「今日から少し家に戻らない。悪いがいつも通り頼む。」

「―――、」


一緒に朝ごはんをつつきながら、気負う様子もなくさらりと告げられた内容に静かに息を呑む。
その言葉の意味は、彼はまた危ない仕事に行ってくるという事なのだろう。

甘い顔と陽光に透ける色素の薄い髪と海のように青い瞳はいつも通りで、けれど普段の私服ではなくきっちりネクタイを締めたスーツ姿は彼の戦闘服だ。
焼いた鮭の身を箸で崩しながら何でもない風を装って、私も言葉を返した。


「分かりました。もうこれ食べたら出るんですか?」

「ああ。本当はもっと早く出る予定だったんだが一応話しておこうと思ってな。内容は話せないが。」

「いいですよ別に。私も余計なことは知りたくないですし。」


我ながら少しそっけなさすら感じる返事だが本音だった。自分がそういった事情から締め出されることは当然だと思うし、そこに不服なんて感じちゃいない。

茄子の味噌汁の最後まで飲み干し立ち上がる。今朝の安室透作の朝食もおいしかった。
もしかしたらこれが最後の味になるかもしれない、なんて一瞬頭を過ぎったけど縁起でもないから黙っておいた。
同じく片付けようと立ち上がった同居人を手で制し、彼の分の食器もまとめて台所に持っていく。


「後の片付けは私がやっておくのでいつも通り頑張ってきてください。」


以前、危険な仕事に出てなかなか帰らなかった時に身の程知らずにも噛みついてしまった事があるが、彼はまたそういう仕事に出るようだ。
安室透が危険な目に遭うことを肯定するわけじゃないけれど、でも―――また仕事に行ってくれてよかったと少しだけ思う。
もし万が一私の言葉なんかで彼が仕事を自粛なんてしたら、きっとその意味の重たさに潰れてしまう。

私は彼にとってただの同居人、欲を言えば気の置けない友人くらいでいたいのだから。


「・・・・そういえば、出かける前に『気を付けて』って言うと事故に遭う確率が減るって以前テレビでやってたんですよね。」

「どういう理屈だ?」

「さあ?でもそういうデータもあるらしいですよ。気休めかもしれませんが。」


玄関口で革靴を履く安室透の雰囲気がすっと引き締まって、ああこれからこの人は戦場に行くのだと実感してしまう。
一瞬だけぴくりと手が動いてしまったのを、この人に見られることがなくてよかったと安心した。


「だから透さん、いってらっしゃい。気を付けてくださいね。」

「ああ、いってきます。」


最後に青い瞳を少しだけ穏やかに緩ませて微笑み、そして迷いのない足取りで玄関のドアを開けて出て行った。
その広い背を見送ってから一拍おいて息を吐く―――私がどうこうするわけでもないのにどうしてこっちが緊張してしまうんだろう。

なんだか言葉にできないもやもやとした感情と衝動を頭から振り払うべく、とりあえず先程の洗い物に取りかかる。


(・・・いってらっしゃいだなんて送り出したの、初めてな気がする。)


いつもはこちらの感情や都合なんてお構いなしで、事後報告でそういう事があったんだなとか推察するばかりで。
朝ごはんを食べるためと言えばそれまでなんだけども、でもわざわざ伝えるために私が起きるのを待ってたなんて、あれ、なんかこれって、


(分かりやすく気に掛けられている・・・・!?)


洗剤の染み込んだスポンジでごしごしと調理器具を洗いながら辿り着いた結論にかなり驚く。
そこそこ朝早く起きるのはもはやこっちでは習慣なので待っていたというの自惚れの可能性も依然として高いけれど、でもわざわざ告げていくのは―――最近のアレが効いたのか?

どっちにしろこうして気に掛けられているのが分かるのは素直に嬉しいと思う。人に慣れない野生動物に懐かれた心境だ。
気が動転して獰猛になったキツネリスに心を開かせたお姫様もこんな気分だったのだろうか。


(それにしても、こりゃ安室透結婚できないわ。)


高給取りの公務員で顔と運動神経と頭もバッチリ良し、性格も某赤井さん関連ではバーサーカーなところがあるが問題なしとくれば引く手数多に決まっている。

けれど彼には秘密が多くて恋人と一緒に過ごす時間なんて殆どない。
特に前者に関しては、公安警察は家族にすら正体を明かさないとテレビで以前やっていたから彼もきっとそうするだろう。
秘密を知った上ならともかく、一見するとワーカーホリックで終始放っておく恋人はいくら破格の条件の男でもたまったものじゃない。


(つまり安室透が結婚するとしたら美人だとか有能だとか除外して、のちの関係が悪化することなく秘密を知った・・理解がある人・・・?)


条件に一致する相手を思い浮かべようとして、何かに気付きそうになったが、まぁ関係ないかと思考を断ち切った。
携帯電話を取り出して溜息を一つ。彼と比べたらささやかなものだが、私もまた同居人の不在に合わせて忙しくなるのだから。








































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あとがき。
同キャラで同一テーマでもそれぞれの関係性や背景によって全く別物になるのが書けたら面白いなぁと思って書いてみました。


2019年 11月17日執筆 八坂潤
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