―――どうしてあの時殺しておかなかったのか。


知らせを聞いて真っ先に過ぎった感情は後悔だった。
気付けばあれだけ待ち望んでいた仇敵と戦う為にとった武器は手から零れ落ちている。
だがそれを拾う余裕などなく、代わりに渡されたそれを強く握り締めていた。

刑部が荒い息を吐き、私に用件を伝えると力をなくしたように地面に座り込む。
遠くでは家康が動揺したような素振りを見せているが知ったことか。


が明智光秀に攫われた。

城で待機させていたが、私が不在のまま―――誰に守られることなく呆気なく攫われた。
現場の部屋には誘拐の旨を記した手紙と簪だけが転がり、それは恐らく数日間誰にも気に留められることなく。

握り締める藤色の飾りが付いた簪はにいつか、いつだったか気まぐれで買ってやったものだ。
「半兵衛様の命令でもないのに物を私にくれるなんて嬉しい。大事にする。」と大切そうに受け取ったそれ。
何故だかあれはいたく気に入ったようでいつも身に着けていたそれ。

それにはすっかり酸化して黒くなった血がこびりついていた。


「・・・なあ、三成・・・ひひっ主も不幸よの・・・っは、は・・
 よりによってこんな時に・・が、あの、男に攫われるとは・・・・な、」


友の乾いた唇から紡がれる言葉は私の耳には遠く、どこか遠い出来事のように感じられる。
戦の真っ只中、怒号も飛び交う戦場でこの空間だけが静寂に切り離されたよう。


そう、こんな時に。

やっと秀吉様の仇を取れるというこの機会に。
あれほどに待ち望んでいた怨敵の家康を討ち合えるというこの瞬間に。

―――どうして貴様は攫われたりしたんだ。

こんな時でなければ助けてやった。
貴様は五月蝿く知恵もなく非力でどうしようもなく役立たずで、しかしそれでも助けてやるだけの価値はある人間だ。
そうでなければあんな女などとっくに斬ってやっている、そうあの時だって。

あの時、秀吉様が死んだ時だって十分に殺す理由があったはずなのに。
秀吉様が死ぬかもしれないという可能性を知りながら黙っていた罪を罰するはずだったのに。

逃げる機会を得ておきながら私の傍にいると言ったにどうしてだか刃が迷った。
監視し守れという半兵衛様の命もない、未来の知識も役立てられない人間など、生かしていても。


(・・・・・。)


相手からの要求はなく、ただ数日後―――今日の陽が降りるまでに指定の場所に来なければ殺すとだけ書かれている。

天を仰げば茜色の夕日が徐々に地平線の向こうへと移動している。
もうじき夜が訪れ指定の時間になり、は殺される。

相手が明智光秀でなければ兵を送って解決したかもしれない。
しかしあの狂人に生半可な兵力では返り討ちに遭い、そしてまたこの大戦ではそんな人員を割く余裕などない。
私か刑部が向かえば十分に事足りる―――しかし刑部はもはや動ける状態ではなく、私もまたこの好機を放棄しなければならない。

まるで私にこの事が伝わる時間さえ計算したような、私が復讐を果たす絶好の機会を狙ったような、そんな周到さ。


「何故・・何故、どいつもこいつも私の邪魔を・・・ッ!!」


が攫われたことが伝えられたのはつい先程。
あの戦国最強と戦い疲労した刑部に伝令が渡り、その身体を引き摺る様にして私に伝えに来た。

つまり誘拐されてから随分と時間が経ってしまっている。
だから今から向かっても明智光秀は気まぐれにを殺してしまっているかもしれない。
今ここで救助に走ろうがもはや結果に変わりはなく、私は無駄に永遠に仇敵を殺す機会を失ってしまう。


(政治や軍事の駆け引きもない狂った男の思いつきのようなものだ・・・は躊躇いなく殺される。)


子供が砂の城を崩すように、相手にとって気負うもののないこの企みは失敗に終わろうがそれをあっさり諦める。
しかし要求の通りは確実に殺される―――それも考えうる限り、惨たらしい方法で、苦しみながら。

