暖かい部屋でソファーに横になったままゲームをしていると、玄関の開く音がして身を起こす。
視線の先には降谷零が疲れた表情でネクタイを緩め、長身を屈めながら靴を脱いでいた。時計に視線を寄越すと当然定時は過ぎている。
何となくじっと見つめる私と目線が合い、少し間を開けてから形の良い唇を開く。変な間。


「ただいま。」

「おかえり、透さん。・・どうかした?」

「いや、部屋が暖かいと思って。」

「あー暖房入ってるからね。それはそうとまた残業でしょ?今日もお疲れさま。」


残業で疲れているだろうに、先程までの疲れた表情はぱっと消えて普段の表情に戻る。いつもながら結構なお手前で。
これ以上無駄に私と会話して更に疲れる必要もないだろうと会話もそこそこにスマホのゲーム画面に視線を戻す。
すると、いつもは自分の部屋に直行するはずの降谷零は私の横に紙袋を置いた。


「どしたの、これ。」

「部下から旅行のお土産をもらうんだが、どうにも溜めてしまってな。君にやる。」

「へー食べ物?結構量があるけど全部私がもらっちゃっていいの?」


紙袋の中には色々な土地の銘菓が入っていて、これを素直に食べると最近気になり始めた体重の増加が更に加速してしまう事は容易に想像がつく。
一つ、二つ、と取り出してみると確かに賞味期限が迫っていて、もらってからそこそこの時間が経っているようだった。


「せっかくもらったんなら食べればいいのに。喫茶店のバイトしてて甘いものが苦手って訳じゃないでしょ?」

「職業柄、他所のものを口にするのは抵抗があるんだ。まぁ、仕事なら食べるんだが。」

「あー、そういう・・・」


そこまで言われれば察しが悪い私でもさすがに分かる。
降谷零としては何かしらの薬が盛られている可能性を警戒しているのだろう。つくづく心の休まらない人だ。
部下はその事を周知しているのかは分からないが、けれど有給使って旅行に行って上司にお土産なしというのも気まずい。結果、溜めこむ。
普段ならワーイ独り占めと喜ぶ状況だが、あんまり太りたくないし、けれど少しずつ食べるにも賞味期限が近いし、と悩んだところ妙案が浮かんだ。


「よし、透さん待って、じゃあこうしよう。」


怪訝そうな顔で振り返る降谷零の目の前で包装を解き、出てきたフルーツケーキを半分に割って差し出す。
そしてもう半分は自分の口へ運び、美味しさに頬を緩めながらしっかり味わってから飲み込んだ。当然ながら身体に不調はない。


「せっかくもらったんだし、私が半分毒見してあげるから食べたらどう?」


私の提案に長い睫毛に縁取られた青い瞳が虚を突かれたように瞬き、そして呆れたような色を伴って元に戻った。


「言っておくが、毒はそんなすぐに効くもんじゃないぞ。テレビの見過ぎだ。」

「・・・・あー、じゃあ透さんは後で食べたらどうですか?私は先に食べるので。」


一気に全部食べたら量が多いけれど、半分ずつなら問題ないだろう。ということにする、だって捨てるのなんて勿体ない。
それに降谷零としても部下の好意を無下にするのは不本意に違いない。だからわざわざ持って帰ってきてくれたんだろうし。
まぁ、ここまでやっても降谷零は食べないかもしれないが、その時は私が食べてもいい。


(せっかくこんなに美味しいものがあるんだから、ちゃんと飲み物を用意しなきゃ。)


ソファーから立ち上がって自分用の皿とコップを取り出したところで、背中から声を掛けられた。


「コーヒーを淹れるのなら僕の分も淹れておいてくれ。一緒に食べよう。」

「う、うん、わかった。食べよう!」


相手の思わぬ同意に少し驚いて、安室透のコップと皿を出して二人分のコーヒーの準備をする。
手を洗いながら、そういえばこの人にコーヒーを頼まれたのは初めてだと気付いた。


(そういえばいつもさりげなく台所に入るのって妨害されてた気がする・・別に禁止はされなかったけれど、何となく入り辛かったな。
 ま、透さんの方が料理がずっと上手いんだから私が作る必要なんてなかったんだけど。)


