私は、この時代の人間じゃない。 それどころかこの武将オールスターズ状態のこの戦国時代ではむしろ別次元なのかもしれない。 なんでも柿の木に引っ掛かっていたところを行軍帰りの三成さまと家康さまに拾われたらしい。 それから私達3人と吉継さまとは仲が良かった―――けれどそれは置いておこう。思い出すと少し辛いから。 三人は私の出自なんて気にしていないようだったけれど、他の人達は違う。 多くの人に理由を説明するわけにもいかず、ほんの一握りの人しか知らされていない真実。 それを知らない大多数である向こうにしてみればいきなり湧いて出てきた変な女は十分に警戒に値したに違いない。 だからって、この仕打ちはないだろう! (お腹すいた・・・・・) 自分が引っ掛かっていたという柿の木の根元で、情けなく鳴るお腹を押さえながらうずくまる。 柿の実は地面に落ちてぐしゃぐしゃになっているか高いところになっていてとても食べられない。 すぐそこに食べ物があるのに手を伸ばせない悔しさと悲しさはなけなしの気力を奪うには十分すぎた。 連れて来られた時は登っていた日はすっかり沈みかかっていて、このまま夜になったらどうしようと一層の不安を煽る。 夜になったら悪い人とか獣とかが湧いて出てくるかもしれない。そんなものに対抗する力があると聞かれれば途方に暮れる。 (このまま、死ぬかな・・・・・) そんな人達の間で、私は凶兆だとか言われて疎まれていた。 柿の木は黄泉の国に繋がっている、そこに引っ掛かっていた謎の女は不吉だと。 その事は薄々は自分の耳に入っていたけれど、ただのジンクスとして気にしないようにしていた。 昔の人はゲン担ぎとか縁起とかを大事にしていたのは知っていたから、きっとその類なんだろうと思って我慢していた。 それにこんな事で、ただでさえ私を拾って置いておいてくれている優しい人達に迷惑をかけたくなかったのが本音だ。 まぁ、家康さまはその事に気付いていて私を心配していてくれたのはかなり嬉しかったけど。 けれど状況は変わってしまった。 豊臣秀吉様が死に、竹中半兵衛様が病死、家康さまは反旗を翻し他の武将もそれに続く。 私が来た途端に石田軍にとって不幸が重なり、昔は遠巻きに見ていただけの人の感情も一気に悪い方向へ傾いた。 それに私自身もそんな事が起こってはもう関係ないと言い切る事ができなくなってしまった。 そして眠っている間にここに連れて来られ、起きぬけに散々に罵倒されて捨てられたという訳だ。 前々からわかっていたことなのでもう恨む気力も湧かない。精神的にも疲れ切っていた。 (今思えば、家康さまが心配していたのはこの事だったのかな・・・) 家康さまが私なんかを東軍に誘ってくれた時に「守ってやる」と言ってくれた。 あの時は三成さまが傍に居たからだと思ったけれど、もしかしたらこの事も懸念していたのかもしれない。だとしたら鋭い洞察眼だ。 もしも、家康さまについて行っていたらこんな目には―――やめておこう、いずれにしてもこっちに残っていただろうから。 「だれかー・・・・いませんかー・・・・・?」 もちろんこんな山の中、誰もいるはずなんてない。 人が通ったり、あわよくば―――家康さまか三成さまがここで拾った事を思い出してくれないかと考えたけど(大谷さまは病気だし でも冷静になれば二人とも歴史的に超超超大物なんだから私なんか気に留めているわけがないんだ。 きっと私ごときがいなくなったってあの人たちが困る訳でもなし。 っていうか家康さまなんてそもそも軍が違うんだから、絆パワーとはいえこの状況に気付く訳ないじゃない。 頼りは三成さまだけどまぁあの人の頭の中には、昔から秀吉様、今は家康さましか頭にないから無理だろう。 吉継さまは病床の身だし、三成さまは私がいなくなってもしれっと仕事をしているに違いない。 (詰んだ・・・これ、絶対に私死んだよ・・・・) 予想よりも早い年齢で、自分の家でもなく山の中で、誰の看取りもなく一人で、元の時代でもなく戦国時代で。 