対価さえ支払えるのならどんな望みでも叶えてみせると目の前の商人は言う。
甘い言葉に私は躊躇い、けれど縋るような思いで願いを吐き出した。

愚かな願望にも相手は笑うでもなく無言で長い睫毛を伏せて何事かを考える素振りを見せる。


『そうですか―――では三日後、またこの時間にお会いしましょう。』


スタンプで一杯になったポイントカードを手に艶然と微笑むアズール先輩に私は頷き、そして。












約束の時刻。

モストロ・ラウンジのVIPルームにて私は緊張した面持ちで座っていた。
今日はいつものようにバイトではなく、アズール先輩と取引をするれっきとしたお客様としてだ。

目の前に座る人魚の商人の細い指の間には深い紺色の紙片が挟まっている。
スタンプで一杯になったそのカードは、私がアルバイトの傍ら時給を返上してちまちま貯めたものだ。
ただでさえ財政状況が逼迫している我がオンボロ寮は喉から手が出るほどお金を欲しているのだが、それでも叶えなければならない願いがあった。魔法の力を借りねば叶わぬ望みだった。


「さて、恋愛感情を消したい―――でしたね。」


間違いないと大きく頷きを返すとポイントカードが青い炎に包まれ燃え尽きる。これで対価の支払いは完了ということらしい。

代わりに謎の蛍光グリーンの液体が入った小瓶が机の上に差し出される。
これが私の願いを叶える魔法薬なのだろう、我ながら願っておいてなんだけど何でもありだなこの世界。
いや、だからこそ元の世界じゃ到底叶うはずもないこんな身勝手な欲望も満たしてくれる。魔法の実在に改めて深く感謝した。


「こちらをどうぞ。これは貴女の恋愛感情を具現化して取り出すことのできる魔法薬です。
 抽出した感情はこちらで責任をもって処分します。なんせ、人の心というのは扱いが難しいものですからね。誰かに拾われたら大変な事になってしまう。」

「大変な事というと・・・?」

「誰かがそれを拾い食いすれば貴女はその誰かを好きになるでしょう。
 抜け落ちた恋愛感情の分だけ心が剥落していて・・・そうですね、クッキーの型抜きに例えると分かりやすいでしょうか。」


長い指先が海を模した細い机の上ををなぞる。その軌跡はこれから抽出する恋愛感情のようにハート形だった。


「型を抜かれた心はしばらくはその隙間を埋めようと抜け落ちた感情を求めます。
 なのでその抜け落ちた恋愛感情を飲み込んだ人間がいれば惹かれてしまう―――例え数秒前までは好きでなかった相手だとしても途端に愛してしまう。」


顧客に丁寧な商品説明をしながら、艶黒子のある麗しい唇が悪女のように微笑む。
目の前にいるのが一つ年上なだけの少年という事を忘れてしまう色香に静かに肌が粟立った。


「なのでこれは禁薬なのですよ。人の感情に深く干渉するものは魔法も薬も厳しく制限されていますからね。
 貴女の願いを叶えるためとはいえ、僕も結構危ない橋を渡っているんですよ?」

「それは・・すみません。お手数をおかけします。」

「ええ。ですから対価がポイントカードだけでは足りません・・・なので話のタネに貴女の好きな人がどんな人物なのか僕に教えて頂けませんか?
 もちろん、個人情報の保護については配慮します。僕の口の固さは、よくご存じですよね?」

「ええ・・・・・」


心底嫌そうな声が口から漏れるが、目の前の商人はにっこりと微笑んだまま譲る気配がない。
アズール先輩の後ろに立つリーチ兄弟に視線で助けを求めるが、事情の分かっている二人は心底楽しそうに笑うだけだ。人でなし、いや人魚だった。


(いや好きな人がどんな人物も何も、本人が目の前にいるんですけど・・・・)


恐るべきことにこの事実を知らないのはこの場にいる人間の中ではアズール先輩だけだ。なんだこれギャグ漫画か?新しい拷問か?
せっかく告白をして玉砕をする前に片が付きそうだったのに、何が悲しくて目の前にいる好きな人間の好きな部分について語らなきゃならないんだろう、実質こんなの告白でしょう。まさか気付いているのか?

