サッカーや野球やドッジボールだけが小学生の遊びじゃない。ゲームだって立派なコミュニケーションツールだと思う。

「あーそこはね、このアイテム使わないと目当てのやつ出てこないよ」
「マジ?・・・あ、ホントだ!スゲーなハカセ!攻略見たの?」
「見なくても村の入り口の家の本棚にヒントあったじゃん」

天気がよく晴れた放課後の公園で、健康的に屋外運動に励む小学生を尻目にクラスメイトの男の子たちに混じってベンチに座る。
ゲームの疑問に対して回答すると嬉しそうに目を輝かせてお礼を言われる。また別の小学生男児から元気な質問が飛んでくる。

「ハカセ、こっちは?」
「はいはい、というかその博士ってマジでやめてほしい・・・」

断っておくが、べつに自分が博士号を賜るほどゲームが得意なわけではない。そりゃ中身は大人なんだから小学生に比べたら上手いよね程度だ。
あとこっちに来てから交友関係が強制リセットされたこと、元の世界に戻ればどうせ崩れるであろう関係をわざわざ構築すると面倒くささとそれ以上の虚しさ。
その二つを厭ってこっちに来てから引き籠りゲームばかりやってたというのもある。それも安室透の立場的には面倒がなくて都合が良かったらしいが。

「こら、おまえら××××がこまってるだろ!・・・だいじょうぶか?××××」
「だいじょうぶだよ。でも、うん、ありがとう」
「あ、ソウマのやつ××××のことかばってるー!」
「うっせ!」

小学校低学年男子らしい女子絡みのケンカにやれやれと内心で肩を竦める。いやー青いねえ。
遠い目をしていると、私を気遣ってくれた相馬くんとぱちりと目が合う。
とりあえず社会人的礼儀として微笑んでおくと、はにかんだように笑った。裏表のない幼い善意が眩しい。

「××××、こっちは?」
「××××、あれはどうなの?」
「はいはい順番にね」

××××。今やみんなが私をそう呼ぶが、本当の名前は違う。
昴くんが決めてくれたこの名前は正直言って未だに慣れない。もちろん気に入っていないとか、そういう次元の話ではなくて。
自分の名前だと認識しなければならないのに、誰か別人を指す記号のよう。

(偽名って結構メンタルを削られるんだなぁ)

自分がそこにいるのにそこにいないと悪意なく否定され続けるような。カップアイスを掬うように自分の存在をスプーンで削り取られているような。そんな気持ち。
子供のごっこ遊びではなく必要なことだと分かっていても、ふとそんなしんどさを感じて心が重たくなってしまう。
コナン君は時間の流れ的に、昴くんは職業柄慣れているみたいだけど、私のような覚悟のない一般人にはつらい。
そして偽名を使う人といえばもう一人。一つどころか三つの偽名を完璧に使い分ける男。通称トリプルフェイス。あの人もこんな気持ちなのかな。

「・・・・・・あ」

噂をすればなんとやら。
ふと、視線を感じた気がしてゲーム機から顔を上げると公園の入り口に安室透が立っていた。
遠目で見ても整った顔に人好きのする爽やかな笑顔を浮かべてこっちに近づいて来る。私も駆け寄って旅人算式に距離を縮める。

「こんにちは。買い物?」
「うん、お店の次の飾り付けの買い出しにね」

大きな手が持っているのは100均の店の袋だ。半透明の内側からは折り紙やらモールやら色とりどりのシールやらがうっすらと透けている。
ついでに買い出しも兼ねていたのか、別の袋からは食材が覗いていた。重たそうな袋だが、全く苦でもないように片手にぶら下げている。

「あ、そうだ。少年探偵団のみんなが今度の金曜日の放課後に飾り付けを手伝ってくれるんだけど、来る?」
「あー・・行きたいけど、えっと、その、要確認、かな・・・」
「なるほど。小学生も忙しいね」

こちらの言い淀んだ意図を察しているのかいないのか不明だが、安室透が白い歯を見せて笑う。

本当は予定はない。だが問題はそこに来るであろう灰原哀ちゃんである。
黒の組織に関わりのあるバーボンたる安室透のガッツリ関係者として、私は彼女にものすごく警戒されて避けられている。そりゃあもう残像も残さないレベルで。

本当はスポンサーの意向でコナンくんを助ける約束なのだが、そのせいもあってあまりお役に立てていない。
少年探偵団とはたまに一緒に行動する程度だ。灰原哀ちゃんは原作的にも好きだしぜひ仲良くなりたいのだが、こればかりはしょうがない。無理に近付くと猫みたいに引っ掻かれそう。

