血のように赤い夕焼けの光を受け、畑が黄金色の絨毯となって輝いている。
この調子だと今年は豊作で人々の生活はより豊かになり笑顔が溢れるだろうと確信する。
もはや戦の気配に怯えることもなく暮らす皆の表情は明るく、これからの平和な時代を予感させた。

これが思い描いた太平の世。
友と彼女との絆を断ってまで手に入れたかった絆の世。


「平和ですね、家康さま。」


虫が暢気に鳴きはじめる中、隣で座っているが道中で買ってやった団子を頬張りながら花のように微笑む。
口の端に粉が付いているのを見つけて苦笑しながら取り除いてやろうとすると、それよりも早く死蝋の指が攫って行った。

殊更に肌の白い三成が呆れたような顔をして「子供か、は。」と鼻で笑い女の顔がむっとした顔を作って見せる。
いつもの二人の光景に思わず口元が笑ってしまった。それを見て今度は二人で不機嫌そうな顔になる。


「ああ、コレがワシの夢見ていた太平の世―――戦がない、平和な時代だ。」

「今まで戦が絶えなかった日の本に訪れた平和か。
 貴様がいつか私に語っていた理想の世は美しいな。今まで見たこともない世界だ。」

「おめでとうございます。家康さまの夢が叶ってよかったですね。」


友人の祝福の言葉とが小さな手でぱちぱちとささやかな拍手を送ってくれた。
たったそれだけの事なのに相手が違えば万雷の喝采にも勝る心地だった。

愛している女と、かつて袂を別った友人、それが隣でこうして居てくれるだけでも胸が震えるような幸福感に包まれる。


「しかし家康。貴様のような天下人がこんなところをうろついていていいのか。」

「いや、前にと約束していたんだ・・戦が終わったら3人で遠乗りに出かけようと。
 平和な世の中になったら、みんなで遊びに行こうとな。」

「おお!覚えててくれたんですね!!嬉しいです!!」


ぱあっと咲いた笑顔を捕まえようと伸ばした手は、それよりも早く立ち上がったのせいで空を掴む形になった。
手を翳して光を眩しそうに目を細めながら黒い瞳が黄金色の海を眺める。平和な世界が映っている。
を挟んで一つ隣に座っていた三成も郷愁の眼差しでそれを見守っていた。


「ワシが望んだのは平和な世の中だったが、それと同じくらいに三成達と・・・・こうして3人でまた居たかった。
 それが今叶ってワシはとても嬉しい。そのためならどんな戦も乗り越えることができた。」


もう叶わないと半ば諦めていた希望だった。
三成は自分の神を殺したワシを決して許しはしないだろうと、そしてはワシが心を折った三成を決して見捨てないだろうと。
だから二人とはもうこんな穏やかな時間を過ごすことなどできないと考えていた。しかし今こうして実現している。

友人と愛した女が傍にいる。たったそれだけのことなのに胸が満たされて死んでしまいそうだった。
こんな平凡を心の底から渇望していた。おそらくこの平穏と同じくらいに。

自分も立ち上がりぱんぱんと尻についた草と土を払い、近くにつないでいた馬を手綱で引き寄せる。
持ち主に似た雪色の馬が鳴き、宥めるようにそのひんやりとした毛並みを撫でた。


「さて、そろそろ帰らねばな・・・これ以上外にいると夕餉の時間に遅れてしまいそうだ。
 今日はちゃんと食べるんだろうな?三成。」

「フン・・・食べないと言っても貴様達が無理やりに食わせるのだろう。」

「その通りです!三成さまも学習してるんですね!!」


の言葉にむっときたのか、細い指がふっくらとした頬に伸びて容赦なく引っ張った。
童のように肉が伸びて痛いと主張しているらしい声に助け船を出そうとする。
が、その前に死人のように白い指が離れて紅葉の手が赤くなった頬を不満げにさすっていた。


「あ、待って家康さま。吉継さまにお土産を持っていかないと。」

「ああ・・そうだな。今回は何にしようか?前は桜吹雪だったが・・・・」

「アレは迷惑だった。いきなり刑部の部屋に押し掛けたと思えば袋一杯の花弁を頭からかけて・・・・」

「その後の掃除も大変だったな。」


懐かしい、と目を細める。

まだワシらが同じ場所で暮らしていた頃に、花見をしようとが持ちかけた妙案。
桜を切ると枝から腐ってしまうために地面の花びらを拾い集めて刑部の部屋で広げたのだ。
今までの花見で見てきた見事な満開の樹の下よりもずっと美しく感じられた。

その後はしこたま三成に怒られて部屋の掃除をさせられたものだったが、それすらも楽しかった輝かしい思い出。


「道中で団子をもらっただろう。もう一度あそこへ寄って買って帰るか?」


おいしかったんだろう?と問えばが頷いたが、別の何かを指さす。
何を示しているのかと視線をやれば、その先には真っ赤な花畑が広がっていた。
血色の彼岸花が気が触れたように鮮やかに咲き誇る非現実的な光景に、美しさよりも不吉さを感じる。


「確かに綺麗だがそれは、」


死人の花だろう、と喉に出かかった言葉を飲み込む。


「それがいい。刑部の好きな花だ。」

「・・・・・まあ、親友の三成がそういうなら・・・」


の指が伸ばされて無防備に赤い花を手折ろうとする。

しかし彼岸花は毒草だ、その強烈な毒は折った花茎の汁に触れるだけでも危険だと言う。
止めようとしたワシを三成の腕がやんわりと制して、の腕を掴んで自分の胸に優しく引き寄せる。

