「あれ?ダンテもう出かけちゃうの?そんなに急ぐ仕事だったっけ?」 週休六日をうたっている程の怠け者の彼が仕事とはいえ朝早くから起きている。 珍妙レベルはツチノコ目撃例くらいだろうか。 さすがに発見までは至らない程度だとは思うけれど、とにかく珍しい。 微妙に眠気の残る眼をこすりながら彼を見送るべく私は玄関に立つ。 「急に裏の仕事が入ったんだよ―――今すぐ来てくれとさ。」 「珍しいねえ、ダンテがそんなにやる気を出しているなんて。」 「仕事をさぼると誰かさんが怖いからな。」 「・・・・それって私に対するイヤミ?」 もちろん、とわざとらしく音を立てて髪の毛に口付ける彼に私は特に何の反応もせずされるがままだ。 反応が面倒臭い。 というかもう、慣れた。 この程度のスキンシップでどきどきしていたら(いや、普段ならするけど今は眠い)身が持たない。 彼はしばらくされるがままの私でじゃれていたけれど、壁掛け時計を見て手を離した。 「じゃあ行ってくる。イイコにしてたらご褒美やるからな。」 背中にいつもの大剣をひっさげ彼はドアノブに手をかける。 「・・・・・ねえ、ダンテ。」 「ん?」 いつもの光景なのに何故だかダンテが遠く感じられて不安になった。 私の声の微妙な感情の揺れを察したのか、ダンテが振り返ってくれる。 「・・・・・・いってらっしゃい。気をつけてね。」 これから命を賭けた仕事に出かけるのに私なんかの心配をさせちゃいけない。 心の誤魔化す為に微笑みを浮かべ彼を見送る事にする。 それに気付いたのか誤魔化されたのかはわからないけれど、軽く手をあげて答え赤い背中が去っていく。 扉が閉まった後、一人小さくため息をついて不安に耐える。 しばらく悶々と頭を抱えていたが、立ち上がりおもむろにいつもダンテが座っている革張りのソファー椅子に腰かけた。 ――――この場所は安心する。 回転式のその椅子でくるくると回っていたが、やがてじわじわと押し寄せてきた睡魔に身を委ねる。 さっき目が覚めたはずなのに眠くなってしまうのはいつも感じている彼の匂いがあるからだろうか。 (・・・・ここで眠って涎の一つでもこぼして困らせてやろう。) 彼が帰って来た時にどんな顔をするだろうと少しだけ頬を緩ませながら。 『―――ネロ、任務だ。今から指定する場所に住んでいる女をここへ連れて来い。』 『要は俺に人を攫って来いって事か?そんなことしていい訳ないだろ。いつからここは人攫い屋になったんだ?』 『相変わらずはっきりものをいう奴だ――――が、まぁそうなるな。 だがその女は悪魔に加担している邪悪な重罪人だ。放っておくわけにはいかん。』 『・・・・・・何でわざわざ連れてくる必要があるんだよ。その場で斬れば気のすむ話だろ。』 『そうはいかない。これは教皇様のご命令だ――――行ってくれるな?』 「どうせ断る事なんてできやしないんだろ・・・・ったく。」 不機嫌そうに夜空の星の色の髪を持つ男は扉の前で呟いた。 スラム街に位置している場所柄か、人通りもまばらな通りで先程から視線を感じるのも不機嫌さの上昇に一役買っている。 確かに自分の薄氷色の目の色はともかく、銀髪に背中には大きな剣というのは人目を引くのに十分なのだろう。 途中、何を勘違いされたか数人の人間に襲いかかられたが軽くあしらってきた。 そしてやっと指定された住所の場所に辿り着いたはいいものを、任務の内容が内容だけに気が乗らない事この上ない。 (とっとと終わらせてさっさと連れて帰るか・・・・・) 陰鬱な雰囲気を振り払うべく、ドアノブに手をかけて溜息を漏らす。 背中の剣と腰の愛銃の存在を確かめ相手が抵抗してきた場合を想定する。 悪魔に加担しているとはいえ、相手は人間でしかも女だ。 なるべくなら武器を使う事なく傷つけることなく連れて行けたらいい。 だが連れて行った後、女はどんな目に遭わされるのだろうか。 そこをいくら聞いてもクレドは答えてくれなかった―――どのみち、良くはならないだろう。 「・・・・・・・。」 本格的に乗り気じゃなくなった自分の気を晴らすようにドアノブを握る右手に力を込める。 ごきり。 鍵がかかっているはずのドアノブが回り、扉を開く。 いつもは鬱陶しいだけのこの腕もこういう時だけは役に立つ。 なるべく足音を消して屋内へと猫のように軽やかに侵入する。 ――――建物の中からは音がしない。 こちらの動きを読まれたのだろうか、だとしたら少し厄介だ。 この仕事はあいにくいつものようにばっさり斬ってハイおしまい、という簡単なものではないからだ。 