「××××、こいつ誰?」
「あ、相馬くん。・・・ええと、」

なかなか戻ってこない私に業を煮やしたのか、相馬くんがいつのまにか隣に来て怪訝そうな顔をしていた。
他の小学生男子キッズも興味津々といった顔でゲーム機を片手にばらばらとやってくる。

(まさか恋人ですとは言えないしな・・・)

正直に恋人と言えば角が立ちまくるし、友達というには歳が離れすぎている、か?
叔父はもういるし、それ以外の血縁にしてはあまりに顔が似ていない。悲しいかな特に美貌の点で。

返事に窮する私を横目に、文句のつけようのないお手本のような笑顔で安室透が卒のない挨拶をする。

「こんにちは。僕はこの子の行きつけの喫茶店の店員だよ。よくお話しするんだ」
「へー!にいちゃんカッコいいね!」
「背ぇたけー!身長いくつ?」

同性キッズから見ても恋人はかっこいいらしく、わらわらと群がって質問攻めにしていく。恋人が褒められるのは自分のことでもないのにちょっと気分がいい。
そんな中、相馬くんはあまり面白くなさそうに安室透を見ている。幼い黒い目と深い青色の目がかち合い、そして気まずように少年がぷいとそっぽを向いた。人にはそれぞれ好みがあるらしい。

「じゃあ、買い出しの帰りだから。またね」

大きな手で私の頭をくしゃりと軽く撫でてから、清涼飲料のCMのように爽やかな笑顔を残して安室透は去っていった。
その広い背中に向けてしばし手を振っていると、突然横からその手を掴まれる。手の主は相馬くんだった。

「ほら、ゲームにもどろ!さっきのところまたわかんなくなった!」
「えーー・・・さっき教えたばっかじゃん」

小さな手に引かれるままベンチに再び戻って、しぶしぶ不名誉な博士の役に徹する。

内心では冷めていても傍から見れば私も立派な小学生グループの一員なのだろう。
ちゃんとうまく溶け込めてよかった、ということにする。・・・・でないとたまに落ち込むからだ。





















「あの子、相馬くんは君のことが好きなんだろうな」
「え?そうなの?」

お湯を入れたばかりの、温かいお風呂の中でまどろみかけていた意識が覚醒する。
降谷さんの鍛えあげられた胸筋に後頭部を預けて見上げると、長い指が額に貼り付いた私の前髪を丁寧に解いていく。

普段は春の海のように穏やかな青い瞳の、その奥には冷たくて意地の悪い光が宿っていた。昼間の好青年の姿からは想像もつかない毒の言葉が続く。

「そうだよ。僕のことずっと睨んでた」
「それだけ?さすがの安室透も全方位100%しかも同性にもモテるわけじゃないでしょ」
「もちろんそんなワケじゃないが、でも分かるさ。同じ女の子が好きなんだから」
「・・・・え、と、」

そう言ってもらえるのは嬉しい。嬉しいけれど、なんて返せばいいのか分からない。気の利いた返しができない自分の恋愛経験の浅さと会話力にやや落ち込む。
教師に指名されても答えられない出来の悪い生徒のような気持ちでいると、降谷零の滑らかな頬が頭に擦り寄せられる。大型犬のような甘え方に、愛しさがくすぐったい。

「いや、まぁ気持ちは嬉しいんだけど私ほんとうは小学生じゃないし・・・でもどうしてだろ。席が近くて、よく一緒にいるからかなぁ女の子でゲームする子ってあんまりいないし」

元の姿の時は全くと言っていいほどうわついた話がなかったくせに、小学生の体に戻った途端に発生するなんて悲しすぎる。
大人の時にはもうそんな魅力は残ってないとでもいうのか。・・・まぁ実際そう。翻ってみてもモテるに値する理由は浮かばない。とても悲しい。

「──で、なんで突然そんな話を、」

言葉の途中で軽く腕を引っ張られて向かい合って、ああやっぱり綺麗な顔だなと思ってすぐに正面から貪るようなキスをされた。
未だこういう時どうすればいいのかわからない。肉厚の舌が自分の薄い舌と絡み合い、ときおり柔く歯を立てるのを相手の肩に爪を立てながらじっと耐える。
嵐に吹かれる草のように翻弄されながらも懸命に拙く応えていると、溢れた涎が顎先まで伝ったあたりでやっと解放された。

ぜえぜえと肩で息をする私と、桃色の舌で自らの唇をなぞって艶っぽく微笑む男はお手本のように対照的だ。

「    」

宝物を愛でるような優しい声で、愛しそうに本名を呼んでから小さな手をとる。
未だキスの衝撃から上手く反応できない私に畳みかけるように、お姫様に捧げるように恭しく口付ける。だが青玉の双眸には王子様には似つかわしくない不穏な光。

