例のエンツォさんの調査結果を聞いてから3日くらい後の朝。


「・・・・・・・・・・」


ぱちり、と目を覚ますといつもと変わらない天井。
そろそろ起きなければならない時間だが、どうにも身体が動いてくれそうにない。

―――この間の自分の変化への失望と不安が確実に尾を引いていた。

原因を自分に問い質そうとすれば頭の中を靄がかったようにぼんやりとして、どうでもよくなってしまう。
それを何度も繰り返す内に、どんどんどうでもよくなってしまう範囲が広がっていく事に気付いて考えるのはやめた。
これ以上、どうでもよくなってしまったら私には一体何が残ってくれるというのだろう。

私の変化をどうとったのか、ダンテは深く突っ込まないでいてくれてるようだ、がいつまでも気付かない演技はしてくれないだろう。
いい加減にそろそろ何かを話さないと、せっかく築き始めたような気がする信頼も失われてしまう。

それは、なくてはならないことだった―――絶対に。


(でもどう切り出そうかなぁ・・・突然、自分から切り出すのも、それに切り出した後のことを考えると、)


参った。
悪いテストの点数を親の見せる時ですらこんなに苦悩しなかったと思う。

枕に頭を預けたままどうしたものかと考えている内、心地よい温もりに包まれていつの間にかふつりと意識は途切れていた。









「、ほら起きろ・・・・・ったく。もうピザ届いちまったぞ。」

「うわ!もうそんな時間!?ご、ごめん!!・・・・・えっピザ?」


いつの間にか眠ってしまっていたらしいところを起こされてみれば、私の事を呆れたように見下ろしているダンテの顔。
目が合ったあの海色の瞳にあのことを切り出さなければと口を開きかけ、けれどやっぱり怖くて閉じてしまう。
そんな私にどう思ったのか―――それとも思ってないのか、ピザの箱を片手に私の頭をくしゃりと撫でて彼は鼻歌混じりに出て行く。


(まぁ今のは、私の様子にも気付いただろうが食欲が勝ったんだろうな・・・)


多分、布団の中でうだうだ考えている内にいつの間にか私が二度寝してしまって、ダンテは朝食にピザをとったという流れだろう。
無類のピザ好きというのを差し引いても私を起こしてもいいようなものだが、やはり気を遣わせているのだろうか。


(外は曇り空か・・・まぁだからなんだっていう話だけど。)


なんか、嫌な感じ。
外の天気が曇りだからってそう決め付けるのはあまりに単純だけど。

とりあえずベッドから降り、冷たい水で顔を洗ってしゃっきりと目を覚まさせる。
階段を下りながらまずは今朝のことを謝らなければ、でもその後にどう切り出すのかと頭を悩ませていると一階に本人の姿はない。


「・・・・・・・・・ダンテ?」


姿が見えない、ただそれだけなのに子供みたいに不安になって、辺りを見渡せばバスルームから聞こえてくる水音。
きっとダンテはいつも通りの朝の習慣としてシャワーを浴びているのだろう。

バターを塗った食パンをトースターにやや乱暴に突っ込みながら、事務所の椅子の上で膝を抱える。
さすがに朝っぱらからチーズと肉とオリーブオイルたっぷりのピザは一般的には胃に重い。


――――さて、どう切り出すか。
本人もふわふわしているような自覚を、そもそもどうやって言葉にまとめればいいのか。
これを話してしまった後にもダンテに嫌われないようにするにはどうすればいいのか。


(いや、でもこれってそもそも話す必要あるのかな・・・わざわざ恥部を晒すのもなんかアレだし、
 でもなんだか騙しているようで気分が悪いし、申し訳ないし・・・いやでも、)


誰も見てないのをいいことに椅子の上でごろごろとにゃんこのように転がる。
実際に転がっているのは可愛さなんてどこかに置いてきたやつだが。


(・・・・私の家族はどうしてるだろうか。)


