いつからだろう。 あの時、目の前で母親を悪魔に殺された時。 あの時、魔界に堕ちていく兄弟の手を掴めなかった時。 あの時、変わり果てた姿の兄を図らずともこの手で殺した時。 気付いた時にはこの痛みは常に自分と共にあって、そして癒されることはないだろうと諦めていた。 それなのに、 「・・・・・・・・・・・うーん。」 「・・・・・・・・・・・・・・。」 午後、昼下がり。 がさっきから俺の顔を見て唸っているのを聞き流しながら、コーヒーを口に含む。 もう一人の俺とバージルがいない事務所は酷く静かで、だからこその声はいやに響く。 向こうが口に出すまでのんびり待っていようかと思ったがついに焦れてその先を促した。 「どうした?恋の病か?」 「いや、違います。」 間髪入れずにきっぱりと否定を口にする。 この様子だと今ここにはいないもう一人の俺とお兄様は大変だな、と他人事のように考えた。 は少し視線を彷徨わせてからやがて意を決したように口を開く。 「あの、結婚って・・・してますか?」 結婚。色恋沙汰に無関心そうなこの女から出た少々予想外の言葉に虚をつかれた。 しかし本人は至って真剣な表情でこちらを見つめている。 「遠回しのプロポーズか?よかったな、今俺はフリーだ。」 「・・・違います。違うんで安心してください。 でも、そうかぁ・・・・そうなのかぁ・・・・・・」 は幾分安心したように息を吐くが、すぐさま何かを考え込むように表情が曇った。 イマイチ彼女の言わんとする意図が読めない。 「実は・・こっちのダンテとバージルが結婚しないのって私のせいなのかな、とか。」 「は?」 「えっと、この間エンツォさんにそんなニュアンスなことを聞かれまして。 もしかしたら二人とも私がいるから遠慮してるのかな、とか私が邪魔なのかなー・・・・とか。」 ちょっと考えちゃったんですよねー、と頬杖をつきながら遠い目をしてみせる。 本人は軽い調子を装っているつもりなのだろうが、本気で悩んでいることはバレバレだった。 俺も表面上は真面目な顔をしてみせるが、今にも笑ってしまいそうになる口元を自然な動きで手で隠す。 「二人とも私に遠慮なんてしなくてもいいんですよ。二人には幸せになってもらいたいし。 あの人達って冗談みたいにかっこよくて優しいんだから、相手なんてたくさん居るだろうに―――勿体ない。」 大きなため息と共に黒い頭を抱えて机に勢いよく突っ伏する。 二人の幸せを願う言葉は、そのまま二人の幸せを否定している事には気付かない。 が大切にしている二人の結婚の鍵は自分自身が握っているというのに。 「二人ともあんなに素敵なのに、このまま私のせいで結婚できなかったらどうしよう・・・」 なるほど、このお姫様は自分がどれほど大切にされているのか自覚がないわけだ。 年頃の男二人と同棲しておきながら未だに汚されていない理由を彼女は知らない。考えもしてないだろう。 その素敵な人達に自分が箱に入れられてこれ以上なく大事に大事に守られている事をはわかっていないのだ。 「――――ふぅん。」 その事が胸の奥にしまい込んでいた昏い望みに灯をともした。 チリチリを身と心を灼くような熱が、毒のように心臓から血と共に全身に広がっていく。 何も知らない無垢なお姫様はその熱も理由も知る由はない。 「じゃあ、俺のところに来るか?」 「へ?」 きょとん、という擬音付きで呆然と俺を見つめるにあの本をちらつかせる。 この世界に俺を連れてきた赤いあの本を。 「それって、」 「は自分がいるせいでもう一人の俺とバージルが幸せになれないと考えてるんだろ? だったら俺のところに来いよ―――歓迎して、大事にしてやる。」 「・・・・・・冗談でしょ。それこそあなたみたいにいい人が私なんか相手にするわけ・・」 言葉が続く前にその細い肩を押してソファーの上に押し倒した。 目を白黒させるが下で、俺がその上に跨って彼女を見下ろす。 「―――絶景、だな。」 かぁっと音がしての顔が林檎のように赤くなった。 ぱくぱくと魚が呼吸するように口を動かして意味のない音の羅列を紡ぐ。 小さな握り拳が俺めがけて何度も振り上げられるが、そんなものは些細な抵抗にしかすぎない。 猛獣が小動物を生きたまま舌の上で転がすような支配欲に、くつくつと喉の奥で笑った。 「ちょっ、冗談はやめ・・・・」 「・・・・・・・・。」 無言の俺に対し、強気だった表情から一転し今にも泣き出しそうに潤ませる目、上気した頬、震える唇にどうしようもなく欲情した。 「そんな顔をしてくれるなよ、今すぐここで犯してやりたくなる。」 「ひ・・ぅ・・・・」 つぅ、と舌で涙を拭ってやれば更に水滴が溢れる。 そういえば悪魔を殺す以外、女に対して興奮するなんて久しぶりだった。 逃げられないようにの顔の両側に手をつき、掠れた声で名前を囁けばびくりと小さな体が跳ねた。 