―――吉継さまが長曾我部さまを騙し、家康さまと旧友同士で殺し合いをさせようとしていた事実が明るみになってから数日立った。

三成さまは事の責任をとるために長曾我部さまに自身の軍と身を差し出し、もう一人の犯人である毛利さまを共に討つことになった。
幸いお咎めという罰はないようで、そこは本当に相手の人徳に助けられたとほっとした。

しかし毛利さまのいる厳島までの航海の中、親友に騙されていた事を知った三成さまはただただ抜け殻のようにぼうっとしている。
表面上はいつも通りに振る舞っているけれどふとした瞬間に、視線の先ではないどこかを見つめているようだった。

何よりも裏切りを許さないと豪語する凶王にとって、親友の嘘は相当なショックだったのだ。


「三成さまーもしもーし生きてますかー。」

「・・・・・・・・・」

「今日もだんまりですかーまったく、」


長曾我部さまに宛がわれた船室で、三成さまに強く抱きしめられながら溜息をつく。
骨と皮ばかりの身体を間近に感じる体勢は、正直どこもかしこも色々な意味でも痛い。

―――あの日以来、三成さまは満点の星空から逃げるように夜になると私のところへやってくるようになった。

そして私が何かを作業していても、問答無用でそれを中断させて子供が親にそうするように身体を寄せるのだ。
だからといって喋るわけでも、その、キスとかそういう事をしてくるわけでもない。
只管に私のことを―――自分を裏切らせまいとでも言うように見張るのだ。実質的な拘束である。

月色の髪を指先で弄びながら、私の肩口に顔を埋めたまま無反応の三成さまを観察する。
長曾我部さまが尽力してくれているおかげで少しは食事の頻度も増え、まだ細いけれど多少は健康的な身体つきになった。
私にだってそんなことはできなかったのに、長曾我部さまの言う事には罪の意識からか大体従うようにしているらしい。正直ちょっと妬ける。


「私そろそろ寝たいんですけど、聞いてますかー?また無視ですかー?」


慣れというのは恐ろしいもので、初めの内こそ逃げ出したものの、その度に恨めしそうに捕まるものだから昨日から抵抗も諦めた。
すごいイケメンに抱きしめられているというのは役得だが高揚感はとっくに冷めている。

愛しいだとか甘ったるい感情じゃなくて、この人は恐れているだけだ。
今では唯一となってしまった、自分の傍にいる人間が消えてしまうことを。
それは裏返せば私が三成さまを置いていくかもしれないと疑われていることに他ならない。


(三成さまはここのところ私にやけに優しくて・・・はっきり言ってよそよそしい。
 殴られてもないし暴言もないのはいいけれど、なんか腹が立つ。むかつく。)


すっかり弱り切ってしまった三成さまに以前の勢いは全くない。
いつもの傍若無人さはすっかり影を潜めてしまい、私に優しい凶王なんて違和感ありすぎて正直気持ち悪い。
こんなんだったらいつもみたいに憎まれ口を叩いて、いつもみたいに軽いスキンシップという名の暴力をくらっていた方が全然マシだ。

・・・・・・自分がドM体質ではないと一応、自己申告しておく。

こんな風に抱き寄せられるのも今日で一週間目。
そろそろだと息を吐いて決意を固めた。これを語り終えた後、私の首は地べたに転がっているかもしれないが。

けれど私は三成さまのために。吉継さまのために。


「三成さま、今日こそは言いたいことがあります。
 反応を返さなくても語り終わった後に私のことを恨んでも―――刺してもいいのでとりあえず聞いてください。」


恨む、刺すという言葉に微かに細い身体が反応したようだが、無言を貫き通される。

はっきり言ってこれから言う事は三成さまにとって酷なことばかりだと思う。
けれどどうしても、私が大好きだった吉継さまのために言っておきたかった。


「えっと、吉継さまは結果として酷い事をして、それを三成さまに黙っていました。
 けれどそれは三成さま自身を裏切ってのことだったとは・・・私は思いません。」

「――――黙れ。そんな慰めなど、私は必要としていない。」

「黙ってろアーモンド頭とりあえず聞けって言ったじゃないですかぁやだなぁもう!」


いい加減に腹に据えかねていた私は満面の笑みで三成さまの頭を力任せに握る。
お返しと言わんばかりに布越しに背中に爪を立てられ、こっちも多少のダメージを負ったが回りだした舌は止まらない。