疑心満々の眼差しで相手を見るが、さぁ早くを言わんばかりに目線で促されるだけ―――うん、これは本当に単なる好奇心なのだろう。惚れておいてなんだけど嫌な人、いや人魚だった。
そんな思考が頭の隅にあるものだから、好きな人について語るというのにどうしても言葉が刺々しいものになる。


「その人は・・・頭が良いはずなのにニブちんで、お金にがめつくて、紳士ぶってるけど腹黒いし、すぐ弱みに付け込むし、変に卑屈だし、あっあと結婚したら料理の味にはうるさそうだし。」

「続けて下さい。」

「何より・・・あの人は、私みたいな何も価値のない人間には一生目を向けない。向けられないと分かっているのに、想い続けるのは惨めでイヤなんです。
 それに元の世界に戻ることになった時に、こんな感情を持っていたらすごく苦しい・・・ならいっそ捨ててしまいたいんです。この魔法の世界ならそれが叶うと、そう言ったのはアズール先輩です。」

「―――なるほど、よく分かりました。」


聞き心地の良いクラシック音楽に聞き入るように、質の良い革張りのソファーに身を預け目を閉じていた青灰色の瞳が静かに開かれる。
先程の俗っぽい好奇心はすっかりなりを潜めて、刑を執行する前の処刑人のように冷酷な光だった。


「諦めなさい。そんな男の事は・・・貴女には相応しくありません。」


想い人本人から相応しくないと言われてしまえば、全くその通りだと粛々と受け止めるしかない。
愛の告白のつもりで語ったわけではないが、こうキッパリと断じられてしまうと心が折れそうだった。ああ、実際に言わなくてよかった。

これは振られたんじゃない、こういう惨めな思いをしない為に契約をしたのだと自分に言い聞かせて、零れそうになる涙をぐっと堪える。


「そ、うです、よね・・・私も、そう、思います・・・。」

「ええ、そんな苦しいだけのものなど早く捨ててしまいなさい。―――ああ、僕を頼ってくれてよかった。貴女の力になれてとても嬉しく思います。」


さあどうぞ、と消沈する私に反し何故か上機嫌な声と共に薬瓶を差し出される。
震える手で瓶の蓋を開けると、食欲を全くそそられない外見に反し意外にも甘い匂いが鼻先をくすぐった。これが失恋の匂いということか。
あんなに焦がれた気持ちもこんなにも感じる苦しみも、この魔法の世界では小さな小瓶一つでどうとでもなってしまう。便利で少し寂しい世界だ。

もう一度、今の状態で想い人の顔を見つめる。
艶のある銀糸、どこか女性的な雰囲気さえある整った鼻梁、眼鏡の奥の色素の薄い瞳は今は深い藍色を帯びていて、ああ改めて綺麗だと思った。
痘痕も笑窪とはよく言ったもので、ひとたび恋をしてしまったのならその外見もさっき挙げた欠点でさえ何でも魅力的に感じてしまう。

けれどこの薬を飲んでしまえばもう、目の前に座っているのは銀髪で綺麗な顔を持つ計算高いただの少年に成り下がるのだ。
こんなに目の前の誰かが綺麗に見えることはもうないのだろう。いつかまた誰かに恋をするまで―――それがなるべく早いものであればいいと思う。


(アバヨ!!私の恋心!!!!!!!)


大きく息を吐いて覚悟を固め、目を強く瞑って魔法薬を一気に呷る。
甘い匂いに反して何とも言えない酷い味がして中身を吐き出しそうになるのを堪えて飲み下した。うえっ失恋は苦いってレベルじゃないぞこれ。

死にそうな顔で何とか飲み干した私にアズール先輩がぱちぱちと賞賛の拍手を送り、それに反応を返す前に胸の内に生まれる違和感にうずくまる。
心臓が燃えるように熱い、と思ったら凍えるように冷たく、それを繰り返している内に異物感が喉元にせり上がってくる不快さに喘いだ。
まさか好き(だったになる予定の)人の前で嘔吐する羽目になるのかと口元を抑えるが、労わるように促すように大きな手で背中を優しく撫でられる。


