける!」

「貴様は今まで何を聞いていた。教わってきたことを思い出せ。」

「え、えーと・・・・」


教えられた付け焼刃まがいの歩き方を何とか思い出し、意識して歩くようにする―――おお、こっちの方が歩きやすい。
安定してきた歩き方を見て三成さまの手が離れてしまったのは少し残念だが何とかなりそうだ。

そして一室の前で止まり、開けてもらった襖の中には吉継さまが控えていた。
この人もいつもと違って蝶の兜を被って、包帯がかなり全面に露出しているが簡素な鎧を身につけている。

二人して戦装束。ますます膨れ上がった疑問符に思わず首を傾げてしまった。


「おお、か。見違えるようになったな。馬子にも衣装よの。」

「うぉーい吉継さま、それ誉め言葉じゃないですよね。」

「気のせい、キノセイよ。やれ、三成。主も何か言ってやれ。」

「いつもよりマシだな。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・むかつく。」


チッと内心で舌打ちすると三成さまに再び刀の柄で小突かれた。
じとりと睨めばぎろりと蛇のように睨みかえされてこっちが目を逸らしてしまう。駄目だ、年季が違う。


「せっかく化粧をされているのに顔を崩すな。」

「だって三成さまには期待してなかったけど、吉継さまは鶴姫さまの事べた褒めだったそうじゃないですか。
 まーそりゃ自分の顔とは生まれてからずっと付き合ってるんで自覚はありますけど。」

「冗談よ。ぬしもなかなか化ける。」

「もういいです、これ以上間接的にいじめないでください。」


ぷぅっと頬を膨らませたらまた三成さまに小突かれた。本日二回目。もうどうでもいいです。


「で、三成さま吉継さま、今日は何か特別な日なのですか?」

「今日は西軍の顔合わせの日―――まァ、結託の確認の儀とでも言うべきか。
 軍儀ではないが、この城に各国を代表する武将が終結しやる。」

「へー・・・・なんかすごい日なんですね。」


ここの世界(時代?)は教科書ならあり得ない有名武将オールスターズ状態だからその光景もさぞや壮観であろう。
言うなれば関ヶ原の戦は「大乱闘☆武将オールスターズ」とでも言うべきか。そんな血生臭いファイトでお子様は遊べない。
三成さまとか誰が操作してくれるんだ、家康さまは王道主人公っぽくて人気がありそう。


「その場に貴様を連れていく。」

「へー・・・・なんかすごいですね。・・・・・・・・・・・・・えっ?」


おそらく今世紀最大の驚愕の顔でバッと三成さまの方を向くと再び刀で腹を小突かれた。
さっきからアレだ、きちんとセットされた頭を崩さないようにってのは分かるけどピンポイントで同じ場所を狙うのやめてもらえませんかね!

いや、そんなことはどうだっていい。今、何つったこのとんがりコーン!?


「な、何でそんな超超重要そうなイベントに私みたいなの連れていくんですか!?
 そんなの国会議事堂にエロ本を不法投棄するようなもんでしょう!!?」

「五月蠅い。そして貴様の言っていることがよく分からん。」

「えー、えー?えー!だ、だって、そんなの無理、緊張して死ぬかも!!」


うわああああああ、とそれでもその場に頭を抱えて崩れ込まなかっただけ私は褒められるべきだと思う(着物が崩れて怒られる!
心底混乱する私を吉継さまはたいへん楽しそうに見てらっしゃいます。このやろう!


