最近から昨日までのあらすじ。 諸事情で会社を退職しのんびりNEETライフを嗜んでいたものの、生活費という人類を常に悩ます難題によりハローワーク通いを余儀なくされる。 が、その時に受けた政府の健康診断で、生まれてこの方才能という言葉とは無縁だった私に審神者とやらの素質があることが発覚。 もちろん神職になど耳垢程度も縁がない私のそれはみそっかす程度、才能と呼ぶには遠く及ばない残念なものらしいが。 まあともかく、その時になってやっと世界には危機が迫っているという冗談みたいな状況を知った。 そして審神者(仮)として白刃隊のとある拠点を引き継いで、維持しておけば大企業への働き口を確保してくれる。 世界を救うなどせず、ただ次の優秀な審神者が選抜されるまでの間、仮の主として刀剣男士と呼ばれる付喪神に主と傅かれればいい。 そんな甘い餌にホイホイされた私を待ち受ける運命とは如何に―――!! (とまあ、劇場予告風にまとめてみたけど主役が私じゃ盛り上がりに欠けるってレベルじゃないなぁ) 謙遜ではなく、私は頭が良くはない。運動神経も低い。そして極め付けは勇気もない。 ぱっとしない容姿に反し明るい性格を持っているわけでもない―――こうして字面にすると本当に自分は持たざる者だと深く落ち込む。 しかしそんな私が俄かには信じがたいことに、現代から未来の2205年にタイムスリップし、そして更に過去に飛んでいるのだから世の中予測不可能にも程がある。 しかもそれが世界の命運が懸かった神々の戦いに私のような一般人が末端とはいえ関わるのだ。 甘い餌にホイホイされたのは紛れもなく私だが、それでも問おう。どうしてこうなった。 「どうされました?審神者どの。」 「あ、いえ、なんでもないです。はい。」 現実逃避してましたなんて言えず、足元から聞こえてきた声に応える。 周囲に人影はなく、私が一人で語り掛け一人で引き攣った笑いを返す不審人物にも見えるがちゃんと相手はいる。 雲のような白と蒲公英のような黄色の毛並み、に四足獣の小さな可愛らしい足。 顔には何やら呪術的な化粧と隈取を施された愛らしい小狐が、獣の口を器用に使い人の言葉を話している。 慣れない。未だに慣れない。これからも多分慣れない。 人間の姿でない生き物人間の言葉を話しているという事実に。 そしてそれが精霊などというファンタジー極まりない存在という現実に。 「・・・・・で、ここがその拠点なんですね。」 気を取り直し、前を見据え今度は辛い現実を受け止める。 空を仰げば何の遮蔽物のないどこまでも広がる蒼穹、足の裏には柔らかい草花の絨毯。 そして目の前には今にも崩れ落ちそうな廃墟と、それを守るには頼りなさ過ぎる朽木の門扉。 初秋の冷たい風がこちらに駆け寄り、そしてこれからの嫌な予感という怖気と共に背後へ抜けていく。 「なんか魔王城みたいな風格があるんですけど・・・・」 ここか。ここに住めってか。 これやっぱり黄金伝●の素人企画ものと間違えて来ちゃったんじゃねーの私。 クソッやられた!お屋敷に住むとか言われてたから必要最低限のものしか持ってない! というかこんな過酷なサバイバルやらされるんだったらそもそも私、こんなところに来たりしてない!! 「あの、えっとですね、サバイバルドッキリ企画ものだったら最初から言って頂きたく、」 「大丈夫ですよ、新しい主様。ここは貴女様の御力で再び息を吹き返します。」 「私の力、ねえ・・・」 自分の何も持たない手のひらを見つめてみる。 世界の命運など背負えるはずもない、何かを成し遂げたこともない、我ながら頼りない手だった。 しかし狐の精霊はこの手に不思議な力があると囁く。 「・・・本当に、私なんかにそんな不思議な力があるんですかね・・・・」 もちろん、全く無意味な人間をここまで手間をかけて過去に連れてくるとはさすがに思っていない。 けれど霊力や魔法なんて、紙や画面の向こう側の世界の言葉が自分にあるのかというのはやはり半信半疑だ。 今更になってやっぱりはいだめでした自力で就職先探してねって言われると、うっかり来世に望みを託したくなるくらい辛い。 