「ああ、やっと見つけました。」

月明かりだけが細い頼りの夜の世界でも彼の人は簡単に見つかる。
彼の纏うその清澄な白は闇の中に溶けきらずに薄らと浮かび、その存在を主張していた。

すらりとした痩身に一点の穢れもない真白の着物、端麗な細面に嵌る黄金の瞳は琥珀よりも深い色合い。
鶴丸国永もまた私に気付き、軽く手を挙げて笑って見せた。


「はっはっは、また君に見つかったかな。」

「五虎退くんがそろそろお風呂の時間なのに見付からないって心配してましたよ。」

「そりゃ悪かった。こいつを仕込むのに予定より時間が掛かってね。」


綺麗な頬に付いた泥を軽く指先で拭い、スコップを肩に担いで悪戯っぽく笑った。
人物と状況と言葉から推理する嫌な予感に彼の足元を見るが、何の変哲もないように見える。


「・・・・・・落とし穴ですか。」


私からの問い、というよりも確信の言葉に大層愉快そうに金色の目を眇めてみせる。
まるで役者のような仕草に苦笑して、月光に照らされた舞台に立つ鶴丸さまにいつものように手を差し伸べる。
当然のように握り返してくる彼の人の肌もまた白く、その手はともすれば女人のようにたおやか。

たびたび部隊長としても出陣してはいるが、この美しい手が刀を握り敵を斬るとは未だに信じ切れずにいる。


「夕刻から仕込み始めたがいいが帰れなくなってな・・・うんうん、明日の畑当番の反応が楽しみだ。」

「に、逃げて畑当番の人ーーー!!!」


たまにこうして鶴丸さまはドッキリを仕掛け、そして本丸に帰れなくなって迷子になる。

本人が声高らかに語るにはどうやら鳥目らしい―――鶴だけに。
この事をドヤ顔で言われた時はギャグかと思ったが、まあ、彼を保護して本丸に連れて帰るのもすっかり慣れてしまった。

審神者の力の恩恵として、鶴丸さまのように神気の強い刀剣男士なら頑張れば居場所をなんとなく探知できる。
ただ相変わらず不意打ちには弱く、私自身も彼からはよくドッキリを喰らうのだが。


「何で毎回帰れなくなるまで仕掛けるんですか・・・日中にこっそりやればいいのに。」

「最近、人も増えてきたから誰にも見付からずに仕掛けるのはなかなか難しい。
 それに、いつも誰かに引っ張りだこの君が俺の為だけに時間を割いて探してくれるってのはなかなかいいものだぞ。」

「いや普通に声掛けろよ。乙女かよ。」


口説き文句ともとれるような台詞に努めて冷静に返し、鶴丸さまの手を引いて本丸の方角を目指す。


「それに、君の心には常に驚きが必要だ。
 君はこの場所からなかなか動くことができないから、ずっと籠の鳥をやっていると心が摩耗するだろう。
 だからこうして・・・・って驚いた、どうしたその表情は。」

「いや、完全に鶴丸さまの趣味だと思ってたので意外とまともな理由があったことに驚いてしまったというか。」


私如き籠の鳥というよりも檻のナマケモノがお似合いだろうというと思うが、手法はともかく自分の為というのは嬉しい。
完全に鶴丸さまの道楽だと思ってたので、予想外の気遣いに鼓動が早くなった。


「まあ九割以上は俺の趣味だな!」

「チッ返せよ私の純情。」


前言撤回。このお笑い芸人根性全開の男にキュンとして損した。是非利子付けて返してほしい。

儚げな容貌に反し快活に笑う鶴丸さまに、しかし心の底からの怒りは湧かない。
悪く言えば楽しくて迷惑をかけてます宣言だが、叱る気力もなく受け入れてしまうのは人柄だろうか。


「でも正直、明日の犠牲者には期待してます。」


実際、鶴丸さまの仕掛ける驚きを楽しみにしている自分もいる。
にやりと悪い笑みを浮かべれば、端麗な顔に共犯者の笑みを浮かべて返ってきた。


「それでこそ俺の主だな。」


燭台切さんが落とし穴に引っ掛かったと聞いたのは翌日の朝の事だった。
















それからまた何度か月が天に昇った晩。
秋の夜気に少し身を震わせながら、再び鶴の姿を探していた。
たまに本丸に響く大きな音は鶴丸さまが定期的に仕掛けるドッキリであり、大概は成果を見るために本人も近くに居る。

今日は新月でいつもよりも視界が悪い―――それでもあの清廉なまでの白は闇夜に浮かぶのだ。
そこだけ雪が降るように浮かぶ鶴丸国永は珍しくフードを被り、深い闇の中で立ち尽くしている。


「今日は何の悪戯を?」

「ああ、君か。またまたすまんな。」

「はいはーい。俺もいるよー。」


ひょこ、と振り返る鶴丸さまの痩身から顔を覗かせたのは小柄な少年の姿。
象牙のように白い肌と幼さの残る可愛らしい顔、淡い翠の双眸はいつも瑞々しい葡萄の実を思わせた。


