じゃらじゃら、ともらったお小遣いの小銭が財布の中で鳴り、浮かれた足取りで町中を行く。
人通りで賑わう城下町は大きなお城ならではだろうか。その中を一人で歩いている。

一人で城下町に下りるのは初めてだった。
いつもは―――家康さまが一緒に不慣れな昔の町の歩き方とお金の使い方について教えてもらったものだが。

今はその人もここにはいない。


(家康さま・・・・)


うきうきとした足取りが自然と重くなる。
城下町は時代村を歩いているみたいでいつでも楽しい、けれど一人で歩くのは、いつも隣にいた人がいないのは寂しい。

そういえば、そもそもここに来るのはあの謀反の事件以来初めてだった。
三成さまと一緒に城の中にカンヅメ状態だった私に吉継さまが気分転換を提案してくれたのだ。
私としては城の中も充分に広いので問題はなかったが、せっかく許可が下りたのだから好意に甘えることにした。

その時は三成さまもという話だったが当然のように却下され、吉継さまも出歩けない身体だからこうして一人寂しく足を動かしている。


(三成さまはきっと要らないと言うけれど、せっかくだから甘いものを買っていこう。
 それだったら吉継さまも食べられるし、早く買って帰ってみんなで食べよう・・・)


なんとなく気分はすっかり下降してしまって、前に家康さまが教えてくれたおいしい甘味屋へと歩を進める。

お小遣いをもらったとは言え、どれ位使っていいのかを思案しているといきなり腕を掴まれた。
びっくりして心臓が宙返りして声も出せずにいると、そのまま自然と建物の間の細い路地に身体をねじ込まれる。


「ッこんの痴漢やろう!!」


しかしそこはあの暴君に鍛えられた自称鋼の精神、すぐさま我に返って振り向きざまに拳を振りかざす。
けれど私の渾身の一撃はあっさりと相手の手の平に受け止められて不発に終わる。

ついでに怒りも私の拳を受け止めた人物のせいで行き場を失ってしまった。


「、久しいな!」

「い、え、やす、さま?・・・・わっ」


素っ頓狂な声をあげると同時にぐしゃぐしゃと頭を撫でられて身体が少し揺れる。

この動物にするような接し方、鍛え上げられた大樹のような腹筋、官兵衛さまほどではないが熊のように大きな身体。
何より向日葵みたいに快活な笑顔が印象の私の恩人の一人―――家康さまがそこにはいた。


「マジ物・・・?」


だって、家康さまは、敵になっちゃったから、こんなところに、いるわけがない!

目をごしごしと擦る、消えない、まだ疑わしい。

無遠慮にぺたぺたと家康さまの顔や腕や腹筋に触れるが、帰ってくる人肌の感触と温度が本物だと語っている。
くすぐったそうに笑う反応もどうやらご本人のものと相違はなさそうだ。ふむ。


「・・・・・・・・本物だ!」

「ああ本物だ。反応が少し鈍いぞ、。」

「だ、だだだだって、まさか、会えるなんて!」


感極まって逞しい家康さまの身体に犬の歓迎のように飛びつく。きっと今の私には勢いよく振られる尻尾が付いていた。
勢いある突進にも少しも揺るがず受け止めて、太陽の手で頭を撫でてくれた。長らく味わってない至福の瞬間。


「家康さま家康さま家康さまお久しぶりですまじお久しぶりです!お元気そうでなによりです!!」

「も元気そうで何よりだ!しばらく会っていなかったからな。」

「しばらく・・・・」


というと、あの時、東軍に入るのを断って以来か。
せっかく危険を冒して家康さま自ら私なんかを誘ってくれたのに、断ってしまった、あの―――・・・

しゅん、と叱られた犬のようにうなだれて家康さまから離れた。


「気にするな、お前の選んだ道だ。ワシも怒ってはいないさ。」

「家康さま・・・・」


じーん、と天のように広い御言葉に胸が熱くなる。
この人はきっと菩薩とか仏とかの生まれ変わりに違いない。懐の広さが現人神レベルだ。


「こんなこと、私が言うのもアレなんですけど、家康さまが無事でよかったです。」


ずっと会えなかったので心配でした、と呟けば再びあの手が私の頭に下りてくる。
しばらく味わっていなかった懐かしい感覚に少し涙腺が揺らいだ。


「―――ワシこそ、聞くのもなんだが・・・三成と刑部は元気か?」

「三成さまは相変わらず拒食と不眠をこじらせていて、おかげで私の仕事は絶えないです。
 吉継さまは病気が悪化することもなく、えーと、今は官兵衛さまいじりに精を出してますよ。」

