光が鎮まると、まず目に入ったのは見知らぬ天井。
先程までのものとは違う、朽ち果てていない真新しい白い空。

そして足元を見ると今しがた開いた本と同じ装丁のものが転がっている。

更に視線を彷徨わせるとたくさんの本が収められている過程の本棚と抱き合う二人の男女が目に入った。

女の方は見慣れない東洋人で全くと言っていいほど顔に覚えは無い。
鳩がバズーカ砲をくらったような呆然とした顔でこちらを見ている。

男の方はいつか見た青い背中と自分と同じ銀の髪を持っている。


「あ、れ・・・・ダンテ?どうしたのこんな所で・・・」


―――女の方はこっちを知っているらしい。

だがこちらには残念だが全くと言っていいほど見覚えが無い。
まぁ自分が有名なのは拾重自覚している事なので別に驚く事でも無い。

だが、次の言葉でダンテの瞳は大きく見開かれる事になる。


「大丈夫そうだよ、バージル。何故かこの部屋にダンテが出てきただけ。」

「・・・・・・・・。」

「バージル・・・・!?」


バージル。

どうやら女を庇っていたらしい青い背中が動き、無言で女にデコピンを喰らわせた。


「いぃっっっっったあああぁぁぁぁあぁ!ちょ、何すんのよバージル!!」

「元はと言えば貴様が人の話を聞いていなかったのが悪い。
 そんな耳はついていても無駄だからこの場で斬り落としてやろう。」


傍らに置いてあった日本刀を手にすらりと抜き放つ。
あの日本刀は―――間違いようがない、背中のリベリオンと同じく父の形見である閻魔刀。


「ギャー!どこぞの日本昔話よそれ!!
 謝る!謝るからそれだけは勘弁して下さい!?ごめんごめんごめんごめんごめんごめんなさい!!」

「何を言っているのか聞こえん。」

「ひぃ!仕返しされた!!お願いだからゆっくり刀をこっちに向けないで怖いから!!!」


どんな形相をされているのかはすっかり委縮してしまっている女の顔を見れば容易に想像がつく。
もはや隠そうともしない殺意がいっそ相手への憐憫を誘う。


「ダンテも見守ってないで何か言ってよ!・・・・・あれ?」


今にも泣きそうな表情でこちらを見た女の顔が不思議そうに傾げられる。


「ね、ね、バージル。何かあのダンテ変じゃない?」

「貴様・・・・良い度胸だな・・・・・?」

「いや、本当だって!だってあのダンテが服をちゃんと着てるのよ!?」

「おいおい・・・そりゃないぜ。」


そんな事で疑問に感じられるのもどうかと思うが(確かに昔はそうだったが)青い背中がこちらへと振り向く。

そこにはかつての自分と瓜二つの顔があった。
同じ銀髪に同じ碧眼、違うのは俺はこんな形相を女に向けたりしないってところだ。


「バージル・・・・お前、生きてるのか・・・・・・?」

「生きているのか、だと?」

「げ。」


ゆっくりと立ち上がるバージルの背中には殺意で蜃気楼が見えるような気さえする。
先程まで苛められていた女がカエルの首を絞め殺したような表情と声を出した。

こういう些細な冗句で怒るのも全くもってアイツにそっくりなんだが・・・・

だが、アイツは死んだはずだ。
それは当事者である自分が誰よりも知っている。


「となるとコレは悪魔の仕業、か・・・・?」


都合の良い幻覚でも見せられているのだろうか。
だとしたら急に場所が変わったのも死んだはずの兄が生きているのも見知らぬ女がいるのも説明はつく。


あの女は、何かがおかしい。

挙動とかそういうものではなく、それは彼がデビルハンターであるが故の一種の確信だった。
自分の人間ではない部分がざわざわと刺激されるような感覚がある。
これは、きっとあの女にも何かがある。


