(ひまだなぁ・・・・・)


三成さまは何やら大事な大事なお仕事があるらしい。

邪魔をしないようにと、前に(文字通り)投げつけられた新しい着物を苦心しながら着て、ある場所を目指していた。
初めの内は着付けなんてできなかったけれど、ここの女中さんにできるだけ迷惑をかけないようにと技術を身に付けたのだ。


(官兵衛さまってどんな人なんだろう。)


黒田官兵衛さまというのは最近この城にやってきた人だ。
もとい連れ戻されたというか、危険思想の持ち主だからと三成さまと吉継さまにどこかに飛ばされていたらしい。
最近になって大きな戦に備えるためにと連れ戻してきたんだとか―――ちょっと物扱いされてて可哀想だなと思った。

そんなこんなだから二人を相当に恨んでいるらしく、近付くなと厳命されていたんだけど。
大きな鉄球のついた手枷をはめられているからすぐわかると言われると気になってしまうの人間のさがだ。


(そんな漫画みたいな人、実在するのかな・・・二人が嘘ついているようには見えなかったけど。)


やっと目的地に着き、そろそろと音を立てないように襖を少しだけ開けた。
僅かな隙間に顔を近付けて苦心しながらも中を覗き込む。


(・・・・・・いた。)


動物で例えるのなら、まるで熊かと思った。

山脈のように隆々とした筋肉に熊みたいに大きな体格、あんなにたくましい人は今までに見たことがない。
腕も樹齢を重ねた太い樹の幹をより合わせたように太いし、すごい力持ちなんだろうなと思った。

そうなるといよいよあの話も現実味を帯びてくる。
本当に鉄球を付けられているのならあれ位の筋肉が付いてないと移動もままならないだろう。


(はて、元軍師だと聞いていたけれど・・・思いっきり肉体派だよねアレ。)


私の中で軍師と言えば半兵衛さまと吉継さまだけど、二人とも病身だということを抜きにしても細かった。
けれどその痩身からは想像もつかない強さと鮮やかな采配を下すのだとか。

戦国時代にいてもなお戦とは無縁の生活を送らせてもらえているけど、私がせがんで家康さまが語っていたのを思い出した。
そういえば家康さまもすごい筋肉質だったけれど、もしかしたら目の前の熊さんの方が逞しいかもしれない。


(けどこっちに背を向けているから肝心の手枷が見えないなぁ・・・)


向こうに背を向けて座り込んでいるため肝心の手枷云々は見えない。
けれどこれ以上襖を広げたらさすがにバレてしまうかもしれない―――前に三成さまに「気配がうるさい」と言われたのを思い出した。

何とか今のまま見えないものかと背伸びをした時、大きな山が動いた。


「お前さん、誰だ?」

「う、わ、わわわ!」


まさかバレていて声をかけられると思わなくて、その場にぺたんと尻餅をついてしまった。

私の大層慌てた様子に気分をよくしたのか、熊さんは大声で快活に笑ってみせた。
三成さま達から聞いて立てていた予想とは違う気さくな反応に思わず首をかしげる。

言われていたほど悪そうな人には見えない・・・でも思えば三成さまは秀吉さまの事となるとすごくうるさいからなぁ。

二人に厳命されていた手前、逃げ出そうかとも思ったけれど少しだけ警戒心を解く。
それに口止めしないとこの人から伝わってあのドSコンビに怒られるか斬滅されてしまうかもしれない。


「私はその・・・ただの通りすがりっていうか、三成さまに会っちゃいけないって言われてたんだけど、」


まさか会話するとは思わず遠目に見られればいいや程度に思ってたからしどろもどろになってしまう。
相手からは見えもしないのに無意味なボディランゲージをしてみた。意味ねえ。


「ふぅん・・ってことはお前さんが噂の・・・」

「噂?」

「あ、いや、こっちの話だ。お前さんもコイツの物珍しさに来たクチかい?」


官兵衛さまが武骨な手枷を付いた腕を掲げてみせて、思わずあっと声をあげてしまった。
失礼なことをしたと思うもののもう遅い。目的を達成したとはいえ叱られた子供みたいにうなだれた。


