誰かに髪を梳かれような感触がして脳裏に思い浮かんだのは家康さまの大きな手だった。
私がこうして隠れて落ち込んでいる時、誰よりも早く見つけ出してくれる人。


「いえやす、さま?」


私の髪に触れていた指がぴくりと震え、そして少しはっきりしてきた頭にはここに家康さまの手があるわけがないということに気付いた。
だとしたら、この手は誰が差し伸べているものだろう?―――もし、想像している人だったら私は獅子の尾を踏んだことになる。

恐る恐る目を開けると、長く押入れに引き篭もっていたせいか戸が開いて入ってきた光が私の目を灼いた。
眩しさに目が慣れてくると、美しい顔を歪ませて三成さまが立っているのに気付いてさっと血の気が引く。

―――怒っている。かつてないほどに、私のせいで怒らせている。

しかしいつものように雷霆のような激しい激昂がないことに嵐の前の不吉さを感じた。


「三成さま、どうしましたか・・・・?」


寝ぼけたふりをすれば、聞き流してくれるのではないか。

携帯電話とか携帯音楽機が入った鞄をそろそろと横に置いて、表情は恐怖からか引き攣った笑みを浮かべているのが分かる。

この場所を教えたのは吉継さまだろうか。黙っててほしいと言ったのに。
しかしそうだ、私が定期的にホームシックに陥ることなど家康さまと吉継さましか気付かないはずだ。
なのに三成さまがこうしてここに立っているということは、きっと吉継さまに言われてきたのだろう。


「あの、ごめんなさい、私、その、」


謝っている対象が何かもはっきりしないまま唇は自然と謝罪の言葉を吐き出す。
何度も何度も許しを請うように謝っていると、見た目からは想像もつかない剛力で細腕が私の身体を押入れから引き摺り出した。

乱暴に床に叩きつけられ呼吸ができないでいると、三成さまが私の上に跨り酷い音を立てて服の布が裂かれた。


「っ――――!!」


何するの、という言葉は塞がれた三成さまの唇の奥に吸い込まれて消えた。
自分のおかれている状況が理解できずにぽかんと口を開けると、その隙間を縫うように長い舌が侵入してくる。

どうして目の前に三成さまの顔があるの、どうして三成さまが私を押し倒しているの、どうして三成さまは私にキスをして、

混乱した頭を押さえつけるように両手で固定されて、抵抗しようともがく手は宙を薙いだ。
その間も三成さまの舌は歯列をなぞり、絡まされてどんな状態になっているのか分からない。
口端から漏れる砂糖菓子のように甘ったるい自分の声が気持ち悪くて仕方がなかった。

やっと解放された時、荒い息を吐いて何の表情も浮かべていない美貌をただ呆然と眺めることしかできなかった。
いつものように不機嫌な表情をしているわけでもない、ただの無表情が今はこんなにも恐ろしい。


「みつなりさま、何を・・・どうし、どうして、」

「家康にもこうやって慰めてもらったのか?」

「なっ、な・・・そんなわけ、ちがう、なんで、こんな、」

「だろうな―――反応が処女臭い。」


かっと頬が朱に染まり、こともなげに吐き出されるあんまりな言葉に手加減も手心も抜きで拳を振りかざす。
しかし相手の腕が私の両腕を一纏めにして地面に縫いつけた。
跳ねのけようにもびくともしなくて、やっと自分の置かれている危機を理解して顔から血の気がひいていく。


「や、やだ、やだやだやだ、ね?冗談だよね?三成さま?私になんて興味ないって、いつも言って、」

「未来を想って泣くと言うのなら私が忘れさせてやる。」


もう片方の手が天蓋のように私の視界を覆い隠し、視界が閉ざされる。
闇の中で自分がこれからされようとしていることに、うわ言のように「いやだ、やだ、ゆるして、」と繰り返すが聞き入れられない。


「目を閉じて大人しく啼いていろ。」


耳元に溜息のような囁き声が聞こえて本格的にかたかたと身体が恐怖で震えた。
また溢れた涙を温い舌が拭うように頬に這わされ、そして、

――――――――――























「・・・・・・・ぅ、」


気付けば、私は誰かに身を預けて何かに揺られているようだった。

ぼんやりと開いた視界は自分が木に囲まれた道を何かに乗って動いていて、少しするとそれが馬だと気付いた。
微かに伝わる振動は馬に乗せられているせいだったようで、私を乗せている人間を見ようとするが身体が言うことを聞かない。
それでもぎしぎしと軋む体を動かせて半身をよじらせると太腿を伝う温い液体にさっと血の気が引いた。

そういえば、私は、気絶する前、三成さまに××××されて、


「目が覚めたのか。」

「ッ!!」


頭上から聞こえた硬質な声に私の身体は玩具のようにびくりと跳ね、馬上から落ちようとするのを細い腕が支えた。
しかし触れられていること自体が既に恐怖に感じる私は、掠れた声と疲れた腕で何とか逃亡を試みる。

ただでさえ力の入らない抵抗は三成さまにとって何ともないようで、片手で押さえつけられたまま暫くすると馬が止まった。


「・・・・・・・・ここって、」


私が拾われた柿の木じゃないか。

ここに来る時に私が引っ掛かっていたという柿の木は相変わらず大きくて、何故こんなところに連れてこられたのかと疑問符が浮かぶ。
そして私を地面に下ろした後、三成さまが木の根元に向かって私の鞄を乱暴に放り投げる。
その端からはかつては服だった布切れも覗いていて、思わず駆け寄ろうとした身体を腕一本で制止させられた。

昨日の恐怖を思い出して、たったそれだけのことなのにもう身体が竦んでしまう。
すでに私はもうこの人に支配されていると思うと泣きたくなった。

抵抗する気が失せた私がぺたりと力なく地面に腰を下ろすのを無感情に見つめ、三成さまは柿の木に火を放った。


「な、や、いやあああああああああああああ!!」


一呼吸遅れてから柿の木に駆け寄ろうとした私を三成さまは薄い胸板に押し付けるように抱き寄せる。
私の見ている前で、木が、私が元の世界に帰る手掛かりが、鞄が、私が元の世界への拠り所だったものが、燃えていく。燃えてしまう!

なんとか火を消そうと抗う私を表情一つ変えずに抑え込み、ただ自分の希望が潰えていくのを目の前で見せつけられる。
悲鳴はいつの間にか嗚咽に変わり、火を消そうと伸ばしていた手は地面を力なく掴んでいた。


「貴様はどうせ元の時代には帰れない。帰ることなど許さない。」


三成さまの唇が私の耳元で囁く。悪魔の言葉にも聞こえた。


「なら初めからない方が、貴様を泣かせる位なら燃やしてしまった方がいいだろう。」


弾かれるようにあげた私の目には、三成さまの半月状に歪んだ口元が映っていた。




































→蛇足
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あとがき。
リクエストの別バージョンなんですが、別におまけみたいなものなのでヒロイン視点で書きました。

わーい初めてえろいの書いたよー情事なんて描写する気ないのがまるわかりっすね!えっちなのはよくないと思います。
ふぅ・・・誰得感ここに極まれりって感じだな・・・・てめえいい加減にしろとガイアが私に囁いている。

暗いから明るいことでも・・・・あ、指パッチンがうまく鳴るようになりました。
しかしハガレンの大佐みたいに百発百中じゃないし手袋越しだと絶対に無理です。大佐すげえ

 
2011年 2月5日執筆  八坂潤

 
 

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