泥船だ。
石田は徳川の前に沈む泥船だ。

戦とは直接関わりのない私の耳にも入ってくるそれらはさすがの平和ボケした脳みそにも危機感を覚えさせた。
現に石田のいくつかの配下は徳川に寝返ったと聞くし、お城の中の人も減ったような気がする。
何よりも裏切りを許さないと豪語する三成は日に日に不機嫌さを増していき、もはや誰も近付けない。

私はそれでも三成を死なせまいと無理やり口の中にご飯を突っ込んでみたり強引に寝かせたりしてきたが口論は絶えない。
いっそ悪影響だから近付かない方がいいと気付いて、早三日目だ。ちゃんとご飯は食べているのかな。

あの拒食王の最後の記憶はこれまた些細なことからの口論だった。
原因は思い出せないけれど、私はあんまり悪くなかったような気がする。
普段だったら互いの嫌みのジャブ程度で収まっていたものが、心境の悪化で爆発したというか。


私が元の世界に戻れる夢を見たのはそんな折である。


「吉継さま、私、元の世界に帰れる夢を見ました。」

「そうか、そうか。」


机に向かう吉継さまを見つめながらお仕事が終わるのをじっと待つ。

病気のせいか、吉継さまに近付きたがらない周囲の人の代わりに細々とした世話や荷物運びや仕事の報告書をするのが私の仕事だった。
軍略もできず運動神経も鈍く、ましてや人を殺せない未来人にできる細々とした仕事。
吉継様には「助かっている」と言われるけれど、この程度で城暮らしをさせてもらって大丈夫なのだろうか。今はあまり気にしない。


「だからその通りにやれば私も元の場所に帰れるような気がします―――なんとなく、確信しているんです。」

「主がこちらに来てから何月経つのか・・・・そういえばこちらの人間ではないのであったなァ。」

「そんなに馴染んでないですよ。私、まだ失敗ばかりです。」


今でもこの広い城を迷うし、こちらのきっちりした礼儀作法には大分慣れたとはいえまだ至らない点も多い。
最初の内は何度も三成に「斬滅する」と死刑宣告されたかわからないし、実際に死にかかった。

思えば初期からアイツとの仲は最悪と言ってもよかった。
半兵衛様と秀吉様を崇拝し、それ以外には傍若無人に振舞うヤツの態度に何度反発したかもわからない。
最初はそれはもう空気のように無視する、かと思えば鬼のような形相で私の不始末を怒鳴りつける。

・・・・・・・そういえばあの馬鹿と仲良しこよしをした記憶ってあんまり無いな。


「して、その方法は?」

「この大阪城のてっぺんから、屋根の上から飛び降りることです。」

「それはまた、怖い怖い。まして主ならあっという間に星になってしまうなァ。」


ヒッヒヒッとあの独特な笑い声で愉快そうに包帯に包まれた細い肩を揺らす。

確かに笑い話なのだが、私はこの夢に対して妙な確信を持っていた。
こっちの化け物級の運動能力をもつ一部の皆さんならともかく、私がそんな事をしてましてや失敗すれば一瞬であの世行きだ。
それでも、普段なら話そうともしないただの夢に対し奇妙な信頼を持ち、実行しても構わないと思っている。


「私がここに来た時は落ちてきたのだから、理屈としては間違っていないのかもしれません。
 相変わらず原因はさっぱりですけどね。何で私みたいなのがこんな事をできたのか。」

「で、主はその夢―――予知夢だと信じるのか?」

「・・・・・・・はい。」


吉継さまがそこで筆を止めて興味深そうにこちらを見る。
本気なのかとでも問うように―――もちろん本気だ。


「根拠は、ないんですけどなんとなく確信しています。
 それに予知夢があり得ないと言ったら私がそもそもここに居るのもあり得ないという話になってしまいますしね。」

「して、それはいつ実行する?」

「今夜です。」


薄暗い室内から仰ぎ見た太陽はもう真上を昇っている。あとはただ沈みゆくだけだ。
この時代が夜の帳に包まれた時、私は時代を跳ぶ。
もしかしたら時代ではなくただ単に落ちて死ぬだけかもしれないけれど、私の一大決心だ。


「夢の中も満月で、私は元の時代の服を着てました。
 確か今日は満月だった気がします―――そして、その日に夢を見るのも何か意味があるのかもしれません。」


こじつけかもしれないですけれど、なるべく条件は合わせておきたいので。

普段だったら鼻で笑い飛ばせるような希望でも、私はもう疲れ果てていた。
いつまでも元の時代に帰れないままだし、ここは戦国時代だからいつ危険に晒されるかも分からない、三成との口論は増すばかり。


「吉継さまは好きですし、お世話になったので最後の挨拶をしておきたいと思いました。」


これは正直な感想だ。
三成と殴り合いの喧嘩に発展するのを何度も宥めてくれたし、仕事がなくて困っている私に便宜を図ってくれたのもこの人だ。
たぶんこの時代でかなりお世話になった人だ。

善人とは言い切れない、私のいきなり戦乱の世に飛ばされてきたという不幸を愛でるためだとか散々言われたけれど今はどうでもいい。


「が居なくなったら三成が寂しがるよなァ。」

「え?まさか!?」


予想外の言葉に思わず敬語を崩した素が出てしまった。
せっかく取り繕うように努力していたのに、こほんと咳払いをして居住まいを正す。


「三成さまの傍にはもう私は居ない方がいい気がします。
 もともと仲が全く良くなかったのが、最近では口論しかした記憶がないし、心労も増してるみたいです。」


三日前も、ああ口論の原因はいつもの拒食だったっけか。
いつも通りに力づくで食べさせようとしたら、見たこともない怖い顔で拒絶された。
「そんな余裕はない」だの「下らん事に時間を割かない」だの勝手な理屈をこねて、その日は酷い口論だった。

結局は三成は一口も食べず、その瞬間に何か崩れたような気がした。


「私、このままだとあの人を殺してしまいそう。」

「・・・・・・・・。」


拒絶されても、三成は本当に死んでしまいそうだから不安で世話をやいてしまう。
それが三成を追いつめていると気付いて、もう近寄ることすらできなくなった。

ああ、本当に私ってもうこの時代には要らない人間なんだなって。


「だから元の世界に帰れるかもしれないというあの夢、賭けてみようと思うんです。」

「うむ・・・まァ主がそこまで考えておるのなら止められまい。」





































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無駄に続くというクソ仕様。でも次のターンで力尽きてる。

2011年 5月15日発掘 八坂潤



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