自分の部屋で予告もなく白い指に腕をまくられると、気持ちの悪くなるような紫色の斑点ができていて驚いた。
向かい合って座る三成さまが息を呑んだが別に誰かにやられたとかじゃなくて、気付かないうちにどこかでぶつけたんだろう。
見た目だけは結構ハデな青痣だけにどこで作ったのかと今日の行動を振り返ったが特には思い当たらない。きっと些細なきっかけにちがいない。


「誰にやられた!?」

「やられてねーよ。たぶんどっかに自分でぶつけたんでしょうけど思い浮かばないし、別に痛くもないですし。
 っていうか私の腕太いんでじろじろ見ないでください、恥ずかしいので。」

「・・・・・・・・・・・。」


じっとすさまじい疑心の目で見られて少したじろぐが本当に身に覚えがない。
でも青痣なんてそんなものだと思うし、むしろ何で私じゃなくて三成さまの方が早く気付いたのか疑問だ。

それだけ私のことを気遣ってくれているというのは、まぁ悪い気はしないんですがこの人の場合は少し厄介というか。


「そんな目で見られても、本当にまじで冗談抜きで誰かにいじめられたとかそういうのじゃないです。
 元親さまの部下の人達はいい人ばかりじゃないですか。誰か心当たりあるんですか。」


そう言って多少強引に相手の言葉を封じてやれば端正な顔立ちが少し不快そうに歪む。
対してこちらのしてやったりという表情に秀麗な眉を寄せて立ち上がった。


「薬を、」

「いいですよこんなの。痛くもないしほっとけば治ります。」

「は弱すぎる。つべこべ言わずに黙って治療を受けろ。」

「えー・・・だからいりませんって。三成さまは過保護ですよ心配しすぎです。
 この程度の怪我なんて元の世界でも時折こさえてましたって。」


なんとなく相手のものいいにカチンと来てこっちも意固地になって反論してしまう。
実際、この間も引っ掛けて小さい傷を作った時にものすごい剣幕で心配されて逆に説教を喰らったような気分だった。
言い過ぎたかなと思った時には既に相手の眉間にはっきりと皺が刻まれ、まずいかなと思った時には腕をぐいと引っ張られていた。

もしかしたら怒られるのかとびくりと震えたが相手は構わず、濡れた音と共に腕に薄い唇が寄せられる。
何をしているのか何故こうなっているのか理解できずに数秒固まった。どうしてこうなった。


「・・・・・えっ」

「―――――、」


琥珀色に澄んだ瞳がじろりと私を見つめ返したが、気にした様子もなく長い睫毛を伏せ場所を移して口付けを再開する。
三成さまの美貌と形のよい薄紅色の唇が私の腕に赤い印を付けていく、というのは頭が痺れる程に官能的な光景だった。
そして相手が性欲とは無縁そうな、ある意味無垢な男の人であるだけに背徳的ともとれる行為。されているこちらの方が動揺する。

慌てて腕を引こうとするが向こうの方が数倍も上手で力持ちなのでびくともしない。
絶対に私よりも腕が細いくせに私よりも力持ちっていうのはどういうことなのかいつも不思議に思う。


「ちょ、三成さま・・・・っぅ、」

「痛みがなく、後で消えるのならいいのだろう。」

「いや、え、あ、そういうことじゃない、っていうか、そういうことじゃない、よ!」


茹蛸のような顔と頭で必死に腕をふりほどこうとしたが、その慣れない感覚に力が抜けてしまう。
それでも逃げようと腰を浮かせたのをもう片方の腕に寄せられて、少しづつ唇が上に這い上がっていく。
背筋をぞくぞくと甘い痺れが伝わっていく感覚にぶるりと身体を震わせてしまった。うう、何だこの乙女な反応は。

初めは折れたら負けだと無心になるよう努力したが、五回ほど赤い点ができた頃合いについにギブアップした。


「ごめん、ごめんなさいまじで私が悪かったですぜひ薬お願いします!ギブギブギブギブ!!」

「フン、初めから素直にそうしていればいいだろう。」


瞳が一瞬だけ獲物を逃した獣の色になってから、立ち上がり薬箱を取ってくる。
まだ心臓が跳ね回ってるのを胸を押さえ顔を伏せ固まっていると、薬の冷たさに身体が一瞬硬直した。