「だって、私も吉継さまと同じ立場だったらそうしたかもしれないから。」

「ッ!!」


ばん、と勢いよく地面に背中から叩きつけられて呼吸が途絶する。

数日ぶりにまともに顔を見ることになった三成さまは鬼のような形相だった。
憎悪の滴る表情で私を睨み、自然と自分の口角が上がる―――そうだ、この人はそうでなくてはならない。


「貴様まで、私を裏切ると言うのか・・・・!?刑部に続き、貴様までもが!私を、」

「ばっかですね仮定の話にそこまでブチ切れないでください、子供じゃあるまいし。
 いつもみたいにちょっと脅した位で話を中断させられるなんて考えないでくださいねざまーみろ。」


いつもと違いこちらを睨み返し、怯むことなく反撃してくる私に三成さまが一瞬怯んだ。

その隙をついて逆にこちらの手が細い肩を掴んで壁に思いっきり叩きつけてさしあげる。
本気で抵抗すれば私の手なんて簡単に振り払えるのを、そうしないことにまた腹が立った。


「話を続けますよ。吉継さまがどうしてあんな事をしたか分かります?少しでも考えましたか?」

「・・・・裏切り者の考えることなど、私は、」

「裏切り者?・・・吉継さまがそうしたのは、三成さまのためですからね。
 家康さまに勝ちたい三成さまのために、旧友の仲を裂いてあなたのために仲間にした。」

「――――ッ」


おそらく、本人にとって一番突きつけられたくなかった刃を喉笛に押し付ける。
薄皮一枚を傷付けて零れた血はきっと涙だった。

そこまで言ってから、胸倉を掴む手はそのままに少し息を吐いて呼吸を整える。


「もちろん、三成さまはそんなこと望んでないし思いつきもしなかったと思います。
 けれど吉継さまは三成さまのために、友達のために何かをしてあげたかった。」


今はもう―――死んでしまった吉継さまを思って少し涙が零れそうになる。

それ相応の報いを受けるべき人だったと理解はしているし、同情の余地もないっていうのは分かっている。
けれどそれでも私に、私達にとってはかけがえのない大切な人だった。

三成さまにとっては唯一の理解者で、親友だった。
私にとっては命の恩人の一人で、その後もお世話になった。

私達は胸に同じ傷を抱えているのに、出血から目を逸らそうとする三成さまを許せなかった。


「貴様が何故そんな事を私に語る!?」

「だって、私だって三成さまのために何かしてあげたいから。」

「・・・・・貴様が、私にできることなど、」

「ある、たった一つだけ。今三成さまにこうして傍にいること程度ですが。」

「――――、」


もし私の頭がよかったら、軍略を一緒に考えていたかもしれない。
もし私が強かったのなら、戦場で一緒に戦っていたかもしれない。

あなたの為に何かをしてあげたいと、いつだって私も思っていた。
どれも実現する力なんかなかったけれど、せめてあなたが孤独に震えた時は傍に居てあげたくて私はここにいる。


「・・・・・刑部は、何故裏切りなど、」

「吉継さま、三成さまのこと大好きだったから。
 いつも大事にしていて支えていて、病気の自分なんかよりも心配していた。
 当の本人は知らないでしょうけれど、私に三成さまを語る時とても嬉しそうに語るんですよ。友人だって。」


