みんなに比べて地味な髪と目の色がずっとコンプレックスだった。
頭もよくないし、運動神経も悪いし、顔も可愛いくない。性格も聖人とは程遠い。私には何もない。

対してあの人は天才肌で、運動神経も良くて、顔もかっこいい。私なんかとは大違いだ。
でもあの人はそれがいいのだと笑って、優しく触れてくれた。嬉しかった。

何度か会う内に、偶然ではなくこの人は私に会いに来ているのだと気付いた時に告白された。もちろん頷いた。
今まで誰かと付き合った経験もなかったし告白された事もなかったから、最初は戸惑ったけれど嬉しかった。幸せだった。彼も笑っていた。
だから彼に私の初めてを差し出すのも躊躇わなかった。・・・・なのに。

―――なのに何で、こうなったんだろう。
















「へぇ~ここがあのモストロ・ラウンジなんだぁ。学生だけでやってるなんてすごいよね」

「ホントホント!あのヴィル様が飲んでたドリンクってどれだったっけ!?カラフルでかわいーやつ!」

「もし俺もオクタヴィネル寮に入ったらここで働けんのかなぁ。でも寮服のタイがちょっとキツそうなんだよな」

「バッカお前、そもそも入れるかも分かんないのに今からそんなので悩むなよ。すみません、注文いいですかー?」


今日は学園開放日。いわゆるオープンキャンパスというもので、モストロ・ラウンジは一般のお客様で混雑していた。
いつもは制服姿の男子生徒しか来ないのに、私服の男女が店で食事をしているのはちょっと物珍しい。
男子校なのに女の子が見に来ても意味はないと思うけど、なんせナイトレイブンカレッジは超名門校らしいし、機会があれば見学したいのも道理だろう。
あわよくばこの中から彼氏に、なーんて乙女らしい下心だって分からなくもない。性格はみんな、その、個性的だけど。

そう余裕ぶっていられたのは最初のうちだけで、すぐに埋まった席と殺到する注文の波にあっという間に呑まれて息をするのも精一杯だった。
何とかランチタイムの混雑も捌いて、おやつタイムが始まるまでの僅かなスキマの時間に昼食を済ませて再び店に立つ。ああ、今すぐ部屋に帰って寝たい。


「おっ監督生くん。シシシッだいぶ目が死んでるッスね」

「そういうラギー先輩はまだ余裕そうですね・・・」

「まぁね~。これでもバイトとマジフト部で鍛えてるッスから。それにこの後の特別手当のためならなんのそのってね」


小狡さを愛嬌がバランスよく同居した顔立ちに、青灰色の瞳と口の端から覗く真珠色の鋭い歯。そして猫科の笑み。
何よりも目を引くのが、茶髪から生えるふさふさした獣耳。最近やっと見慣れるようになった、人間ではない獣人の証。
私に声を掛けてきたのはサバナクロー、ではなくオクタヴィネルの寮服を着たラギー先輩だった。

彼が他寮の服を着て店を手伝っているのは、支配人にその有能さを見込まれてヘルプを頼まれたからだ。
実際、スポットで手伝うラギー先輩よりも私の方がトータルの時間としては長く働いているはずなのに、その手際の良さと仕事っぷりは比べ物にならない。ちょっと落ち込む。


「まぁ実際、ジャックくんもいりゃもうちょっとラクできたのに。誘ったけど断られちゃって」

「理由がなきゃジャックは来ないでしょうね・・・お金に困ってる様子ないですし。前に働いた時はすごく有能だったってアズール先輩が褒めて、」

「――――!!、―――!」


他愛のない世間話に突然割り込んできた、何かが割れるような破砕音に自分の肩が大袈裟に跳ねる。
ラギー先輩は私ほど大きな反応を見せなかったけれど、手はポケットの中の何かを握って視線を音の発生源へ走らせていた。おそらく握りしめているのはマジカルペンだろう。
それに倣って首を動かすと、店の入り口で女の人が従業員になにごとかを詰め寄っているようだった。足元には光る破片。潮が引くように周囲が静まり何事かとささめき合う。


