どうやら風邪をひいたらしい。

身体は熱いし頭は痛いし思考はぼーっとするし全体的にだるい。
普段ならたかが風邪ごときと思うけれど、体温計もなくバファリンもパブロンもないこの時代には充分な脅威だ。
なんとなく、このまま私は死んでしまうんじゃないかと思う位に気持ちも参っていた。

ずっと眠っていたためにさすがにもう寝つけず、天井の木目を真剣に眺める作業をしていたら襖の開く音が聞こえた。


「だれ・・・・」

「起きているのなら働け。秀吉様の元で怠けるな。」

「あー・・・・・なんだ、みつなりさまか・・・・」


霞目の視界の中でも三成さまの鋭利な銀色の髪は主張が激しい。
ちっとも嬉しくない人物の登場に内心で舌打ちしながらも、私を見下ろす人物に視線をよこす。


「いつまで寝ているつもりだ。斬滅されたいのか?」

「そんなんじゃない・・・ぐあい、わるい。」


いつもならここで気の利いた反論の一つでも吐きだしてやるものを、今の私にはそんな気力はない。
熱のせいでふわふわする思考は舌の回りにまで影響しているらしく、声にも力が出ない。

私の異変をやっと理解したのか、三成さまがわたしの枕元に膝をついた。
微かな衣擦れの音もやけに大きく聞こえる。


「・・・・具合が悪いのか。道理で静かだ。」

「・・・・・・・。」


もう反応するのもめんどくさくて、至近距離にもかかわらず聞こえなかったふりという自然な形でスルーする。
ぐうの音も出さない私にこの男は至極めんどくさそうに溜息をついて見せた。お前まじで元気になったら覚えてろ。


(少しくらい心配してくれたっていいのに・・・いや、そんなの期待する方がアホか。)


これが私じゃなくて半兵衛さまと秀吉さま、もしくは吉継さまだったら今頃この城では天地がひっくり返るほどの大騒ぎになっている。
忠義に盲目な三成さまは私みたいなその辺から拾ってきた石ころに砕く心はないらしい。

分かってはいるけれど少し切ない。きっとここで真面目に私を心配してくれるのは家康さまくらいだろう、会いたいなぁ。
心配をかけたくはないんだけど、弱った心には誰か一人くらいは心配してほしいっていうか。


「女中を呼ぶ。」

「いらない・・・さっき、カチンときて・・おいだしちゃった、ので。」

「子供の癇癪か、下らん。」

「だって・・・いまわたしがちょうしわるいの、よしつぐさまの、ふこうがうつったからとか・・・・いうから・・・・・」


向こうは私が眠っていると思ったのか、布団の上で悪びれもせず嫌そうに言ったのだ。

吉継さまの不幸がうつったんだわ。
いやだ、私達にまでうつったらいやだわ。
あなたがこの世話をしなさいよ、いやよ私にまで不幸になったらどうするの。

おぼろげな意識の中でもバッチリ聞いていた私は、文章にもならない子供みたいなキレ方をして女中二人を追い出した。
そして元から嫌われているというコンボで、私の部屋にはご飯も運ばれないし誰も様子を見に来てくれない。


「そんなんじゃないのに・・はらがたったから、」

「―――それでそのザマか。」

「あのひとたちがいると、あたまにきて、あたまがいたくなるから、いなくていい・・・・」


だから三成さまも出て行って、とは風邪の寂しさのせいか言えない。
まぁこちらから言うまでもなく「無駄な時間を過ごした」とか吐き捨ててさっさと行っちゃうんだろうけれど。

諦めて再び目を閉じていると、額に冷たいものが当てられて驚く。
私の額には白くて細い掌が当てられ私の熱を吸い取っていた。
今は汗と熱で気持ち悪いだろうに、その手の持ち主である凶王は眉の一つも動かさずにこちらを見下ろしている。


「みつなりさま、いいですよ、きもちわるいでしょう・・その、あせとか、ねつとか。」

「それがどうした。」


気遣う私の言葉を全く意に介さず、冷たい手が具合を確かめるように額から頬、首筋へと当てられる。
悔しいことに熱に冒された体には適度な温度と、人恋しい心には人の手がよく効く。
普段からは想像もしないような優しさに正直感動しながらも、それを告げるときっと中断されてしまうから大人しくされるがままにした。


「・・・・・みつなりさまのてはひんやりしてきもちいいですね。」


頭も灼熱に毒されて、ぼんやりとそんな言葉が出てしまった。
私の頬に当てられていた手が微かに反応し、離れてしまう―――あーあ、何も言わなければよかったのに。

そして無言で三成さまはさっさと部屋から出て行ってしまい、再び部屋にぽつんと残された。


(まあ・・・・あの鬼が私の体調を気遣ってくれただけでも奇跡みたいなもんだよなぁ・・・・・・)