「怖がらないで下さい、それがあなたの恋心です―――さあ落ち着いて、ゆっくり吐き出して。」

「ッ・・・・げほっ!げほごほ!!!」


上辺だけは優しい声に導かれるまま何かを吐き出すと、受け止めた自分の掌に上には小さな宝石が転がっていた。
恐る恐る両手で転がすと、それは淡い薔薇色の光を放ちながらくるくると踊る。

先程の説明の通りだとすれば、この一見するとローズクォーツにしか見えないこの石が私の恋心なのだ。
こんな綺麗なものが自分の内側にあったなんて信じられなくて、我ながら感嘆の溜息をつく。こんな機会でもなければ一生拝めなかっただろう。


「恋心って、綺麗な色をしているんですね・・・もっとドス黒くて、嫌な色をしていると思っていたのに。」

「それこそ人それぞれですよ。燃えるようなルビーもあれば、憎悪に反転する寸前の黒真珠が生まれる事もある。
 一般的には相手への執着が強ければ強いほど色は深く濃くなっていく傾向にあるようです。」

「・・・・・・・、」


色の濃さが相手への思いに比例するというのなら、この石の色はあまりにも淡く綺麗過ぎる。
捨てるつもりだったものなのに何だか自分の恋心の弱さを指摘されたようで、悄然とした声が漏れた。


「じゃあ私は・・・意外と相手を好きではなかった、という事でしょうか?」

「いいえ、薄桃色はまだ芽生えたばかりの無垢なものです。放っておけば恋心が育つとともに色が変わっていったでしょうね。
 その果てがどんな色になったかまではまだ分かりませんが、まぁ傷が浅いと言えます。これならすぐに心の隙間も埋まるでしょう。」

「そっか・・・・じゃあ、苦しむ前に捨てられてよかったです。」


自分の胸元を撫でるが、こんな宝石が生まれたばかりだというのに表面上はまるで違和感がない。
けれど薄皮一枚隔てたこの内側には、ぽっかりと穴が空いたようなとしか表現のしようのない喪失感が確かにあった。

すぐに心の隙間は埋まるというが一体いつの話になるのだろう。痛みや苦しみはないが、なんだか落ち着かない。
再びこの宝石を飲み込んで今すぐ心の状態を元通りに戻したい衝動に苛まれる。これが説明にあった『惹かれる』という事なのだろうか。

静かに葛藤し苦しむ私に、アズール先輩が慈父の笑みを浮かべ救いの手を差し伸べる。


「さぁ、お約束通りそれをこちらへ。その宝石は僕が責任をもって処分いたします。」

「・・・お願いします。」


自分の恋心を、恋した相手の手で取り出されて、そして想い人の手で処分される―――なんて物語みたいに出来過ぎた話なんだろう。
まさか私が悲恋漫画のヒロインになる羽目になるとはね。なかなか笑えない。ああでも意外と悲しくないのは感情を捨てたおかげなのだろう。

美しい銀糸はただの銀髪へ、タンザナイトの瞳はただの藍色へ、誰よりも輝かしく感じていた美貌はただの美少年へ、刻々と感情が冷めるのに合わせて変化していく相手へ感情を明け渡す。
受け取ったアズール先輩は長い指で宝石を摘まみ、照明の光に透かしながら夢見るようにうっとりと目を細めた。


「とても美しいですね・・・今まで見たものの中で一番綺麗です。」

「あ、ありがとうございます・・・?でもあの、その、あんまりそういう風に眺められると恥ずかしいんですけど・・・早くそれどこかに仕舞って頂けません?」

「そうですね。他の誰かの手に渡ってしまわないように―――早く食べてしまわないと。」


えっという驚きの声が出るよりも早くアズール先輩が宝石を口の中に放ってしまう方がずっと早かった。
あんぐりと大口を開けて眺める私を横目に、白い喉が大きく動いて恋心をごくりと嚥下し冷たく微笑む。あれ?今何をした?えっ???