全ての感情・感覚・神経をフル動員して家族を想う。
脳裏に描いた映像はピンボケした写真のように不確かで絶望する。でもまだ思い出せる。


もし向こうにも同じように時間が流れていて、私が長い間いないことになっていたら。

家族はきっと私を探すだろう。
一生をかけても、全財産を投げ打ってでも、それでも私をきっと探してくれるのだろう。

―――見付かるわけなんてないのに。

でもそれでも、いつも最悪の可能性をどこかで想定しながら愚直なまでに私を探してくれるのだ。


(もしもこの世界に居座ることになったら、)


ダンテはきっと私を見捨てたりはしないだろう。
もし私が元の世界に帰れない事が確定したら、ずっと面倒を見てやると言ってくれるに違いない。

何故なら彼が私を放っておける訳がないから。


ダンテは無自覚に優しい。
本人に言ったらきっと笑うだろうし、敵である悪魔に容赦はない・・・・相手が人間だとしても。
きっと必要に応じれば冷酷に無慈悲になれる心もあるけれど、いかんせん優しいのだ。

だから同じ孤独を知る人間として私を放ってはおけない。
同じ孤独―――そう、彼が幼少期に味わった『急に家族と切り離される』痛み。
その痛みを少しでも和らげようと、ダンテは無意識だろうが意識的だろうが私を助けてくれる。


(なーんかベタな展開だよなぁ・・・これが空想世界だったら恋に落ちてるレベル。)


もしも『』を見て『』を守ろうとしてくれているのだったらうっかり恋でもしてしまいそうだ。
でもダンテが守っているのは家族と切り離されて可哀想な過去の自分。

そうでなければ私なんて見向きもしない。

・・・・・・・・・そもそも、超絶イケメン運動神経抜群気遣いもそれなりにできるダンテと私じゃ色々と釣り合わなさ過ぎるんだが。


「おいBBB、なんか焦げ臭いぞー。」

「げ!あ、本当だ!!」


ダンテが手で髪をわしゃわしゃさせながらバスルームから出てくる。
なんとなく犬っぽい仕草に、普段のニヒルな態度とは不相応の幼さを感じて可愛いなぁと思っていると、

同時にタイミングを計ったように鳴り出す電話。

倒れている椅子を蹴り上げ、正常な位置に戻しすかさず腰掛け長い脚で机を叩く。
蹴られた衝撃で電話の受話器がそれはそれは綺麗な放物線を描き、示し合わせたようにダンテの手に収まった。

まるで糸で細工でもしているんじゃないかという、一片の隙もないパフォーマンスに息が止まる。


「―――悪いがまだ開店準備中だ。」


もちろん嘘だ。

ダンテがよく使う嘘の常套手段。
理由はきっと「早くしないとピザが冷める」とかそんなものだ、電話先の人も可哀想に。
そもそも開店している時だって準備らしい準備をしている姿を見たことがない。こいつ多分ふつうに半裸で接客するぞ。

それだけ言って一方的に電話を切り、見もせずに受話器を放って元の位置にチンと収めてみせた。
私はその流れるような一連の動作に感動を覚え阿呆のようにぼーっと見入る。彼はパフォーマーで私は完全に観客だった。


計算なんて一切してなくてまさに偶然の産物のはずなのに、それをさも当然のようにクールにやってのける。
無駄のない無駄に洗練された無駄な動き。彼にぴったりな言葉。

彼には正直誰も勝てる気がしない。
そもそも負ける姿はおろか膝を突く姿さえも想像させない。
そんな絶対の安心感が彼にはあって、私はそれに甘えている。まるでコバンザメのよう。


