休日の昼下がり。ポアロのテーブル席に。

「今日は集まってくれてありがとう!歩美ね、ずーっと女子会ってやってみたかったの!」

ニコニコ顔の歩美ちゃんと、何を考えてるか分からない(たぶんあまり機嫌が良くない)クールビューティー哀ちゃん。
そして(哀ちゃんの視線がこわいが)社会人らしく表面上は微笑みを浮かべる私。という馴染みの女子組が集まっていた。

黒の組織・探り屋バーボンの関係者と、元組織の科学者という微妙な空気感を全て貫通する少女の笑顔が眩しい。
私と哀ちゃんは諸事情によりお互いに不可侵というか、あまり近寄らないようにしているのだが、この満面の笑みを浮かべるお姫様の召集とあらば大人しく応じるわけだ。
いやー無邪気って無敵だね。私もあやかりたいがこの外見はともかく精神が追い付かない。いつからこの眩しさを失ったんだっけ。

「でもね、少年探偵団の女の子はずっと私と哀ちゃんだけだったからできなくて…だから××××ちゃんが来てくれて嬉しいなぁ。ね、哀ちゃん!」
「そうね」

感情のない親友の返事にも歩美ちゃんは動じない。…強いな、心臓が。よもやオリハルコン製か?
微妙な表情をする私を色素の薄い大きな瞳がじっと見つめてくる。うう、今すぐに用事を作ってでも哀ちゃんから逃げたい。

「……」

──この子の機嫌を損ねるような事をしたらどうなるか分かるわね。
青灰色の視線から絶対零度の無音の圧。歩美ちゃんが思い描くハートフル女子会は言葉と気遣いという形のない弾丸が飛び交う戦場になっていた。

それにしても、女子会に決まったルールなんてないと思うが、どうやら彼女の中では人数も重要らしい。
小学生特有の謎の拘りはよく分からないが、そのくせ破るとキレるんだからここは大人しく従っておこう。自分の身のためにも。

「ねえ、他には女子会って何するの?」
「えっとね、ケーキを食べて、紅茶を飲んでね、」

お姫様のお望み通りテーブルの上には宝石のように輝くケーキと白磁器のポットが並び、かすかに紅茶の香りと湯気が漏れる。
いつものオレンジジュースではないところあたり、小学生にしては背伸びをしているつもりなのだろう。うんうん、かわいいね。

「あと恋バナをするの!」
「……」
「……」

ゲッという声は堪えたが顔が露骨に曇る哀ちゃんと、相似形の表情を浮かべているであろう私。
女子会のルールというか自己解釈を追うように宙を泳いでいた漆色の瞳が正面に戻る頃には、もちろん笑顔に貼り替えておく。
哀ちゃんは自身の性分もあるだろうが、私以外の二人共がコナンくん(工藤新一)を好きという状況で繰り出す恋バナって、なに?なにこの苦行。

「私はパス。そういう相手、いないもの」

おっと灰原哀選手早かった。いくら親友の望みでも吞めないのか、いやだからなのか?
ともかく早々にスキップカードを切ってショートケーキを口に運ぶ。そんなのアリかよと目線で訴えるが無視される。追撃を許さない空気にさすがの王女様もなんとなく気勢を削がれる。

「えー、じゃあ××××ちゃんは?」
「私は…」

頭に浮かんだのはもちろん恋人である安室透もとい降谷零だが、当然言えるわけもなく言葉に詰まる。
しかも本人この場にいるし。話の盛り上がりと歩美ちゃんには悪いがここは私も無難にいこう。

「えーと、私もいないかなぁ」
「あ、ウソ!今ヘンな間があったもん!」
「………」

何で私の時は正確に当てに来るんだよ。
哀ちゃんに視線で助けを求めてみるが目すら合わない。完全に我関せずの態度に喉奥で唸った。世の中は非情である。

「となりのクラスの相馬くんはたぶん××××ちゃんのこと、好きだと思うなぁ」
「いや、そんなことはなくて、本当にいなくて…」
「えーーー!じゃあじゃあ、かっこいいと思う人は?それくらいいるでしょ?」
「……」

猫のように好奇心を輝かせて、半ば席から立ち上がりながら迫る少女の勢いに内心で辟易する。
哀ちゃんの時は諦めたくせに私にだけ妙に容赦なく突っ込んでくるのは何故なのか。そんなに私は隙だらけなのか。

(好きな人もかっこいいと思う人も、まぁ同じ人物なんだけど。ここで安室透の名前を出すのはセーフなのかなぁ)