「・・・・・・なにごとでしょう、ラギー先輩」

「さぁ?相手はフロイドくんに用があるみたいッスけど」

「フロイド先輩に?」


私にはよく聞こえないけれど、人間よりも耳が良い獣人のラギー先輩がそう言うのならそうなのだろう。
そうなのだろうが、トラブルの原因として挙げられた恋人の名前に戸惑う。あまり良い意味ではなさそうだけど、いったいあの人とフロイド先輩との間に何の関係があるのか。

私よりも長身のラギー先輩を盾に相手を遠目に観察する。もっと近寄って会話内容を直で聞きたいけれど、野次馬根性を見咎められるのもイヤだ。


(・・・・・・・・・・・・)


相手の女の子は黒髪に黒目。そしてこう言っちゃなんだけど少し地味な顔立ちだ。年は同じくらいだろうか。
何かを懸命に訴えているようだけど、全神経を五感に集中させても外の水の音に邪魔されてやっぱり分からない。店の入り口から一番遠いこの位置が悪過ぎる。


(女の子・・・・トラブル・・・もしかして浮気・・とか・・いや、でもフロイド先輩はまだ陸に上がって一年で、しかも全寮制の学校に通っているから出会いとかないはず。
 それにあんなにかっこいい先輩ならならもっと可愛い子を狙えるはずだし、一体どういう繋がりがあるんだろう)


仕事そっちのけではらはらと見守る私に、ハイエナの獣人は意地の悪い顔を浮かべてみせる。


「どうしたッスか?そんなに慌てちゃって。やっぱ監督生くんも他人のトラブルには興味津々ッスか?」

「ま、まぁ正直気になりますね」


私達が付き合っていることは当然みんなには伏せているので、恋人としてではなく、さも好奇心が抑えきれないという体を装って頷く。
ここで違うと変に言い張ると変に突っ込まれてボロが出そうだし、あのサバナクロー寮の実質No.2とされるこの獣人は抜け目がないのだ。

そうこうしている内に奥からアズール先輩が出てきて、少し会話をした後に二人して店VIPルームの方へ消えていった。
トラブルの原因が消えると店内の雰囲気も自然と回復してくる。最初は何があったのかを探るような会話から、普通の談笑へ。私の心だけがざわざわしたまま。


「ま、フツーに考えてクレームでしょ。必要ならオレらにも内容が共有されると思うッスよ」

「そっか・・・苦情かぁ・・・飲食業だし、ありますよねそういうのも」


すっかり良くない方向に考えてしまっていたけれど、なるほど確かに納得した。
ここの支配人ときたら店の経営にだけは誠実だけど、それだって完璧という訳じゃない。予期せぬクレームだって入るだろう。

ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、視線の先でお客さんの手が上がり、オーダー表を手に足早に歩く。ラギー先輩は別のテーブルへ歩いていく。
店の入り口もまたざわついてきた。時計を見るとそろそろ午後のおやつの時間が始まる頃合いだった。また忙しくなる。


その後は大きなトラブルもなく、大繁盛の中で無事にモストロ・ラウンジの営業時間が終わった。
最後の店の終礼でも例のことについては触れられることなく―――長い長い一日が無事に終わろうとしていた。




























天高い空に月が輝く頃、私とフロイド先輩はオンボロ寮への道を歩いていた。
191センチの長足とこの短足とではコンパスが違う。普通にしていると当然置いて行かれるけれど、ぴったりと寄り添うように隣を歩いてくれている。
最初の内は相手の歩幅についていくのに必死だったのに、今では私に合わせてくれているのだ。愛を感じてちょっと、いやかなり嬉しい。


「先輩、一緒に来てよかったんですか?今日の締め作業って大変だと思うんですが・・・」

「いーのいーの。店よりも小エビちゃん放っておくほうが心配だし」

「そうですか・・・えへへ、ありがとうございます」


恋人からの気遣いに照れる私を色違いの双眸が柔らかく眺めて、薄い唇が緩やかな弧を描く。愛しいものを見つめる顔に照れ臭くなるけどもちろん悪い気はしない。

付き合ってからというものの、こうしてバイトの帰り道は寮まで必ず送ってくれるようになった。
私にとってはいつもの道だし、学園内だからそうそう不審人物もいないから大丈夫だと思うけれど、でもこういう気遣いは嬉しい。思わずスキップしたくなるくらいの愛を感じる。しないけど。