「そうよなぁ、虎の若子に鬼島津、日輪の申し子に西海の鬼、第五天魔王・・・・
 あとは先日にぬしが会った暗の官兵衛。ヒヒッまことに壮観よの。」

「ヒイイィイイどこの電波さん集団ですかそれは!ちょっ、洒落にならないマジで怖い!!
 何でみんなほぼ人外ネームばっかりなの・・・・!!むりむりむりむりむり家に帰る!!!」

「どこに?」

「うぅ・・・・!!」


また愉快そうに笑いながら大谷さまが私を見下ろしてくる。ごめん、ちょっと今は本気で無理です。

私にだってその席が西軍にとってすっごくすっごく大事な場だってことくらい分かる。
きっと歴史的瞬間ってやつだ。こんな庶民が関わっていい問題ではない。
ちょっと粗相でもしたらすぱーんと首を跳ねられそうだ、最初の死に装束という推測はあながち間違っていない。

ぶつぶつ呟きながら現実逃避をしていると、長い指で顎を掬われて三成さまとばっちり視線が合う。
私の今にも泣き出しそうな目とは正反対に冷静な黒曜石の瞳がこちらを見つめ返していて、少し落ち着きを取り戻す。


「背筋を伸ばせ、しゃんとしろ。堂々として微笑んでいろ。」

「む、むり・・・・私の心臓、もろいんです・・・・・」


そりゃあいつも三成さまには無礼を働いていた気もするけれど、それは私が勝手に仲がいいと思っているからであって。
見ず知らずの武闘派お偉いさん数人に囲まれるなんて怖くて無理です。
大体、私には地位も家柄もないのにどうしてそんな事をしなければならないの?

落ち着きを取り戻すと不安で泣きそうになってきた。
三成さまは顔を顰めるけれど無理なものは無理だ。だって本当に怖いんだもの。


「貴様は私が刑部の他に認めた唯一の人間だ。失態は許さない。」

「―――――えっ、」


認めた?私を?吉継さまの他に?唯一?

にわかには信じがたい言葉に阿呆のようにぽかんと目と口とで三つの大きな円を顔に描いた。
絵に描いたような芸術的な間抜け面に再び秀麗な顔が不快そうに歪む。


「間抜けな面を晒すな。豊臣の恥だ。」


そこでようやく指を離して、未だ固まったままの私の目の前で桐の箱を開ける。
そこから取りだされた、いつもと違って装飾の多い鬢を(本人にその気はなくても)恭しく挿してくれた。

しゃらりと涼やかな音を立てるそれに止まっていた心臓も跳ねて正気を取り戻す。


「貴様は黙って私の隣に座っていろ―――では刑部、少し席を外す。」

「ま、待った!い、今の台詞をもう一回!!」

「間抜けな面を―――」

「その前!!」


あれだけの爆弾発言をしておいてしれっと立ち去ろうとする三成さまを必死に呼びとめる。
さすがにイラッとはきたみたいだけど先程と変わらない口調で律儀に答えてくれた。


「、貴様は私が認めた数少ない人間だ―――私の言葉を疑うな。もう行く。」


私から目線を少しもずらさず、清冽なまでに高らかに宣言する。まるで中世の騎士の宣誓みたい。
照れの一変もなく当然のようにのたまうものだから、聞いたこちらが恥ずかしくなってしまった。

黙ってしまった私に納得したのか、襖を開けてさっさとどこかへ言ってしまう。
その背中には何の偽りもないように感じられた。湧き上がる感情に貫かれて心臓の鼓動が速まる。