「・・・・・・・・・・・あ。」


はっと思い出して、慌てて取り出したトースターはすっかり炭化。
ついさっきまでは人類の食べ物だったはずのものが真っ黒な鉱物と化してました。


「ああ、もったいない・・・・」

「そんなモン捨ててこっち食えよ、ホラ。」

「うッ・・・でも太るしなぁ・・・確かヨーグルトあった気がするんだよヨーグルト。」

 
ゆるやかに朝から太る行動を拒否してたいして中身の無い冷蔵庫を漁ってみる。

ああもう、こんな事なら普段からもっと買い込んでおけばよかった。
でもダンテは裏の仕事(つまり悪魔退治)の方にしかあまり執着しないからあまり収入が無い。
漫画の便利屋と言えばド貧乏か金持ちのどちらかに分かれるけれど、私達はどちらかと言うと前者なのだ。


これに関して私は何も文句を言えない。
まぁあまりそんな感じはないけれど、今までダンテはそれで生きていられたんだろうし。
それに何より今までの生活じゃいられなくさせたのは他でもない私なのだ。

ダンテは私を養っているから貧乏なのかもしれない。
ううん、きっとそうなんだろう、実際。申し訳なさで地の底まで埋もれられる。


「、ちょっとこっち見てみ。」

「なにー?・・・・むぐぅふ!」


再び首をもたげる暗澹たる想いに耽りそうになった瞬間、ピザが口の中に投入された。

しかもそれがダンテの食べかけだというのに気付いて少しどきどきする。

この人はアレか、間接キスとか全く気にしないのか。
・・・・・もしかして気にするのって日本人だけとか?
なんかいちいちこういうのを気にするのって最近はバカらしくなってきた。


「ぷはっ・・・そもそも胃がもたれるって・・・・・」

「そうか?オレはもたれたことないけどな。」

「だってダンテって見るからに胃が丈夫そうだし・・・まぁいいか。」


大人しく事務所のデスクに寄りかかり受け取ったピザを食べる。
ダンテは満足そうにその様子を見ながら自分も椅子に腰掛けて続きを食べた。

もう一枚、と口の中に広がるおいしいの感覚に舌鼓を打ち、どう切り出したものかと考えていると足音。

視線を寄越せばドアの前に人影のようなものが立っていた。

 
「・・・・・ダンテ、人が来てるみたい。」 


ドアの向こうに誰が立っているのかは分からない、けれどなんとなくそれが不吉なもののように感じられる。
自然と硬くなる声色にもダンテは一瞥しただけで特に警戒する様子はない。頼もしい話である。


「ほっとけ、オレは今お食事中だ。」

「うーーーーーーん・・・いや、でも、」


―――――ギィ・・・・


そうこうしている内にドアが開かれ慌てて姿勢を正すと、一人の禿頭の男が姿を現れた。
ただそれだけなのに全員の細胞がざわついた様な錯覚。何で?

胸にはなにやら大切そうに抱えられている一冊の本。装丁からは内容は読み取れない。
顔に昔に大怪我でもしたのか、何かの痕が痛々しい。でも何の事故だろう?

そして何より目を引くのが赤と青のオッドアイ。

そう、中二病患者なら誰もが憧れるアレな訳だが・・・あれは自然なんだろうか?
生まれつきであればなんとなく不吉、人工であればいい年をしてちょっと痛々しいアレなおっさんという事になる。

もし後者であれば私はどう接すればいいのだろうか。色々な意味で。


「・・・・・・・?」


別に鍵をかけていなかったから誰かが入ってこれるのは当たり前なのに、ダンテの空気が変わった。

まるでその普通の光景が場違いのよう。私にはごく普通の光景に思えるが。

今までのどうでもよさそうな空気は反転、相手を値踏みするように―――警戒するように睨みつける。
初対面の人になんつー目付きをしてるんだとツッコミたかったけれど、それもできない。

私もまたこの男に得体のしれない何かを感じ、けれど逃げ出そうとは思わなかった。


「ウチはまだ開店準備中でね、悪いが他を当たってくれ。
 ・・・・ああ、それともトイレか?店の裏にあるから勝手にしな。」

「君が―――ダンテかね?」

「あ、はい・・・この人がそうです、けど、」


反射的に素直に答えてしまい、けれど動けないでいる私の服の腰の部分の布をダンテが軽く握った。
たったそれだけなのに呼吸が戻ってくる・・・ああ、私は今息の根を止めていたのか。