三成さまの顔が歪んで、けれどそれは怒りとかではないと思った。

壁に押し付けていた手を離して、今度は自分から細い肩を抱き寄せる。
あつかましいとは思ったけれど何の攻撃もなくただ私に身を任せていた。


「ちなみに私ぶっちゃけ秀吉さまのことも半兵衛さまのことも嫌いでしたが。」

「な、貴様!!」

「だって三成さまに無茶させるから。」


暴れかけた身体がいぶかしげに止まり私に続きを促す。
実は今ので死ぬかと思ったけれど生きている、という事はこの人も少しは変わったんだろうか。


「三成さまは満足だったかもしれないけれど、二人のせいで喜んで無茶するわ向こうはそれを承知で更に無理させるわ。
 何度抗議しに行ってやろうかと思ったか見当も付きません。」

「私は秀吉様に仕える以上の幸福を求めたりなどしない・・・・貴様の行動は門違いだ。」

「でも三成さま、世の中にはもっと色々な幸せが転がっていると思うんですよ。
 それを探す努力すらしない、っていうのはやっぱりあえて何も与えようとしなかった秀吉さま達のせいだと思います。」


決定的だったのは、家康さまが戦場帰りの三成さまを背負って帰ってきたときのことだったか。
あの時の三成さまは血塗れで弱りきっていて、その様子を見たときに泣きそうになってしまった。

どうしてこの人がこんな目に遭わなければならないのかと。
そして疑問を持つことすらしない三成さまが哀れで、とても悲しかった。
本人が幸せだというのならそれまでかもしれない、けれどもっと世界には色々な幸福がある事を知ってもらいたかった。


「まぁ結局は何もしなかったんですけどね。
 けれど、もしもあと一回あれば抗議するって決めてました―――三成さまのために、勝手に。」

「・・・・・・」

「私だって三成さまのこと、大好きだし大事にしたかったから。
 だから何かをせずにいられないんです、きっとそういうものなんです。」


慈しみを込めて三成さまのさらさらした銀髪を優しく梳く。
少し気恥ずかしいことを言ってしまったかな、と思ったけれど撤回する気もない。


「だからお願いです、今は許せないかもしれないし立場としてもしちゃいけないのかもしれません。
 けれど吉継さまが三成さまのことを大事に思っていたのだけは・・・・どうか、否定しないでください。吉継さまが、かわいそうです。」


以上、と三成さまから離れて斬撃に備えてぎゅっと目を閉じる。
神のように信奉していた秀吉さまを嫌いだとか言ったり、偉そうに説教を垂れたり、きっと堪忍袋の緒はぶち切れているだろう。
さようなら私の人生。こんにちは吉継さま。けれど最期に言いたいことを吐きだせたからそこまで後悔はしていないよ。


しかし斬撃の代わりに返ってきたのは、躊躇いがちな抱擁だった。
私の肩に無言で顔を埋めて、けれどさっきまでの拘束ではないように思えた。
悲しみたいという気持ちと悲しんではいけないという自制心とが揺らいで、声もあげずに静かに泣いているように感じられた。

私も散々泣いたというのにまだ足りなかったのか、大粒の涙が後からとめどなく溢れてくる。


吉継さまのやり方は間違っていた。世間からはきっと非道な人物だと罵られるだろう。

けれど私達は知っている。包帯に包まれた細い腕も、その温かさも。それに何度も救われたことも。
三成さまは私よりもずっと知っている。多くの同じ時間を過ごして病身を献身的に支えてきたのだから。
不幸が好きだと囁く舌で三成さまの幸福を願っていたのを知っている。私はずっと見てきたから。

私達は吉継さまが大好きだった。


「――――私はこれからどうすればいい?長曾我部と共に毛利を討った後、私は」

「死のうなんて少しでも考えてたら張り倒しますけど何て続けるつもりだったんですか?」

「・・・・・・・・・。」


図星か、このやろう。

気を取り直して、私がずっと言いたくて、そしておそらく吉継さまも言いたかった言葉を口にした。


「・・・三成さまはもっと自分の為に生きればいいんじゃないですかね?」

「自分のために?」

「そう、秀吉さまのためでもなくて自分のために我がままを言ったり、してみたりとか。
 思うに三成さまは無欲すぎるんですよ。そんなんじゃ駄目です。」

「――――考えたこともない。」


予想通りの回答に、まぁそうですよねと続ける。

そんなの私物が一切転がっていない私室を見れば初対面でも分かります。
物欲どころか三大欲求まで喪失してる人には難題かもしれないが、けれど欲望=希望も夢も無いままじゃ駄目だ。