予想通りのうぶな反応に唇が残酷な弧を描く―――ああ、やっぱりこいつはまだ汚されていない。 こんなまっさらな、大事にされていた人間をこれから自分のものにすると思うとガラにもなく気分が高揚する。 子供の頃に庭に積もった雪に足跡を付けてはしゃいだ時も同じような表情だっただろうか。 「ね、ねえ、ちょっと!」 「名前で呼べよ、。俺の名前は知ってるだろ? ああ、ここにいるもう一人の俺とは違う呼び方にしてくれ。」 じゃないと冷めるだろ?と命令すればから一切の余裕が剥ぎ取られた。 かたかたと細い肩が震え、哀れな獲物が驚愕の眼差しで捕食者を眺める。 「ダン、テ?」 名前を呼ばれただけ。 いつもとは違う、僅かに震えながらも無自覚に艶の含んだ声で俺の名前を呼んだだけ。 ただそれだけの事なのにぞくぞくして、それだけでイっちまいそうな感覚に囚われる。 前言撤回―――俺は今、悪魔を相手にした時なんかよりも数倍も興奮してる。 「ダンテ、ダンテ、違うよ。こんなの、私が悪魔の食欲をそそるからっていうか、だから・・・」 名前を呼ばれるたび、怯えた瞳と声を向けられるたび、俺の悪魔を煽られていくのには必死に言い訳を重ねる。 加虐心が加速度的にそそられ、もう自分でも制御がきかなくなっていく。 どんどん自分を追い込んでいっているのにも気付かず、このお姫様は。 「理由なら簡単だ。もう一人の俺が、俺の兄貴がお前を好きなら―――俺だってそうだって事だよ。」 初めて、もしかしたら人生で初めて心の底から女が欲しいと思った。 もう一人の俺だろうが血を分けた兄弟だろうが関係なく、この女が欲しい。 自分以外の人間にいずれ汚されて奪われ愛を囁かれると思うと途端に理性が言うことをきかなくなる。 「・・・・・・・う、うそだ・・だって、そんな」 「嘘なもんかよ。現にこーなってるんだから。」 の手を俺のはだけた胸の素肌に押し当てさせればひくりと喉が鳴る音が聞こえた。 いつもより早い鼓動の意味に、さすがにここまでやれば彼女も気付いたようだ。 いよいよもって全力で逃れようと暴れるの両腕を片手で押さえつける。 足の動きも封じ、信じられないといった表情で俺を見る姿に心のどこかが悲鳴をあげた。 「少し様子を見てから帰ろうと思ってた。」 「・・・・・・・ダンテ」 「こうするつもりはなかった。も、俺達も幸せそうだったから。」 「ダンテ、」 「でも、もう遠慮しない。」 「ダンテ!!」 けれど平行世界の幸せそうなもう一人の自分の姿を見るたび、満たされない自分を自覚したのはいつからだっただろう。 飢えにも似た凶暴な感情に身を苛まれ、それでも知らないふりを続けてきたというのに彼女の言葉が蓋を開けてしまった。 満たされない、満たされたい。 もう一人の俺を癒し、バージルを助けたならきっとこの傷口を癒すだろう。 母親を殺された時にできてからずっと、孤独で膿んでいくこの醜い傷を。 無防備な桜色の唇に顔を近付ける。 黒曜石の瞳が俺だけを見つめている。ああ、もっと見てくれ。俺を見てほしい。そうしたらもう他に何も要らないんだ。 もう既にあいつらは救われている。俺みたいになることはない。だったら俺にも救われる権利くらいあるだろう? 、俺を助けてくれ。 あいつらにそうしたように、この救いようにない傷を癒してくれ。 「――――っ」 けれど同時にを連れて行ってはいけないという葛藤もあった。 自分の半分を占める英雄の血の矜持がそんな卑怯な真似など許さないと悲鳴をあげている。 「・・・・ねえ・・・冗談、だよね?」 吐息の重なる距離で、祈るように吐き出された救いを求める言葉。 それに対し、俺は―――― Chaos or Law?→ ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- あとがき。 カオスルート→本能に負けた4ダンテにお持ち帰りされる。 ニュートラルルート→この後3ダンテとバージルが助けに来てくれる。 ロウルート→理性に負けた4ダンテが長い冗談だと言ってごまかす。 さぁ、あなたのお好みはどっち!!(どっちの料理ショー風 『IF』の続編を、という声が多かったので今更ですが書いてみました。 唐突にネタの神が私に空間殺法してきたんです、私は悪くない。タナトスはかっこいい。 上ではあんなこと言ってますが続きを書く予定は今のところないと思います。 新年そうそう初夢が暗いアレな夢ですみませんでした。 ユニバーサルバニーの「Black or White〜♪」の部分を聞いて書きたくなった話です。 ちなみに私のマクロスF映画の感想は「1に乳揺れ、2に乳首、3・4がライブで5が戦闘!」でした。 まじシェリルのおっぱい半端なかったよ・・!あれだけで見る価値十分だった・・・!!シェリルとセラスのおっぱい揉みたい。 ヘルシングを見た当初はウォルターハァハァだったのに何でこうなったんだろう。 2010年 1月8日執筆 八坂潤