ただ指先が薬を塗るために腕をなぞっているだけだというのに、先程の光景と周囲に散らされた赤い点が扇情的でなんとなく見ていられない。
それでも押し負かされないようにと私の可愛げのない口は勝手に動いていた。


「・・・・・・・三成さまって、そんなキャラでしたっけ。え?イメチェン?」

「何を言いたい?」

「・・・まぁ、その、こういう事するの意外だなぁとか。
 あんまり私以外にしないでくださいね。相手もろとも呪う勢いで妬けるので。」

「・・・・・・・・。」


冗談めいた私の言葉に少し気分を害したのか、がりりと私の中指に白い歯を立てた。
それから薄い舌がちろりと指先を掠め再び甘い痛みと痺れが今度は全身を駆け、犯人は何事もなかったかのように作業を再開する。

見事にしてやられ再び固まってしまった。ああ、私って馬鹿だなぁ。
雉だって泣かなければ撃たれないことを知っているのに、この頭は鳥以下か。


「私が以外にこんな事をする訳がないだろう。下らないことを聞くな。」

「す、すいませんでした・・・・!!」


声は少し不機嫌になってしまったけれど、相変わらず私の腕に対しては壊れ物を扱うように優しくしてくれる。

しゅるしゅるという衣擦れのような音と共に白魚のような指が丁寧な所作で包帯を巻いていく。
胸も指先も、精神的にも物理的にもじんじん痛んでいたがその鮮やかな手付きにほうと溜め息を付いてしまう。


「包帯を巻くの上手いですね。」

「―――よく刑部の包帯を変えていたから慣れている。」

「・・・・・・そう、なんですか。」


久々に聞いた名前とその思い出の断片。

白い布をきゅっと縛られてからぽすりと向かい合う三成さまの胸に頭を押し付ける。
ただ会話に出ただけの事だったのになんだかこみ上げてしまって、それを誤魔化すようにぐりぐりと頭を動かした。

少し相手がたじろいだのを感じてからしばらくすると、髪の毛を長い指が優しく梳いてくれる感触に目を細める。
愛しい人にそうするように、勝手が分からないのか少したどたどしく触れるその手で胸の内が優しいもので満たされていく。


「。」

「んーん・・・なんでもないですよ。大丈夫です。」


些か乱暴に肩を抱き寄せられ、三成さまの薄い胸板に強く押し付けられ更に密着する。
以前のように布越しにも骨が当たるような感触はなくなって、心臓に合わせて多少は健康になった胸元が微かに上下した。
健康になって温度も上がっているのか、体温も前よりは少し上がっていて微温湯のような心地よさがある。

頬に当たって感じる変化と、何より私の僅かな感情の起伏と本人も気付かないような身体の異変を感じ取る機微の成長が愛しい。
出会った当初は非人間的だと思ったけれどこんな風に人間味あふれる気遣いができるなんて。

この人は相変わらず綺麗なのにその内面は少しずつ変化している、と髪を梳かれる優しい手付きに思わずくすりと微笑んでしまった。


「何を笑っている。」


むっとしたのか梳いていた髪の毛を引っ張られるが、その加減された痛みもまた何て愛しいことか。
まるで肉食獣の子供のようなじゃれ合いに、今度は別の意味で顔を上げられなくなってしまった。


「いや、三成さまも変わったなぁって。あんなに変化することをいやがってたのに。」

「・・・・・どういう意味だ?」

「例えば最近、三成さまと一緒に居ても命の危機を感じないとか。」


以前は一日最低一斬滅宣言、それより前は刀を抜かれて踏みつけにされ首を撥ねられそうになったこともあったが。
そうでなくても常に殺気を垂れ流していつ気分が変わって斬られるかと覚悟していたが、今はそうでもない。

なんとなく雰囲気も以前より柔らかくなったし険も薄くなった。一緒にいると正当な意味でどきどきする。ずっと一緒に居たいと思う。


「私の傍にいてが危険に晒される訳がないだろう。」

「そうじゃなくて、最近は私に対して斬滅するとか言わないでしょう。三成さまが。」

「――――――、」


抗議のつもりなのか今度は耳を軽くかじられてびくりと身体が跳ねた。再び顔全体に熱が上がっていくのを感じる。
無駄に髪質のいい銀糸がさらりと首筋で戯れていくのがまたくすぐったい。
口で言うよりもこういう悪戯に私はとことん耐性がないというのをこの人は分かっているのだ。


