(・・・・・・・・またか、三成。)


猫の爪痕のように細長い三日月が空を飾る深夜。
絆の力で天下統一を果たした今となっては忍すらも眠る平和な時間。

しかし自分の城の一室を訪れた家康は顔を歪めた。

かつて友であり敵になり、再び友になった三成に宛がわれた部屋。
部屋の中には肌色の塊―――女があちこちに散らばっておりその誰もが惜しげもなく裸身を晒している。
一瞬、死体ではないかと思わせるような光景だが剥き出しの肩が微かに上下していることから全員生きている。

女を知らないわけではないが部屋の中から香る強烈な性の臭いに鼻が腐り落ちるようだ。


(まるで獣にでも喰い漁られた後のようだな。)


もちろん女達は生きている。
もし何かがあればいくら友でも看過できないが、しかしこれは暴行でもなく双方の合意の上で行われている。

床でまどろんでいる女達を観察すると、貴族の娘、女中、貴賤も美醜も問わず―――共通しているのは毎度顔ぶれが違うということ。
一度抱いた女には興味を持たない。いや、初めからどの女に対しても感心など湧いていないようだ。

唯一の例外は。
未来からやってきて、三成の傍に居続けた彼女。
は何度突き放されても殺されかかってもその傍らに寄り添い、いつしか二人は恋仲になっていた。
それを当初から知っていた人間はこの結果に対して、例えあの銀髪の軍師でも驚いただろう。


(のことはあんなにも大切にしていたのに・・・・)


床に臥す女達の中に三成の姿はない。
いつも通り抱くだけ抱いてさっさと放置してあの場所に行ってしまったのだろう。

風邪を心配し夜着もかける気遣いも、夜が明けるまで傍に寄り添い共に過ごすことも、甘い睦言も決して囁かない。
ただ肉体的に繋がりその後は路傍の石のように打ち捨てられるだけ。二度と拾いには来ない。

そこに愛がないのは明白だが彼女達はどう考えているのだろう。

そして何よりも理解できないのは三成の思考の方だ。
愛がある訳でもないのになぜ次々と女を抱いていくのだろう。
たかが慰めの為か、もしくは時間潰しの為なのか、それとも性欲を持てあましているのか。


(いい加減に真意を確かめなければならない。)


布団に入れていない女の身体は冷たく、着物をその裸身に掛けてやり部屋を後にする。

もう三成の夜伽の話は城ではすっかり周知の事実になっている。
一部の人間からは苦情も届き、初めは何とか宥めていたがもう限界だ。
それにワシ自身もまた三成に対する不信感が拭いきれないものになっている。



「・・・・・・・・三成。」


探していた人間は予想通りの場所で月を見ていた。

三成の部屋のすぐ近くのの部屋。
内装だけはそのままで、しかし活けられた花が枯れていることだけが残酷な事実を示す。
もう誰も使う人間がいなくなってしまった空間に、白い身体が月明かりを受けて幽霊のようにぼんやりと浮かんでいた。


―――が突然消えてしまったのは一月前のこと。

未来からやってきたという彼女は、ありえない存在でありながら当たり前のようにそこにいた。
最初の頃は「何故ここに来たのか?」「帰れないのか?」と疑問は尽きなかったがその問いも枯れてしまうほど今やその存在は自然だった。
三成の近くを探せば必ず彼女はいて、これでは三成を探しているのかを探しているのか分からないと周囲に苦笑されるほど。

その当然が、当たり前のようにあっけなく崩れた。

死体を含めた一切の痕跡が見つからず、元の時代に帰ってしまったのではないかという結論に落ち着いたのは最近。
元の場所とは違いはこの城では受け入れられていたから皆が悲しんだが、三成はそれだけでは済ませられなかった。
喉が枯れるまで名前を呼び、一睡もせずにその姿を探したがはついに見つからなかった。

その頃の三成はもう目も当てられないほどに荒れたと思えば抜け殻のようになりを繰り返していた。
大事な友人なのに何もできず、止めることもできず当時は自身の不甲斐なさを恥じた。