「あれ、蛍丸くんもいるなんて珍しいね。二人して何の企み?」


鶴丸さまは服が白いので足から上は辛うじて見えるが、黒を基調とした少年の首から下は殆どが闇に溶けている。
かろうじて見えるのは蛍丸くんの羚羊のように伸びる白い足、鶴丸さまの足元もまた見えない。


「待った。」


近寄ろうと足を動かしかけた時に鶴丸さまから待ったがかかった。
黄金の瞳が厭わしげに地を見ながら、しなやかな手が突き出され私の進行を阻む。


「そこらは酷く泥でぬかるんでいるから来ない方がいい。俺も履物がやられた。」

「げっあぶねっ!」


慌てて足を引っ込めるとすぐに別の足音がこちらに向かってきた。
大きな音がして駆けつけてきたのだろう、薬研くんはご丁寧に抜刀までしての警戒態勢だった。

紫電の瞳がぐるりと油断なく周囲を見渡す―――鶴丸さまのドッキリの警戒だろうか。
安全を確認して静かな音と共に刀を納め、白皙の精悍な顔が心配そうに私を見る。


「大将、ここに居たのか。」

「うん。大きな音がしたから多分いつものドッキリだろうと思って、鶴丸さまを探しに来てた。」

「・・・今晩は新月だから、余り出歩かない方がいいぞ。」


薬研くんが心配するのには理由がある。
私の審神者の力は弱く、霊的な加護の強い場所に本丸を置くことによってギリギリ事足りている。
月の満ち欠けもどうやら霊力に関係があるらしく―――だから満月は調子がいいけど新月は現在進行形で眠くて眠くて仕方がない。


「ごめん。でも、だからこそ鶴丸さまが迷子になっちゃうんじゃないかと思って。」


いつもだったらもう夜まで起きていられずに爆睡しているところを、一応は今夜は起きていることができた。
以前よりは私も審神者としては成長した、ということらしい。

眠いことに変わりはないが鶴丸さまは鳥目だし、こう視界が悪いとどうにもできないだろう。
ぱしゃりと小さな水音を立てて私のすぐ近くに美しい鶴が舞い降りる。


「じゃ、薬研くんも蛍丸くんも帰ろう。」


いつも通り差し出した私の手にたおやかな手が絡むのを横目に語り掛ける。
が、薬研くんの細い首が横に振られ拒否を示した。


「いや、俺はついでに蛍丸に用があるから大将達は先に帰っててくれ。」

「そうなの?じゃあ二人とも、また明日ね。」

「おやすみなさーい。」

「身体を冷やすなよ。」


間延びした挨拶の幼い声と自分を案じる低い声に軽く返す。


「鶴の旦那も、道中頼むぞ。」

「なぁに、もう何の問題もないさ。」

「鳥目で本丸帰れなくなった人が何言ってんだ。」


私のツッコミを他所に深い紫の瞳と輝ける金の瞳が目くばせする。
何かを言外に交わす二人に、全くその意図を汲めない私は首を傾げた。


「・・・・どうかしたの?」

「いや別に。我らが主に送り迎えされるなんて羨ましいだろうと自慢しただけだ。」

「やばい超嘘くさい上に嘘にしても羨ましい要素が見当たらない。」


まあ主に言わないってことは私が知らなくてもいい事だろう。

二人を場に残して白い手を引いて暗い夜の帳を黙々と歩く。
やはり視界は悪く、簡単なものでもいいから明かりを持って来ればよかったと少し後悔した。


(何だろう、今日は鶴丸さまちょっとピリピリした感じがするな・・・)