「大丈夫ですよ、貴女様にはその力があります―――さあ、中に足を踏み入れましょう。」 「うううう・・・・」 い、嫌過ぎる。しかし行くしかないのか。 こんのすけの声に後押しされて、今にも瓦礫の山になってしまいそうな屋敷に恐る恐る一歩を踏み出す。 「っ・・・・・!!」 私が足を踏み入れたその瞬間。 文字通り、死んでいたこの地が息を吹き返した。 爪先から荒れた大地に草が芽吹き、緑の波濤が波紋のように広がり大地が甦る。 目の前の幻想的な光景を目で追っていると、それはあっという間に枯れ木を駆け上り、優雅な桜の花を満開にさせた。 阿呆のように視線を見上げていた私は、屋敷も同様に新築同然の状態になっていることに気付く。 近くの池からは鯉の跳ねる小さな音、噎せ返るほどの緑の匂い、美しいかつての居住まいを取り戻した建物。 倒壊寸前だった廃墟はすっかり新築同然の典雅な御屋敷に姿を変えていた。 「今、ここって気温的に桜なんて咲く季節だった・・・?」 「いいえ。しかしこの場所の四季を定めるも、狂わせるも、全ては審神者の力です。 望めば花見・雪見・月見酒も同時にできるでしょう。」 「審神者ってシシ神様かな!?」 「それだけでなく、作物の実りを定めるのも審神者です。 力が強ければ実りは多く、そして成長速度も早まるでしょう。」 「審神者ってトトロかな!!?」 何だ次はこの御屋敷に足が生えて動き出しますとか言わないだろうな。 あ、でも空中に浮かぶのは楽しそうだ・・・いや駄目だろラストは宇宙に行っちゃうんだから。 「シシ神でもトトロでもありません。貴女様は今日この時からこの城の主となりました。」 横に立っていたこんのすけが静かに私の前に歩み出て、その小さな頭を恭しく下げる。 私の足は自然と一歩、後ろへと下がってしまう。 「ようこそ―――主のご帰還を、お待ちしておりました。」 「―――――、」 主。 途端にのしかかる不可視の重力と重責に、呼吸が止まった。 散々言って聞かされた言葉がやっと形となって、小心者の心にひやりと冷水を浴びせる。 「わたし、本当の主じゃないよ・・・・」 そういう話だったはずだ。 私にかかる責任が重くないからこそ引き受けた―――けれどもしかしなくても、私は軽く考えてしまっていた。 特別への憧れなんて、口では否定しようとも誰の胸のどこかには秘めている。 されど普通の人間が異常な環境に身を置くその重圧を、改めて思い知った。そしてそれに私が耐えられそうにもない事を。 「ええ、そうですね。貴女様の御役目はただこの場所の維持のみ。 ご覧の通り、この場は審神者の力が無ければ簡単に朽ちてしまう、脆い世界です。 貴女様はただここでその御力を奮っていただければ―――ただ、この場にいるだけでよいのです。」 「それなら・・・・いいです。」 それならいい。ただ居るだけで何もしなくていいのなら、その程度なら非力な私でもなんとか背負うことができる。 こんのすけの小さな頭が上げられ、艶のある黒い大きな瞳が私を見上げやっと呼吸が復活する。 暫し無言で見つめ合った後にその可愛らしい顔を反転させ屋敷を示す。 「では、中へ参りましょう。」 木造の、時代を反映した古い作りの屋敷へと恐る恐る足を踏み入れる。 まるで社会科見学のように、偉人の史跡を巡っているような感覚だ―――けれどここに引率の先生はいない。 歩いても軋む音一つしない廊下をお互いに無言で進む。 通り過ぎざまに覗く部屋、そしてこの廊下にも一定の距離ごとに花瓶が置かれている。 中の花はほとんどが枯れてしまっているが、花瓶は小さな硝子から素焼きの素朴なものまで大小様々だ。 前の主の趣味で一つ二つならともかく、この多さは偏執的なまでの異常性を感じる。 「・・・やたら花が活けてあったんですね。」 「そう、この本丸の中も外と同じく時の流れが一定ではありません。 なので、花で時間の流れを観測する必要があるのです。」 「花で?観測?」 そういえば確かに、ほとんどが枯れているが中にはまだ花が元気なものもちらほらとあった。 