秀吉様が討たれたという知らせはこの城にまで届いていた。 そして殺したのはあの家康さまだという話に私は驚いたけれど、でも納得もしてしまった。 織田がつき、羽柴がこねし天下餅、座りしままに食うは徳川。 あの人が天下をとるというのは小学生でも学ぶ歴史で、こちらのかなり怪しい過去の世界でもそれは変わりなかったのだ。 だからあの人が実質に現政権を握っていた秀吉様を倒し、自分が天下取りに名を挙げると言うのも納得のいく話である。 そして絶対の支配者がいなくなったことによりこの城からは色々な人が出て行ってしまった。 以前から豊臣に不満を持っていた人、家康さまに心酔する人、権力の下で甘い汁を吸おうとしていた人、みんな様々だ。 中には凶王三成を恐れていなくなった人達がいることも私は少なからず知っている。 私も三成さまがいない今だからこそ出ていくべきだと分かっていたけれどどうにもそれができずにいた。 それが罪悪感からくる自分なりの贖罪なのか友達を心配する美談なのか分からずに悩んだが答えは出ない。 そうこうしている内に数日。 ああ、耳を澄ませば死神の荒々しい足音が聞こえてくる。 すぱんという軽い音と共に襖がまるで熱したバターのように抵抗なく斬られるのが見えた。 それを普段ではない落ち着いた意識で受け止め、覚悟を固め正座して相手を待つ。 視線の先には鬼が居た。 紫紺の鞘を口に咥え、冴えた月光の刃を持ち、目を獰猛な色に爛々と輝かせて。 こちらにありったけの憎悪と殺気を放つ美しい鬼がこちらを睨んでいた。 今まで衝突や諍いはあれどここまで明確な殺意を向けられたことはそもそも人生であっただろうか。いや、ない。 心臓が恐怖で竦んで干物になってしまうのを堪え、抵抗もせず逃げもせずただ琥珀色の瞳を見つめ返した。 ―――まるで癇癪を起こす寸前の子供のようだ。 見た目は悲憤に駆られる大人だというのに、その内面は与えられる理由がなければ一人で断つことすらもできない子供。 親からの愛情以外の全てを拒絶して全てを捨てて全てを捧げたこの人は、秀吉様がいなければただの空っぽ。 酷い言い草だけど本当にそうなのだ。 今こうして憎しみに縋らなければ立っていられないほどに弱くなってしまった。 それを自業自得だと理解することもできない脆弱さは、私よりもずっと脆いと思っている。 「・・・・・・三成さま、私は、っぅ!!」 痩躯がゆらりと揺れたと思った刹那、後頭部から畳に思いっきり叩きつけられて口から呻き声が漏れる。 痛みと衝撃に言葉を発せずにいると私の首筋を抑えるもう片方の手が白銀が掲げているのがぼんやりと見えた。 (――――ああ、殺されるだろうな) 今までこう思ったのは何度もあったがここまで明瞭に自分の死をイメージできるのは久しぶりだ。 それにいつもだったら助けてくれる家康さまもこの場にはいない。私を助けてくれる人間なんてここにはいない。助からない。 そして更に悪いことに三成さまには私を殺す理由がある。 その予想が付いてしまうからこうしてまな板の上の鯉みたいに抵抗も逃走もできずにいる。 いや、できたとしても関係ない。私みたいな一般人が凶王に勝てるはずがない、逃げるチャンスなどとうに溝に捨てていた。 軽い脳震盪から回復して視界がはっきりしてくると、正視に堪えない恐ろしい般若の美貌が私を出迎えた。 その瞳の奥が怒りだけではない何かの感情で少しだけ揺らいで見えたのは、私の勝手な願望なのかもしれない。 「貴様!こうなることが分かっていたな!? 家康が秀吉様を殺すことを分かっていて、そして黙っていたなッ!!?この裏切り者がッ!!!」 「ッ・・・・・!!」 裏切り者、という言葉の棘に目の奥と胸が刃で刺された様に痛んだ。 それは文字どおりの意味だけではなく三成さまにとって最悪の敵であるということだからだ。 今まで役立たずだの何だの罵られたことはあったけれど、この単語だけは言われたことがなかった―――言われないと思っていたのに。 流れ出る存在しない血の代わりに涙が零れそうになる、けれど泣かない。私は泣いてはいけない。分かっていても泣きそうになる。 だってそうじゃない。私はこうなる可能性を知っていて黙っていたのだから裏切っている。三成さまからの僅かな信頼を踏みにじった。