「ご馳走様です、監督生さん。これで貴女の恋心はもう僕の物だ。
 どんな気分ですか?好きでもない僕の事をこれから好きになるというのは?」

「は・・・・?」


未だ事態が飲み込めていない私の顔の横に手をついたアズール先輩の長い指が芝居がかった動作で自分の胸を撫でる―――私の恋心を飲み込んだのを見せつけるように。
浮かべた薄い笑みに少し苦いものが混じって、けれどすぐに加虐的な表情に反転し語気が更に強くなった。


「イヤすぎて声も出ませんか?ああ・・・逃げてもムダです。これは正当な取引の結果で、そしてこれから貴女が僕を好きになるのは変わらない!」

「・・・・・・あ、いや、その、なんていうか、」


超シリアスな空気を身に纏いお手本のような悪党面をしているが、それよりも後ろで静かに肩を震わせるウツボの人魚達の方が強く視界に入ってくる。
どう考えても笑いを堪えてるようにしか見えない・・・という事はあいつらこうなるって知ってたな。知っててこの人を放置したんだな。ほんと!そういうところだぞオクタヴィネル三人組!!

それはともかくとして今はこの状況に何と答えるべきか、一向に察する気配のない相手に渋々と白状する。


「私が好きなのは、もともとアズール先輩なので、結果として・・変わらないっていうか・・・・」

「・・・・・・・は?」


心の底から愉快そうな表情を浮かべていたアズール先輩の動きがピタッと止まる。
先程までの勢いはどこへやら、表情が漂白され虚無になったのちに一瞬で真っ赤になった。茹蛸みたいですねと素直に言わなかった私は偉いと思う。


「誰が!!!頭が良いはずなのにニブちんで、お金にがめつくて、紳士ぶってるけど腹黒いし、すぐ弱みに付け込むし、変に卑屈だし、結婚したら料理の味にはうるさそうですって!!!?
 こ、この魔法薬を作るのにどれだけ苦労したか・・・材料だって高価なんですよこれ!!!全くの無駄足だなんてどうしてくれるんですか!!!?」

「完全に自己紹介なんだよなほんと・・・・」


何でこの人の事好きなんだろう。いや、まぁもちろん理由は色々とあるんですけど。

完全に無駄足を踏まされたこと、盛大に自爆させられたことへの怒りで震える肩をまぁまぁと宥める。プライドの高い人だから余計に感情が昂るのだろう。
確かに色々と、いやかなり遠回りしてしまったがお互いに好きだと分かったのだ、これで丸く収まるはずだ。わぁ少女漫画みたい。


「ま、まぁ、アズール先輩が私の事が好きって分かった訳ですし、これで・・・」

「・・・きません・・・」

「えっ?」

「納得!!できません!!!」


アズール先輩が懐からもう一つの小瓶を取り出すと、あっさっきと同じヤバい緑色と甘い匂いだなと思う前にすぐに中身を飲み込む。
空き瓶を机の上に置いてすぐに胸を押さえてうずくまって、再び立ち上がったその手には新しい宝石が握られていた。

ただし、薄桃色だなんて控えめな色ではない―――もっと濃い、黒と見間違う程に濃く深い菫色の感情。これがアズール先輩の恋心ということ、だろうか?
アメジストみたいで綺麗だなという感想と、いやさっきの言葉を思い出すのならこれはヤバい色なのではという気付きが同時にやってくる。そしてその感情を向けられていたのが自分だという事にも。

宝石の不穏な色合いに反し前人未到の雪原のように真っ新で綺麗な笑みを浮かべる相手に、自然と一歩退いたのは間違いなく本能だ。
甘い毒林檎を勧める魔女のように優しい声色で長い指がこちらを手招く。こ、こわい。好きな相手のはずなのに絶対に近寄りたくない。


「監督生さん・・・口を開けて、くれますね・・・?」

「えっ・・・いや、あの、まさか、それ、んぐーーーーーー!!!!?」


まさに電光石火というべきか。

瞬く間に私を抱き寄せるとすぐさま口の中に宝石を突っ込まれる。
抵抗しようとする唇を塞がれて―――あっこれキスじゃんと思った時にはごくんと飲み込んでしまっていた。
異物が自分の喉の中をゆっくりと通っていう不快感、その違和感がやがて胸の中に達すると火傷するほどの熱を発し吸い込まれる。


(飲んじゃった・・・アズール先輩の恋心を、いかにもあんな身体に悪そうな色だったのに飲んじゃった・・・!!)