飾る期間が違うのだろうと気に留めていなかったが、そういう事情なら・・・いやこれもしかしなくても怖い設定だぞ。 「花が枯れる速度が早い場所は手入れや鍛冶場にするのがよろしいでしょう。時の流れが早いですから。 逆に、花が枯れる速度が遅い場所は食料庫にするのがよろしいでしょう。時の流れが遅いですから。」 朗々と教科書を音読するように狐の口から告げられる事実は、しかし異常だ。 同じ場所なのに時の流れが違う?いや、そもそも時の流れなんて変わるもんのなのか? (大変なところに来てしまった・・・) まるで不思議の国に足を踏み入れてしまったよう。 問題は、これが頭を強かに打ち付けても痛いだけでこの世界は終わらないという事だ。 続々と列を成してやってくる非日常に早くも小心者の私は耐えられなくなってきた。こわい。 「そ、そんな変な場所に居て妙な副作用とか・・・」 「ええ。ですから主様の生活拠点は花が咲いたまま枯れない場所にするのがよろしいでしょう。 時の流れが止まっていますから、貴女様は老いることなくそのまま元の時代に帰れます。」 「・・・・・・」 頭がこんがらがってきた。思考回路はショート寸前だが別に会いたい人はいない。 それでも自分の中の危機意識がこのまま流されることに抗い、最後の問いを発する。 「・・・・・もう一度聞くけど、変な副作用は?」 「時の流れが止まるのに何の変化が起こりましょう? しかしこの場にいるだけで霊力を消費しますから、食事や睡眠は普段以上に摂る事になりますね。」 「・・・・・・・・・・・・」 だめだ。もう完全に頭がこんがらがった。 大丈夫だというのなら大丈夫なんだろう、と頭の中で強引に結論付けて危機意識を封じ込める。 しかし危機意識と連動してやってきた不安感はどうにもならない。 「その、次の優秀な審神者が見つかるのはいつになるんですか?」 「それは分かりません。我々も手を尽くしておりますので、申し訳ありませんがここは収めてください。」 「はあ・・・・・・・」 思いっきり不平そうな声が口から漏れたが、前を行くこんのすけは気にした様子もない。 やがてその小さな体はとある襖の前で止まり、こちらに向き直った。 ちょうどいいタイミングなのでここに来てからずっとわだかまっていた疑問をぶつける。 「で、その刀剣男士さんはどこに居るんですか?」 「そこに。」 柔らかい肉球に包まれた短い足が、目の前の襖を軽い音とともに叩く。 何の心の準備もしていない状態でいきなり相手に近付いていた事に内心で驚き、呼吸を整える。 出会ってしまう前にぺたりと襖にくっついて耳をそばだててみるが、中からは何の音もしない。 ・・・・・・本当にいるのか? 作法が良く分からないのでここは現代風に、軽く襖をノックして開く。 「失礼します・・・」 そろそろと開いた襖のその奥は、しかし無人だった。 種類の分からない青い花の香りが微かに鼻孔を掠め、家具は執務机と本棚と―――それにそぐわないノートPCが置かれた部屋。 それらのものからなんとなく、ここは前の主が使って居た部屋なのだろうと推測した。 しかし中には人の気配など全くない。 「誰もいないみたいですけど・・・」 「いいえ、そこに居ます。」 「・・・・・うーーーーーん・・・」 目を凝らしてもやっぱり人影なんて見当たらない。 私の審神者の能力は相当低いって言われたけど、見えてないだけとかそういう・・・・?あ、馬鹿には見えないシステム? 部屋の前で躊躇する私をよそにこんのすけは当然のように中へ入り、そして小さな机の横で足を止める。 もう一度「失礼します」と呟き私も続く。そして死角になってちょうど見えないそこを覗きこんで、はっと息を呑んだ。 「刺さってる・・・」 畳を貫いて深く、強い意志さえ感じさせるその刀はその身を柄まで床に埋めていた。 日本刀の実物をこんな間近で、硝子隔てずに初めて見た。 もちろん問うまでもなくこれは本物なんだろう―――その姿は骨を埋めるという言葉を彷彿とさせた。 「他にもこの本丸には前の主に仕えていた刀が点在しているでしょう。 