この手で! 「今すぐ秀吉様に頭を垂れ謝罪しろッ!貴様を殺し家康もろとも首を献上してやる!!」 私にも用意していた少なからずの弁解もあったけれど、先程の言葉で一瞬にして気力が萎えてしまった。 覚悟は決めていたのに実際に言われると想像以上に辛い。胸が抉られるようだった。 昔だったらここまで悲しいと感じなかったのに、予想以上に私はこの人に対して親愛の情を抱いていた。 ああ、でもやっぱりこの人には私を殺すその権利がある。 「何もしない」という選択をしてしまった私には三成さまに対して大きな罪がある。 この殉教者にとって秀吉様を失うことは世界が滅ぶと同じ意味だったのに、分かっていたのにあえて沈黙していた。 「・・・・・・・・・・・・・・・。」 自分の死を直視するのが怖くて、目を強く閉じてあの白い刃が私の首を撥ねるのを大人しく待つ。 凶王三成と罵られるこの人の腕だ、それはきっと苦しまずにすぱっと殺してくれるんだろう。 ああでもこの場合は散々に苦しめてから殺すのかな、麻痺させていた本能が今更になってそくりと反応した。死にたくない。 でもいつまで経ってもその時はやってこない。僅かに何かを期待してしまう自分にはさすがに吐き気がした。 「何故、何故弁解しない!?いつものように抵抗しない!!?ッ答えろ!!」 「―――――、」 まだ、名前を呼んでくれることに驚いた。 そして次には、その声が泣き出しそうな子供のようなものに感じられて二度驚いた。 躊躇って―――くれるのか。 三成さまも以前だったら私を殺すことに逡巡すらしなかっただろうに。 私がこの人と過ごした時間はそれだけの価値は残せたのか。なら私はここに生きていて、全くの存在していなかったわけじゃなかったのか。 相手の言葉に触発されてつい私も言葉を返してしまう。 「・・・・・前にも、言いました。私が知ってる歴史とここは違うって。 それは半兵衛様も了承済みで三成さまも知ってたはず、です。」 「ッ・・・・・なら貴様はこうなることを知らなかったとでも言うのか!」 「家康さまが天下を取ろうとするのは知っていた、けれど、こんな形じゃなかった。」 知っていた、という言葉に反応してか私の肩が相手の剛力に軋み悲鳴をあげるのを感じた。 けれど一向に刀を振り下ろす気配はない―――私を殺したいのか、殺したくないのか。 「秀吉様が亡くなった後に家康さまが天下を狙う。 けれどその死因は戦いだとか、謀反だとか・・・そんな理由じゃなかったはずなのに、」 「しかし家康が秀吉様の天下を掠め取ろうとするのを、貴様は知っていて黙っていた・・・それは罪だ!! 許さない、許さない許さない許さない貴様の沈黙を!私は許さないッ!!」 再び声に憤怒の火が点ったのを感じて、一瞬でも抱いてしまった淡い期待が音を立てて崩れた。 開こうとしていた目を再びぎゅっと閉じ畳に投げ出していた手で自分の着物を強く掴む。震えが止まらない。 やっぱりこの人は私を許したりはしないんだ。 半兵衛様の時は病死だったからまだ酌量の余地はあったけれど今回はそうはいかない。 精神的支柱を折られてしまえばこの人は壊れてしまうって分かっていたのに、私は家康さまの為に口を噤んだ。 違う、私は密告者に―――殺人者にだけはなりたくなかった。 ましてやそれが親しい友達であるのなら、尚更。家康さまを殺す共犯者などになりたくない。 (でもね三成さま、例え二人の立場が逆だったとしても私はそうしていたよ。 家康さまだから黙ってたんじゃない。相手が吉継さまでも、私はみんなが好きだったから。) しかしこのままいくと月と太陽が争って殺し合って、結局はどちらかを失うことになる。もしかしたら、両方。 これが双方が生きられるようにと願って求めたぴったりの罰か―――私はそんなもの見たくない。 ああ、だったらその前に。 「三成さま、私・・・役立たずだよ。」 「何を今更・・・貴様に期待したことなど一度もない。」 吐き捨てられるような言葉に、なんだやっぱりそうなのかと納得してしまった。 私はこの人に何かを期待なんてされてなかった。期待を持たせるにも満たなかった。 縋りつこうとする意志など完全に潰えてしまい自分を貶める、私を殺したくなるような言葉をつらつらと並べていく。 