「まぁいいさ。もう慣れてるからな。」


言葉とは裏腹に少し哀愁のこもった声色にますます申し訳なさを感じた。

そうだ、この人は今までも私みたいな好奇の目に晒されて傷ついてきたかもしれない。
それなのに軽い気持ちで見物に来たなんて、私だったら怒りを覚える位だ。


「ごめんなさい、失礼な事をしてしまいました・・・。」

「ああ、気にしないでくれ。そんな事よりも、お前さんもこっちに来て話をしないか?」

「え?」


予想外の提案に少し驚いてしまった。
私みたいな小娘にこの人を楽しませるような話題なんて持ってない。

それに話しているところを目撃されたら斬滅的な意味で危険だし、できるなら御免被りたい。


「なんせ久しぶりの御天道様の下なんだ。たまには穴蔵の外の人間とも話がしたいのさ。
 安心しな、三成達にはここにお前さんが来たことも黙っておいてやるよ。」

「・・・・・・じゃあ、少しだけ。」


この人には悪いことをしてしまったし、それで黙っておいてくれるって言うならまぁいいか。
ただ話をする位なら問題もきっとないだろうし。

おずおずと部屋の中に入って、外から誰かに見られないように襖をぴっちり閉める。
それから官兵衛さまの向かい合って正面から少し離れたところに座った。


(うわ・・・かっこいい人だなぁ・・・・)


正面から見た官兵衛さまは長い前髪で目許が見えないものの、かっこいい顔立ちをしていると思った。
荒削りなカーブを描く輪郭に整った鼻梁、イケメンプロレスラーとして充分に通じるレベルだ。
線の細くて美しさが際立つ三成さまとは違うベクトルの、野性味溢れるというか男くさいイケメンというか。

・・・この世界の武将はみんな美男美女なのか?そうじゃないと戦国武将になれない法則でもあるのか?
そう考えると大谷さまも包帯の下は目玉が飛び出るほどの美男ということになる。すごく見てみたい。


「お前さん、名前は?」

「あ、っとです。そちらは黒田官兵衛さまでよろしいでしょうか?」

「ああ。暗の官兵衛とも呼ばれているがね。」


自嘲めいた肯定に反応に戸惑いながら曖昧に頷く。

こっちでは名字がある方が珍しいというのはさすがに学んだので包み隠す。


「ねえ・・・変わってるけど良い名前だな。」

「ありがとう、ございます。」


変わっている、という言葉に内心でびくびくしながら礼を言う。

そういえば今気付いたけれど私がこの時代の人間じゃないってのは今ではあの3人以外に知らないことで。
あまり広まるのにはよくない情報であることも理解しているし、ボロが出ないようにしなければならない。


(あー・・・・考え無しに会話に応じちゃったけど、まずかったかなぁ・・・・・・)


落ち着いてこの時代の人間らしく振舞う。こっちに来てから時間は経ったけれど、未だに慣れないことばかりだ。
表情には出さないように努めているが早くもこの部屋に来たことを後悔し始めていた。自業自得である。


「ほら、コイツがの見たがっていた手枷だ。」

「あ、すみません。」


両手をずいと差し出されてのぞき込むと、すごく使い古されて年季の入った手枷がはめられていた。
木製でできているそれは時代劇でしか見たことがない。この時代には手錠なんてないんだから古風なのも当然か。

手錠から伸びる黒い鎖は傍らの鈍く光る大きな鉄球に繋がっている。なるほど、聞いてたとおりだ。

試しに鉄球を渾身の力を込めて押してみたけどびくともしない。
こんな重りを引きずって、この人は大丈夫なんだろうか。鍛え上げられた筋肉にも納得だ。


「・・・・重い、ですね。こんなの付けていて、大丈夫、なんですか?」

「まぁ初めの内は移動にも苦労したが今ではすっかり慣れたもんさ。」


再び自嘲するような響き。また痛いところをついてしまったかもしれない。

官兵衛さまの正面に再び座ると、傍らにお酒と豪華なご飯の膳が置いてあることに気付いた。
しかしそれらは全くの手付かずで食事も冷めつつある。もったいない。


「えっと、ご飯は食べないのですか?」

「食べたいのは山々だが、なんせこの手でね。こんな凝ってて食べにくいものは口にも運べない。
 刑部のヤツはそれを見越して小生の目の前に豪華な飯を置いて行ったのさ。」