「わざわざ人の家にまで入ってきてハズレだったらどうするんだ?
 今頃ケーサツ呼ばれてアンタは不審者で訴えられるぜ?」


とりあえずダンテにとっても警戒する対象らしい。
普段と違う、まるで悪魔と対峙でもするようなあの空気にごくりと生唾を飲み込む。

無意識に指を這わせるあのアミュレット。
炎のように赤いあの石に触れてからやっと私の足が後ろの方向へと体を運ぶ。

最近、不安になるとアミュレットをいじるクセができた。
これに触ると何故か―――安心できる。


「・・・・・・・・・・」


私の警戒心丸出しの様子をじっと見つめた後、禿頭の男は爬虫類の笑みを浮かべる。
まるで自分が蛙になってしまったかのような感覚に一瞬にして全身に鳥肌が立つ。

この人は、よくないモノだ。

なんだか怖い、姿かたちこそは人間だけど・・そう、まるで悪魔と対峙しているような――――・・・・


「なんでも・・・君はスパーダの息子だとか。」

「―――――、」

「、なんで・・・それを・・・・・」


スパーダ、というのは確かにダンテのお父さんの名前だ―――人間を悪魔の侵略から守った正義の大悪魔の名。

それを知っていることは不審ではないがどうしてその名前が、しかもダンテの父親として提示されるのか。
事実は正確だが普通の発想では悪魔から(外見上は)人間の子供がいるだなんて浮かばない。

この人は悪魔だとかそっちの関係者?そっちの依頼人?
後者であるのならば問題ない―――ああやっぱりこの人は、普通じゃない。


「・・・・どこでそれを聞いた?」


ダンテはもはや警戒心を隠そうともしてない。
相手の挑発的とも取れる露骨な敵意に、悪魔をも竦ませるあの露骨な敵意で返す。

けれど不吉な色違いの瞳はそれを受けてもなお変化がない―――それが恐ろしい。


「――――君の兄上から。」

「・・・・・・・・・・・」


今までの異常な空気にも無反応を貫いてきた銀色の眉がぴくりと反応する。さすがにダンテでも聞き流せない情報だった。

私の脳裏にもあの涼やかな蒼と薄氷色の瞳がよぎる。
それならばこの特殊な親子関係を知っているのにも納得。

しかしすぐに沸き立つ疑問。この人とあの人との間にはどんな関係が?・・・失礼だがいい予感はしない。


「招待状を渡したいそうだ。君と、貴女に。」

「わ、私も!?」


私の声を無視して禿男の色の悪い唇が無音で動く。
こちらには何を言っているのか、そもそも音にもしていないそれを理解できないが、ダンテの秀麗な眉は跳ね上がった。

・・・これが噂の読唇術?もしかしてダンテを挑発した?

その時、男が何気なくデスクを掴み、力が込められるのに偶然気付く。
けれど私にはそこから何が起こるかなんて想像もつかず、それでも確かな嫌な予感と共に一歩後退する。


「是非・・・・受け取ってもらいたい。」

「あーーーーーーーーーーーーッ!!」


次の瞬間、ただでさえ重いデスク(しかも今はたくさんの物が乗っているのに)が軽々とひっくり返される。
特にマッチョなようにも感じなかったというのになんて剛力!目は自然と放物線を描くペン類に目が向けられた。

それでもダンテは慌てることなくすんでのところで空中を舞い、一回転して横転したデスクに着地。
同じく宙を舞っていた双子の銃の片割れをひっ掴み油断なく構える。この間瞬き数回。