「違うよ。本当の意味で、私は豊臣の為にもあなたの為にも何もしてあげられないんだ。 生かされてる意味がない。利用できる価値もない。私は本当に―――ただの足手纏いだ。」 ―――本当は自分が無価値だなんて認めたくはなかった。 だからここに居る理由を求めて、私は三成さまにお節介を焼いた。 この人の世界を広げることに勝手に使命感を燃やして、けれどできなかった。無力だった。 ずっと目を逸らしていたのに言葉にしてしまえば予想以上にショックで涙が零れる。 自分が殺されることは我慢できても自分の不甲斐なさには耐えられなかった、そしてそんな自分に情けなさを感じるループ。 目を閉じていても分かる大粒の滴がは後から絶えることなく溢れ、耳の脇を伝って畳へ染み込んでいく。血のように。 「私にはここで生きる理由も価値もないって思い知らされた。」 「・・・・・・・・・・・・・。」 それでもなかったのだ。 この数日考えて、頭を捻って、それでも何も浮かばない自分の存在理由に失望した。 誰からも求められることがない自分の存在に絶望した。元の世界では友達も家族も私を必要としてくれた、でもここでは? 家康さまは三成さまが私を殺しに来ることくらい予測がつくだろうにこうして何もしてくれない。 けれど見捨てられたとは思わない。最初から私は誰の手にも拾われていないから。 思い知らされる―――私は圧倒的に何も持っていない、何もしていない。 「戦うこともできない。頭もよくない。もし両方できても私は人殺しになんか関われない。 唯一の存在理由だった未来を知っている事も、今回の事で全くの無意味だって・・・証明されてしまった。」 目を開けても涙のせいで世界が滲んで相手の表情を窺い知ることはできない。 私はきっと生気のない表情をしているんだろうな、と思った。死相。 「だから三成さま、私を殺す理由があるよ――――だって役立たずなんだもの。 私と仲良くしろって言っていた半兵衛様も、もういない。秀吉様が死んだのも全くの無関係とは言えない。」 「私は・・・・私は!」 「その上こんなに三成さまを悲しませるなんて、私みたいな裏切り者なんかもう―――死んでしまえばいいんだ。」 「・・・・・・・・・・・・・、」 相手が微かに息を飲んだのを感じた。何を今更、刃を振りかざしているくせに。 三成さまも絶望している、けれど私もそれ以上に絶望していた。 無力感に窒息してしまいそうだった・・・・正直、もう耐えられない。 この刃が振り下ろされないというのなら自殺してもいい。ただ生かされるのにはもう、限界だ。 秀吉様にもしも何かがあったら支えてあげようとか思ってたけれど実際はそれすらもできない無力な自分。 このまま生きていても辛いものを見るだけ、このまま生きていても価値を持たない見出せない、ならばいっそのこと。 「だって私、三成さまに要らないって言われたらもう居場所なんてない。 家族も友達もいないこの世界で生きる方法が分からない生きていけない―――いずれ死んでしまうならいっそ殺してよ。」 私をこの城から追い出して、悪い人に殺されたり動物に殺されたりする位なら苦しむ前にいっそ殺してほしい。 凶王様にもそれ位の慈悲があったっていいじゃない。私はその程度の働きもしていないの? しかし三成さまの瞳が苦悩していた。 向こうにとっては私を殺すだけの簡単なお仕事だろうに、懊悩に塗れ苦しんでいる。 その葛藤の理由に少しでも私の事を考えてくれていたのなら、きっと上出来なんだろうな。 「それに三成さまが私を殺して気が晴れるのなら、そうすればきっと私にも少しは利用価値はあったから。」 そう思うと少しだけ清々しい気分になれた。 三成さまの為に私だけができる事が殺されることなんて、あんまりだけど。 でもそうすれば二人が争う哀しみも、どちらかもしくは両方を失う悲しみも、自分に対するかなしみも直視せずにすむ。 正常な頭だったら「ハァ?頭おかしいんじゃねーの」と言える考え方だがそれすらもできないほどに、脳が疲弊していた。 黙っていればいいものを、最期だからと思うとつい余計な口が滑ってしまう。 「でも、できれば三成さまには生きていてもらいたいなぁ・・・・私、三成さまのことが好きだよ。 