一体どうなってしまうのだろうと熱を発する胸を撫でていると、途端に胃が重くなってくる。
まるで燃え盛る石炭を開腹手術で直接置き去りにされたような錯覚。自分が感じていたものとは比べ物にならない熱量と重量は殺意にも似ている。なんだこれ!
遂には感情の重みに耐えきれずに身体を折ってなんとか呼吸を整えようとするがままならない。ただひたすらに苦しい。いやなんだこれマジでなんだこれ辛い!!


「お、重っ!!!!重いし痛いし苦しいしちょっとマジでこれ辛いんですけど・・・・!!?」

「貴女への僕の恋心です。」


脂汗すら滲んでくる私に反し、南の海の白浜のように爽やかな声が返ってくる。
けれどその清涼感の裏側に秘められていたものがあることを、今や身を持って思い知らされている・・・!


「ってことは待ておいふっざけんなよマジでこんなクソでか巨大感情持ってて今までどのツラ下げて私に接してたんですか・・・!?
 ついさっきまで涼しい顔してたのと同一人物とは思えねぇしマジでなにこれ今すぐ吐き出したい、く、薬、薬は・・・!?」

「薬はもうありません。アレは予備なので・・取引は完璧に遂行されなければなりませんからね。念のため、というやつです。」

「ッじゃあ、後払いでいい!後で何でもするから早く、明日にでも薬を調合して・・」

「駄目です。せっかく僕の苦しみを身をもって体感してもらっているんです―――しばらくは貴女にも是非同じ思いをして頂かないと。」

「ぅううううううううう!!!!!!」


どこかを怪我したわけでもないはずなのに、感情というものは時に実際に痛みをもたらすものだと久し振りに思い知った。
私が抱いていた恋心など甘酸っぱいというレベルではない、こんなものに比べたら綿毛に等しい。

えっこわ、この人こんなに私に感情を向けてたの?いつの間に??今までどんな情緒で生きてたのこの人!!!?100年の恋も揺らぐレベルで引いてるのに好きで怖い!!!!


「アズールはポーカーフェイスが上手ですからねぇ。」

「そーそー。伊達にウチの寮長やってないもんね。」

「うぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ・・・・・!!!」


私の悶え苦しむ姿を見ても助ける気もないくせに、言葉を発してもいない疑問にはベストアンサーを返してくるリーチ兄弟。
その自称慈悲深い親玉は床に片膝をついて、気持ち悪くなるくらい上機嫌に手を差し伸べてくる。


「さて、監督生さん。お互いの気持ちが分かり合ったところで、僕に言いたい事があるんじゃありませんか?」

「は・・・・・・?」

「たった二文字で済むんですから安いものでしょう?さあ、早く。僕はそれに『YES』と答えるだけでいいのですから。」

「はぁ・・・・・・!?」


こ、こいつ、さっきまでこんな巨大クソでか感情を私に向けておきながら!しかもそれを私に体よく押し付けておきながら!!
私からの告白待ちを・・している・・・・!?嘘でしょそっちも私の恋心を握ってるくせに!!同じく好きなくせに!!!


「そ、そちらこそ、私に何か言いたいことがあるんじゃないですかね・・・!?私も『はい』って言ってあげますので!」

「ふふっまさか!だって恋愛は先に好きだと言った側の負けじゃないですか。
 告白され愛を乞われた側が有利なのは当然でしょう?だって、僕は『応じて』『あげる』んですから。」

「はぁ~~~~~~~!!!!!?」


さ、先に告白した方が、負け?そんなルール初めて聞いたんですけど界隈では常識なのか!!?
そもそも恋愛に勝ち負けとかあるのか!?いやない!恋愛はそんなものじゃないはずだ、が・・・ぐっ胸が重いし痛い熱いしマジで何なんだこの男は!本当に!!!

今すぐこの思いの丈をぶちまけて楽になってしまいたい衝動と女のプライドが激しく頭の中で殴り合う。
そうだ、ここは私が大人になってあげれば全て解決する。念願のアズール先輩と恋人関係になって、このクソでか巨大感情も少しはマシになるだろう。

―――そう、なるだろうが。なるだろうが!!


「・・・わない・・・・」

「もう一度。よく聞こえませんでしたので。」

「絶対に、言わない・・・・!!そっちが言うまで、言うか!絶対に・・・!!」

「なんですって・・・!?」


アズール先輩の綺麗な顔に驚きと不愉快さを示す皺が刻まれる。ふははザマみろ。
後ろのリーチ兄弟が壁を叩いて爆笑しているのはこの際もういい、背景の一部だあんなの!