「そ、れに、三成さまに抱き締められると最近はすごく、安心します。」


熟れ過ぎた林檎みたいな顔色を見せたくなくて、伏せたまま頭を再びぐりぐりと胸に押し付ける。
薄い布越しに伝わる心臓の鼓動がこの人の生を実感させてくれる。
生きていてくれる、ただそれだけのことにこんなに安堵してしまうのは、きっと三成さま以外にいないだろう。


「前は骨が当たって少し、痛かったけれど、でも最近はそんなことない。元親さまのおかげですね。
 ご飯も食べるようになって健康になってきたし、すごく嬉しいなぁとか、その・・好きだなぁ、とか思います。」

「以前は私に抱き寄せられると不安だったのか。」

「ああうんぶっちゃけそうですよね。それでも私より痩せてるのは解せないというか悔しいですが!」


ぎゅううと腰の辺りの肉を摘まんでみるが布と薄い皮膚が掴めただけで切なくなるだけだった。
今までの食生活の細さもあるだろうが、やっぱり武人として鍛えているというのもあるんだろう。
私もこっちに来てから規則正しい生活と肉がほとんどない健康的な食生活で痩せたけれど、それでもこの人には及ばない。


「そんなこと気にしなければいいだろう。私が外見の美醜でを選んだと思っているのか。」

「いや、まぁ今まではそんなに気にしてなかったんですけど、その、やっぱり自分より好きな人の方が痩せてるって言うのは・・・・
 ただでさえ私よりも三成さまが馬鹿みたいに綺麗でちょっと落ち込んじゃうっていうのに。」


顔を上げて憮然とした表情の三成さまの顔をぺたぺたと触る。
絹のような触り心地の銀髪に傷や肌荒れ一つない白磁の頬、滑らかなカーブを描く輪郭に高い鼻梁。
そして色素の薄い琥珀色の瞳がそこに嵌れば輝かんばかりの美しさが完成する。

どことなく雪のような儚い印象を与える美は、触れて溶けてしまうのを恐れて恐る恐る指を離してしまう。
しかし逆に掴まれ三成さまの頬に寄せられればそこから更に熱が上がったが溶けてしまう事はなかった。


「こーんな乙女なことを考えちゃうなんて、私も三成さま同様に変わったんでしょうね。
 以前は自分がこんな恋する少女漫画みたいな思考を持つなんて、思ってもみなかったです。三成さまのせいですね。」


そこまで勢いに任せて口を動かしてから、恥かしいことを言ってしまったと理解し部屋から逃げようとする。
けれど立ち上がる以前に私の逃走を予期してか三成さまに抱きしめられてしまいさっそく逃げ場を見失ってしまった。


「も美しいだろう。」

「・・・・・・・うーーーーーーーーーん・・・・?」


装飾もない直線的な言葉に逆に言われたこちらがたじろぎ、頭を捻ってしまう。

確かに前よりは肉が落ちたし恋をしているせいか顔つきも多少は変わったけれど、そんなことはないのは自分で完全品質保証する。
実際、こっちに来てからお世辞と社交辞令と嫌味以外に言われたことないし、言われたことないし。大事なことなので二回言いましたよ。
っていうか当り前のように言うけれど三成さまに誉められたのだって今回が初めてですよ。

でもこの人が誰かにおべんちゃらを使う訳がないので、それはきっと恋のフィルター・恋は盲目・痘痕も笑窪ってやつだろう。
結局、私自身が綺麗なったとかそういうのではないけれど、でも三成さまの目にそう映っているのならそれでいい。
自分の好きな人に誉めてもらえるのならこの間抜けで残念な顔もきっと悪くない。


「――――三成さまは、人間になったんですね。」

「私は元から人間だろう。何を言っている?」

「ううん、いやなんでもないです。」


へらへらと笑えば気に食わなかったのか、長い指先に容赦なく鼻を摘ままれて無言で悶絶する。
たった今誉めた矢先に鼻が真っ赤に腫れ上がってるけどこの人は気にしないんだろうか。


「・・・・・・この間、家康にも似たようなことを言われた。」 


憮然とした声だが、しかし家康さまの名前を出した声に憎しみは感じられない。
まだ秀吉様の仇という執着は捨てきれないようだが、それでも元親さまに免じて手を出さない程度には妥協したらしい。
私としては二人が争うのはとても胸が痛んだのでその点でもあの人には感謝している。私にとっても元親さまは恩人なのだ。