―――が、その構えた銃の先には男の姿は既に無かった。
初めから何も無かったかのような空間が転がっているだけ。さっきまでそこに居たというのに。

人が煙のように消える現象には身に覚えがあった―――そう、あの青い残像が。


「・・・・・・・招待状、ね。」

「だ、大丈夫!?ってか大丈夫そうだけど大丈夫!!?」

「まぁまぁ落ち着け、。主人公はこの程度で死なねえんだよ。」


ダンテが無造作に空中に手を差し伸べ、何かと思ったらピザの箱が落下してきた。
そのまま何事も無かったかのようにピザを口に運ぶ。相変わらず仕組まれたような芸当。

・・・・なんかサマになりすぎてムカつくからたまには失敗すればいいのに、とこっそり思った。


「招待状って一体・・・・」

「さぁな、けれどメンツからしてロクでもないパーティに違いないだろうぜ。」

「メンツって・・・分かるの?そもそも手紙なんてないみたいだけど、今のが招待状?」


だとしたらどんだけ物騒な招待状だよ・・・果たし状の間違いじゃないのか。

まだばくばくする心臓を抑え、ピザ以外の安全を確保してくれなかった床の惨状を何とかせねばと腰を屈める。
けれどそれをすぐに無遠慮に掴むたくましい大きな手。いつもは安心感を覚えるそれにいやな予感。


「何して・・・・・・ぎゃッ!!?」


次の瞬間、硝子が割れるような不愉快な音と共にダンテの腕が振られてまともに頭から壁に突っ込む。
目の前が赤く光り、痛む頭を押さえながら文句を言ってやろうと振り向くと、

絶対無敵のつよーいダンテ様の胸を無慈悲に光る大鎌が貫いていた。


「だ、だんて・・・・・う、うそ・・・・」


頭の中が真っ白に漂白されて冷静さがどこかへ消し飛ぶ。

その鎌の先には赤く爛々とした目を持つ異形の化け物―――見覚えがありすぎる悪魔の姿。

悪魔はそれぞれの鎌を深々とダンテに突き刺し、えぐる。
それを皮切りにどんどん髑髏と鎌が増えて彼の体を容赦なく貫いていく。

素人目に見ても重傷どころか致命傷、それでも助けようとすべくその銀髪に両手を伸ばした。


「ッいやあああああああああああああああああああああ!!!」


その凄惨な光景と親しい人間のあまりにもあっけない死に、自分の口からは聞いたこともないような絶叫。
私の悲鳴に残忍な笑みを浮かべて悪魔はダンテから鎌を抜こうとする。

次に狙われるのは自分だと分かっても置いて逃げ出すことなんてできなかった。


「嘘、嘘、嘘、嘘!!ダンテが死んだなんて、そんな・・・・・、そんな!!」


ずるずると引き抜かれて赤くぬめる刃がどんどんその姿を表して、


「―――オレが死んだ?オイオイこんなださい死に方で勝手に殺さないでくれ。」

「・・・・え、!!!!?」


次の瞬間、悪魔が事務所の入り口の向こうへ勢いよく吹っ飛んだ。
突然の出来事に数秒、あの悪魔たちでさえ固まっている。

よくよく見ると、ダンテが不敵な笑みを浮かべ右手の掌底で悪魔を突き飛ばした格好で止まっていた。
そして落ちて来た骸骨を受け取り器用にくるくるとバスケットボールみたいに指で回してみせる。

その呑気とも不敵ともとれる態度にすごくドリブルしにくそうだなと場違いなことを考え、そしてやっと我に返る。


「ダンテ!!?無事!!!!?無事なのっ!!!!!?」


私の酷く取り乱した様子に、何故か満足そうに笑ってから長い指でとんとんと自分の血を指さす。

相変わらず心臓の付近から血は脈々と溢れていて目を逸らしたくなるが、しかしその赤ではたと気付く。
ダンテの身体を流れる血は人間のそれではなく―――半分は悪魔のものだということを。