まさか野垂れ死にするなんて思ったこともなかった。 幸せな最期とまではいかなくてもこんな惨めだとは考えていなかったのに。 泣くまいと孤独に堪えていたのに涙が零れて、どんどん夜になっていくのが怖くてうずくまる。 体力を消耗して死期を早めるというのに、ああでも死ぬなら早くやった方が、 「――――。」 誰かの声が聞こえたような気がした。 どうせ幻聴だろうと思って反応しないでいると、頭を容赦なく叩かれて顔を跳ね上げる。 目の前には私が迎えを焦がれた人物がそこに立っていた。 「み、つなり、さま?」 いつもの不機嫌そうな顔じゃない、何とも取り難い複雑な表情を浮かべて三成さまが私の前に立っていた。 焦燥のような、憤怒のような、けれどそのマイナスの感情だけじゃない何かを含んた顔で、息を微かに切らせて―――辛そうに見える。 奇跡のような出来事に反応できないでいると、懐から取り出した白米の塊を無理やり口の中に突っ込まれた。 「むごぉ!」 お腹がすっごくすいていたのは確かだが突然の襲撃に吐きそうになる。 たぶん好意だと思われるから何とか吐かないようにして飲み込むと、次は竹筒に入った水を突っ込まれた。ちょっ、もっと優しく! なぜか食事に体力を使いながらようやっと全てを平らげる。 空腹は回復したけれど気力は削られたような気がした。あれ、なんかおかし、い? 「い、いきなり何するの!ありがとう!?」 「貴様がいつも私にやっている事だろう。」 「・・・・・・・・・・・あ、はい。すみません。」 いつも、というのは私が三成さまに無理やり食事を取らせていることだろう。 こんなに乱暴にやっているつもりはなかったけれど、うん、今度からもっと優しくしてあげようと思いました。 軽く涙目になっている私の両肩を掴んで立たせて、爪先からてっぺんまで無遠慮に見つめられる。 怪我がないかを確かめているのかもしれない。表情はいつもの不機嫌そうなそれにすっかり戻ってしまっていたのが少し残念。 しばらく大人しくしていると突き放されて少しよろめいた。ずっと座っていたから膝がすっかり笑ってしまっている。 「――――帰るぞ。」 「三成さま、どうしてここに?偉いのに、なんでわざわざ私なんか、」 「早くしろ!これ以上私に手間取らせるな!!」 「はいぃ!!すみませんでしたッ!!!」 三成さまが雪のように白い馬をひいて私の傍に立つ。 それを見た瞬間、助かったという実感とこの万事無関心男がわざわざ迎えに来てくれたという感動で、涙がぽろぽろと流れるのを感じた。 今ここで泣いたりするとうざったがられそうで、慌てて下を向いたが意外にも三成さまは黙っているだけだった。 「・・・・・・・死んだかと思いました。」 「貴様が勝手に死ぬことなど許していない。」 吐き捨てられるような言葉の本当の意味はどこまでも優しい。 いささか乱暴に馬の上に乗せられ、三成さま自身は優雅に白馬に跨る。 そして合図もなしに走り出し、まだ馬に慣れていない私は目の前の細い肩にしがみついてなんとかバランスをとった。 こちらも意外なことにうざったいとは思っていないらしい。ちょっと意外、でもなかったかこの人は。 「よくこの場所がわかりましたね。どうしてですか?」 「刑部が貴様をここに捨てた人間を突き止め、私が吐かせた。」 「吉継さまが・・・・」 この西軍ドSコンビの二人に責め立てられるなんて、相手の人も気の毒だ。ざまーみろ。 それにしてもあの人も最初の内は、私を置いておく理由を「戦国時代に落とされたヌシの不幸を愛でるためよ」とか言ってたのに。 帰ったら全力でお礼を言わないと、不幸でも何でも愛でてくださいまじで。 ・・・・・・・いや、待てよ三成さまがあの人たちに会ったということは・・・ 「あの、」 「犯人ならば全て暇をやった。もう下らないことを考える人間はいない。」 「暇を・・・ってリストラしちゃったの!?