そしてこういう風に女を抱き潰すようになったのがつい数日前。
元から類稀なる美貌と聡明さ、強さと権力(と言っても一応は負けた身ではあるが)から三成から寵を受けたがる人間はたくさん居た。
ただが溺愛され、そしてそれが逆鱗であることも知られていたために遠慮をしていた人間が邪魔者が消えたと言わんばかりに名乗り出たのだ。
玉の輿を狙う女中、権力に取り入るべく娘を差し出す家臣、少なからず純粋に恋心を抱いていた女。

初めはそんなものを相手にする訳がない。
むしろ身の危険だから止めるべきだと諌めたが、三成は意外にもすんなりと自分の褥への侵入を許した。
それから牙城が崩されたと言わんばかりにどんどん女が押し寄せ、この有様だ。

決して誰も拒まない。
だが顧みもしない。
愛を与えない。

あの潔癖を貫いていた三成は一体どうしてしまったのだろうか。


「三成、もうこんなことは止めるんだ。
 こんなお前を見たら、だってきっと悲しむ・・・」


だって酷な人間ではない。
三成が新しい恋に生きることを恨むような性格ではないし、むしろ幸せになれるならと喜ぶだろう。

けれどこんなのはあんまりじゃないか。
自分が愛した人間が色狂いだの陰で揶揄されるほどに落ちぶれてしまっているだなんて、彼女が知ったら。
きっとは、度が過ぎることもあったが清廉潔白を貫く三成の美しさも愛していたはずなのだ。

・・・・自分だったらきっと悲しませることなんてなかったのに。


「―――家康。私はに会いに行くぞ。」

「・・・・・・三成、それは・・・死ぬと言うことか?」


確かに三成はもう数日も食事をとっていない。
最後にとったのはが見つからないと確定する前、こんな痩せた姿を見せていいのかと強引に説き伏せて以来。
元から拒食のきらいはあったためにある程度の絶食状態は身体が慣れているだろうが、それでも今回のはかなり酷い。

視線の先にいる三成はすっかり痩せ衰えていて、骨ばかり浮いている手からはかつての華麗な刀捌きなどもう生み出せないに違いない。
もはや呼吸をすることも指一本動かすことすら苦痛になっているはずだ。


(それなら何故、三成はその苦痛をおして女を抱くのだろう。)


元から好色の気があったかと聞かれればそんなことはないと断言できる。
むしろ全くそちらの方面に興味を持たないと心配されていた位だ。

それでも三成はいつものように執務をこなす。
そして夜は女を抱き潰す。

・・・・思えばもう、三成はその二つ以外の行動を全くとっていないことに気付いた。


(は、死んだのか?)


だから全ての生きるための行為を拒絶して、緩やかに自殺しようとしているのか。

しかしはまだ死んだと決まったわけではない。
きっと未来の世で生きている―――ここにはもういないだけで。

ああでも、それは死んでしまっていることと同義だと断じられてしまえばそれまでなのか。


「違う。勝手にを殺すな。は必ず生きている。」


ぴしゃりと不機嫌さを隠そうともしない声で断言され少し心が軽くなる。
が、すぐにまた疑惑が蔓草のように首をもたげた。

の死体は見つかっていないと言うだけで依然として最悪の可能性だってないわけじゃないと言うのに。
どうして三成はの生存を確信しているのだろう。確かめるすべなど当然ないはずだ。

しかし三成の声や気配に揺らぎはない。


「しかし三成、それならばどうするつもりだ?
 が帰ったとするのなら、そこは少なくとも400年後の世界だ。
 しかもは『この世界が本当に自分が生きてきた世界の過去なのか分からない』と漏らしていただろう?
 だったら大人しくの帰りを待って、」