激務だったにもかかわらず上機嫌そうな人魚を横目でじっと見つめる。
このまま何も聞かずに平穏に終わらせるという手もあるけれど、恋人としてはやっぱりあの騒動が何だったのか気になる。
面倒事を追究するなんて鬱陶しい女だと思われないだろうか、いやでも疑いではなく好奇心という体であればいいか・・・?何より愛されているので、この程度では嫌われない・・・はず!


「・・・そういえば。今日お店の入り口で揉めてましたよね?何かあったんですか?」

「あー、アレね。俺が接客した時のクレームだから小エビちゃんは気にしなくていいよぉ」

「なるほど・・・」


やっぱり、いくら真面目にお店をやっていてもそういう手合いは出てくるらしい。アズール先輩も大変だ。
フロイド先輩の気分屋は学内では有名だから接客にムラがあっても諦めがつく生徒は多いけれど、外部のお客様はそうはいかないだろう。気分が乗っている時は最高に感じが良いんだけど。


(やっぱり浮気なんかじゃなかったんだ!よかった‥本当によかった・・・だってあのフロイド先輩が浮気なんてする訳ないもんね)


不安が取り除かれると、手を繋いでいてもおかしくないこの距離が気になる。
相手の歩幅に合わせてゆらゆらと揺れる大きな手は波のように私を誘っているように見えた。


(そろそろ手を繋いでもいいのかな・・・)


手を繋ぐくらいのことは恋人同士なんだから普通だと思う、けれど慎重になるのには理由がある。

ダメ元でフロイド先輩に告白して、「本当は俺の方から告白したかったのに」と唇を尖らされるもまさかの成功。
そうして付き合い始めてからまだ間もないのは確かだが、未だに手も繋がないという、不安になるくらい清過ぎる関係を続けている。
どう考えてもおモテになる外見をしていらっしゃるものだから、てっきり・・そう、恋愛関係は手慣れていると思ったのに、どうやらそうでもないらしい。


『陸のレンアイには慣れてねーからもうちょっと待って』


普段の獰猛な姿からは想像もつかないほどしおらしい言葉と、白い頬を桜色に染めるいじらしい姿には思わず二度見したものだ。
『陸の』という前置きは非常に気になったけれど、でもこの外見で海でも誰とも付き合っていませんは嘘くさすぎる。責めるよりも正直を褒めるべきだろう。
それにポジティブに考えれば『陸の』最新の恋愛は私という事である。ならそれでいいのだ。


(私なんて陸海空問わずに恋愛経験なんてまともにしたことないし・・・こういうタイミングが分からないんだけど・・・・)


フロイド先輩の言葉に相槌を打ちながらも意識は大きな白い手にばかり向いてしまう。嫌がられるか!?いや恋人なんだからセーフのはず。ええい、ままよ!


「ていっ!」

「っと、小エビちゃん?」


海で獲物目がけて銛を放つ猟師が如く、相手の無防備な手を強襲してしっかり掴む。人魚の体温はとても冷たい・・・のではなく、私が緊張して熱いだけかもしれない。分からない。
当然ながら自分よりも大きな手にドキドキしながらぎゅっと握ると、以前に債務者をぶん殴っていた時の力と違う優しい力加減で握り返された。また愛を感じて心が温かくなる。


「えっと、すみません。その、手を握りたくて・・・ダメでした?」

「ダメじゃないけど、でもタイミングが悪かったかも。だってもうオンボロ寮の前だし」

「えっ!!?あっ!!!!!!」


視線を上げるとすっかり第二の我が家となりつつあるオンボロ寮が柵の向こうに建っている。もうこんなに歩いていたとは、先輩の手に夢中で気付いてなかった!
自分の決断と行動の遅さにうぬぬと唸っていると不意に抱き寄せられる。もちろん、いつもの暴力ではなく恋人同士の優しい力加減で。


「はい、ギューーーーっとね」

「あわわわわわわ、」


手を繋ぐどころかハグされている。いや、先輩に抱き寄せられるのは初めてじゃないけど恋人同士になってからは初めてというか、展開が早いというか!?