今更私に迎えに来させることを申し訳なく思うようなタマでもないだろうに彼の口数は少ない。
まるで出陣前のような緊張感にいたたまれなくなって、適当な話題を放る。


「そういえば、鶴丸さまのそのフードって被ってるの珍しいですね。」

「ん?そうか?」

「はい、白無垢みたいで可愛いと思いますよ。」


少し深く被ったフードの下から覗く顔は面白そうだ。
確かに男の人に白無垢、というのも可笑しいがもう一つ連想した死装束みたいですねとはとても口にできない。

主に寄り添い共に死出の道を往き、そして墓荒らしの手で現世に引き戻された悲劇の刀の逸話。
そんな彼に対し死装束という単語は不吉な程に嵌ってしまう。


「本当に。なんか花嫁さんエスコートしてるお父さんの気分になってきました。」

「君は着る側だろう?どう?着てみるかい?」

「いやーはは・・・・私には縁が無いですよ、ほんと。」


自分で言っておいて空しくなるが、イケメンに対して振る話題のチョイスでもなかった。

繋いでいた手をやんわりと解かれ、おもむろに鶴丸さまが上着を脱ぐ。
やっぱり男の人に白無垢は嫌だったか、と謝ろうとした時にいきなり視界が白く染まった。

一拍遅れてあの白い着物を被せられたのだと気付く。


「ぶッ!!!?なん・・・・っ」


尋ねるよりも早く、花嫁のヴェールをたくしあげるように顔に掛かる布が上げられた。
開けた視界では鶴丸さまの端正な白い顔が間近でにっこりと笑う。


「ほら、君も俺に負けずと似合う。」

「は・・・・・・?」


長い睫毛に縁取られた黄金の瞳が優しく細められ、長い指が優しく私の頬を撫でた。
指先から伝わる低めの温度が、指の軌跡に沿って灼熱を帯びる。


「そ、そそんなことない!!白は膨張色だから、太って見えるし、」


可愛げがない。せっかく褒められているのに我ながら言うに事欠いてそれか!
いやしかし落ち着けこれは私が主だからのお世辞であって、本当にこんな綺麗な白なんて人前で着てたら公開処刑で死ねるぞ。

私の頬を撫でた細い指先がそっと額まで伸びる。


「鶴丸さま・・・?」


不審な動きに顔を上げると鶴丸さまの美しい瞳が一瞬だけ真剣な色を帯び、そしてそれはすぐに奥に消えた。
その普段とは違う痛切ささえ感じる表情に一瞬目を奪われたせいで。


「ぶへ!!!???」


―――いきなり視界が再び塞がる驚きには対応できなかった。
予告なしに一気に目深に引き下ろされたフードに色気のない悲鳴をあげる。


「はっはっはっ!驚いたか!?」

「驚くわこのびっくりじじいが!!」


私のときめき(笑)を返せ!
塞がった視界で闇雲に突き出した手足は何にも掠らず、フードを挙げれば鶴はとっくにどこかへ飛び立っていた。


「逃げたなあの野郎め・・・・」


後で一期さんに訴えてやる。
冗談の天敵であり実質的に戦方面の実権を握る皆の頼れるお兄ちゃんを浮かべて内心で毒づく。


(しっかしあんなお笑い芸人みたいな人が本当に強いのかな・・・・)


墓を暴いてまで求められたという名刀、と聞くが私的には本丸でドッキリ仕掛けているイメージが強いのでイマイチぴんとこない。
深刻な霊力不足の私でも辿れるほどの神気を放っているのだから相当なのだろうけれど。

ふと見ればいつの間にか本丸の明かりも近い。
鶴丸さまも無事に戻れただろう、と一応は安心しておいた。


(そういえば、最近本丸に雨なんて降らせたっけ?)


明かりで照らされる乾いた地面を見て、さっきの鶴丸さまの言葉に少し違和感を覚える。


「ま、いいか」


別にそんな事。とても重要な差異だとは思えない。
鶴丸さまの白い上着は羽織ったまま、欠伸を噛み殺して靴を脱いだ。





















「あのひと体良く後片付けから逃げたね。」

「ま、この光景は大将の心臓にゃ悪いだろうからな。」


誘蛾灯に惹かれるが如く集まってくる美しい蛍の光に照らされて明らかになる惨状。
一体や二体などではない、多量の肉と骨とが無残に揺蕩う血の海の中に二人の少年は立っていた。

目を閉じれば激しい剣戟の音が聞こえてきそうな戦場跡地には、その勝利者の姿は既にない。


「蛍丸はどれくらい仕留めた?」


先程主が立ち入らなかった血溜まりへ足を踏み入れれば、小さな水音と共に薬研藤四郎の靴が赤く染まる。
幻想的な緑の光と敵の殲滅の惨状は空寒くなるほど画に嵌っていた。


「いや、俺が来る頃にはもう終わってたよ。」

「成る程。」


つまりあの御仁はたった一人でこの数を仕留めたのか――自らの白装束を一切汚すことなく。
まあ流石に履物はやられただろうが、主に一切の血臭を悟らせることなく。


「・・・・・鶴の旦那は本当に鳥目なのかねえ。」


薬研藤四郎は嘆息し、さてこの惨状をどうやって主に知られずに処理するかと思案する。

紫の瞳が怪訝に見つめる血の舞台の中心部には、観客だった肉の塊と舞い踊るような足跡だけが残っていた。








































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あとがき。
補足事項
※新月は審神者の力が弱まり、常でさえ脆い結界は更に敵の侵入を許しやすい

※鶴丸国永はドッキリと称しその半分は哨戒用の罠を設置している

※罠が作動すれば即座に最寄りの刀剣男子が迎撃する 

※審神者が知らずそれにたまに引っ掛かるが殺傷能力は無いのでただの悪戯だと思っている

※ちなみに普通に趣味のドッキリ用の罠もわんさかある。
 なので審神者は自身の城が侵入されてる・そして常に襲撃に備えられてるなんて露にも思わず、
 鶴丸国永をお笑い芸人魂の強いただのびっくりじいさんだと思ってる


2015年 5月2日執筆 八坂潤


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