「うわぁ・・・・・・・」


でもメシウマを地で行く吉継さまならあり得そうだから困る。
いや、むしろそうなんだろう。嬉々とした様子が目に浮かぶようだ、そして三成さまも止めない。


「おいしそうなのに、もったいないですね。」

「そうだなぁせめて久しぶりに酒だけでも飲みたいもんだ。なんせ、穴蔵じゃ水が酒代わりだったからな。」

「えぇ!?それは、ご愁傷様です・・・・」


せっかく目の前にあるのにお酒も飲めない、手間のかかる豪華なご飯は食べられない。

どうしよう、すごく可哀想になってきた。


「そうだ、。お前さんが小生に酒をついで飲ませてくれないか?」

「それだったら美人の女中さん呼んできてあげますよ!ちょっと待ってて下さいね。」


この人の為なら苦手な女中さんにも話しかけられる!

意気込んで立ち上がろうとしたけれど手を掴まれて地面に引き戻された。
せっかく善意を働かせたというのに、少し不満を含めて表情で官兵衛さまを見る。


「小生はにやってもらいたいんだが?」

「えー・・どうしてですか?私よりも美人なお姉さんにやってもらった方がずっと嬉しいでしょう?」

「そんなことはない、も別嬪さんだ。」

「はあ・・・・・・」


この人ずっと暗がりに居たって言うけど目までやられちゃったんだろうか。
そんな失礼なことは言えずに、一応は褒められて悪い気もしないので渋々と酒瓶を持ち上げる。


「それに目の前に酒を置かれてから随分と時間が経ってるんでね。もう待ちきれないのさ。」

「そっちが本音でしょう全く・・・・お酒を飲ませてあげるなんて、お父さんにもしたこと無いです。」


でもこの人の境遇を聞いてると散々な目に遭ってるらしいし、それを聞いて同情しないほど私も鬼じゃない。

朱塗りの杯に透明な酒を注いで、こぼさないように持ち上げて近付く。
・・・・・・一応は請け負ったものの、冷静になるとすごい恥ずかしい事をしようとしてるな。


「えっと、こぼさないように頑張りますが不慣れなので官兵衛さまにかかっちゃうかもしれません。」

「ああ構わんさ。さぁ早く。」


うう、男の人にこんなに近付くの緊張する。しかもまたイケメンか!
役得なんだか心臓に悪いんだかよく分からない・・・・いや、どちらかというとラッキーなんだと思います。

失礼します、と断りを入れて官兵衛さまの肩に手を置いて杯を口元に近付けた瞬間、


「う、わ・・・ちょっ!?」


いきなり強い力で引っ張られて官兵衛さまの逞しい胸元に倒れ込む。
頬に当たる体温に慌てて起きあがろうとするけど、枷と身体の間にすっぽりと入れられて身動きが取り辛い。
自分の体勢を自覚してしまうとかぁっと頬に朱がさした。恥ずかしい!

落とした杯がひっくり返って畳にお酒が染み込んでいくのが遠くに見えた。


「ちょ、ちょ、ちょっと、何するんですか!怒りますよ!!」

「あぁ、悪いな。」

「悪いなですむか!はーなーせー!!」


ぐぎぎと力を込めて引きはがそうとするが岩山のようにビクともしない。
そりゃあんなに大きい鉄球と毎日お付き合いしているのだ、小娘の力が敵う訳がない。


「セクハラ!セクハラー!!」


三成さまと吉継さまに助けを求めようとしたが、そんな事をしたら黙って官兵衛さまを見に来たのがバレてしまう。
それに大事な仕事もしていると言うし、あまり迷惑にはなりたくない。

黙り込んでる間に、親子がそうするように膝の上に乗せられてますますおとなしくならざるを得なくなった。
熊みたいに大きな体格は私の身体をすっぽりと覆い込む。うーん、安心感?