音も気配も消したまま更に中へと侵入すると、デスクの椅子から何者かの気配がした。 回転式らしいその椅子は今はこちらには向いていない為に視認することはできないが、確実に何かはいる。 愛銃を左手で触って確かめながら若干スピードを上げて近付く。 「・・・・・・・ッ」 椅子を力任せに向かい合うように回転させ、銃口を頭の位置に押し付ける。 ここで悲鳴を上げられることを防ぐために掌で口を塞ごうとするが、目の前の人間の様子に拍子抜けして思わず脱力する。 そこには情報通り、女がいた。 この国には珍しい黒髪を持っているという事は東洋人だろうか。 だが、それよりも。 「寝てる・・・のか・・・・?」 場の緊迫した雰囲気に合わないその様子に思わず呟いてしまう。 だがその音に反応したのか、女の身体が少し身じろぎをして髪と揃いの色の瞳が見開かれる。 「・・・・・・!」 「誰・・・・?ダンテ・・・・・?」 まだ半分夢見心地なのか、伸ばした色の薄い手が何かを求めてさまよう。 どうすべきか迷っている内に女の手は自分の銀髪に触れ、撫でていった。 一瞬どきりとすると共に違和感が襲いかかる。 想像とは違う上に話とも違う。 とても悪魔に加担しているような人間には見えない女だ。 まるで何も知らない子供のような無垢さがそこにはあった。 「・・・・・違う。これは、ダンテじゃない・・・・・?」 ぼそり、と呟いた後に自分の言葉に驚いたように少しずつ意識が覚醒していく。 こちらが声をかける前に意識は完全に回復したようで、顔が赤くなったかと思うと一気に青ざめていった。 「う、わ・・・・ちょ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! 見ず知らずの他人の御方に何というか馴れ馴れしいって言うかすみません今の忘れてください!!!」 「あ、いや・・・・・」 泣きそうな顔で再び真っ赤になった女の顔が全力で後ずさる。 慌ててこちらも半ば反射的に銃を降ろし背中に隠した。 「・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・。」 すさまじいまでの静謐。 息も詰まるほどの互いの気まずさから一切の音が聞こえない。 時計の針の進む音が虚ろに響いた。 「・・・・・あの、ええと、本当にごめんなさい。 銀髪って結構いやかなり珍しい髪の色だからてっきりダンテとバージルしか私は知らなかったというか・・・その。」 そこまで一気にまくし立ててから、自分の言葉にうなだれる。 けれどそれは恥ずかしさからでは来るものではなくどこか寂しそうな顔をしていた。 事情が分からない俺は、何故悲しんでいるのかすら分からないからどうしようもない。 それに彼女も気付いたのか、また気まずそうにそして悲しそうに微笑む。 その表情を見た時、右腕が微かに震えたような気がした。 「えーと、それで貴方は何の用ですか?ダンテなら今はいないのですが・・・・」 「ダンテ?」 だっきから飛び出しているこの単語は人物名には相違は無いだろうが聞き覚えのない言葉だ。 「そうですよ、私は単なるダンテの同居人なのでそういう事は何もできないのであしからず。 ・・・・それとも便利屋に依頼がある訳じゃないんですか? もしかしたらダンテみたいに大きい背中を下げてるし、貴方も同業者とか?」 「ああ・・・・」 ダンテというのは彼女の同居人らしい――――同業、というのはわからないが。 ということはその同居人とやらが出かけている今の間に任務を済ませた方がいいという事だ。 けれどその手がどうしても躊躇われる。 相手は武術の達人という訳でもない、絶望的なまでの一般人だと一目でわかる。 そして悪魔に加担するような邪悪そうな人間でもない事は分かった。 アイツらは、これを攫って来いと本当に言ったのか? 脳裏で家族も同然に育ったキリエの姿が過ぎる。 何の咎もなさそうなこの女を本当に攫わなければならないのか? 「・・・・・もしもし?大丈夫ですか?顔色が悪いですよ?」 「ああ・・・・・」 「えーと、とりあえずコーヒーでも淹れてくるのでちょっと待っていてください。」 立ち上がって机の上に散乱していた書類と思しき紙の束をまとめようと手に取った彼女が小さく悲鳴をあげた。 視線をやると紙で手を切ってしまったらしく、指を押さえて痛みに顔をしかめている。 白い指先からは真っ赤な血が珠のように溢れていた。 赤い赤い深紅の血。 (・・・・・・何だ?) ぞくり、と自分の肌が粟立つのがわかる。 自分の右腕が無性に疼き、視線は血が流れる彼女の指から離れない。 