「吉継さま・・・・どうしよう、化粧、崩れそうです。」


悲しくもないはずなのに目頭が熱くなってきて、けれど泣くまいと懸命に堪える。

あれだけ仲が悪かったのに。
あれだけ私を「斬滅する」と言って憚らなかったのに。
あれだけ柿の木に引っ掛かっていた私を疎んでいたというのに。

認められた、なんて。


「ぬしは今より我の遠い親戚という体をとることとなった。
 戦火に見舞われ記憶も家も亡くしたという設定よ、それならば主の多少の言動も目を瞑れるであろ。」


激情に震える私の手を吉継さまの包帯に包まれた手がそっと撫でる。

ああ、この人にしたって私を善意で拾ったわけではないのに。
不幸を愛でるためだとかそんな不謹慎な理由であったはずなのに。

私なんかの身柄を保証してくれるのか。


「わ、私なんかが吉継さまの家の人でいいんですか・・・?こんな、私なんか、」

「我は一向に構わぬ。ぬしこそこんな不幸な家系では心外であろうが、」


気遣うように離れそうになった細い手をぎゅうと握りしめる。
包帯の下の肌は常人よりも熱く、ずっと細い、病人の証拠。けれどこんなにも愛おしい。


「そんな事ないです!わたし吉継さまのこと大好きなんで!!」

「・・・・・そうか、それならよい。」


そう答えた吉継さまの声にもいつものメシウマ成分が含まれていなくて、また目頭が熱くなった。
どうして泣いちゃいけない時に限ってこの人たちはこんな良い事を言ってくれるんだろう。いい意味で、困る。


「そういえば、三成さまじゃなくて吉継さまの家なんですね。」

「ああ、三成の提案よ―――もっとも、その理由を自分でも気付いてはおらぬようだったが。」

「???????」

「それに自身もぬしをこのような大事な場に連れていく本当の理由に気付いておらぬ。
 建前では先日の官兵衛とのような騒動をもう起こさぬようにするため、としておるがな。」

「三成さまが提案したのに、三成さまも気付いてない、理由?」


ぬしの着物の藤色も主張が激しい、と愉快そうに肩を震わせるが意味は分からない。
喜悦の色を満面に吉継さまは口元に手を当てて内緒話をするように声をひそめる。


「それはな―――」

「刑部、。時間だ。行くぞ。」

「あいわかった。。」

「え、あ、はい!」


三成さまが再び現れて当たり前のように私の手を引っ張って立たせてくれる。

ふわりと吉継さまが輿で移動する横を細い手に引かれながら堂々と歩き、一際大きな部屋の前に辿り着く。
きっとこの向こう側に武将たちがいるのだ・・・・・あの法則で行くとどんなイケメンパラダイス(笑)状態になっているのやら。

でも今は先ほどよりも怖くはない。最後に迷惑がられるのを覚悟で三成さまの指を強く握った。


「事情は聞いたか。」

「はい、三成さま――――私、頑張ります。」

「当然だ。豊臣の為に、」

「いいえ、そうじゃありません。」


訝しげに振り返る三成さまに自然と笑みを浮かべる。

心臓は相変わらず忙しなかったが、ぐっと堪えて背筋を伸ばし姿勢を正す。
着物は窮屈でいつもと違う髪型も慣れない化粧も居心地はよくなかったが、先程よりも不快ではなくなっていた。


「私は、あなたと吉継さまの為に頑張りたいです。」

「――――――――、」


反論をされる前に手を離して三成さまと吉継さまの後ろに控える。
女中さんの手によって粛々と開かれる襖の向こうへ――――いざ堂々と、私の好きな人達の為に。









































→おわり 
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あとがき。
三成に誉められたかっただけのお話。
私はたぶん誉められたら恥も外聞もなく泣くと思う。だってあの三成ですよ!?

吉継の家の人間っていうのは、まぁアレですよ、近親相姦になっちゃうよねっていう。

たぶんパソコンもゲームも使えなくなったらまじで真面目に働いたり勉学に励むと思う。

しかし官兵衛さん、言ってみれば先日の件では人質獲ったど状態だったのにそれを利用しないなんて官兵衛さまマジ官兵衛。

軍儀だったらさすがに一般人を招かないだろうけど杯を交わす(なんか893っぽい)場面ならありかも、しれない。

まだまだ3は書きたいネタがあって困ります。刑部とか家康とか三成とか三成とか三成とか。
かつてこんなにすらすらと短編を書けた時があっただろうか。あ、でもコレもうシリーズ物だよね。
名付けるとしたら柿の人シリーズ?もう3部屋作っちゃおうと思います。神も言ってるし。

 
2010年 11月8日執筆 八坂潤
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