家康さまと同じくらい吉継さまと同じくらい友達と同じくらい家族と同じくらい、大事にしたかった。」 「貴様・・・家康を、あの裏切り者を私と同列に並べるのかッ!!」 違うよ、注目してほしいのはそこじゃないよ―――って言ってももう届かないんだろうな。 諦めの境地に達していると、圧し掛かっていた軽い身体が後方へ飛んで行った。 何が起こったのか理解できずに硬直し目を白黒させる私の腕を誰かが無遠慮に掴む。 それを悲鳴をあげ気にかけるよりも相手の安否が気にかかって意識を前方へ集中させた。 相変わらずこちらを射殺そうと睨む三成さまの目は、しかし私の真横に向けられている。誰を、見ている? 「え、え?」 理解が追いつかない声でやっと絞り出したのはなんとも間の抜けた声だった。 私の腕を掴むのは、見知らぬ黒装束に顔までも包まれた細い人。 私の前に立つのは、見知らぬ赤銅色の髪に白と黒の衣装を着て背中に細い刀を刺した人。 特に赤髪の人は―――まるで私を三成さまから庇うように間に立ち塞がっている。助け、られた? 「迎えに来ました。行きましょう。」 「貴様・・・!秀吉様の城に土足で踏み入るなど、何のつもりだッ!!」 「――――、」 三成さまが獅子のように吠えると同時に視界から消え、たと思ったら次の瞬間には赤髪の人と互いの刀を拮抗させていた。 たわめられた殺意が爆発し、今更になって目の前で戦闘が始まっていると理解し小さな悲鳴が喉奥から漏れる。 今まで家康さま達の鍛錬を見たことはあっても本物の殺し合いを見るなんて生まれて初めてで、膝が笑ってしまう。 私をそのままどこかへ連れて行ってしまいそうな勢いの二人組に、このままではいけないと何とか声を絞り出した。 「迎えって、誰が?私どこに行くの!?」 「家康様があなたの命を凶王が脅かすようなら守り、連れて帰ってほしいと。」 「家康だと・・・ッ!貴様ァ・・・・・!!」 「な、私、そんなの聞いてない・・・・」 更に殺意を増した瞳に射竦められるが私はそんなことを頼んだ覚えはない、というかそんな余裕がないし手段もない。 そんなことはそっちだって分かってる癖に正常な判断力を失ってやがる。攻撃色で真っ赤みたいです。 「本当に家康さまが、私を?」 「はい。あなたの身を案じていました。」 「家康さま・・・・・・・・。」 ちゃんと家康さまは、私なんかの身を心配してくれていたのか。 私みたいな無価値な命でもちゃんとあの人の中に存在していたのか。 危険な目に遭わないようにと守ってくれるよう配慮してくれたのか―――さっきは見捨てたとか言ってごめんなさい。 そう思うと胸にじーんと来て少し嬉しくなるが、しかしこの緊迫した状況でそんな余裕は許されない。 ちらりと三成さまを伺えば琥珀色の瞳が揺らぎ少なからず狼狽しているのが分かった。 その中に自分を責めるような、親に置いて行かれた子供のような感情を見た気がしてなんとなく高揚感も失せてしまった。 「さあ行きましょう。ここは危険です。」 「え・・・・でもそっちに行くってつまり、東軍っていうのに行くってこと?」 西軍を、三成さまを裏切らなければいけないの? その意味に浮かしかけていた腰が再び力なくすとんと畳に落ちる。 きぃんという金属の哭き声が響いて、赤髪の人と三成さまが少しだけ距離をとった。私から離れてしまう。 私を殺そうとした美しい死神がこちらを見ている。私を見ている。 言葉にはしてくれないけれど、その顔にははっきりと「行くな」と書いてあった。 そして私もそれをしてしまえば、今度こそ苦労して結んだ細い絆が完全に切れてしまうと分かってしまった。 「殿、」 「私、そっちに行けない・・・・私まで三成さまを裏切ったら、三成さまがかわいそう、だから。」 「正気ですか?あなたは今殺されかけていましたが。」 理解できないといった訝しげな声がする。そうだ、私は何を言っているんだ。 現に殺されかけて、何もできない役立たずだと告白して、裏切り者と罵られたのに。 それに何よりも多少の歪曲はあれど史実通りに歴史が動くと言うのなら、天下人になる家康さまについて行くのが賢い方法だ。 家康さまは私を気にかけてくれた、助けようと手を差し伸べてくれた、きっと必要としてくれるかもしれない。 