ああ、それと神を降ろす際は力を多量に消費しますが、その維持だけならそこまで力を消耗しません。 主様の御力はか弱いゆえ、一気に神降ろしをせずに徐々に戦力を増やしていけばいいかと。」 「はあ・・・・」 答えながらも視線と意識は、私まで貫かれてしまったように目の前の刀に釘付けになっていた。 ここに来る前にも説明を受けてきたから多少は分かる。 この刀こそが刀剣男士、これから私がお世話になる神様達なのだ。 「・・・・・この神様は、きっと前の主を慕っていたんですね。」 自然と口からは卑屈めいた声とそれに似合いの言葉が出る。 美しい忠義の光景に感嘆した後は、比べられる事が嫌だという我ながら非常に卑小な考えが湧いて出た。 例え短い期間だとしても比較され続けるのは精神的に辛いものがある。 「そうでしょうね。ですが心配には及びません。彼らはその主の記憶を忘れています。」 「記憶を、忘れる・・・・?」 「はい。彼らが忠誠心が高過ぎる故に、新しい主を戴くことができません。 そもそも彼らに神格を与えるに至ったのも、元の主を想うがゆえ。そうして付喪神になったのです。 なので、彼らは忘れます―――主がここを去る度に、何度でも。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 それは、人道的にどうなんだろうか。 失敗したゲームのデータを削除しロードし直すようにあっさりと、事もなげに告げられる言葉に湧く生理的な嫌悪感。 そして深々と突き刺さり、かつての主の傍らに寄り添おうとする刀の姿に深い哀れみを抱いた。 私達が神の力を借りる立場のはずなのに、その助けを請う私達が酷いことをしているようで。 しかしそれを言葉にして抗議しようとは思えなかった―――比較されないという事実に安堵した自分もまた、いるからだ。 「さて、早速ですが神を降ろしましょう。」 「ど、どうやって・・・・?」 「簡単です。貴女はただ、彼らに触れればいい。」 触れるだけ、ということはマジカルな呪文もそれっぽい儀式も不要という事か。 この年になってそういうのをやるのは憚られる気持ちはあるが、少し残念だと思うのも確かだ。 「ただ触れるだけで、貴女様の盾となり刀となり、忠節を尽くし命を捧げる従者が生まれます。」 そして彼らは、正式な審神者が定まり私がここを去る時にその記憶を忘れる、と。 でもそちらの方が彼らは傷付かなくていいのかもしれない・・・・私に罪悪感が残るだけで。 相変わらず嫌悪感はあるが、そういう良い面があるとして―――よしとはできないが、まあ横に置こう。 「さて、申し訳ありませんが私はそろそろお暇致します。」 「えっ!?もう行っちゃうの!!?」 「はい。貴女様以外にも私の説明を必要としている審神者の方々はまだいらっしゃいますゆえ。」 「そ、そっか・・・うん、そうだよね・・・」 言葉では聞き分けが良くても声色からは落胆の色が隠せない。 こんな序盤のチュートリアルで放置してさっさといってしまうなんて、という思いが捨てきれない。 けれど私の他にも審神者はたくさんいるのだ・・・それももっと有能な。 いつまでも私程度に時間を割いている訳にはいかないだろう。 「―――ひとつ、聞いても?」 「はい。なんなりと。」 「どうして・・・ここの前の主は審神者を辞めたんですか?」 ずっと疑問に思っていたことだ。 私はなんとなく、ここに来れば前任者が居て直接引き継ぎの手解きをしてもらえるものだと思っていた。 けれど実際はこんのすけが懇切丁寧に説明をするだけだ。では、前の主はどこへ? しんと、他に人の気配のない屋敷に静謐が舞い降りた。 それは埃のように薄らと積もり、そしてやっと獣の口が開かれる。 「それは、神と恋に落ちたからですよ。」 「・・・・・・・・・・神様と、恋に。」 「はい。彼女は愚かにも人の身であることを忘れ神に焦がれ、そして神と駆け落ちしました。」 それは言葉にすればありきたりな物語だと思う。 けれど実際に起こった出来事なのだから、陳腐などととても口にはできなかった。 「ただでさえ彼等は貴女に忠節を尽くします。