「――――――、」


そこで初めて三成がこちらを見た。

その双眸からはかつてに与えた穏やかな色など消え失せていた。
代わりに鬼火のように暗く、そして強い炎がこちらまでも焼き尽くそうと見つめてくる。

死にかけて、希望を失っている人間のものとは思えない瞳の力強さに呼吸が途絶する。


「はもう帰ってこない。そして私は、生きている間にに会うことができない。」

「、何故そう言い切れるんだ!希望を捨てなければ、またいつか、」

「確信だ。根拠はない―――が、もきっと同じことを思っている。」


虫の知らせだとでも言うのだろうか。
三成の言う通り同じことをが感じているのだとしたら、それは二人の絆が繋いでいるとでも言うのか。

自分には何も知らせが来ないと言うのに。


「私はしか愛せない。他に目を移すつもりもない。
 そして、がいなくなった世界になど一片たりとも興味がない。」

「・・・・・三成、それは、」


ワシですらも同様に、あの女達のように切り捨てると言うことだろうか。


「安心しろ。私も家康に生かされた以上は責を果たす。」


その責を果たす、というのは執務のことか。
だから三成はこんな有様でもワシの為に働いていてくれてるというのか。

三成の性格を考えればきっとわき目も振らずに目標を達するため、他の事になど目もくれないはずだ。
それでもワシの為に時間を割いているのは―――少なくともその他大勢に括られてはいないと自惚れてもいいのか。

しかし三成の中でのの重さにはどうやっても勝てないのは明白だ。


「私はに会う―――その為に子を残す。」

「・・・・なぜ、」

「この世で会えないというのなら未来の世で会うしかない。
 輪廻転生を狙うのなら、自分の子孫の方がきっと確率が高い。」

「なッ――――」


掠れた声で熱に浮かされたように明かされた言葉は想像を絶するものだった。


に会う為だけに子を残す。

自分の種を残すためでもなく、相手との心の絆を結んだ結果ではなく。
愛した女にもう一度会うための単なる手段として―――子供を作る。
いずれ自分の魂を乗せて未来まで会いに行くための方法として。

その為に女を抱き散らかし、子を孕ませる。
一度関わった女に興味を持たないのはその通り、初めから興味すら抱いていないのだ。
より多くの腹に自分の種を残し血を広げることで将来に生き残る子孫の可能性を広げる。

そこに相手への愛など一片もなく、他人であるへの歪んだ愛があるだけ。

ああやはり三成は新しい恋など全く考えていなかったのだ。
それどころか自分の願いの為に他人を踏み台にしている・・・もはや正気の沙汰ではない。


(いや、犠牲にはしてない・・・合意の上の行為だと分かっている。
 だがこれは、許されることなのか?こんな背徳的な行為を、友人として止めなくていいのか?)


三成の狂気に似た愛情に身体の芯が冷えるような心地だった。
そんなものが正しいはずがない。歪んでいる。人間の道徳からも外れている。


「三成、駄目だそんなの―――そんなものは、」


人の道から外れようとする友人を押しとどめるべく部屋に踏み入ろうとする。

しかし、三成がおもむろに手を突き出して制止した。
月明かりに照らされた腕は、案の定生きているのが不思議なほどに痩せている。


「そこから入るな。いくら貴様でも許さない。」

「・・・・三成。」


息を吐くことすら億劫だとでも言いたげに目を眇め、窓枠によりかかり目を閉じる。
まるでかつてそこにいたの気配を全身で感じ取る様に。

どう考えても弱っている。
三成の傍らに死の気配が親しく寄り添っているのが分かる。


(なんとしでも城主として、人間として、友人として三成を止めなければならない。)


城の秩序が乱されるのを放っておいてはならない。
あんなに歪んだ理由で子供を作ろうだなんてあってはならない。
友が確実かも分からない根拠を元に緩やかに死んで行くのを止めなければならない。


(しかし何故だろう。三成を止められない―――止めたくない。)