私を朝が遅いからといって踏まないし淹れたお茶がおいしくなくても不味いとか言わない、比べても差は歴然なのに。 それなのに首を横に振り拒否の言葉を紡ぐ。 自分が楽に生きられる退路をこの口で断っていく。 「うん、私も残念なことに正気・・・・・三成さまが怖いからとか、そういうのでもない・・。 昔はそうだったけれど、最近は三成さまはそんなに怖くないから。」 これは本当だ。 今みたいに冗談抜きの殺気を向けられたら当然に怯えるけれど、最近はそんなものを感じていなかった。 刀を抜かれてもそこまで怖くなかったし、なんとなく半兵衛様の命令抜きでも殺されないだろうと―――妙な確信があった。 だからこそ私も家康さま同様に親愛を向けた。助けたいとまで思うようになった。 「家康さまはきっと色々な友達ができるけど、三成さま友達が少ないから・・・吉継さましかいないから。 だから私までいなくなったら、三成さま寂しくなっちゃう・・・・」 「――――、」 「それにあんなに辛そうなのに、三成さまのこと放ってなんかおけないよ・・・・・。 私、何もできないし役立たずだけど、三成さまを本当に裏切ることだけは、したくない。」 飾ることもできない拙い言葉と本心。 全員が虚をつかれたような表情で・・・・ただ赤髪の人だけは顔色を窺えない。 きっと馬鹿な女だとか思ってるんだろう、うんそれ正解。せっかくの救いを拒否するなんて自分でも馬鹿だと思う。 でもそうしても惜しくないほどに私はこの友情とも愛情とも呼べないか細い糸を大事にしたいと思う。 「家康さまにはわざわざ迎えまでよこしてもらって、こんなこと言える立場じゃないっていうのは分かってるんだけど、でも、」 「・・・・・・ですがあなたを死なせるなという命令ですので。」 「っぅ・・・・」 片腕の膂力だけで無理矢理に立たせ、私の意志なんかお構いなしに連れて行こうと腕を引っ張った。 抵抗をするが全く動じることのない様子で連れて行かれそうになってしまう。せっかく決意したというのに! けれどすぐさま頬に鋭い旋風を感じ瞬く間に何かに抱きかかえられる。 三成さまが鞘を口に咥え、しかし今度は刃を赤髪の人達に向けて私の頬を自分の胸に少し乱暴に押し付けた。 理解ができなかったのは一瞬で、その行動の意味にさっきとは違う涙が再び零れた。 そして戦鬼の表情で前方を睨み私を離すまいとでも言うように抱き寄せる腕に力を込める。 「私はを殺さない。だが秀吉様の城を荒らした貴様らは殺すッ!!」 「三成さま、私は!」 反論を封じ込めるように私の顔面を白い陣羽織に押し付け相手を威嚇するように膝をたわめる。 暴発寸前の殺意に黒装束は緊張した様子で一歩引きさがり赤髪の人を仰いだ。 「長、どうしますか。」 「―――――、」 長と呼ばれた赤い人はじっと私達を見つめ、何かを少し考え込んだようだった。 しかしすぐさま消えてしまい、黒装束も肩をすくめてそれに続く。見逃してくれたのか? まるで初めからこの部屋には私と三成さましかいなかったかのように、しんと静寂が舞い降りた。 けれど隠しきれない戦闘と緊張の後が微かに残っている。場所だけでなく私達の記憶の中にも。 「今の人達・・何だったの・・・・?」 ふらりと三成さまから何の気もなしに離れようとしたのを、今度は背後から両腕で強く抱き寄せられる。 無造作に落とされた刀と鞘が軽い音を立てて畳に傷を付けた。 「、」 初めて抱き寄せられた身体は服の上からも骨が当たっているのが分かる位に細くて高揚感よりも悲しくなった。 家康さまにこうされたことはあったけれど三成さまに抱きしめられるのは、そういえば今までない。 男の人なのに私の腕が回ってしまうほどに細い腰を、折れないように何かから守るようにそっと抱きしめた。 「・・・・・・三成さま、さっきのって・・・」 「――――私は嘘などつかない。だから先ほどの言葉に偽りなどない。」 ぎりり、と抱き締めると言うよりは拘束するように腕に力を込める。骨が再び軋んだ。 熱い抱擁だなんて甘い表現は似合わない。そんなものではない。 こうしている今でも三成さまは私への殺意と何かで心が揺れている。その何かの正体は、分からないけれど。 「だから貴様も私を裏切るな。先ほどの言葉を命を賭けて遂行してみせろ。」 