その忠誠に溺れぬよう、貴女も神に近づき過ぎぬよう――ゆめ、お気を付けて。」 「・・・・・わかりました。」 なるほど。つまり乱暴に訳せば彼らが優しいのはそういうものなんだから自惚れんなよてめえってことですね、分かりました。 まあどこに出しても恥ずかしくない喪女の私にはうってつけ・・と言えるのかもしれない。あ、悲しい。 しかし言葉通りなら傅き、忠誠を捧げる神々に対して人はどこまで驕らずに平静を保っていられるだろうか。 まあ、どうせ短い期間だろうしなんとかなるだろう。うん。ならないと困る。 「では私はこれにて。御用命の際はいつでもお申し付けください。」 「あ、はい、ありがとうございました。色々と。」 どろん、と古典的な音と共に白い煙が吹き上がったと思えばこんのすけの姿は影も形も無くなっていた。 再び訪れる静寂に私自身も詰めていた息を吐き、ずるずると畳の上に座り込んだ。 正直に言わせてもらおう。 審神者、スタート時点ですがもうとってもやめたいです。 「やべえ軽い気持ちで引き受けるんじゃなかった・・・」 ぽつりと呟いた絶望は、されど誰の耳にも拾ってくれない。 早くもこんのすけを呼び出し家に帰らせてくれと土下座したいが、かえってそれで他の就職の芽を摘まれても堪らない。 やるしかないぜ、自分。やるっきゃないぜ、私。 なるべく早く本命の審神者様が決まってくれることを願うしかないぞ。 「・・・・・それにしても、触れるだけ、ねえ・・・」 初めて降ろす神様。そして私の力では一気にたくさんの戦力を増やすことはできない。 だからしばらくその刀剣男士と共に過ごすことになる―――なるべく、面倒のない人、じゃなかった神がいいな。 あと私の鈍臭さをある程度は許容してくれる優しい神様だとなおよいです。即採用です。 「・・・・・よし。」 呼吸と身嗜みを整えて目の前に刺さる刀に恐る恐る手を伸ばす。 まるで伝説の剣を引き抜く勇者の心境だ。違うのは、私的に抜けなくてもいいかと若干思っているところか。 他にも刀はここにあるとは言われたけれど、今更探しに行く気力はあまり湧かなかった。 そしてきっとこの神様は、前の主の傍に仕えていたのだ・・・私で申し訳ないが、最初の神降ろしに選ばれてもらおう。 「神様仏様大仏様・・・」 震える指が躊躇い、そしてそれを振り切り刀の柄をぐっと掴んだ。 途端に自分の中の何かがぐっと向こうに吸い寄せられるような、少し気持ちの悪い感覚。 そして溢れる白い光に眼が灼かれるのを、反射的に掲げたもう片方の腕で庇う。 「――――っ、」 ふと、握った手に誰かの手が触れた。 驚いて目を開くと光は収まり、まだ定まらない視界の中心部には自分以外の人影があった。 「ああ、あんたが俺の大将か。」 私の手に触れる指は黒い手袋に包まれている。布越しには優しい温もりが伝わる。 身に纏う軍服のような服は深い海のような紺。すらりと伸びた白い脚は牡鹿のようにしなやか。 少年といっても差し支えのない年齢の顔は精悍そのもので、その紫電の瞳からは意思の強さを感じさせた。 「よお大将、俺が薬研藤四郎だ。よろしくな。」 見た目に反し低い声で気さくに挨拶し、口の端を不敵に吊り上げ少年は笑って見せた。 「よ、よろ、しく・・・・」 息も絶え絶えに、阿呆なりに絞り出した言葉はそれが限界だった。 自分でやったことなのに、ただ触れるだけで本当に神が降りてくるなんて。 いや目の前の彼が本当に神様なのか、でもここに私以外の人間はいなかったはずなのだ。 彼は、薬研藤四郎と名乗る少年は―――私が降ろした付喪神なのだ。 「・・・・まあ、なんというか。いつまでも俺自身を強く握られてるとくすぐったいな。」 「へ?あ、ご、ごめん!」 なんとなくいけないことをしてしまったようで、刀を握りしめていたぱっと放す。 そうすれば深々と刺さった刀を何でもないように引き抜き―――意外と短いその刀身を自分の腰元の黒鞘に納めた。 「で、大将。俺は何をすればいい?組討ちに警護、何でも頼りにしてくれていいぜ?」 「ちょ、ちょっとまった、さっきから呼んでる大将って私のこと?」 