「そうか・・・相変わらずだな、あの二人も。」


妙な空気になりかかったものの、家康さまが心の底から安堵したような表情を浮かべ、つられて私も微笑む。

家康さまは、私がここに来て三成さまと蛇とマングース並みの仲の悪さを発揮していた頃。
よく喧嘩を諫めてくれたり死にかかったのを助けてもらったり落ち込んでいる私を慰めてくれたりと、大変にお世話になった方だ。
それにあの三成さまと現在までの仲の良さ(?)はこの人の功績によるものが大きい。
偉い人だというのによく時間を割いてくれて、我ながら心が折れなかったのもの家康さまのおかげだと今では考えている。

他にも色々と面倒を見てもらったりと恩は数えきれないため、この人だけは憎めないのだ―――例え何があったとしても。


「は、元気か?」

「私は相変わらず斬滅されかかったりしてますが、まぁ生きてますご覧の通り。
 この間は三成さまにちょっとだけど珍しく優しくしてもらえて嬉しかったです。」

「・・・・・・・そうか。」

「?」


なんとなく、返答する家康さまの雰囲気に違和感を感じて首を傾げる。
しかし曖昧に微笑むだけでいつものように何かを言ってはもらえなかった。何でだろう?


「それよりも、家康さまはどうしてここに?・・・・その、三成さまに見つかると、怖いですよ。」


正直怖いってレベルじゃない。
いつもの鍛錬の一環としてやっていた組み手ではなく本当の殺し合いが始まるかもしれない。
優劣つけられない位に大事な二人が争い、どちらかが死ぬかもしれないなんて考えただけでも心臓が凍りつく。

また、私もこんな光景を見られたら無事には済まない。


「すまない。なに、に会える気がしてな。」

「え、あ、わ、私に、ですか。」

「近くまで来ていたというのもあったんだが、来てみて正解だったな。」


ぺかー、という効果音付きの眩しい笑顔に目が眩みそうになる。くっ久しぶりだこの満面の笑み・・・!

やっぱりこんな殺し文句を表情も崩さずあっさり使いこなすなんてタダ者じゃない。これが史実の天下の器か。
この人がホストとかになったら、その、駄目だ・・・破産者が増えそうだ。私もうっかりつぎ込んでしまうかもしれない。


「私も、その、しばらく会えてなかったので、嬉しい、です・・・はい。」

「そうか!は嬉しいことを言ってくれるな!!」


子供にあやすように頭をぺしぺしと叩かれ、そんな年じゃないと思いつつも大人しく身を任せる。
他の人にやられるのならともかくどうもこの人には悪い気が起きないのだ。やはり飼い犬と飼い主である。わん。


「久々にゆっくり話でもできないか?」

「え!うーん、したいのは山々ですけど三成さまに見つかったら斬滅されますよ。真っ先に私が。
 家康さまはお強いですから大丈夫かもしれませんが・・・・」


それに、たぶん私が家康さまと会ったなんて知られただけでもあの人は怒り狂う。
むしろそれで済めばいいが、裏切るなんて他意がなくても首を撥ね跳ばされる可能性大だ。なにそれこわい。

いつもみたいに笑って流してくれるかと思ったが、少しだけ家康さまの笑顔が曇った。
予想外の反応に罪悪感を感じ、更にすぐさま晴れやかな笑みを浮かべるものだから益々それは積もった。

今、私、気遣われた?もしかして傷つけてしまった?


