広い屋敷の中の広い書斎に私と安室透、はいつもの組み合わせとしてそこに江戸川コナン君を足した3人という珍しい組み合わせて顔を突き合わせていた。

というのも、毛利探偵事務所に付き合ってお宝を求めて謎解きゲームとやらに参加している内に、どうやらリタイア不可どころか脱出不可能になったというベタな展開に陥り。
他の人達とはこの部屋に至るまでの嘘みたいなトラップとトラブルの連続ではぐれてしまったという状況なのだが(バイオハザードの洋館かここは)。

それに運悪くがっつり巻き込まれてしまった一般人の代名詞である私は意外にも落ち着いている。
というのも、分断された残りの二人はこの平成の名探偵ホームズ君と警察学校主席卒業の超人だからである。
他の分断されてしまった人達が心配にならないと言えば嘘になるが、蘭ちゃん達を始め漫画の主要な登場人物ばかりなので向こうも無事だろう。たぶん。


(・・・・・・暇だ・・・)


お宝のヒントだという意味深な詩が書かれた紙を挟んで熱心に議論する二人を頬杖をついてぼんやりと眺める。
二人の有能さはもちろん、特に作中における最強の生存フラグ主人公の肩書を持つ江戸川コナン君がここにいるということはほぼ死ぬことはない。
といってもそこに呑気に胡坐をかいている場合ではなく、私も謎解きに参加すべきだとは分かっているのだが―――二人の話す内容が高度過ぎて全くついていけていない。

一応は傍らで議論に参戦している体を装っているが大した発言もできず、二人とも睫毛が長くて綺麗な顔をしているなぁと考えていた。
そんな緊張感のない私を見咎めて、コナン君が少し呆れたような声をあげる。


「お姉さん、じっとボク達の顔を見てるけど何か浮かんだの?」

「ううん、いいコンビだなぁと思って。」


二人とも非凡な才能を持っていることを自覚している天才で、そんな自分と対等もしかしたらそれ以上に頭の良い人間と会話ができて楽しいのだろう。
非常時だというのにイキイキとしているし、特に安室透は事情を知る私達だけというのも相まって素を曝け出して饒舌に語っている。
実際、コナン君が何かを閃けば安室透がそれに確かな知識を添えて裏付けをし議論が発展して―――を繰り返しヒントの解読はかなり進んでいるようだ。私抜きで。


「君な、命が懸かっているんだからもう少し真面目に考えてくれ。」

「ええ・・・・?ここに(作中トップクラスの頭脳の持ち主の)二人がいるのに私の発言って必要性ある?むしろ邪魔しちゃいそうだから黙ってるのに。」


堂々とした戦力外宣言に二人は呆れたように顔を見合わせ、そして納得し(うーん少し悲しい)、また二人の世界に戻っていく。
私も一応はヒントの紙を眺めるが、安室透の鼻筋の通った顔は常にない楽しさを滲ませているのを横目で見て少し笑ってしまいそうになった。


(こんな状況下だけど安室透が楽しそうでちょっと嬉しいかな。)


なんて事を本当は考えていたのは黙っておく。悲しいかな、私じゃ安室透の良き議論相手にはなれないので。


(でもこんな本物の洋館でガチの謎解き、なんて状況は現実じゃ絶対にないから私も少し浮かれちゃうかも。)


確かに二人の役に立つ見込みはないけれど一応は私の視点からでも何か気付く事があるかもしれない、と二人の邪魔をしないようにそっとその場を離れる。
なるべく気配を殺して手持ち無沙汰に歩き回ってみるけれど・・・やっぱり私の目には普通の書斎にしか見えない。
とりあえず目についた、暖炉の上に飾られている豪奢な金の燭台に手を伸ばすと横からその腕を掴まれた。


「ヒェッ・・な、何、」

「不用意にそこら辺の物に触るな。何が起こるか分からないだろう。」

「うっ・・・いや、そうだけど、考えろって言ったのはそっちだし、私も他にヒントを探そうと思って・・・」


いつの間に隣まで来ていたのか、青い瞳に不満の色を湛えて安室透が私の腕を掴んでいた。
実際にその通りなのだけど、自分の行動を頭ごなしに否定されて少し反発してしまう。


「駄目だ。さっき壁に触って剣が飛び出てきた時に助けたのを忘れたのか?勝手な行動をするなら守ってやらないぞ。」

「う、うん。」


守ってやらないぞ、ってことはつまり私のことを守ってくれる気でいるのか。
実際に彼にはそれだけの力があるし職業柄として当然かもしれないが、改めて口にされると照れる、って、


「痛い痛い痛い痛い痛い痛い折れるこの馬鹿力!守るんじゃないんかい!!」

「大丈夫だ。折れないように計算してる。」

「そんな優しさと厳しさの中間みたいな計算しないでよ!!わーごめん、大人しくしてるから手離してっていたたた!」


腕を掴んだままずるずると引きずられて先程の位置、つまり安室透の隣まで戻される。
天才達の建設的な議論に参加もできず、かと言ってヒントを探すのもダメとなるといよいよ本気で手持無沙汰だな・・・と溜息をついた。
どうせ異世界ライフを送ることになるのなら私も何かミラクルなパワーとか授かっていればいいのに。漫画の世界のくせに現実はままならない。


「ところでいつまで腕このままなの?大人しくしてるからもうよくない?」

「君にウロチョロされると僕の気が散るからこのまま待っていろ。」

「待てのできない犬か私は・・・」

「犬なら可愛げがあるだろ。」

「は?」


もう黙っててくれと言わんばかりに腕に少し力が入って、言いたいことは大いにあるが流石に両手を挙げて降参のポーズをとる。
実際、顔の良い男の真剣な横顔はどれだけ眺めてても飽きないし、それで安室透が集中できてもっと早く解決するっていうんなら大人しくしておこう。

私達の一連のやりとりを、聡明な少年探偵は頬杖を突いてぼんやりと眺めていて―――なんだかデジャブを感じるのは気のせいか?


「コナンくん、じっと私達の顔を見てるけど何か浮かんだの?」

「ううん、二人とも、いいカップルだなぁと思って。」


予想だにしなかった言葉に目を瞬かせて二人で顔を見合わせて、すぐにコナン君に向き直る。


「いやいやいや偽装カップルなんだってば、コナン君も知ってるでしょむぐっ」


私の突っ込みに対し安室透が空いている方の手で頬っぺたを摘まんで引っ張る。
いやここには他に誰もいないから問題ないだろ何するんだ。仕返しに逞しいその腕を少し抓ってやると今度は速攻でヘッドロック掛けてきやがった。
「あ、結構苦しいな」で済んでるということは手加減されてるんだろうし厚い胸板に頭を押し付けられるのも役得だけど、いややっぱり苦しいデメリットの方が強い。今度は強めに腕を抓ってやる。あ、更に力込めたぞこいつ。


「・・・・・・・・安室さん、お姉さんが心配だから離れないでって素直に言えばいいのに・・・」


夫婦喧嘩は犬も食わないというが、この二人の喧嘩は誰が食べてくれるのだろう。
無言で攻防を始める大人二人をジト目で眺める少年がぽつりと呟いた言葉は、幸いにも誰の耳にも入らなかった。








































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あとがき。
リアル脱出ゲーとか遊園地の迷路とか、実際にやってみたいなーと思ったまま幾年の歳月が流れた。


2020年 1月11日執筆 八坂潤
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