お土産と同様に自分も毒を盛る可能性がある人間として警戒されていた点に関し、思うところはあるが当然だとも思う。
そもそもで考えれば私は安室透というキャラクターを知っているが、彼にとって私は全く知らない第三者であり不審者でもあったわけだ。
そう考えれば今の言葉はちょっとは信用されたと分かり、素直に嬉しい。が、同時に気付く。


「ところで、料理上手の透さんにコーヒーを淹れて差し上げるのってすごくハードル高いですね。」


私の素直過ぎる言葉に安室透は少し笑い、けれどさっきのお願いを撤回はしなかった。



















それから数日後の話。
閉店?後の喫茶店ポアロのカウンター席で私と安室透は並んで大人しく席に座っていた。
少し待っていると、両手にお皿を持って梓さんが花のような笑顔で現れる。ほんと可愛いなこの人。


「ごめんなさい、お休みもらっちゃって、はい、これ北海道のお土産。美味しい状態で食べてもらいたくって、ポアロの冷蔵庫借りちゃいました!」

「わーありがとうございます梓さん!これってチーズケーキですか?」


旅行で少し休んでいた梓さんが出してくれたのは北海道の有名なチーズケーキだった。この間正にテレビで見たから覚えている。
早速切り分けられたそれにフォークを刺してから食べると、予想以上の美味しさに思わず笑顔になる。


「うわーこれ美味しい!美味しいです梓さん!」

「ふふっ喜んでもらえてよかった。安室さんも是非どうぞ。」

「ええ、ありがとうございます。梓さん。」


隣の安室透は梓さんの好意に笑顔で受け答えをするものの、なんとなく雰囲気に引っ掻かりを感じる。
考えなくてもすぐに気付いた。ああ、そういえばこれってこの間のお土産と同じ状況なのか。
それならばと当然のようにフォークを伸ばし、当たり前のように透さんのケーキに刺して、ごく自然に自分の口へ運ぶ。やっぱり美味しい。


「うん、美味しいですよ、透さんも食べ、た、ら・・・・」


安室透も梓さんも目を丸くしてこちらを見ている。あれ、なんかおかしなことやったっけ?
冷静に己の行動を振り返ってみる。傍から見れば、自分の分があるにも関わらず、許可なく恋人の分までフォークを伸ばして食べた女。
もしかしなくても食い意地の張った非常識な行動だ。小学生でもやるまい。元太君なら可能性はあるけど私は成人女性だ。


「あっ、えっと、これは、ちがくて、その、その、」

「―――やっぱり昨日の事、まだ怒ってたんですね。」

「「昨日の事?」」


透さんが形の良い唇から小さい溜息を吐き、申し訳なさそうにこちらを見る。完璧に作られたお手本のような困った表情だ。


「昨日、僕が彼女のアイスを勝手に半分食べたことを怒ってるんですよ。その仕返しでしょう?」

「アッウン、そう、それ!私のハーゲンダッツを勝手に食べたのが悪い!」

「あー、なるほど。ダメですよ、安室さん。女子の食べ物の恨みは怖いんですからね!」

「ははっ肝に免じておきます。」


私が口付けたところの延長線にフォークを差し、安室透もまたチーズケーキを咀嚼する。喉が動いて嚥下し飲み込み、微笑む。
たったそれだけの事なのに私も嬉しくなる。けれどそれがどんな偉業かを知るのは私だけという事になんだかそわそわしてしまう。


「うん、本当においしいですね。梓さん、どうもありがとうございます。」

「え、えっと、じゃあ、私他を片付けてきますね!」


これ以上ボロが出る前にと、せっかく美味しいチーズケーキを急いで飲み込んで布巾を片手に足早にその場を離れる。

こうして安室透のフォローのおかげで事なきを得たが―――ますます胃袋キャラとしての地位を確立してしまった事は言うまでもない。







































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あとがき。
ツイッターで呟きましたが、最初に「暖かい部屋」って書いたの私的にエモ描写なんです。
というのも帰宅時に部屋が暖かいって家に人がいるってことなんですよね。
安室透は一人暮らしだからいつも寒い部屋に帰ってたのを、夢主がいるから部屋が暖かいんです。


2018年12月14日執筆 八坂潤
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