女としては好きな恋人の名前を出したくなるのは当然である。しかし表向きはただの喫茶店員とその常連程度の関係なので、あまり関係を勘ぐられたくはない。
いやでも考えすぎか?公式イケメンなんだからセーフ?うーん考え過ぎて頭が混乱してきた。教えて名探偵。

「えっと…かっこいいと思う人は…」

ちら、と視線を動かさないまま視界の端に映るカウンター席に意識を向ける。
当の本人は噂のイケメン店員を拝みにきた女子大生二人とにこやかに談笑していた。こっちの会話を聞いてるんだか聞いていないんだか、私のピンチも知らないで楽しそうに。

(……ま、いっか)

この名前を出すと絶対に面倒なことになりそうだから切らなかったけど、この状況における最適解カードがある。でもなんとなくそれを使ってもいい気になってきた。ええ、なんとなく。

「かっこいいのは、昴くんかな!」
「えーそれ××××ちゃんの叔父さんじゃん。確かに昴さんはかっこいいけど…」

歩美ちゃんの不満と、あの何をやらせても卒がなさ過ぎて逆にこわくなってきた安室透が喫茶店ポアロで初めて皿を割った音はほぼ同時だった。
異常事態に狼狽する梓さんの声、ドジなむぴもカワイイ~という女子大生の黄色い声、事態の混沌化に神の視点でニヒルな笑みを浮かべる哀ちゃん。

「──」

そして一瞬向けられた青い瞳の圧に、自分で発破しておきながら面倒なことになりそうだなというマヌケな感想が浮かんだ。
















──なった。

あのあと、次に会う約束よりもずっと早く、偶然学校の帰り道に出会ったていを装って安室透に車で拉致られた。
公安管理のひと気のない駐車場に着くまでに、一応は今日の給食の話とか図工の時間で作った粘土像という世間話を振ってみたが生返事。

いつもの向日葵のようにあたたかい愛想の良さはすっかり鳴りを潜めている。つまり安室透もとい降谷零の機嫌が死ぬほど悪い。
ここまで露骨なのは赤井さん関連以外では皆無といってもいいが、まさにそれなのだ。正確に言えば昴くん関連だが。

「いや、…その、すいません。私が悪かったです」
「なにが?」

言葉とは裏腹に即座に疑問を返しながら音もなく滑るように卒なく停車。
愛車のハンドルに身体を預けたまま降谷零が微笑む。しかし安室透が浮かべる春の陽気のそれではなく、冬の女王が浮かべる氷の笑みだ。助手席に座る私の周辺の温度が下がる錯覚。

(どうして面倒なことになるとわかっていながら人は地雷を踏んでしまうのだろう)

有史以来、多くの人間が直面してきた疑問が石のように重くのしかかる。以前の私ならそうならないようにちゃんと飛び越えていたはずなのに。
といってみたが嘘である。本当はその合理性よりも不合理性を選んだ原因はなんとなく分かるんだけど。…いや、思い出したらちょっとムカついてきたな。わたし悪くなくないか?これ。

「だって、仕方ないじゃん。表向きはただの喫茶店員とその常連なんだし」
「べつにコナンくんでもよかっただろ」
「ははーん、さてはそれはそれで死ぬほど面倒なことになるの分かってて言ってるな?」

我らが主人公こと稀代の名探偵江戸川コナンくんは安室透に負けず劣らずモテる。死ぬほどモテまくる。
パッと浮かぶだけでも我らが少年探偵団の哀ちゃんに歩美ちゃん、工藤新一にまで言及するなら蘭ねーちゃん。他にも私が知らないだけできっと多数。

本人はずっと昔から、一瞬たりとも視線を逸らさずに幼馴染の女の子だけを見ているのだけど。そういうところも好感度が上がるポイントなのである。本人の自覚していないところで。

(だからこそ、コナン君が工藤新一に戻った時に失恋が確定している歩美ちゃん達を見るのは、ちょっと複雑な気持ちになる)

私としてはもちろん蘭ねーちゃんと望み通り結ばれて添い遂げてほしいが、でもそれで失恋する女の子たちのことを思うと…いや、誰も悪くないのに勝手に辛くなる。はぁ。
という感傷はさておき、今は隣の男の感情の方が大事だ。かつては読者の立場として画面越しに見下ろしていた私も、今は一人の男の生きた感情と予想できない言動に振り回される同じ人間だ。