「そうだな、すまなかった。三成の元に戻るといい。なに、ワシは大丈夫だ。」


最後に私の頭を撫でて、それ以上に引き留めようとはせずくるりと踵を返す。
その背中にいつものような元気さがないように感じられて、思わず服の裾を掴んでしまった。


「あ、ちょ、ちょっと、待ってください、家康さま!
 おはなし、しましょう!!まぁ私の話の内容なんてたかが知れてますがっ」


どうか、お願いだからそんな寂しそうな姿を見せないでほしい。
三成さまと違ってあなたの周りにはたくさん人がいて、頼られていて、好かれていて、なのにどうしてそんなに孤独そうなのか。

家康さまは振り返らない。それでも裾を引っ張る力はそのままに、言葉を続ける。


「家康さま・・・なんか寂しそうです。だから、ええと・・・・」

「三成に見られたら叱られるんだろう?」

「いや、叱られる程度ですめばいいですけど・・・・まぁ、後で正直に話しますよ。
 こういうのって下手に隠すと後でこじらせるってのがテンプレですからね。」


それに嘘とかを極端に嫌うあの人のことだ。
まだ自分から包み隠さずに話した方が多少は生きる目があるかもしれない、相変わらずギャンブルだけど。

もしかしなくても三成さまからの信頼が試されることになりそうだ。
どう考えても賭け金(信頼)が不足しています、ありがとうございます。


「けれど、今は家康さまの方が心配です。」


自ら背を向けた相手に言う台詞ではない、と胸にちくりと棘がささる。
きっと都合のいい女だと思われるかもしれない。けれどそれで少しでも家康さまの憂いが払えるのならそれでもいい。


「三成さまと家康さまは敵同士になっちゃって、私は三成さまの傍にいますが・・・・
 でも私はあなたのことを敵だとか憎いだとか思ってないんです。
 どっちがいいかなんて考えられないくらいに二人にはお世話になってるし、大切だし、だから、」


そんなに寂しそうな顔をしないでください。

そこまで言ってから手を離す。相手からの返事はない・・・当然かもしれない。
でもこれが今の私の正直な気持ちだ。我ながら都合のいいことを言っているという自覚から軽く鬱になる。

というか、この人のことだから私の今の言葉なんて思いっきり重荷になるんじゃないか?


「あ、えっと、すみません。勝手なことを」

「―――――」


そこから先は続けられなかった。

家康さまが私を腕の中に閉じ込め、子供が人形を抱くようにぎゅうと引き寄せたからだ。
身長差から少しかがむ形になった相手の形のよい唇から漏れる微かな吐息が耳にかかり、頬がかあっと紅潮する。


「こ、ここここここれはもしかしなくても、抱きしめられてますか?え?家康さまどうしたの?
 三成さまだって滅多にこんなスキンシップしないよ!って誰も聞いてねえよ!!いいいいい家康さま、」


無駄な自己申告から華麗なノリツッコミまできめたというのに家康さまは無言だった。更に恥ずかしい。
代わりに抱きすくめられる力がわずかに強くなって、更に私達の表面積が密着して呼吸も時間も止まる。


(ど、どうしたんだろうこの人熱でもあるんじゃね?自分も体温があてにならないくらいに上がってるから分からない!
 ・・・・まさか恋愛フラグか!いやねーよ!!こんな完全無欠のイケメンと私にフラグが立つわけないだろうぬぼれんな!!!)


がっちがちに固まった身体を何度目かの深呼吸で和らげ、おずおずと広い背中に両手を回す。
舞い上がっていた頭の中も多少は落ち着きを取り戻してきた。冷静になれ、ビークール。

もしかしたらこの人は今寂しくてちょっとナーバスになっているのかもしれない。
でも家康さまはいつも誰かを慰めたり励ましたりする側で、こんな姿なんて想像もしなかった。

あれ?一度も弱った姿を見せていない?


(そういえば一度だけこんな風に弱ってる時があった・・・・謀反を起こす直前の、あの日だ・・・・)


縁側で平和について語り、家康さまに膝枕をした時の話だ(思い出すとちょっと恥ずかしいなコレ
私の綺麗で汚れていないらしい手をとって憧憬の目を浮かべたのを覚えている。

あの時、もっと話を聞いて慰められてあげてたら未来は変わっていたんだろうか―――いや、それこそうぬぼれか。
きっと私がいなくたって、この人は顔も知らない人々のために、平和な未来のために、きっと立ち上がっていた。


(あれ?でもそうすると家康さまは誰に弱さを見せるんだろう―――誰にも、見せられない?)