「・・・?他に誰が居るんだ?」 そりゃそうだ。ここにいる人の姿をしているものは私と彼しかいないのだから。 先程から何度も言い聞かせられ、でも実際に主と呼ばれるのでは重みが違う。 会社に就職しても万年平社員で終わりそうな私なんかにそんな資格があるものか。 「いや、いやいやいや待って、私に大将とか呼ばれる資格ないし、力弱いし頭も悪いし、 それにほら、私って仮の主なんだ。うん。本当はもっと優秀な審神者が来る予定なのに、私ってそれまでの繋ぎなの。」 あ、しまった。別に後半のは馬鹿正直に言わなくてもよかったな。 主(仮)ならどうでもいいと軽んじられるかも―――いやいっそ、そっちの方が気は楽かもしれない。 けれど回りだした舌は自分の罰への許しを求めるように止まらない。 「ごめん。私、本当に役立たずなの。だから大将なんて、呼ばれる資格、ない。だから、」 「大将は、不安なのか?」 「えっ」 止まる気配のなかった言葉にすっと刃を入れるように、凛とした言葉が通る。 卑屈な主を責める訳でもなく、深い紫水晶の瞳がこちらを見つめていた。 一片の揺らぎのないその目に、不安に戦いていた心が静かに落ち着きを取り戻し始める。 「・・・・・うん、そうだよ。」 正直に答える。取り繕う事なんて、この神の前では無意味に思えたのだ。 私の醜い言葉にもその秀麗な眉を一つ動かさず、何かを思案するようにその睫毛を伏せる。 そしてそれはすぐに、私へと向き直った。 「じゃあ俺を大将の近侍にしちゃくれないか?」 「・・・・・・・・きんじ・・・?」 菌糸?きのこ?いやこの雰囲気は絶対に違うな。 耳慣れない言葉に内心で首を傾げる。 「俺を大将の守り刀として傍に置いてくれって事だ。」 「まもり、がたな・・・」 「ああ。大将がその荷が重いというのなら、俺がその荷を負うのを手伝ってやる。 俺がずっと大将を守って、支えて、面倒みる。悩んだ時は一緒に俺も考える―――どうだ?」 「――――、」 言葉を無くす私を安心させるように、にっと薬研藤四郎は真珠の歯を見せて笑った。 この卑小な胸の澱みを払ってくれるような、力強く清冽な微笑みだった。 「それなら、頑張れる、かも・・・。」 「ああ、こっちこそよろしくな大将・・・・いや、ちがうか。 最初だし、こういうのはきちんとしておかないとな。」 腰が抜けたままの私の前に屈み、薬研藤四郎が恭しく片膝をつく。 艶のある黒髪の頭を下げ、紫電の瞳を閉ざしその唇を開いた。 「薬研藤四郎、近侍を拝命する。」 「―――――、」 爪先の血管からどっと、灼熱の血流が全身を駆け巡ったような錯覚。 頭を下げる彼からはきっと見えないだろう。けれど、私の顔は、多分今真っ赤だ。 (だめだ、これ、だめだ。) これは、この光景は、簡単に人を思い上がらせる。私がまるで偉い人になってしまったかのように、仮の立場だというのに。 必死にこんのすけの言葉を思い出し、逸る心臓と感情とを押さえつける。 それほどまでに、見目麗しい神が卑小な人間に跪くという光景は甘美で―――危険だった。 「よろしく、お願いします。」 平静を保って絞り出せた声はそれだけ。 返ってきた言葉に薬研藤四郎は面を上げ、満足そうに微笑む。 それが私の精神力耐久テスト、もとい第二の就職先での初めての一日になった。 →永遠の物語 ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- あとがき。 本丸チュートリアルです。説明ばかりになってすみません。 しかし敢えて分類するのなら薬研夢としか言いようがなかったんや・・・! タイトルからして嫌な予感がした人はご注意ください。 お察しの通り、いつものように暗いやつです。 そしてお察しの通り、薬研の兄貴が大好きです。 柄まで通されるをすっ飛ばして地金暴かれてえと思ってます。 ほんっと軽い気持ちで登録したのが運の尽きでした。 正直、もう創作はやめようと思ってたのですが熱も復活しおかげで人生楽しいです。 読んで頂きどうもありがとうございました。 2015年 3月29日執筆 八坂潤