「あの子は君の本当の名前も、僕と一緒のお風呂に入ることも、」
「っ・・・」

欲を孕んだ声と瞳に気圧され息が詰まる。続く毒の言葉に溺れてされるがまま、大きな手が首筋から背骨に沿ってゆっくりと扇状的になぞっていく。
さっきまでの行為を思い起こさせるような淫猥な手つきに零さんの金髪を掴んでじっと耐える。相手は当然痛いはずだがびくともしない。

「──僕とキスもセックスもしてることを知らないだろうなと思って」
「な、なっ・・・」

さっきまでの淫靡な表情と雰囲気から一転して少年のように笑う青い目の、しかしそれにはふさわしくない邪悪な発言に、羞恥心で全身の血が爆ぜる。
衝動のまま間髪入れずに相手の頭めがけて手刀を入れる。ぽすんという全く効いてなさそうな軽い音がした。

「しょ、小学生相手に最悪のマウントをとるな29歳!」
「いや、好きな女の子のことだからとるよ」
「・・・、・・・・!!」

普段装っている安室透のような物わかりの良さとは全く違う、まったく悪びれるつもりのない発言に再び口がわななく。
下ろしたまま行き場を無くした手刀を丁寧に外して、しかし一転して恋人は温度の低い笑みを浮かべた。

「それに、君も今悪い顔をしてる」
「──、」

暴れたせいで揺れる水面からは自分の表情が窺い知れない。しかし自分の後ろ暗い感情を的確に刺し抉る言葉にきゅっと心臓が掴まれた心地だ。
──小学生とはいえ好意を向けられながらも、恋人がいるという正当な理由で相手を袖にすることに、昏い優越感と喜びがあったのだ。

「・・・小学生ってかわいいよね。たかがゲームを一緒に遊ぶ程度で誰かを好きになるなんて」

ただ一緒にいるのが楽しいから好き、なんて小学生の恋愛感覚はとてもピュアだ。
大人になると外見や学歴、財力などさまざまな要因が加算と引き算を繰り返す厳しい不文律の評価方式になる。
もちろん私は落ちこぼれだ。そんな恋愛弱者があの降谷零の恋人になるとは、世の中にはたまにとんでもないジャイアントキリングが混じっている。

(そして私達の恋愛感情はそんなに美しいものじゃない)

交差する青と黒い目の中には愛情と殺意、執着と愛着、後悔と罪悪感が雷嵐のように渦巻いている。

私は確かに降谷零を愛しているが、この男の秘密のせいで爪を剥がされて拷問されたことを忘れていない。
そのせいで消えない傷だっていくつかある。もちろん逆恨みなのは重々承知しているが、出会わなければこんな痛みを知らずに済んだのだ。
未遂とはいえ自殺もした。初めて飲んだ毒薬はとても苦しかった。今思うだけで震えるほど恐ろしかった。

善良な一市民として穏やかに平和に生きていたかった。手の届かないものに近付いて、蝋の羽が溶けて苦しむのならこの人を愛したくなかった。

降谷零だって、なりゆきとはいえ死を偽装してまで自分の手を振り払い、一度は赤井秀一を頼って逃げようとした私を完全には許していないだろう。

でもこの男の愛しているという言葉と感情は本当だと分かっている。分かってしまっている。

「・・・お互いに薄汚れた大人になったね」
「まったくだ」

自己嫌悪と自己分析の沈黙ののち、息を吐いたのは同時だった。そのままずるずると降谷零にもたれ掛かって脱力するのを、湯に沈まないようにそっと支えてくれる。

子供の頃は、物語や歌で語られるように、もっと恋愛は楽しくて幸せなものだと思っていた。
でも私達の感情はこんなにも苦しい。出会わなければよかったと互いをなじる言葉が喉まできている。

しかし、それでも、苦しみだけではない何かが今この瞬間も私達を寄り添わせていた。








































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あとがき。
・偽名『××××』
なんというか、私がどんな名前を考えても読む側にとっては好みに関係なくしっくり来ないんじゃないかな〜と思ったので、考えていません。
文字数に関係なく好きな名前を当てはめてください。

・風呂入ってるのは事後だからです。頼んでもいないのに夢主好みの入浴剤が入ってるけど、当の本人は疲れ果ててクソ眠いので気付いていない。
・スポンサーは工藤夫妻。工藤邸に住まわせてもらう代わりに、沖矢昴とコナンくんを助けるようにお願いされている。



2022年 5月4日執筆 八坂潤
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