勝手にこの人は大丈夫なのだと安心しきっていた。
いつも笑顔で、誰かを気遣える優しさがあって、私みたいな異物を友人として扱ってくれる深い度量があった。
だから東軍に誘われた時、私がいなくても大丈夫だろうと勝手に思い込んで手を離した。突き放した。


(私も、この人を、追い詰めたのか・・・・)


でも家康さまだって人間なのだ。
辛いこともあるし、弱音も吐きたいし、立ち止まりたい時だってあるにちがいない。

私はこの人の小さな小さなSOS信号を見逃してしまった。


(でも私は三成さまの傍を離れられないんだ・・もう約束してしまったから。)


どちらが大切か優劣を付けられないというのなら順番に判断を委ねるしかない。
あの時たまたま私が傍にいたのは三成さまで、もし私も西軍に残ると言わなければきっと深く傷付いただろう。

私みたいな役立たずでも、あの時初めて必要とされた気がしたのだ。

その場で斬り捨てられる云々の可能性もあったけれど、でもあんなに痛々しい姿を見捨てることなどできなかった。


(家康さま、ごめんなさい。)


せめて今の私にできるのは家康さまの弱った姿を誰にも言わずに受け止めるくらいだ。

たぶんだけど家康さまは今は天下を二分する軍の一番偉い人で、きっと辛いこともあって、それを表面に出せる相手がいなくて。
私なんかは都合がいいんだろう。なんせこ自軍の人間じゃないし、別時代に生きてたから全くここの常識に縛られない。
普通なら首を傾げるようなことにも私はよっぽどじゃなければ頷ける。

普段は疎むこの未来脳もたまには役に立つらしい。


「私は・・・戦のこととか何も知りません。だから軽はずみなことは言えないんですけれど、」


ぽすぽすと今度は私が家康さまの背中をあやすように優しく撫でる。

まるでいつもと立場が逆だ。
それが少し可笑しくて、頼られることが嬉しくてしまりのない笑みが零れてしまう。


「頑張りすぎないでくださいね。家康さまっていつも色々な人に頼られているけど、そっちだって誰かを頼ってもいいはずです。
 辛ければ辛いって言っていいと思います。そんなに自分を追い詰めないで、私なんかでよければ話を聞きますから。」

「・・・・・三成は羨ましいな。」

「え?どこが。三成さまなんて自分を追い詰める典型じゃないですかアレ羨ましいですか?」

「ああ、羨ましい。ワシにはないものを持っている。」


髪の生え際に柔らかい感触がして再び身体が硬直する。
恐る恐る目線を上にやれば、家康さまが私の額に口付けていた。え?


「が傍にいる。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」


かっこいいあの家康さまの顔が、互いの吐息を感じるほどすぐ近くにある。
相手の水晶体には間抜けすぎる自分の顔が大きく映っていた。こんな時でももっといい顔はできないのか、私は。

半ば現実逃避に浸っている私の頬を家康さまの手が慈しむように撫で、ぴくりと身体が跳ねた。


「このままを攫ってしまえば―――お前はワシを軽蔑するだろうか?」

「い、えやすさま、」


縋るような声色に身体は動かない。呼吸は先ほどからずっと止まっている。
視線さえも奪われたまま、ゆっくりと強められていく拘束に抵抗などできるはずもなかった。








































→おわり?
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あとがき。
この後、黒権現に優しーく監禁されるルートと、家康が思いとどまって三成を怒らせるルートに分岐できますよ。書くかどうかはともかく。
まぁ普通に考えて後者ですよね。あれ、関ヶ原組で三角関係になっておる・・・なぜじゃあ!
さああなたの好みはどっち!?(そういえばどっちの料理ショーっていつの間にか終わってた。あの敗者の呟きみたいなコーナーが毎回切ない
DMCでもこんなんやりましたね

家康って頼りがいがあるし人間もできてるけど、そればかりで弱音を吐く相手がいなさそうで可哀そうだと思いました。
赤ルート切なかった・・・ごめんねまだ赤ルートしかやってなくて。西軍大好きなんだほんとすまん、東軍では最初にクリアするから!

話の中でも書いてあるように、初め最悪だった三成との仲をとりもってくれたのは家康です。
それまでは日常的に主人公は殺されかかってました。お互いに譲らないから。たぶん家康いなければ主人公20回は死んでる。
具体的に言うとお互いに舌打ちから挨拶が始まるレベル(ひでえ

 
2010年 11月18日執筆 八坂潤
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