「あー・・・・あの、二人とも、言っても無駄なような気配がそこはかとなくするけどケンカはやめよう、ね?」

「黙っていろ。」


にべもないバージルの言葉。
女は一瞬だけ息を詰まらせたが予想はしていたのか特にひるむ事もなくこちらを向く。

・・・・この女、マゾかなんかなんだろうか。


「そっちもよ!お願いだから家の中では喧嘩しないで!!やるんなら外でやりなさい!!!」

「家の外ならいいのか?」

「あ、いや、そういう問題じゃないけど・・・でも二人の喧嘩なんて一般人の私にはどーにもできないし・・・・・・」


でも、と続けて一人彼女は頭を抱えて身をよじる。

そうこうしている内にバージルの神速の踏み込みからの袈裟斬りが襲いかかる。
逃げ遅れた前髪が数本斬られるのを横目で確認しながら背中のリベリオンを抜き放ち迎撃。

甲高い悲鳴のような剣撃の音が辺りに響く。


(この太刀筋は確かに過去に見たモノと同じだな・・・・)


これは俺の記憶が見せている幻影・・・・もしくは本物か。

となるとやはり原因あの女にあるのだろうか。
ちらりと確認するが―――いつの間にかいなくなっている。


(・・・・・逃げたのか?)


やはり悪魔か何かの類なのか。

思考を逸らしている内に間髪入れずに閻魔刀の音速の突きが襲いかかってくる。
しかしそれを読んでいた俺はリベリオンを盾のように床に突き刺し受け止めた。

さて、どうしたものか・・・・


「二人とも、そこまで!!」


緊迫した雰囲気に女の声がぴしゃりと響く。

振り向けばそこには重そうに腕を震えさせながら分厚い本を一冊づつ両手に持つ女の姿。
演技でもなく辛そうにしている必死の表情が面白い。


「喧嘩はああぁぁぁぁぁ・・・・・・」

「貴様、まさか・・・・!!」

「・・・・・やめろおおおぉぉおおおおお!!!」


ぶん、と本を投躑するがこちらにまで届かせるだけの腕力が無いらしく、放射線を描いて本が落下する。
鈍い音を立てて落ちた本と共にものすごい沈黙が舞い降りる。


「欲張らずに文庫サイズの方にしておけばよかった・・・・」

「貴様らはよほど俺を怒らせたいらしいな・・・・・?」


ゆらり、と幽鬼のように立ち上がった瞳には極大の殺意。
一般人ならば視線だけで射殺せてしまいそうな程に直視できない光景。


「だ、だって二人ともちっとも止まらないから仕方がなく!」


ささっと素早い動きで俺の背中に隠れる。
警戒はするが何かを仕掛けてくるようには見えない。

と、そこで初めて間近で目が合った。


「あれ・・・ダンテ、なんか老けた?髭なんか生やしてたっけ?剃り忘れ?」


じっと漆黒に塗られた目が俺の顔を見つめる。
魂までも覗きこもうとする瞳に俺も視線を返す。


「初対面の人間にいきなり老けたとは酷いな?見知らぬお譲さん。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ええ?」


がし、と女性特有の細い指が俺の両肩を掴む。
本人はきっと力を込めているつもりなのだろうが俺にとっては全く苦にならない。
振り払う事は容易にできたが敢えてせずにそのまま引っ張られるがまま俺の顔は彼女と近くなる。


「えーと?ダンテ、だよね?」

「ああ。」

「それ、本気?私のこと、忘れちゃった?だよ?。」

「あー・・・・・」


。
確か東洋人はこっちとは名前の位置が逆だからが名前でが苗字になる訳だ。

しかしそんな事が分かっても俺の記憶にはそんな人物と関わった記憶すらない。
桃屋にいるとしたら考えられなくもないが、この女には娼婦独特の雰囲気のようなものが全くと言っていいほどない。

いつまでも返事を返さないその意味を分かったのか、女の顔が今にも泣き出しそうに歪んでいく。
バージルも怪訝そうにこちらを見つめているのが分かった。


「私、あなたとバージルの同居人!あなたに拾われて助けてもらったり危ない目に遭ったりした!!
 好きなものはオリーブ抜きのピザと全くもって似合わないストロベリーサンデー!!」

