銀髪碧眼の美しい悪魔が優雅な仕草で読書をする姿というのはまるで一幅の絵画のようで当然見惚れてしまう。 一種の神聖ささえ感じる光景を凡人の私はただ頬杖をついて眺めるだけしかできない。 意を決して口を開こうとするが、この空気を壊してしまいたくなくて噤む。 聞きたい事があるのにそれは実はどうでもいい事なんじゃないかと思い込んでしまう程度には私は病気だった。 「なんだ。言いたいことがあるのならはっきり言え。」 「え、あ、バレてた?」 「動作が五月蠅い。」 喋っていなくてもうるさいだなんて言われた私はこの先静かにする時はどうするべきなんだろう。 「たぶんバージルにとっては下らないことなんだけどいいの?私にとっては死活問題だけど。」 「下らぬ事だとは初めからわかっている。」 「あっそ・・なら言うけど、えーと・・バージルって魔法で剣を浮かせたり瞬間移動したりするよね? トリッシュは雷を操ったりできて、ダンテは・・・・よくわからないけれど。」 「ああ。」 目線をこちらに向けようともしないが返事だけは返してくれる彼はずいぶん丸くなったと思う。 普通だったら怒りそうなこのそっけない反応も私にとっては十分嬉しいもの。無関心ではないのだから。 「傷を治したりとかって、できる?」 「怪我でもしたのか。」 そこでようやく私に興味を持ったように彼が本からその端正な顔を上げた。 いつも通りの無愛想な表情に見えるけれど、その中の些細な変化を感じとって誤魔化すように私は笑う。 「いやー、実はさっき口の中を噛んで血がだらだら流れている、というか痛いっていうか・・・自業自得なんだけれどね。」 「間抜けだな。」 「その通りすぎて何も言えないんだけど、でも口の中が自分の血の味で気持ち悪いのも事実で。」 少し吐きそうになるのを手を当てて押さえる。 結構深く傷付いているみたいだから治るのも時間がかかるだろう。いやだなぁ。 ぱたんと小さな音を立て綺麗な白い手が本を閉じ、代わりに漆黒の鞘から白銀の刃を引き抜く。 「ちょっ、バージル?」 「こちらへ。」 前振りのない物騒な予備動作に内心が徒競争の速度でドン引きしていく。 そんな私の普通の反応をよそに召使いを呼ぶ主人のような傲慢さでバージルが私を手招いた。 「来い。」 「・・・・・・・・・か、介錯とかじゃないよね?何かしたっけ、私!?」 「勘違いするな。この刀をお前の血で汚すつもりは今のところはない。」 今のところは、って何だよ今のところはって。 「傷を治してやる。来い。」 「・・・・・・・・・・。」 痛い思いをする位ならいっそ死ねとかそういう展開ではない、らしい。 恐る恐る近付くとバージルにいきなり胸倉を掴まれて顔を寄せられた。 突然の暴挙に固まる私をよそにもう片方の手の指が刀身に押し当てられ、間髪入れずに私の口の中へ指が突っ込まれる。 「むな!!?(んな!!?」 驚いて頭を引こうとするが後頭部を片手で固定されて引くことすらままならない。 それどころか逆に剛力で寄せられて更に深くその指を銜えてしまう間抜けな図になってしまう。 それでもこの状況から抜け出したくてバージルの両腕を掴むがびくともしない。どんな力!? 「暴れるな。うっかり殺してしまうかもしれん。」 「・・・・・・!!」 そうだ、この人は見た目こそただのかっこよくて無愛想で物騒な人だけど半分悪魔の血が通っているのだ。 先ほどから証明しているとおり彼の剛力ならば私の首をうっかりへし折るなんて有り得そうだから困る。 「恋人にうっかりで殺されました、てへ☆」なんて事態は人生最後の汚点になりかねないので諦めて身を委ねる事にする。 「ん・・・ふぅ・・・・・」 バージルの少し骨ばった指が私の口の中を獲物をいたぶるようにじわじわと蹂躙していく。 唇の裏、舌の上、歯列を丹念になぞり、指だけが別の生き物のように蠢いた。気持ち悪くは、ない。 普通の神経でいると頭が熱だか何だかに犯されておかしくなりそうなので必死に別の話題を考えようとする。 ああ、そういえば直前に歯を磨いていて本当によかったなぁとか心にもない感想を漏らした。 「ひゅ、ひゅりゅひい・・・(く、苦しい・・・」 「歯を立てたら刺す。」 「!!!」 そのわきにいつでも抜けるように置いてある刀でか。 脳内が機械的にツッコミを入れる間にも、もうバージルが触れていない場所なんてないんじゃないかと思うくらいに口の中を荒らされる。 彼の血の味と私の血の味が混じり合って個人的にはそろそろ吐きたい。けれど死にたくないから我慢。 しばらくそうされて頭が仏の来日とともに悟りの境地に達した頃、やっと口が解放された。 「ぶっは!げほ、げほ・・・・わ、うわ、血の味が更に濃く!」 「汚い。」 すっかり私の血と唾液とで汚れてしまった己の指を見てバージルが呟く。 いや、それが普通の反応なんだけれどなんとなく少し傷つく。 誰のせいでそうなったと思ったんだ。それこそ自業自得だろうに。 「だったらこんな事するなよ!ちょっとうがいしてくる!!」 と、そこまで喋って自分の口の中にあるべきはずの傷がなくなっている事に気が付いた。 彼がそうしたように舌先でなぞってみても傷はなく当然痛みもない。 (何で・・・ってああ、そうか悪魔の血か・・・・・) 彼の傷の治りが異常に速いのは身体の半分の血量が人外であるからだというのは知っていた、けれど。 まさか自分がこうして味合わされることになるとは思わなかった。効能も、その味も。 「やり方はともかく・・・ありがとう?」 「なぜ疑問形なのだ。」 「そりゃああんただって・・・」 こんなやり方で直してくれなんて誰も言っていない。 と言いかけて彼が血塗れの指を当然のように舐めとってみせたのを見て呼吸が止まる。 獲物の血を啜る吸血鬼のような妖艶さで、呆然とする私を見ながら赤い舌が指をなぞっていく。 「さ、さっき汚いって言って・・・・」 「冗談だ。」 「な、え、え、ええ・・・・」 ぐいっと強く今度は腕を引かれてその逞しい胸板に倒れこみ、耳元で熱に犯されたような悪魔の美声が囁く。 「・・・・・・こんなにも、甘い。」 「ッ!!」 結局私は口をゆすぐ事すら忘れてその日は血の味とともに彼の腕の中で固まったままだった。 →NO CONTINUE! ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- あとがき。 どうやら私はバージルは流血させるなり舐めたりしないと気が済まないみたいです。変態か私は・・・!! 前と似たようなことになっちゃったのでうpしなくてもいいかと思ったのですが一応書いたので。 「もうお前の自己満にはこりごりだよ!」とか言わないであげてください。その通りだから困ります。 バージルの一番色っぽい表情はどう考えても儀式の時に自分の手を傷付けた時の痛そうな顔。異論は認める。 拍手どうもありがとうございました!励みになります!! 2009年 8月27日執筆 八坂潤