「さて、ここから先はにはちっと刺激が強い・・・分かるな?」

「う、うん・・・・・大丈夫なら、ほんと、よかった。」


ひらひらとダンテの手が闘牛士のカポーテのように揺れ、言われた通りシャワールームに飛び込んで息を潜める。

それでもやっぱり彼をあの場に残すことは少し気が引けたのだが、次の瞬間には派手な物音と銃声、そして破壊音(!!)。

しばらく物音が続いた後、何故かいかにも彼好みの賑やかで派手な音楽まで聞こえてきた。
多分それは店のジュークボックスでかけているんだろうが必要性がわからない。というか多分ない。あれか、気分か。

極め付けには至極楽しそうな彼の笑い声まで聞こえて、自分の心配が杞憂だったとやっと息を吐く。
そしてあれがきっと壁越しの私への元気であることを伝えるパフォーマンスでもあるのだろう―――それだけが理由では絶対にないが。


「・・・・朝っぱらから厄日だな・・・・」


何なんだ、今日は。

妙に紳士的な不審で底知れぬ男が来たと思ったら、図ったようなタイミングでいきなり悪魔が襲ってくるし。
・・・・いや出来過ぎだ。もしかしたらあの禿頭が悪魔を呼んだのかもしれない。
外見だけを言うのなら傷跡の目立つ『人間』に見えたが、もしかしたらそうでないのかもしれない―――彼も、悪魔なのか。


「?もう出てきてもいいぞ。」


ダンテの安全宣言を受けて思考を中断し、のそのそとシャワールームから外へ這い出る。

部屋の中央には乱闘の痕跡なんて全く感じさせない、予想通り傷一つない彼が余裕の笑みすら浮かべて立っている。
それにほっと胸を撫で下ろすも束の間、それ以外のものを見て思わず嘆息してしまった。


「うわぁ、これは酷い。」


空き巣だってこんなに荒らしていかない、そう文句を言ってやりたくなるくらい店の中は酷い有様だった。

壁にはたくだんの銃弾がめり込み湯気を上げて、まるで模様のようになってしまっている。
ジュークボックスは大きな衝撃でへこみ(拳のような痕で!)、大きなビリヤード台は真っ二つ。ボールも散らばっている。
床には大量の砂が残り、部屋の照明も家具も、無事でないものを探す方が困難だった―――これ、どうするの。


「ったく店の中をメチャクチャにしていきやがって・・・・
  マナーのなってないヤツはこれだから困るな、BBB。」

「そんな事言ってるけどほぼコレ斬り傷と銃の痕ばっかりだよね?ダンテがやったんだよね?」


さすがにコレは個人で修復できるレベルじゃない。
早く業者の人とか呼んで修復してもらわないと・・・・でも理由聞かれたらどうしよう。頭がいたい。

いや、そもそもニューヨークにもタウンページはあるのだろうか。


「それにしてもさっき、めちゃくちゃ刺されてたけど大丈夫なの?怪我は・・ないみたいだけど。」

「ハッ・・・あの程度で死ぬ訳ねえだろ。ま、心臓を抉られたらさすがにやばいけどな。」

「フツーはあれ位で死ぬんですがね。でも無事で、うん・・・無事なら、よかった。」


その常識外れの強さとその身体の血のおかげでそう簡単に死なないとは分かっていても、やっぱり心臓に悪い。

それにしても本当に怪我はないんだろうかとその素晴らしく鍛えられた上半身をまじまじと見てしまう。
文字通り傷一つない肌にようやっと安堵の息を吐くと、ダンテが少し目を細めてこちらを見つめていることに気付いた。

珍しく穏やかな表情に首を傾げると、薄く笑っていつものニヒルな笑みに戻ってしまう。
女心よりも秋の空よりも気分屋な彼の考えることは時折分からない。


「―――ところでこれからデートしに行こうぜ、。」

「・・・・・・はぁ?」

「お前も受け取とってただろ?招・待・状。」

「は、はああぁぁぁぁぁぁあああああ!!?受けとってねえええええええ!!!!!!!!」


内容はともかく周囲を見渡して自分の服をぱたぱたと叩き、それでもないことを確認。

私をよそにダンテがまだ残っていたピザを何故かゴミ箱に放り、立ち上がる。
そして奇跡的に無傷だった本棚から分厚い本を取り出した―――装丁は読めない、というか何の文字だそれは。