「でもさぁ、私よりも二重生活が長いんだから…ああいうウソが必要になる場面もあることくらい分かるじゃん」

本当の理由は隠して、理屈で恋人の説得を試みる。が説得虚しく、琥珀色の前髪の下の碧眼は少し間をあけてからにっこりと微笑むだけ。
手の内の獲物をどう料理してやろうかという邪気満載の狩人の笑みに内心で慄く。助けて。

「おいで」
「……ぅ、」

ハンドルに寄りかかっていた身体を起こしてシートベルトを外して、自分の膝の上へ私を手招きする。
外見はともかく、無邪気に男の人の上に座れるような無垢さはもちろんもうないのだが──悲しいかな、ギルティ度合いで言えば私のほうが上なのだ。

シートベルトを外して恐る恐る近付くと、焦れたように腕と腰を引かれて降谷零の膝の上に座らされる。
背中越しに感じる胸板の熱と、布越しでも太腿に感じる鍛えられた足の筋肉、そしてフロントガラスにうっすらと映る自分達の姿に恥ずかしさで死にそうになった。

腹の奥が密かにぞくりと震える。
何も知らない第三者が見れば、姪を膝の上に乗せる叔父に見えるかもしれないがその実まったく違う。せめて膝を抱えてアルマジロのように丸くなるしか逃げ道がない。

「好きな女のことだからムキにもなる」
「いや、ほんと、その、ごめんて…マジで…」

掠れた声で耳元に囁かれながら、駿河問いのようにゆっくりと自分の背中に体重を掛けられる感覚にますます縮こまる。
鍛えられた降谷零の体重を私が支えきれるはずもないのでもちろん加減はされているだろうが、それでもこの甘やかな拷問は効果覿面だった。
耳元でくすくすと微かに笑う振動から痺れるような感覚に足の爪先まで丸くなる。

「ま、原因は分かるから今回はいいか」

こちらが自白するまでもなくガッツリ理由はバレているらしい。なら恋人のかわいい稚気だと許してもよかったのではないか──普段なら許すとしても昴くん絡みだからか。
この手の事は鼻歌まじりにこなせる相手に対して、経験差が圧倒的に不利な私に恋の駆け引きは勝ち目がない。もう二度とけしかけまいと心に強く誓った。何度目か分からないけど。

「しかし、どうしてよりによってあの男なんだ。こうなるの分かってたろ」
「…零さんには悪いけど、私にとっては昴くんが一番大事な友達なのは事実だし」

本当はLikeの意味で一番好きと言おうと思ったがそれも面倒なことになりそうなので無難な言葉に言い換える。人間の学習能力の賜物だ。

「降谷零が昴くんを嫌うのは自由だけど、私が昴くんと友達なのも自由だよ。そこは譲らないからね」
「……」

言い切ってからチラリと顔を上げると、案の定ミラー越しに映る端正な顔はまた不服そうな色を見せていた。
対する私は叱られた子供のように気まずい表情だが、拾ってきた宝物を親の手から隠し守るような必死さがあった。
しばらく無言で睨み合った後、形の美しい唇がはぁとため息を吐いた。それだけの仕草で一幅の絵画のように映える男だ。

「──そうか。なら、風見はどうだ?」
「いきなりどうしちゃった?」

唐突な第三者の登場に脳が混乱して素っ頓狂な声が出た。しかし頭脳明晰の公安エリート様の顔は大真面目である。

「風見なら誠実で頭が良いし気配りもできる。もちろん公安として頭も良くて気が利くし射撃・武道も修めているから強さも申し分ない」
「え、うん、そうですね?」
「なにより僕の右腕を今までで一番長く務まっている」
「それホワイトな意味?素直に零さんの無茶ぶりに耐えられる器って受け止めていいの?」

突然なんで部下の熱いプレゼンを聞かされているのか、まるで意味が分からない。
しかし青い瞳は嬉々と輝き、(あ、これマジで言ってるんだ)と理解はしたが理解できない。なにこれ。

「いや、そもそもそういうのは本人に言ってあげたほうが喜ぶし、え?なに!?ねえなに聞かされてるの私!?突然の部下自慢!?」
「なにって、風見を君の一番の友人にする話だけど」
「………」

世紀の発明だろうと言わんばかりに大真面目な恋人の顔に思わず閉口。
この人、本当に赤井秀一が絡むと頭がバグるというか、そう、正直に言うならとても面倒臭くなるな…うん、とても…面倒だな……。