額に残る冷たさの残滓が再び熱に変換されていくのを感じながら木目を眺める作業を再開する。

それにしても水くらい持ってきてくれてもいいのに、と思うのはさっき垣間見せた優しさに期待しているのだろうか。
そんなものは幻想だと普段なら分かるのに縋ってしまう。これが風邪の心細さマジックか。


(それに吉継さまの不幸云々とか、嫌そうな顔をしない人間がいるってだけでいいや、もう・・・・)


実はばっちり傷付いていたさっきの女中組のやり取りを頭から追い出しながら、もう一度目を閉じる。
眠る努力をしようと葛藤し始めてからしばらく、再び襖が開いた。
もう誰だろうが無視するつもりで狸寝入りを決め込んでいると布団の上から身体を踏まれた。しかしいつもより手加減されている。


「寝たふりをするな、。」

「うえ・・・・みつなりさま、なんで・・・」


だるい思考を引き摺って目を開けると、三成さまが憮然とした表情で湯呑と紙の包みを突き出す。
意味が分からなくてきょとんとしていると、焦れたのか白い手が私の身体を抱き起こして支えられる。


「なんですか、これ・・・・」

「家康に薬をもらってきた。飲め、異論は認めない。」

「はあ・・・・・いえやすさまが?」


そういえば家康さまは薬マニアなんだったけか。

しかし持ってきた人間との普段の仲の悪さから鑑みて毒じゃないかとも思ったけれど、さっきの優しさもあり素直に湯呑を受け取る。
三成さまの整った指先が包みをほどき、苦い臭いと黒い粉末に思わず顔をしかめた。


「にがそう・・・・」

「さっさと飲め。余計な手間を取らせるな。」


ためらいはあったけれど薬を口に含み、案の定の不味さに顔をしかめながら水で一気に胃へと流し込む。
苦い余韻に顔をしかめていると長い指が私の口の端からにじんでいた水気をさらっていった。
それに少し驚くものの、羞恥心を感じる間もなく今度は清潔な白い布で顔と首の汗を拭われる。


(・・・・・・あれ?なんでこんなことしてくれてるんだろう?)


でも先ほどのことで学習した利口な口は噤んだまま。
子供みたいに大人しくしていると、今度は布団の中に身体を押し込まれた。


「粥を作らせている。それまで大人しくしていろ。」


そんなことはいってもさっきまで眠りこけていたせいで全く寝付けないんだけど。

身体を横たえた時、枕の横にさっきまでなかった巻物の山に気付いて首を傾げる。
私が眺めている横で綺麗な指がそれを取り、しゅるりと紐をといて広げた。

そして三成さまは布団のすぐ横に腰をおろして片手で書状に目を通しながら、もう片方の手を当然のように私の額の上に置いた。
再び冷たさが熱を押しのけていく。気持ちいい。


「・・・・・・・・みつなりさま?」

「何だ。」

「え、あ、いや・・・・・」


向こうはこの行動に対して全く気にも留めていないようだから、動揺した自分が馬鹿みたいに思えて素直にそれに甘えた。
事実、三成さまの手はひんやりしていて気持ちいい―――肉がないせいか骨ばっているのは少し寂しく感じられたけど。


「この書状に目を通す間だけだ。後で水桶も持ってこさせる。」


私の言いたいことが分かったのか、こちらには目もくれずに平坦な口調で言い放つ。

そうは言ってもこれ短時間で読み終わる書状の数じゃないよねとか。
片手で読むと普段よりも効率が悪いんじゃないとか。
やっぱり汗で不快なんじゃないとか。

そういうものは一切合切飲み込んで、憂鬱な気持ちも飛んで、なんだか嬉しい気持ちになってへらりと微笑んだ。


「ありがとう、ございます。」

「―――――――」


三成さまは無言でさっきみたいな反応も返してくれなかったけれど、相変わらず置いてくれる冷たい掌で返事は充分な気がした。








































→おだいじに
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あとがき。
看病ネタって王道だけど何気に書くのは初めてじゃね?私。
家康が薬マニアっていうのは確か史実だったはず。
豊臣時代の三成はまだ多少の余裕がある。

なんかあとがき短いから「天国へようこそ」について。
タイトルは三成メインだからすごく「月光」と「私とワルツを」で悩んだ。
後者二つは三成のイメージソングとして私の中で定着なう。三成と家康の関係は「剱」を大プッシュする。

前者を選んだのは、「空に本当の顔があるとしたら昼と夜と果たしてどっち?」というのがなんとなく3人の関係を説明してくれる気がしたのです。
まぁ私はどっちも該当すると答えるんですけどね。「熱海の捜査官?」はすげえしてやられた感があった。嬉しい悔しさというか。

 
2010年 11月24日執筆 八坂潤
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