そこまでしなくても私、」 「また私に迎えに来いと言うのか。」 「あ・・・・・・・・・」 ―――そうか、また迎えには来てくれるんだ。 ただでさえお城には、自己保身や三成さまと吉継さまを恐れて離れていく人も少なからずいて、前より人数は減ったというのに、それでも。 さも当然だとでも言わんばかりの言葉に緩んだ涙腺が再び刺激される。 ここが馬の上でよかった。この人には悔しいからよく泣く女だと思われたくはない。 「三成さまは・・・その、他の人みたいに、私のせい・・だとか言わないんです、か?」 自分で言っていて、知らず知らず肩に縋る指に力を込めてしまう。 あの話が本当だとすれば、神のように崇拝していた支えを失って親友と離反したこの人は誰よりも被害を受けている事になる。 こうして助けには来てくれたけど、内心では疎んでいたり、恨まれていたりしたら。 もしもこの人もあの人達と同じことを思っていたら―――どうしよう、他の大多数の誰かにどうこう言われるよりもずっと、悲しい。 「笑わせるな。貴様ごときで揺らぐ豊臣ではない。」 「――――、」 ああ、もうこの人は、どうして口数が少ないのにピンポイントで欲しい言葉をくれるんだろう! 少しでも家康さまのところに行っておけば、なんて考えて恥ずかしくなった。 自分の家に帰るか死ぬまでは、この人の傍にいようと心の底から思った。例え悪い結果に転がっても。 「三成さま、優しいですね。」 「優しい?事実を言ったまでだ。」 「そうですか。ますます優しいですね。」 世間様では凶王だのなんだの言われて恐れられているらしいが、実際はそんなことはない。 ただ他の人のように取り繕ったり飾ることができないだけで、本当は繊細で優しい人だ。 そんな不器用な優しさを感じられる私はとんだ幸せ者なんだろう。 「―――わざわざ私なんかを探しに来てくれてありがとうございます。」 「今度、何かがあったら起こる前に言え!誓え!!」 「そうですね、今度はちゃんと隠さないで言います。」 「当然だ。私の手を煩わせるな。」 その言葉はいささか言い訳めいて聞こえた。 私を見つけてくれた時のあの奇妙な表情は、心配してくれていたのかと今更ながら理解する。ちょっと嬉しい。 この人は本当はこんなに優しいのにな、ただ分かり辛いだけで。 みんな知らないなんてもったいない―――けれどみんな知ってしまうのももったいないと感じるのは我儘か。 「私、三成さまに拾ってもらえて、傍に居られて幸せです。」 「―――――――――――」 若干、馬の速度が上がり慌てて三成さまの背中に縋る指に力を込めた。 →おわり ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- あとがき。 家康云々の話はまたいつか。 パンストのED曲がBGMだったのでタイトルをそこから引っ張ろうと思いましたが英語なんでやめておきました。 前回はエルシャダイのPVだったよ!大丈夫だ、問題ない。エルシャダイオンリー楽しみです。 すっかりパンスト中毒です。 本編の下品さとかEDのまったり感とかたまらない。パンティちゃんまじビッチ。 三成がそもそも名前を呼んでくれないんだが大丈夫か? だって名前とか呼びそうにないんだもの・・・!大体「貴様」とかで済ましちゃいそう。 大谷と三成と家康の豊臣軍時代とか夢が広がりんぐでときどきする。 それ以降のフェアリー大谷と手間のかかる三成の親子っぽさがたまらない。 微糖とかの表示は、そもそも甘いのとか書いてないし全部似たりよったりの糖度で空しくなったので死・鬱ネタだけ表示するようにしました。 柿の木云々はおとめ妖怪ざくろから引用です。 自分で調べてみてもそういう記述は見つからなかったけど、石田三成には柿の木にまつわる逸話が残ってるからそれでいいと思ってます。あまり今回と関係ないけど。 2010年 10月17日執筆 八坂潤