「絶対やめてよ!?上司のワガママと痴情のもつれに巻き込まれる風見さん可哀想でしょ!?」
「チッ」

うわ、本気の舌打ちしたよこの人。
露骨に大きな溜息を吐きながら再び体重を掛けられてぐえと呻く。もちろんさっきと同じく加減はされているが苦しいものは苦しい。…あと、あの高い鼻先が髪をくすぐる感覚がなんともむず痒くてもどかしい。

「…そんなに風見さんが良い人ならそっちの方が好きになっちゃうかもとか、考えない?」
「それはない」

なんとなくなにかに負けてしまいそうになるのが悔しい私の攻撃に、相手は反論の余地もない即答。さっきまでは熱烈に勧めておいてなんだそれ。
いや、実際あまり関わりはないけど風見さんのことは結構好きだ。
上司であり彼を相棒にする零さんの言葉通り、公安警察を務めるくらい有能で誠実で(この人の無茶振りに一番長く耐えられるのなら)人格者なのは確実。

「僕が言うのもなんだけど風見でなくても、ないよ。君が他の男を好きになるなんて」
「へーへー。どうせ私は恋愛不向きですよ。性格的にもスペック的にも」
「いや、そうではなくて」

騎士が姫君にそうするように、小さな手を恭しく手に取って唇を寄せる。
続く濡れた音に固まる私に対して、南国の海色の瞳が悪戯っぽく笑ってちろりと熱い舌が皮膚を掠めた。背中を駆け上る甘い痺れ。

「この僕を恋人にしておいて、今更ほかの男に見向きするなんて不可能だよ」

普通の男が言ったら全女性陣からはっ倒されそうな言葉を、微笑みながら平気で紡ぐこの男には説得力があった。
迂闊に太陽に触れてしまったような畏れで思わず離れようとした身を引き寄せて、顎を掴んで振り向かされる。無理な姿勢の首の痛さなど遥か彼方の感覚だ。

「ふるや、」
「黙って」

そのまま顎から引き寄せられて、熱い唇が触れ合う感覚。
文字通り目と鼻の先の端麗な顔立ちに恥ずかしくなって目を閉じると、それをきっかけに更に熱い舌が口の中に割り込んでくる。
自分よりもずっと分厚い舌に絡め取られ、蛇が這うように口腔内をゆっくりとなぞられる気持ちの良さに、それだけで爪先から溶けてしまいそうになる。

相手の襟を皺になるほど掴んで、ピンと反らした背筋の底から震えるほどの快楽に耐えること数十秒。
やっと離れた唇から垂れる、どちらのものともしれない涎を指で拭うと、悪戯を成功させた少年の笑みを浮かべる恋人の姿があった。
まだ爪先が微かに揺れるほどの快感に酔う恋人を、今度は自分に凭れかけさせて緩く息を吐く。食事を終えた野生動物のように満足げな仕草。

(…あんなに自信があるのに、忙しいくせに。私の言葉一つで無理やり時間をつくって会いに来たり、拗ねたりわがままを言ってみせたり)

つまるところ理屈では分かっているのに彼もまた我慢できないのは、私と同じ理由だからだ。
深い慈しみの色を帯びた碧眼に見守られながら、すっかり乱されてしまった呼吸を整える。
大きな手が安心させるように何度も髪を梳き、指の間を通り抜けていく感覚はさっきとは別の気持ち良さに満ちている。

(じゃあ…仕方ないか)

めんどくさくても不安になっても、それはお互い様なんだから。
相手の胸板に背を預けながら、自分よりもずっと太くて逞しい首を引き寄せて唇を強請ると、甘い笑みと共にすぐに願いが叶えられる。
どさくさに紛れて大きな手が太腿を扇情的に這うのはさすがに爪を立てて抗議したが、口付けだけはいつまでも続いていた。








































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あとがき。
部下を巻き込むなー!という割には最初に夢主が昴くんを巻き込んでますが、かっこいいと思うのは本心だしマブダチなのも本当なので…
(なお、もにょもにょの経緯により昴くんがいなければ夢主と降谷零はとっくに破局している)

恋人に良い顔をされなくても昴くんのことは譲れないのは、降谷零の掌の上で思うがままダンシングさせられがちな夢主の「なんでもお前の思い通りになると思うなよ」的な意思表示であり、
あと異世界で誰とも馴染まなかった夢主を友達だと呼んでくれたのは昴くんだけだからです。


2022年 7月18日執筆 帆立
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