理由の分からない焦燥感に焦らされて拳を握りしめる。
いつものように諫める言葉は形にならず、吐息になって空に融けた。

三成の白い手が床に落ちていた着物を拾い、愛おしげに唇を寄せる。
それが藤色の、三成がとの婚礼の贈り物として買ってやったものだと一拍遅れてから気付いた。

・・・・・ついに一度も袖を通されることのなかったその布にも彼女の痕跡は残っているのだろうか。


「私は今度こそを捕まえる。」


血の滴るような愛の言葉。

その鮮烈さにぞわりと肌が粟立った。
愛情という言葉で測るにはあまりにも度の過ぎた感情が三成に力を与える。

今、あの肋骨の浮いた腹の中にあるのは未来への希望なのだろうか。それとも現世への絶望なのか。


「同じ時の流れで、時代の中で―――そしてもう離さない。」


まるで蜉蝣のようだ。
蜉蝣は成虫してからほんの少しの時間だけ生き、絶食状態で子孫を残し死ぬ。
その身体の中は胃さえもなく、全て子供を残す為だけに卵で埋め尽くされているという。

その儚さと相まって今の三成にふさわしい表現だと思った。


(・・・・・)


もし、自分が同じ状況になったのなら三成と同じことをするだろうか。
自分自身も身を引くことを決意し、納得はしたが未だ胸の奥底には焦がすような感情がある。
周囲の人間にも友人にもにも悟られないようもてあましてきた炎がそこにはある。


(しかし、できない―――ワシは、ワシの結んできた絆を否定することはできない。)


天下人たる自分が、例えどんなに愛していてもたった一人の為に全てを投げ出すようなことはあってはならない。
ワシの足元には無数の手が、絆が絡みついている。それを否定することはできない。
今ここで捨ててしまえば今まで築き上げてきたものが全て崩れてしまうだろう。
再び戦乱が起こり、大勢の人間が死ぬに違いない。そんなことはきっとだって望まない。

しかしそれは言い換えればそれまでの感情という事。
大多数の幸福との天秤に傾けて、皿が落ちた方向にあるのは彼女ではない。
はそんな酷い性格ではないと確信しているが、それでも本当に望まないのかと直接聞いた訳ではない。

もし万が一にも、が自分を選んで全てを犠牲にしろと言ったらワシはどうするだろうか。
迷わずそうするのだろうか。それとも今のように理由をつけて拒絶するのだろうか。


(―――やはりワシは、自分の幸せのためだけに全てを切り捨てることなど、どうしてもできない。)


これが三成と自分の違い。差。

友人を慮るあまりに友人を助けられず、愛する女の為に全てを切り捨てることもできない。
自分もまたを愛しその感情は深いと自負しているが三成のように全てを捧げることなど、できない。

泥にとられた足はそのまま抜くこともできず、爪先からてっぺんまでずぶずぶと沈んでいくような心地だった。







































→続いていく 
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あとがき。
続きものっぽいことを書いてますが続きません。

こんな鬱ネタにも関わらず過去最高の名前変換率(=最も多く名前を呼ばれている
たぶんもうこんなに名前を呼ばれることはないと思います(ドヤッ
いつも貴様とか犬とかだもんね!まともに名前を呼んでくれる人少ないもんね!!

「時をかける少女」を見てふっと思いついたネタでした。
何故あの爽やかさからこんなものが生まれてしまったのか自分でもさっぱりです。
でもアレも見ると鬱になるよね。え?なりませんか?私は見終わった後に3時間はハイパー鬱タイムに浸れます。

なんかいつも以上に人を選ぶような話ですみません。けど書いてて 超 楽しか った。 

家康もきちんと彼女を愛しています。
けれど家康は優しいから、その他大勢の幸福を否定することができないだけで。
三成はきっと迷わずに未来まで追いかけて行くんだろうなぁと。

・・・・・・・・・・家康とは普通に好きなのに何で苦悩してばかりなんだろうなぁうちの小説って。

ちなみに皆さまはこの三成をどう思いますか。
他の女を犠牲にしてでも自分に会いに来てほしいですか。
例えその方法が酷いものでも。

すごく関係ないですが最近、頭の中から「スペシャル☆心不全」という言葉が離れなくて困ってます。

 
2011年 8月27日執筆 八坂潤
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