「・・・・・・?」


隣で眠っていた零さんが少し身じろぎして起きたのを感じた。
トイレだろうか、と気にせず目を閉じて眠ったふりを維持しながら二度寝を決め込もうとする頭に大きな手がそっと触れる。
熱い手のひらが感触を確かめるように何度も往復し、最後に額に柔らかい感触がしてから立ち上がった。しれっとキスしおったぞこいつ。


(なんだろう、もう起きる時間だっけ)


今日は二人とも何の予定もなかったはずだと薄目でカーテン越しの外の様子を伺う。窓の外はまだ薄暗くて始発電車が走っているかいないかという頃合いだ。
理由を考えている内に零さんが部屋を出ていく気配がして、何だか嫌な予感がして、そして長い付き合いと女の勘とやらでピンと気付いた。
慌てて布団を跳ねのけて後を追うと玄関で気まずそうな青い瞳と目が合った。ああやっぱり、予感は当たったようだ。


「すまない。起こしたか。」

「ううん、それよりどこへ行くの?今日何か予定があったっけ?」


宿題を忘れたことを咎められる小学生のように、青い瞳が一瞬だけ空を泳いだ。
いつもの彼だったら絶対にしないような隙だらけの表情に少しだけ笑いそうになる。特に彼の眼鏡の部下が見たら卒倒するだろう。


「危ない仕事に行くんでしょ。」

「・・・そうだ。」

「あのね、どうせすぐバレるんだから黙っていくことはないでしょ。もしかして私に申し訳ないとか思っちゃってるの?」


一つ溜息をついて、珍しく少し乱れているネクタイをそっと締め直す。
こんなところにも彼の葛藤が透けて見えるようで、まぁ、なんだ。正直その相手が私だというのは少しだけ気分がいい。


「危ない目には遭ってほしくないけど・・でも行かないでなんて言わないよ。むしろ私に引き留められた程度で止めちゃうなんて解釈違いだし。」

「解釈違い・・・?」

「ごめんちょっと待って言い換えるから、ええと、とにかく嫌なの。」

「ああ、理想と合わないみたいなものか。」

「ウン・・そんな感じ・・・・」


いかんいかん安室透が持ち前の頭の良さと私のせいで少しオタク語録に理解をし始めてしまっている。
これ以上この人をそっちに染めてしまうといろいろな人に刺されそうだから気を付けないと。


(ああもうこういう時、なんて言えばいいのかな。)


伝えたいことは確かにあるのになんだかうまく考えがまとまらなくて、唇を開いては閉じるを繰り返す。
こんな時、もし漫画のヒロインだったら綺麗な言葉でかっこよく決められるのに、私はどうにも上手くいかないのだ。
でもこのまま行ってほしくなくて、つっかえながらもなんとか口を開く。


「えっと、なんていうのかな・・うーんと、私は、国のために頑張る零さんがかっこよくて好き、で、」


この人と改めて恋人関係になるには、まぁ死ぬほど揉めたし色々あったのだが一番声を大にしてやりあったのが『降谷零危険な目に遭いすぎ問題』である。
私みたいな一般的な作りの心臓にはあまりにも悪すぎると、実際に何度も痛めているのだが、でも最初にこの人を好きになった理由を考えてみれば。
顔だとか頭の良さだとか高給取りだとかそんな諸々の条件なんて二の次になるくらい、何かのために命を賭して戦うひたむきさが好きなのだ。


「だから、もう止めないから、ちゃんと次もこういう時は事前に言って。いってらっしゃい位は言いたいから。」


いつかこの言葉を後悔する時が来たらどうしようなんて考えは止めよう。この人を信じると決めたのだから。
いい加減私も自分が弱いと膝を抱えて蹲ってばかりではいられない。
ここで生きていく、そして降谷零の恋人に見合う女になるために私も強くならなければならないのだ。これはその第一歩。


「ありがとう。」


ぎゅっと抱き寄せられた時に、ああ少しだけ声が震えてしまったのがバレたんだなと思った。
でも物分かりが悪いふりをして文字通り蓋をしたのだ、ずるい人だ。でもそういうところが好きと思ってしまうのが我ながらチョロ過ぎて少し笑える。

少し身を離して改めて恋人の顔を眺める。
甘い顔に黄金の稲穂のような金糸に春の湖沼のような瞳はいつも通りで、危険な仕事に行くとは思えない位に眩しくて目を細めた。ああ、やっぱりこの人が好きだな。


「気を付けて、いってらっしゃい。でも我儘言っていいなら―――なるべく早く帰ってきてね。」

「うん、すぐ帰るよ―――いってきます。」


少しだけ躊躇ってから滑らかな小麦色の頬にキスをして、たっぷり数秒経ってから目を逸らす。いってらっしゃいのキスなんて初めてさせて頂きました。
すぐさま私の頭を引き寄せられてこめかみに柔らかい唇が降りてくる。一見するとほんとバカップルみたいだけど、でもこれくらいは許してほしい。


(帰ってこなかった場合じゃなくて帰ってきた場合を考えなきゃ。)


離れがたいと言わんばかりにもう一度強く私を抱きしめてから、降谷零が出勤する。
素足のまま玄関から少しだけ外に出て後を追い、自然と両手を胸の前で組みそうになったのを堪えてその姿が見えなくなるまで見送った。


「頑張ってね、零さん。」


祈りではなく応援の言葉を手向けて、踵を返して私達の家へ戻る。
戻らなかった場合ではなく戻ってきたときのことを考えて―――ああそうだ、大掃除でもしておこうかとそんなことを考えながら。








































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あとがき。
同キャラで同一テーマでもそれぞれの関係性や背景によって全く別物になるのが書けたら面白いなぁと思って書いてみました。


2019年 11月17日執筆 八坂潤
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