しばらくそうしてから自然と体が離れて、先輩の長い指に頬を柔らかくなぞられてびくりと身体が跳ねる。
この雰囲気は、私みたいな恋愛弱者でも分かる。これは、来る!?キッスされる!!?陸のレンアイには慣れてない云々はどうしたんですか先輩!!?

石のように固まったままの恋人を見て何を思ったのか、美しい顔の人魚はしばらく頬を撫でていたが、ぱっと手を放して微笑む。


「やっぱ、やーめた」

「えっ?うわっ」


親が子供にそうするようにぐしゃぐしゃと頭を撫でられて目を白黒させる。さっきまでの桃色の雰囲気はどこかへ霧散してしまった。
でも私を見下ろす人魚の表情は愛に溢れて優しくて、その温かさに心臓がくすぐったくなるけどそわそわする。先日までは手も繋がなかったのに。


「小エビちゃん、まだ心の準備できてなさそーだったし。でも、今度はするからね」

「う、ウン、よろしくお願い、します」

「じゃあまた明日ね~おやすみ、小エビちゃん」


もう一度私をぎゅっと抱きしめてから、踊るような足取りでフロイド先輩は元来た道を去って行った。
その様子から、相手も自分と同じくらいに、もしかしたらそれ以上浮かれているのが伝わってきて自然と笑顔になってしまう。


(い、いきなり色々と進んじゃった。でも、嫌じゃなかったし、むしろ嬉しかったし、)


彼の言っていた『もうちょっと待って』がやっとアンロックされたらしい。
明日からはもっと恋人っぽく振舞って、扱ってくれるのだろうか。まだ私はちょっと慣れないけれど、でも嫌な感じはしない。何が起こるのか楽しみでドキドキする。


(よし、私も頑張って先輩をキュンとさせるぞ!)


鉄柵の門扉を開けて、オンボロ寮までの古い石畳を跳ねるように歩く。
出迎えてきたグリムに呆れられるくらい緩んだ頬を指摘されたのは恥ずかしかったけれど、しばらくはこのままだろう。

だって私達のレンアイはこれから本格的に始まるのだから!

































「たっだいまーーー!!」

「おかえりなさい、フロイド。ご機嫌ですね」


モストロ・ラウンジの奥、許された者しか入れないVIPルームのドアを勢いよく開く手と元気な声。
自分の片割れの帰還に、それまで書類と睨めっこしていたジェイドが視線を上げた。奥で作業をするアズールは顔を上げる事すらしない。

上機嫌な人魚はくるくるとその場で回ってからソファーに仰向けに転がり、向かいの片割れにニコニコと無邪気に笑う。


「わかる?今日やっと小エビちゃんのことぎゅーってして、そしたら顔真っ赤にして固まって、すっげえかわいかったの」

「おやおや、可愛らしいですね。」

「でしょ?あーもっとぎゅっとしとけばよかった!でも小エビちゃん、まだそういうの慣れてなさそうだし、あーあ。もっとぎゅーっとしたいなぁ」


黒い革張りのソファーを長い指で撫でながら、初心な恋人をのろける少年の姿は世間一般にはいじらしく映るだろう。
だが、その弛みきった空気を冷たく裂くような低い声が放たれる。


「どこが可愛らしいんだ、この浮かれウツボが」


それまで沈黙を守っていた部屋の主がやっと顔を上げる。
学園でも指折りの実力者とされる少年の怒気に普通の人間ならば身を竦ませるところだが、この幼馴染達はどこ吹く風だ。
普段の優等生ぶった態度とは違い内心の苛立ちを隠そうともせず、指先で机の上を叩く北海の流氷の瞳は凍え、そして爆発した。