それにきっと、三成さまがこうしていい変化を遂げられたのも元親さまのおかげに寄るところが多い。

・・・・そういえば、三成さまの秀吉様崇拝も最近は落ち着いてきたような気がしなくもない。
この人に成長のきっかけを与えられたのが自分だったらと、少しは自惚れていたから少し妬ける相手でもある。


「しかしもし私が変わったというのなら、達の言う人間になったというのなら―――それはきっとのせいだろう。」


自分の予想に反する言葉に目をぱちくりさせてしまう。
そんな自分の美談を思い出そうと頭を捻るが、そんなかっこいい絵なんて到底浮かばない。
私はいつだってただこの人の後ろを脇役のごとく間抜けに追いかけてきただけだ。


「ん?私ですか?えー・・・と、えっと、そう、かなぁ?
 私そんなに誰かに影響力を及ぼすほどに何かをしたりはしてないし、できてないし。むしろ元親さまなんじゃ、」

「長曾我部もそうだが、しかし最初から私の足に喰らい付いて、這ってでも後を追ってきたのはだけだろう。
 今までは私の背を追ってくる人間など、ましてや隣に立っていたのは刑部だけだった。」

「・・・・・でもそれだけです。私は三成さまに何もしてあげられて・・・・、」


前髪を上げられて生え際に柔らかい感触が降ってくる。
反射的に顔を上げると、そのまま両手で頬を挟まれ額に頬にと口付けられた。
それをきっと歴史に残るであろう間抜け面(可愛くない面)で受け、最後に互いの吐息が当たるほどに近く。
特殊効果なしでも輝かんばかりの美貌の近さに全力で視線を逸らすが顔を固定されているため視界すらも逃げれない。


「こうして、名誉も大義も―――何もない私の傍に居るだろう。」

「、何もないなんてことはないです。三成さまがいるでしょう。それだけで、私は、いい。」


そう正直に自分の想いを告白すれば、薄紅色の唇が白磁の頬が琥珀色の瞳が穏やかに微笑んだ。
今までに見たこともないような、そして三成さまがそんな笑みをしたという事実にまた驚いたが、気付けば私も笑っていた。


「やはり私がこんなにも腑抜けてしまったのはのせいだな。」

「なん、か照れますね、そういうの。こう、俺色に染めてやったぜ!みたいな感じ?あははは・・・・」


とん、と胸元を軽く押されて後方に倒れこむのを三成さまの手が軽々と支える。
端的に言ってしまえば押し倒されている状況を、茶化すことで逃げようとする口を指で軽く押されて塞がれた。
そしてその指先を私の上に跨ったままつぅっと首筋をなぞっていき胸の辺り、先程から跳ね回ってい落ち着かない心臓の上に止まる。


「ならば早くも私の色に染まってしまえ。」


桜色の形の良い唇が合わさる刹那、


「・・・・それならもうとっくに手遅れだと思います。」


吐き出された降伏宣言に琥珀色の瞳を満足げに細め唇を合わせられた。








































→おわり
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あとがき。
新年早々、初夢で鬱ヶ原を書くのもアレだし、初期のほのぼのとした話を読みたいという意見をいただいたので頑張りましたがこれは・・・
自分が予想以上に甘い話を書くのが苦手過ぎて自分でもドン引きするレベルでした。全体的にもぎこちないですねヒャフーゥ!
書いてる途中でモンハンやって恥ずかしさを紛らわせるんですが無理です、無理です、無理です、大事なことなので何度も言いました。無理です。
っていうか三成に一度は罵られないと落ち着かないんですが駄目ですかそうですか。

うちの主人公は決して美人設定ではありません。
けれど恋のフィルターでが好きになると相手が綺麗に見えるんです。
三成は恋のフィルター抜きで元々が美しすぎるので別に変化はありません。

そして三成が人間になったのはいいことだったのか悪いことだったのか。それは両方だと思います。

さて、これで中和(?)できたことだしまた鬱ヶ原量産していくよ!やったねたえちゃん鬱ヶ原が増えるよ!!
冬コミで鬱ヶ原成分を充分に補充できて余は満足です。
 
 
2011年 1月2日執筆 八坂潤
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