「したいこと、っていうのは難しいから手始めに欲しいものを挙げてみるとか?
 私は欲しいものたくさんあるんで、それすらない状態ってのは見当もつかないですけど。」

「・・・・・・・・。」


頭上で考えるような素振りをしてくれているのを感じて少し微笑む。

この物欲皆無男が欲しがるものって何なんだろうか。全く想像ができなくてちょっと面白い。
これがおいしいものだったりしたら拒食症も解決して万事オッケーなのだが。何にせよ叶えられるものが良い。


「貴様だ。」

「へ?」

「貴様を、私に寄越せ。」

「へ?」


少し身体を離して三成さまが真摯な瞳でこちらを見下ろしている。
嘘も装飾もない、直線的すぎる愛の言葉だと理解したのは数拍置いてからだった。

ぼっと林檎よりも赤くなる頬を見られたくなくてこの場から逃げ出したくなる衝動に駆られるが、どうやら逃がす気はないらしい。
押さえこまれるようにますます強く抱き寄せられてこの薄い胸板以外の行き場を失ってしまった。


「あ、いや、私、物じゃない、っていうかそれ、どういう意味で?ペット、動物的な?」


返答の代わりに頬に柔らかい感触がして、その後にちろりと濡れた舌になぞられて身体が跳ねた。
反論しようとわななく口は、けれど三成さまの曇りのない眼に射抜かれて満足に動かない。

なんだろう、この子供みたいに純粋な瞳に見つめられるとどうにも弱いのだ。


「いや、もっと、綺麗な人とか、いると思うけど、孫市さまとか、きれい、だよ?」

「貴様だ。」

「だ、大体、私をいつまでも貴様呼ばわりしているような男に、「」え!?」

「。」


固まる私の両頬を掴んで固定し自分から目を逸らせないようにする。
綺麗としか表現のしようのない人が私を、私なんかを見つめていた。答えは決まっている。


「こんなのでよければ、いくらでもどうぞ。」

「こんなのでいい。私から離れるな。」


この戦が終わったら覚悟していろ、という言葉に馬鹿みたいに何度も頷いた。
まるで宣戦布告のような口ぶりに何をどう覚悟すればいいのかピンと来なかったけれど。

けれど三成さまが初めて何か(まさかの人間、しかも私)を欲しがったというのは、とても嬉しい。
おそらくそれを最も喜びたかった人物の顔が脳裏によぎり、勢いよく立ちあがった。


「三成さま、いきなりであれなんですけど星を見に行きませんか?」

「――――――、」


私の言わんとするところを察したのか、同じく立ち上がり私の顔面に思いっきり羽織を投げつけた。
いつもの調子が戻ったようで嬉しいのか悲しいのか・・・いや、嬉しいのか。苦笑しながらそれに袖を通して白い手をとる。

そして私達は満天の星空の下で肩を寄せ合い、少しだけ泣いて眠った。








































→おわった
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あとがき。
元親緑ルートの、大谷が倒された時の三成の沈黙が意味深過ぎる。
きっとすごい葛藤があったんだろうなぁとか、それを書きたかったのですがいまいち消化不良ですね。
主人公は大谷さんがやったことを重々理解してはいるけれど、大谷様寄りの人間だから憎み切れないというか。
なんか主人公が偉そうに説教たれててすみません。
あと主人公がやけにあっさりしているのは、語りたかったのはそこじゃなかったからです。

 
2010年 11月30日執筆 八坂潤
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