「ちょ、待って本当にその招待状って身に覚えがないんだけど・・・・あれ、さっきのケンカ売られたあれ?
 ・・・・・・えっ、そんないかにも危険そうなところに私も行くの?本当に?えっ?」

「場所は向こうが俺達のために気合い入れてセッティングしてくれるとさ、やったな。
 そのためにも・・・ちょっと来い。おめかししてやるよ。」

「・・・・・・・・・ええええええ・・・・行きたくないのに・・・・」


それでも渋々とダンテの前に移動する。

碧眼がが珍しく真剣に本の文字を辿りながら、青い綺麗なガラス瓶を取り出す。
中には透明な液体のような物が入っているのが見えて、それは彼の手の動きに合わせてゆらゆらと炎のように揺れていた。

ぼけーっとそれを眺めているといきなり何の断りもなくその瓶の中身を頭からぶちまけられる。

恋人の修羅場みたいにいきなり水をぶっかけられて呆然。
ぽたぽたと雫を垂らす前髪を掻き分けて、一瞬のショックの内にはふつふつと煮えたぎる怒り。


「・・・・・・・ダンテ?怒ってもいい?」

「悪いな、今のは聖水だ。が安心して俺とデートするには必要なのさ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


一応は身の安全を考慮しての行動らしい。

それでも不満そうに、とても不満そうに溜息をついてやれば少し皮の厚い指が髪の毛をそっと梳かす。
私がそのままにしているとダンテの指が髪型を整え、濡れた頬を手の甲で慈しむようになぞった。

たったそれだけなのになんだか許してやってもいい気分にさせてしまうなんて、我ながら単純で先が思いやられる。


「これでもう、ヤツらにの姿は見えない・・・もう店の外をうろついても大丈夫、って事だ。」

「え、何ちょっと待ってダンテさん?本当に私も行くの?
 ここで待ってた方がよくない?ねえ、」


私の問いは当然のように無視され、ダンテが愛用のコートを片手にドアへ歩く。

どうやら私ごときに拒否権は無いらしい。
しかもなんか不機嫌でもいらっしゃるようです。

――――原因は、ぱっと浮かぶのはさっきの禿男に何かを言われた時、その言葉だろうか。


「・・・・・・・・わかった、けどちゃんとしっかり責任を持ってくれると嬉しいです。
 あの、外に連れ出すからには最後まで面倒見てください。」

「安心しろ。よくママが言うだろ?『拾ったペットの面倒は最後まで見なさい』ってな。」

「うん、本当にそうしてね!?私めちゃくちゃ弱いんだからね!!?」


ペット扱いは色々と思うところがあったが、本気で私を連れて歩く気らしいダンテにがっくりと肩を落とす。

正直、駄々をこねねれば、こちらが嫌だという空気を全面に出せば引いてくれるんじゃないかと期待もしたのだが。
でもよくよく考えるのならまだダンテと一緒に居た方が、一人で取り残されるよりもいいのかもしれない。

私はいつもそうやって、ダンテに連れ出してもらうのを待っている。


「・・・・ちょっと待ってて、準備するから。」


階段を重い足取りで昇って自分の部屋についてから、そういえばと憂鬱なことを思い出す。

――――結局、私はあの話題を切り出すタイミングを失ってしまったのだと。









『それと、君の兄上から伝言を―――貴様は何も守れない、と。
 母のようにあの犬ですらもその手から取り零すと。』


さっきのハゲの言葉が脳裏を過ぎる。
がいなくなったのを確認してからダンテは自嘲気味に口の端を上げた。


伝言は亡くなった母さんの事を指しているに違いない。
―――お前はその頃から何も変わっていない、そう言われたのだ。

そしての命ですら守れずに、またあの日を繰り返す。
お前は間違っている。人間に固執することは間違っていると。


(・・・上等だ、オレをいつまでもあの時のままだと思ってくれるな。)