そして一閃。

刀が鞘に収まる涼やかな音と共に赤が散り、悲鳴の代わりに断面からはどろりと液が垂れた。
それをかがんでいくつかを拾い上げ、誤って液に触れないよう配慮しながらに手渡す。
その際にこれが毒花であるという教えと注意も忘れない。

以前からは想像もつかないような、秀吉以外の相手に向けた労わりの所作だった。


「三成は・・・に優しくなったな。」


内心の焦りを押し殺して揶揄してやれば、白蝋の美貌が謎めいた笑みを浮かべるだけだった。
の黒髪を慈しむように撫でてから馬を引き寄せ、当然のように自分の馬へ乗せようとしたのを見て慌てて声をかけた。


「、帰りはワシの方の馬に乗っていかないか?」


がきょとんとしたような笑みを浮かべてから、顔を伏せて首を横に振る。
それでも引き寄せようとしたワシの腕は、三成がを自分に抱き寄せたのを見て止まってしまった。

目の前の骨のような腕が宝物を守る子供のようにぎゅうとその身体を密着させて彼女を離さない。表情はその内心を読み辛い。


「みつな、」

「だけはやれない。お前には天下をくれてやっただろう―――私の命も、何もかもを。
 だからは私が貰って行く。これだけは譲ってやらない。」


呼吸が止まる。

いつの間にか鳴いていたはずの虫の音も聞こえなくなっていた。
夕焼けも、彼岸花も、も三成も、急激に世界が色を失ってくすんでいく。

このままを連れて行かせてはいけないという強迫観念に囚われるが身体が動かない。


「ッ―――!」

「家康さま、私はそっちの馬には乗れません。」


の顔が哀しそうに翳り微笑んだ。
先ほどの笑顔とは―――違う、ワシはお前にそんな表情をさせたかった訳では、


「だって、私は――――」




















ばさり、という紙の束が落ちる音でびくりと目が覚める。
思わず立ち上がって周囲を見渡したが、共通点は夕刻だというだけの―――ただの無機質な城の中だった。
いつの間にかうたた寝をしていたようで、執務の机に書きかけの書状があるのを見て意識が現実に帰る。

そうだ、これは治水の―――天下を治めてから真っ先に手を付けたかった仕事の、


「三成!ッ!!」


呼んでもあの二人は出てこないが、足にこつりと何かが当たって視線を落とす。
持ち主のいなくなった紫紺の鞘が微かに白銀を晒して転がっていた。三成の凶器。

刀を恐る恐る拾い上げると微かにあの花が香った気がした。


(関ヶ原の決戦で三成を、殺してから―――ずっと疑問だった。
 きっと城内で待たせていたはずのの姿までもが消えてしまったことを。)


罵倒されてもいい、とにかく会いたい一心で探した姿は城のどこにもいなかった。
北条に頼み込んであの伝説の忍びの手までを借りたが手掛かりも見つからず、忽然と消え失せていた。

しかしこれで疑問が氷解した。


(そうか、三成・・・お前がを常世へ連れて行ったんだな。)


もともとは存在が不安定な人間だった。
未来から来たという彼女はいつ消えてもおかしくなくて、居ること自体が奇跡のような存在だったのに。
それがいつの間にか当り前だと思い込みたいまでにを必要としていた。

そして衝突しながらも三成も少なからずに惹かれているのは知っていた。
自分が秀吉を殺せば、拠り所を求めて彼女に傾倒していくと予想していないわけではなかった。


それでも世の太平の為に三成から支えを奪い、を手放した。
いずれ平和な世も愛した彼女も代えがたい友人も自分の手に掴めると、求め続けていた罰なのか。

やっと掴んだ夢のはずだった。
しかしそれが三成の屍との消失の上に成り立つものでは、なかったはずなのに。
願わくば3人で肩を並べて微笑みあえる安らぎが欲しかった。その為に戦ってきたはずだった。


「三成、・・・ワシはお前達が笑って過ごせる太平を、」


なのに―――ああ、あれは祝福の言葉などではなく、








































→いんふぇるの
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あとがき。
天下を掴んだ手に掴めなかったもの。友人の命と好きな人の魂。

鋭い人はタイトルでもうオチに気付く。
たまには、こういう、意味不明なのも、書いてみたかったんです。
ちなみにネタが下りたきっかけは「二人には幸せになってもらいたい!」という意見を結構多く頂きまして、嬉しくてつい・・どうしてこうなった!

あと家康好きです私。そんな疑問の目でディスプレイ越しに見つめないでください。
あと吉継さま彼岸花好きそうだなーってのはなんとなく。

死を連想させるワードを散りばめて、けれどその違和感を忘れるように仕向けましたがどうだったでしょうか。
目指したのは「熱海の捜査官」のノリです。巧妙に隠せていたら嬉しいな。
三成が妙に優しいのも違和感の一貫ってことで・・・って夢小説で言う言葉じゃないな。

常世はこの場合、黄泉の国ってことでひとつよろしくお願いします。
夢主なら天国に、もしかしたら行けたかもしれなかったのに三成が常世へ連れて行ったことによりその芽を摘んでしまったのが個人的な萌えなんですがどうでしょうか。

いんふぇるのネタ気付いた人がいたらぼくと握手!ヒント:愚図

 
2010年 12月4日執筆 八坂潤
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