「バカな!!こんな、確実にYESが返ってくるんですからテストよりも簡単でしょう!!?
 何を下らない意地を張っているんですか、僕の感情を飲み込み理解したのなら一分一秒もそうしているのが苦しいはず・・ほら、早く告白して楽になりなさい。」

「あのですね!告白した方が負けとかそんなの聞かされて素直に告白するバカがどこにいるんですか!?
 もう決めた言わない絶対に言わないそっちが!私に!告白してください!!さぁ早く自白して楽になったらどうですか!!?」

「ッ・・・・ジェイド!彼女に素直にお喋りさせて差し上げなさい!」

「あっそれはズルい!ズルでしょ先輩はジェイド先輩のユニーク魔法が効かないからって・・・!!」


暴れる私を後ろから羽交い絞めにして生贄の羊の如くジェイド先輩に差し出す。
激しく首を振って拒否する獲物に対し、落ち着きを取り戻した尋問者はにっこりと微笑んだ。


「ふふ、冗談でしょう?この僕のユニーク魔法をこんな下らない茶番に使うなんて・・・お断りします。」

「な!ジェイド、くっ・・・今度お前の願いを叶えてやるから、だから今は、」

「例えこの身を引き裂かれ唐揚げにされようともお断りします。断固拒否です。」


片割れのにべもない返答にフロイド先輩は床を転がって爆笑している。こいつら笑ってばっかだな。

私を羽交い絞めにする腕がわなわなと震え、身体を反転させられたと思うと両肩を掴んで詰め寄られる。
しかしここまで来たら絶対に負けたくない私もまたそのお上品な紫のボウタイを乱暴に掴み返して至近距離で睨み返した。


「クソ!!どうして言わないんだ!たった一言だぞ!?それで全て丸く収まるっていうのに・・・!」

「その言葉そっくりそのまま返しますからねアズール先輩・・・!そちらこそ早く言ったらどうなんですか・・・!!?」

「それこそご冗談を!僕はこの程度の恋心、見事に飼い慣らしてみせますよ。あなたと違って。」

「はっはっはっ私もあなたみたいなクソでか巨大感情男には絶対に負けませんよ意地に賭けてもね!!」


ぐぐぐぐぐ、と互いに睨み合うがまるで一歩も引かない気配に同時に私達の手が離れる。
机の上に置いてあった水の入ったコップを、アズール先輩が取るよりも早く私が奪い取って一気に飲み干した。
それでこの腹の内に燃え盛る石炭のような感情が冷えるはずもないが、雑に口元を拭って行儀悪く指を突きつける。


「今日はもう帰りますが、次に会う時までに私へのロマンチックな告白の言葉でも考えておくんですね!」

「そちらこそ、床に頭をこすりつけて僕に告白をする準備でもしておくんですね。いつでもお待ちしておりますよ、僕は慈悲深いので。」

「は?絶対しませんが??」

「それはこちらのセリフです。さぁジェイド、フロイド、お客様のお帰りです。オンボロ寮まで送って差し上げなさい。」


相手の言葉を最後まで聞かずに乱暴な足取りで店を飛び出すと、まもなくすぐに双子に追いつかれる。
頭上で交わされる「どっちが先に根負けして告白するか」を賭ける楽しそうなやりとりは完全に無視して歩き、挨拶もそこそこに乱暴にオンボロ寮のドアを閉めた。












翌朝。

「私を好きなアズール・アーシェングロット先輩じゃないですか!おはようございます。何か私に言いたいことありません?」

「おや僕の事が好きだとNRC中で噂の監督生さんじゃないですか。おはようございます。言いたい事があるのはそちらでは?」

「あ?????」

「は?????」

という会話でエースとデュースとグリムを怯えさせ―――そしてまだまだこのやりとりは続くようだった。








































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あとがき。
ギャグで終わりましたが、この話には続きがあります。
いつか書く予定ですが、とんでもなく暗いので明るい話が好きな方はここで終わっておいたほうがいいと思います。


2020年8月30日執筆 八坂潤
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