「お前は!あれほど!厄介ごとは持ち込むなと言いましたよね!?」

「えー昼間の件はもう謝ったじゃん。だいじょーぶ、アズールが心配するようなことはしてないよ」

「ええ、僕の兄弟がそんなヘマをするはずがありません」

「お前達は・・・・・!」


そこまで言ってからアズールは自身が手に持つ書類を破れそうな勢いで握り込んでいた事に気付き、机の上に置いて丁寧に皺を伸ばす。


「それに忘却薬使ったからちゃーんと俺のことは忘れたんでしょ?ならそれでいいじゃん」

「よくはない!アレはサムさんに無理を言って研究用に取り寄せてもらった貴重な魔法薬だったんだ!それを、お前、こんな事で、」


言葉にしたことで感情が限界を越えたのか、頭痛を堪えるようにこめかみを抑えながら天を仰ぐ。
艶やかな銀髪の頭の中では店の評判への心配と経済的打撃と貴重な魔法薬の損失というショックが重なって響いているらしい。
そんな支配人の胸中など知った事かと言わんばかりに、元凶とその兄弟はのんびりと会話を続ける。


「しかしフロイドには驚きました。まさか他の女性で陸の恋愛の練習をしてくるだなんて」

「海でも陸でもそう変わらないだろ・・・だいたい、海でもしょっちゅう言い寄られてたのにわざわざ練習なんて、・・・・、頭が痛い。下らない」

「えーーーーーーー!だって、小エビちゃんのこと大事にしたいし、傷付けたくねーし・・・」

「別の女性は傷付いたようですがね」

「そうそう、だから小エビちゃんを傷付ける前でよかった」


大切な恋人を傷付けなくてよかったと安堵の息を吐いてほっとしてみせる姿は傍から見れば微笑ましいものだろう。その裏側を知らなければ。


「今までと同じやり方だったら嫌われてたかも。その分対価としていっぱい楽しいこともしてあげたし、ちゃんと対価のルールは守ってるでしょ」

「・・・・・・・・・・はぁ」


鼻歌交じりに寝そべったままの足をぶらぶらと動かしながら、全く反省する気配のない幼馴染にアズールは良心ではなく自己保身からジェイドに声を掛ける。


「おい、お前の兄弟だろ。何とかしろ」

「なぜ何とかする必要が?好きな相手を傷つけたくないなんて、とってもいじらしくて可愛いじゃないですか。そう心配しなくても、もうフロイドにはもう必要ないでしょう」

「・・・・・・・・・・・・・はぁ」


どう考えても時空が歪んでいるとしか思えない二人の認識を、正すことができるかもしれないのは自分くらいだろうとアズールは考えた。
だがもう起きないというのなら自分の利益に関係はないし放置でいいだろうと合理的に結論付ける。無駄な労力を厭うともいう。


「もういい。お前達と会話をしていると頭が痛くなってくるからとっととフロイドも締め作業を手伝え」

「いーよぉ。今気分いーし、ちゃっちゃと終わらせよ」


それまでソファーと一体化していた身体がすっと立ち上がり、机の上に散らばる書類とタブレットを交互に睨めっこしながら猛烈な勢いで仕事を処理していく。
普段なら嫌がる地味な事務作業だが、こうなった時のフロイドが強いことは二人もよく知っている。三人の手がそれぞれの作業のために動かされる。


「監督生さんにも内密に処理してあげたんです。この対価はきちんと頂きますよ」

「はいはい。あ、ねぇ来週末に小エビちゃんをデートに誘いたいから俺シフトパスね」

「それは構いませんが、代わりの者はきちんと見つけておいて下さいね」

「オッケー。その辺のヤツ絞めて連れてくねぇ」


傍から聞くと物騒な返答だがそれを咎める良心の持ち主はここにはいない。
自称、そして他称『いじらしい』人魚は今日の出来事なぞさっぱり忘れて、来週の恋人とのデートのことで頭が一杯になっていた。








































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あとがき。
れらかむさんからのリクエストで書かせていただきました。
内容は「フロイドの事が好きな夢女(セフレ)が両思いのフロ監に負ける話」です。
冒頭の女の子はフロイドが街に外出した時に声を掛けました。彼女はフロイドが人魚だという事も知りません。必要がないので。


2021年8月1日執筆 八坂潤
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