今更現れてあんな悪魔を使った招待状まで出して、何かを考えているのは分かるが関係ない。
ハゲ頭は俺の結界を、不得手でかつ半分とはいえスパーダの血を引いたものの魔術を破って見せた―――きっと背後にはより強い悪魔もついてるだろう。

でもあの時からオレは強くなった。
アンタとは違う。

を―――母さんのような目に遭わせたりはしない。

それを証明し、あんたの方こそが間違っていると突き付けてやる。


二階に上ってしばらくしてから足音が降りてきてそれは俺の横で止まる。
はさっきよりも動きやすさを重視した服装になっていて、肩にはカバンを提げていた。

目には何かを言いたげな色。
今のこれは違うだろうが―――ここのところ、は俺に対して何かを言いたさそうにする。
一応、気を遣って聞きださないでいるが、いつまでも言う気がないのならこのパーティが終わった頃合いにこっちから切り出してやろう。


「お泊りセットか?歯ブラシは持った?ちゃん。」

「わーママ、そのパーティって食べるものがあるのかしらー?
 ・・・・ま、これはこっちに来た時の荷物。・・・・・要らないだろうけど、念の為ね。」


が少し困ったように笑って、やっぱり連れて行くべきじゃないと微かな理性がささやいた。
しかしそれよりもあの堅物兄貴に自分の成長と正しさの照明をしてやりたいという凶暴な感情が勝る。


(悪いな、。後でその溜め込んでるものを払ってやるからそれで勘弁してくれ。きちんと守ってやるから。)


自分の萎えかけた感情を奮い立たせるように、大きく息を吐いて片足を軽く上げる。
の見ている前でそれを槍のように突けば板切れのように鉄の扉が吹っ飛ぶ。

途端に浴びせられる周囲からの雑魚の殺気が心地良い。


「―――さあ、イカレたパーティの始まりだ!!」







































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あとがき。
本編ミッション第1話。
ダンテのわがままに付き合わされる哀れな夢主。
けれどやっぱり付き合うのは守ってくれるだろうという信頼から。

開店準備中、てのは本当だろうけどこっちではもう既に営業してるので・・・!!

ちなみに聞いたところ、環境が変わっても人はたったの1週間でその場所に適応できるようになるとか。
でも世界が変わるのはどれ位で慣れるんだろう。


2007年 8月14日執筆 八坂潤


色々と書き足して修正しました。
以前の加筆修正前のものに追いついたので、そちらは削除しています。

正直、ここから先は元があるんだからそんなに修正しなくてもいいだろうヒャッハァと思ってたら、
前の文章と今の文章ってあまりにもそのテンションが違い過ぎてもう新規に書くくらいの意気込みじゃないと違和感だと気付いて絶望しました。

わ、私のばか!何で!こんなに暗い感じに!文の書き方が!!なっちゃったの!!!!
前の方が明るくてたぶん前の方が読みやすかったよねHAHAHA・・・ワロタ・・ワロタ


余談ですがトーキョージャングルのストーリーをクリアしたのですが、まさかのシリアスオチに感動して泣いた。
ビーグルに敗北した土佐犬がグリズリー師匠に弟子入りした時はまさかこんな泣かせるエンディングになるとは、
正直バカゲーだと思って舐めてかかってたらこのザマでした。リリー・・・・(´;ω;`)ウッ

でも100年超えると北京原人天国になったり装備に女子高生の制服があったり珍獣対決と称してカンガルーVSパンダのガチファイトが始まる辺りやはりバカゲー。
もはや私にとってはゴールデンレトリバーもビーグルも猫もポメラニアンもシルキーテリアもモンハンのポポ同様ホーミング生肉という認識。
肉食動物は大小問わず見敵必殺サーチアンドデストロイでございます。 恐 竜 以 外 。


2012年 7月12日執筆 八坂潤


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