「・・・・・・アンタ俺のストーカーか?」

「今更アンタのどこをストーカーしようってのよこの馬鹿!自意識過剰男!!」

「・・・・・・・。」


そこまで言うか?普通に。

東洋人の女には大人しいイメージがあったがどうやらそれは間違いだったようだ。
外見からは想像できない毒舌に少し辟易する。


「この前だってお母さん譲りのアミュレットを私に貸してくれたばっかじゃない!」

「・・・・・ちょっと待て。俺が、アンタに、アミュレットを渡した?」

「うん。」


ごそごそと胸元を探り鎖を辿りアミュレットを取り出す。

そこには間違えるはずもない紅い大粒の宝石があしらわれた形見のアミュレットがあった。
これは母さんから誕生日に兄弟にそれぞれ贈られた、いわば宝物だった。
そんな大事な物をおいそれと他人に渡すはずがない。

しかも女が持っているのは裏側にも同じものがついている―――片割れと合わせた完全な形のもの。


俺も首にかかっているアミュレットを取り出す。

トリッシュには俺が持っていたアミュレットを渡し、俺はバージルの物を持っている。
違うものとはいえもともとは一つだったものを割ったものだから輝きが変わる事は無い。

三つの揃いの赤い光が静かに輝いていた。


「アミュレットが三つ・・・どういう事だ?」

「・・・・・・・同じ店で買ったとか?」

「貴様の脳みその軽さは理解しているが黙っていろ。それは塔の封印を解く鍵だ。
 そんなものが更にある、ましてや店に売っているなどあり得ん話だ。」

「バージルって冗談にもキツイよね・・・・・いいよ、もう慣れたから。」


ぶつぶつとため息をつきながら膝を抱えて床になにやら文字を書き始める。
明らかに落ち込んでいる絵図だが特にそこまで悲愴そうではないのはバージルに対する信頼か。

そしてその原因の本人はこちらを見ている―――否、睨んでいる。


「貴様は何者だ?――――場合によっては斬る。」

「場合?さっき斬りかかってきたのはそういう場合だったのか?」


再び場の空気が緊迫していき、空間の温度が低下していく。

ただならぬ様子にが顔を上げ何かを言いたそうにするが、バージルが首根っこを掴み自分の背中へと下がらせる。
その行動から彼女がどんなに大事にされているのかが一目でわかった。


「バージル!その人はきっとダンテだよ!!だから・・・・」

「黙っていろと何度言わせればわかる。貴様は・・・・」

「いいや黙らない!もうちょっと話し合ってから喧嘩はして!!」


先程までとは違い、怯むことなくバージルに歯向かう。

が斬られるのではと一瞬だけひやりとしたが意外にも刀に手をかけたまま動かなかった。
その事実に俺は少しだけ感嘆し小さく息を吐いた。


――――なるほど、ただのお飾りの人間じゃないってことか


「貴様・・・・後で覚えていろ。」

「え、ごめんなさいあんまり覚えたくないです・・・・」


しおしおと小さくなりながらも強い意志を込めた目でバージルを見る。
その様子にバージルは少し溜息を吐き、結局は刀を抜こうとはしなかった。


「すみません、貴方は―――」

「!ついでにバージル今帰った・・・・・」


窓から赤い影が部屋に舞い降りる。

そこにもかつての自分と同じ顔があった。
半裸に直接赤い長外套を纏い、背中のリベリオンまでもが同じ。


「・・・・・本物が帰ってきた?あれ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・誰だ?コイツ。」

「貴様と同じ無礼な人間だ。」

「冗談、オレの方が男前だろ。」


唖然としていただったが、おもむろに俺ともう一人の俺の袖を捕まえて顔を見比べる。

違いなんてあるはずがない。
ただ、俺の方が年老いているという点を除いては。


「えーと、どういうこと?」


が呆然と漏らしたその一言は、その場にいた全員の心の声を代弁するものだった。





































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