私が今まで何度も殺そうと考え、そして一度は未遂に終わっておいて今更他人に。


「しかし・・・三成・・きっと、は主に見捨てられても、ひひっ・・恨むまいて・・・・」


そして気に食わないのが、はきっと私を助けに現れるなどこれっぽちも期待していないことだ。

豊臣の為ならば致し方なしなどという殊勝な心がけではなく、私に助けを求めても無駄だと分かっている。
自分の命と家康を殺すことならば後者を選ぶだろうと最初から諦めている。

実際に以前の私ならば迷わずそうした。
あの時、殺す機会を永遠にうしなってしまったそれ以前の私であれば、豊臣以外に価値のあるものなど。


「だから・・我は主がを見捨てても・・・・いいと、思っている・・・
 普通は秤にかけるまでもなかろ・・たかが一人の人間と、天下など・・・・・答えなど決まって、いる。」

「私は、私は天下など要らない・・!秀吉様の仇を!家康を殺せれば私は何も望まないッ!!」

「・・・・・ならば、迷っている暇もないであろう・・・ほぅれ、武器を拾えば、いい・・・」

「――――、」


戦の喧騒も遠く、あれだけ待ち望んでいた輝かしい瞬間は急速に錆び付いていく。

この日の為だけに生きてきたつもりだった。
方々に手を尽くし、戦い、苦渋を耐えたのも、全てはこの時の為に。
血の滴るほどに請うたヤツの裏切りを清算させる、それが私の生きる全てだったのに。

ああ、どうしての存在が私を繋ぎとめるのだろう。
とるに足らない人間だったものがいつの間にか、こんなにも、


「・・・・・・もうじき、陽も暮れるなァ・・・・。」


時間が経ち過ぎてしまった。

陽はもはや地平線にその名残を残すだけになりつつある。
の命の刻限は、僅か。

最早迷っている時間などなく、そして確実に間に合うためには目の前の男の―――家康の力を借りなければならない。
本田忠勝に移動の際に同伴させれば、あの機動力ならばこの騒乱の中を突っ切って最短距離で移動するのは可能。
そしてあの男もとは交流があったから拒みはしない、私の意志が拒んでいるだけだ。

秀吉様の仇との命とが天秤に掛けられて揺れている。
本来は掛けるまでもない錘が、いつの間にか私の頭の中で皿の上に置かれている。


「私は・・・・私は・・・・・、」


ああ、どうしてあの時殺しておかなかったのか。

こんな厄介な存在になる前に殺しておいてしまえば、そうすれば。
刃を迷わせることなく裏切り者を断罪しておけば、こんなに大切になっていなければ。


「          」


――――そうすれば私はこんな決断を下す必要などなかったのに。







































→君の愛はどうしたいと泣いているの?
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あとがき。
ハァイ!どっちの料理のショーでは応援したほうが大体負ける方、八坂です!!
番組の最後で負けシェフの晩餐みたいなのをやるのが辛かった・・私が食べるのに・・・

宴がまだ発表されてない頃に考えていたネタを思い出したので。
ここは松永が正しいのかもしれませんが私は未プレイかつ外伝も全く手をつけてないのでキャラが分からない・・・
明智光秀は完全に愉快犯です。そしてこのタイミングで判明するのも折り込み済みですが、本人はどっちでもいいと思ってます。

例によって続きを書く気は全くないので三成がどちらを選ぶのかは好きに想像していただければ。
え?私?私は見捨てて刑部も主人公も家康も死んで寄る辺なく狂っていく三成とか最強にうまいと思いますよ。

タイトル的には助かりそうな感じですが、大谷さんが代弁してくれた通り私は正直どっちでもありだと思います。
三成がどれだけ家康を憎んでいるのかも知っているし、長年の豊臣への想いをぽっと出の人間がそれを覆すだけの存在になれるかといえば疑問符。
しかし三成は決して自分の懐に入れた人間を見捨てないというのもあり、しかし家康の助けを借りなければならない。

そして家康も相手からその申し出があればそこにどんな想いがあれ、将として三成が敗北を認めることを要求しなければならない。
三成はその要求を受ければ永遠に秀吉の仇を討つ好機を逃すことになってしまう。

もし、もしも家康が先に誘拐を知っていればまた逆転するものもあったでしょうが、けれども―――それすらも悲劇ですね。

三成はランサー並みに幸運スキル低いと思う。Eだな。
しかしそうなると大谷さんの幸運スキルが大変なことになるな。狂化補正でもないのにバーサーカーみたいに測定不可になる。

 
2011年 12月4日執筆 八坂潤
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