深夜。
大体の生き物が活動を終え、眠りについた頃。
――――2時か。
時を忘れて本を読んでいたら、いつの間にかそんなに時間が経っていたらしい。
やれやれと読み終わった本を畳んで、寝る前に水を飲もうと部屋のドアを開ける。
「………?」
階下から光が漏れている。
階段を気配を殺して降りると、が窓の外の闇をぼぅっと眺めていた。
「……何をしている?」
背後から話し掛ければ、びくんと跳ねる細い肩。
「うわッ!…あ、なんだバージルか……脅かさないでよびっくりした。」
「そっちが勝手に驚いたんだろう。」
が盛大な安堵の溜息をついているのを横目に、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。
「も飲むか?」
「いや、いいかな。ありがとう。」
ボトルからガラスのコップに移し、一気に飲みあげる。
は俺を見ながら口を開いた。
「夜遅いね、読書してたの?」
「遅いのはお前もだろう。
…何を見ていたんだ?」
の隣に並んで外を見るが、そこにはただの暗い街並みのみ。
目を凝らしても何かあるわけではなかった。
「何も。強いて言えば夜。」
「夜……?」
「懐かしくなったの。」
窓に視線を戻しては言う。
「昔…ってか前の世界ではよく夜中にコンビニ行ったなぁとか。
漫画とかお菓子を買いに行ったり、コピーしたり。」
「夜中に一人でか?危ないだろう。」
「日本はわりと治安がいいから大丈夫なんだよ。」
クスクス笑いながら目を細める。
―――それはどこか、儚げな笑みだった。
「まぁ、今は別の意味で治安が悪いしね。
……もう私は夜に外に出られないんだろうなぁ。」
別の意味―――悪魔の事か。
確かにの体質を考えると、夜中に出かけるなんて自殺行為もいいとこだろう。
「夜の散歩とか行ってみたかったなぁ。」
「散歩なら昼も行けるだろう。」
「夜に行くのがオツなんだよ。」
はため息をついてソファーに座る。
「……もう諦めてるけどね。」
そう呟いて、膝を抱えてごろんと寝転がる。
それでも視線は窓から外さない。
「………。」
月を確認する―――三日月。
悪魔の気配も特に感じる訳ではない。
「…そんなに出たいのか?」
「…………まぁね。」
「なら支度をしろ。そのままだと風邪をひく。」
「へ!!?」
ガバッと起き上がってこっちを見る。
まるで犬だな、と密かに思った。
「いや、だって悪魔が来ちゃうし……」
「俺が付いて行けば問題ないだろう。」
いつものコートと閻魔刀を手に取る。
「俺が守るから安心しろ。」
彼女は一瞬だけきょとんとしてから、階段を一気に駆け上がる。
そしてしばらくしてから、息を切らして降りてきた。
「いやいやでも本当にいいの?単なる私のワガママだよ?」
「問題ない。」
寝間着から着替えておいて何を今更。
嬉しそうにしているを見て、自然と頬が綻ぶ。
「何か上に羽織らなくていいのか?」
「あ。」
すっかり忘れてた、と呟いて考える仕草をしてからダンテのコートを手に取った。
「…何故そうなる。」
「あ、いや、上まで取りに行くの面倒くさいし…」
「取りに行け。」
「え、大丈夫。元に戻しとけばバレないよ。」
「取りに行け。」
「うぅ………」
こっちの口調に不満そうにこっちを見る。
「…何でダンテのコートを借りちゃ駄目なの?」
なおも食い下がるに、内心で溜め息をつく。
仕方がなく自分のコートを渡してヤツのを手に取った。
「……アレ?それでいいの?」
「仕方がないだろう。」
―――お前にあの男のものなど着させてたまるか
赤のコートに袖を通しながら内心で呟く。
ごめんね、と言ってもそれに習う。
「……デカいね。」
「当たり前だ。」
「ちょっと引き摺っちゃうかな?」
「構わない。」
体格が違い過ぎるからサイズ違いもいいところだ。
袖から覗かない自分の手を見て困ったように笑う。
それから俺を見て一言。
「…なんか違和感。」
「誰のせいだと思っている。」
「すみません紛れもなく私のせいですごめんなさい。」
は涙目で視線を逸らしながら謝る。
そんな仕草にも愛しさを感じて、俺は手を差し伸べた。
「どこへ行くつもりだったんだ?」
「どこへでもいいよ、バージル。」
が俺の手を掴む。
少しでも力を込めたら壊れてしまいそうな、か弱い手だった。
「いやぁ…絶対に有り得ないけど端から見ると恋人同士みたいで照れるね。」
――――絶対に有り得ないのか
そうは思ったが、口には出さないでおいた。
「じゃあ、行こうか。」
はにかんだように笑いながら、がドアを開けた。
流れ込んで来た冷たい空気に、少しだけ顔を歪めてから歩き出す。
―――ダンテがコレを聞いたら怒るな。
そんな事を一瞬だけ脳裏によぎらせてから、俺はに手を引かれるがまま歩く。
次の日、いつもより起きるのが遅かった俺達をダンテが不思議そうにしたのは言うまでもなかった。
*END*
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あとがき。
タイトル『騎士の歩み』。
騎士のknightと夜のnightをかけたかった。
バージルの口調が思い出せないのは勘弁してあげてください(笑
2006年 10月16日執筆 八坂潤