以前では考えられないような言葉に、さっきとは別の意味で泣きそうになる。 そんなものを授けられただけでも感謝すべきなのにそれでも何かを期待して口は動いてしまう。 「でも私、役立たずですよ?私は豊臣のためにも・・三成さまのためにも何もできない、なのに、」 「そんなものはどうでもいい。誓え、私の傍に居ろ―――家康の元へ行くなど許さない! 家康にはもう何もくれてやらない・・・貴様の髪の毛一本すらくれてやらない!!」 ――――ああ、そうか、私に存在価値がないのは変わらない。 けれどこの人はみすみす家康さまにこれ以上何かを渡すのが嫌なんだ。それが例え私みたいなものでもだ。 だから私をこうして抱きよせて繋ぎ止めて、約束で更に縛り付ける。酷い人だ。自分の選択を後悔してしまうそうになる。 (皮肉な話だ・・・きっと秀吉様が殺されなかったら、こうして三成さまに本当に必要とされる日はなかった。) 分かっていた事なのに抱いてしまった希望を胸の奥底に沈め息を吐いた。 これが私が黙っていた事に対する罰か―――死にたくても死にたくなっても生きていろ、と。 「貴様は自分が生かそうとした家康が殺されるのを黙って私の傍で見ていろ。 目を逸らすなど許さない・・・それが貴様に残された贖罪の道だ。拒否など認めない!」 両方を救えなかった自分の無力さを自覚し罪悪感を抱いて溺死しろ、と。 骨が折れるんじゃないかと思う位に抱き寄せられる。 私の口から苦鳴が漏れても構うどころかますます力を込められ息苦しさに小さく喘いだ。 けれどそうされてしまえばもうこの細い背中を突き放すことなんて、酷い人だと分かっているのにやはりできなかった。 →おわり ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- あとがき。 三人が三人ともそれぞれが罪人である。 家康は秀吉を殺し三成の支えを奪った罪。 三成は秀吉を諌めるべきだったのに盲信し多くを見殺しにした罪。 夢主は秀吉が死ぬ可能性を知りつつも家康を助けたいから沈黙して見捨てた罪。 それぞれが秀吉に関する罪という絆で繋がっている。これってトリビアになりませんか?金のメロンパン入れください。 色々と言葉遊びとかで誤魔化してるけどもしかしなくてもこのシリーズって根底BADEND多くね・・・? 仕方ないね、八坂さんこういうの大好きだもんね、仕方ないね。たまには明るい(甘い)話も書こうよ。 なんかずーっと話がうまく固まらなくてもやもやしてたらこんなぐだぐだなことになってしまいました。 本当は主人公が私がみんな救うっていう風に決意させようと思いましたが現実的に考えて小娘がそんな影響を与えられる訳もないから却下。 ちなみに大谷さんは一応はフォローを入れてくれましたが三成がきく訳もないので無意味に終わりました。 この後にもっかい徳川と会って正式に東軍入りを断ります。追い打ちェ・・・ 赤髪の人は風魔ってことでよろしくお願いします。 忍者って勝手にあんまり筋肉が付いてないイメージだから風魔はなんとなく新鮮。 英雄外伝とかやったことないんで3で風魔が操作キャラっていうのは初です。まだセレクト画面に出てないけど。 「織田がつき、羽柴がこねし天下餅、座りしままに食うは徳川。」ていうのは天下餅の歌です。 これなんかすごく好き・・・小学生のころに歴史の資料集で見てからずっと印象に残ってます。 最後は徳川が楽してるように感じるけどそこに行きつくまでにはやっぱり運と努力があったんだろうなぁ。 ホトトギスの歌もすごく好きです。 存在する理由とか、必要とされている理由とか、現実でも考えると割と鬱になりますよね。 誰もが陥る中二病の一種だと思われ・・・・けれど結局は大体が「生きる理由もないが死ぬ理由もない」に行き着くのでは。 私はDFFにロックが出るとかベヨネッタVSダンテが発売するとかされ竜が完結するまでは死ねないと思ってます(キリッ 初めはただ主人公に価値を求めるのではなく憎い家康の手に渡したくはなかったから、という理由で。 けれどいつの間にかそれだけではない執着心に変わっていくという前触れでした・・・・・こっちの方が重要あるだろ常考。 2010年 12月21日執筆 八坂潤