どくんどくんと自分の心臓が早鐘のようになり耳の奥がきぃんと痛む。 自分の思考がどんどん透かしの何かに浸食され犯され霞がかってくるのが分かった。 何故かはわからない。 けれど、その感覚に身を委ねると心地の良い――― 「・・・・・・そういえば」 彼女の声がぼんやりと微かに聞こえる。 「鍵をかけていたはずなのに、どうやって貴方は入って来て・・・・」 「――――」 最後まで言わせはしなかった。 その細い肩を掴み身体ごと床に叩きつける。 恐怖混じりの驚愕の表情をした彼女の表情が瞳に映った。 だが表情は一転、恐怖を乗り越えた闘争の表情へと変貌する。 「私だっていつまでもされるがままになったりしないって・・・の!!」 伸ばした手が床に転がっていた黒鉄の銃を握ろうとする。 それにいち早く気付いた俺の手が小さな女の頭を掴み力任せに床に叩き伏せる。 「あ、ぁぁ・・・う・・・・・・」 脳震盪を引き起こし焦点の合わない瞳でこちらを見上げる。 気絶してもおかしくない程の攻撃を喰らっておいてなお意識があるのはさすがと言うべきだろうか。 しかし動けはしないらしくほぼ無力化した身体から、未だ血が赤い珠を作っている指を掬いあげる。 そしてその血をそっと舌でなぞり口の中に含んだ。 ああ、なんて甘い。 「だ、んて・でも・・・ばー、じる、でもな、い・・・のに・・・」 「・・・・・・・・」 「あ、なたは・・だれ・・・・?わたし、どう、なる・・・の?」 「――――俺はネロだ。目的は、あんたを攫ってくること・・・悪く思うなよ。」 自分でも驚くほどに冷たい声で女の眼を手で覆う。 放っておけば確実にこのまま意識を手放すであろうその身体に触れると、右腕に痛みが走った。 まるでこの女を連れて行かせまいと右腕が反抗しているかのように。 だがそれを無視して抱き上げると、悪魔の腕に先ほどの痛みとは違う小さな疼痛が走る。 それは歓喜にも似たような、それでいて悲嘆のような。 (・・・・にしてもさっきのは何だったんだ?) さっき自分が取った行動が我ながら信じられない。 なぜあんなことをしたのかと自分に問うても答えが出てこない。 強いて言うならこの悪魔の宿った右腕に関係があるようだが――― 「・・・・・・・。」 まぁいい、今はその問題は置いておこう。 今まで人の血を見ても反応しなかったし、さっきのはきっと何かの間違いかもしれない。 もしくはこの女が原因なのか。 ・・・・・とりあえず、今考えていても結論が出そうな問題ではない。 それにさっき話していた同居人とやらが戻ってきても厄介だ。 女の体を抱き上げたまま二階の窓から飛び出し、屋根伝いに落ち合うべき場所へと急ぐ。 先ほどから絶え間なく襲いかかってくる腕の痛みと罪悪感に顔を少し歪めながらも彼は街へと躍り出た。 その後、この場所に戻ってきた赤い悪魔は。 NEXT→ ----------------------------------------------------------- あとがき。 『Miniature garden of the glass』・・・硝子の箱庭 クガネ様のリクエストを採用させていただきました、ありがとうございます! ダンテ&ネロでDMC4夢かつ連載夢に御満足いただいている(本当にありがとうございます・・・!)、という事だったので DMC4夢の予告みたいなものを書いたはいいのですが ダ ン テ の 出 番 が 絶 望 的 に な い 件 に つ い て 本当は4のネタを絡ませられれば良かったのですが八坂は4をやった事がないので・・・申し訳ない 4はプレイ動画を追った程度の知識なので、間違った点があるかもしれませんが目をつぶっていただけると嬉しいです。 補足しておくと、ダンテの急な呼び出しは教団の工作です。 あとネロの右腕の怪力なら扉をこじ開けるくらい容易なことなんじゃないかと勝手に想像。 攫った理由はダンテに対する牽制と人質的な意味で ネロの右腕はお兄ちゃん説を信じて書いてみましたが、実際のところはどうなのでしょうか そこら辺は曖昧でしたよね・・・焦らすな●プコン! PS3でもXbox36でもいいからウチに降ってこないかな・・・ 買えば済む話だけど、今は東方とモンハンで満足してしまっている八坂がいる・・・・・モンハン恐ろしい子(既に60時間越え やりたいソフトがメタルギア4とバイオ5以外に特にはないというのも絶望的だ・・・・・・ それでは、10万打どうもありがとうございました! 2008年 5月31日執筆 八坂潤