「やっと大人しくなったな。」

「もし何か変な事をしようとしたら全力で怒る。今まで生きてた人生の中で、一番怖い怒り方をする・・・・!!」

「ハハッそりゃ怖い。小生も手荒な真似はしたくないんだが、コイツをどうにかしたくてね。」


両手の枷を揺らすと鎖がじゃらじゃらと鈍い音を立てて応じる。
・・・・・よかった、乱暴目的じゃないのか。一応は女の子の身の上、そう思うと落ち着いてきた。


「私、そんなの外したりなんてできませんよ!」

「いやそうじゃなくて、お前さんならこの枷の鍵の在処を知ってるんじゃないかと思ってね。」

「はあ?私が?」


官兵衛さまが自信満々に大仰に頷いてみせるけど、今の反応を見てその根拠は一体どこから来るんだ。

いやでももしかしたら私が知らないだけでヒントは持っているのか?
一刻も早くこの体勢から解放されたい(@目撃されたら死ぬ・A恥ずかしくて死ぬ)ので素直に努力する。

・・・・・よくわからないまま頭を捻るが、やっぱり知らないものは知らない。


「いや、全く心当たりがないです」

「何故じゃ!お前さん、三成の奥なんだろ!?」

「・・・・・・はああぁぁぁあ!?奥って奥さんのことか!んな訳あるかっちゅーねん!!」


再び引き剥がそうと官兵衛さまと格闘するがやっぱり勝てない。
観念したように見せかけて、虎視眈々と脱出の機会を狙うことにする。


「し、しかしこんなに大事にされてるのに!?」

「いつも何かあれば『斬滅してやる!』てブチギレられてますが何か。
 どこの国の言葉がそれを慈しみに解釈するっていうんですか。」

「うっ・・・・それは確かに。」


どう思い返しても三成さまに言われた台詞ナンバー1は「斬滅する」だ。
ナンバー2くらいに「邪魔だ」とか「斬る」とかが来るのかな。あれ、これ嫌われてない?むしろよく生きてるね私。

他にも浮かんでくるのは脅迫交じりの不穏な言葉の羅列のみで少し落ち込む。


「こんなに高い着物を着てるのになぁ・・・」

「高いって・・・コレ三成さまにぞんざいに投げつけられた着物ですよ?そんなまっさかー。」

「お前さん、本当にコイツの価値が分からないのか?それに、」


何の予告もなしに顔が寄せられて心臓が跳ねる(撤回、こんなイケメンの顔が近かったら予告あっても驚く。
そのままついと首を動かして器用に髪飾りをくわえて引き抜いた、とせっかく整えた髪がほどけて気付いた。

かちんこちんに固まったままの私の手元に口を寄せ、これまた器用に華奢な作りの髪飾りを握らせる。


「あー・・・あああああああ・・・・・・」


いやまぁ手が使えないんだから髪飾りを取ろうとするとそうなるのはわかるんだけど!?

まるで野生動物が獲物を手繰り寄せるようなしなやかな動きだった。
他意はないのは分かってるんだけどどきどきしてしまうのも仕方がない。


「この髪飾りだって職人の細工の一級品だ。お前さん、これは?」

「えと・・・・前に三成さまに頭に思いっきりぶっ刺されてめちゃくちゃ痛かったやつですけど。
 貴様の目障りな髪を斬られたくなかったらそれで何とかしろだのなんだの言って。」


確かにこの髪飾りは細工が凝っていて綺麗なものだと思っていた、けれど。
三成さまは本当にそんな気も感じさせない程に何気なく与えていくから、気がつかなかった。
もしかしたら今までもらっていた(と言っても数は少ないけれど)他の品物も高価なんだろうか。


(そう思うと、ちょっと嬉しいかも)


愛はお金で買えないだのそんな陳腐な事は言うつもりはないけれど、不覚にも少し嬉しい。
今までもらってきたものは大切にしてきた。これからはもっと大事にしようと髪飾りをぎゅっと握りしめた。


「ははん・・・・やっぱりな。小生の睨んだとおりだ。」


私を膝の上に乗せ、自身は顎を私の頭の上に乗せながら(たぶん)したり顔で官兵衛さまが頷いた。
せっかくちょっと感動の余韻に浸っていたのに、少しむっとして口を尖らせる。


「ていうか!そんなに鍵を外したいなら鍵職人さんに合い鍵を作ってもらえばいいじゃないですか!?
 もしくは手枷の部分は木でできてるんだから、ノコギリで慎重に切るとか・・・・」

「・・・・・・・・・。」


まぁこれくらいはさすがに試してるだろうけど、と内心で続ける。
しかし相手は無反応で、当たり前のことを指摘しすぎて呆れられたのかと頭上を仰ぐ。

しかし官兵衛さまはまるで世紀の発明品開発の現場に立ち会ったような、心底びっくりした顔をしていた。


「・・・まさか知性派の小生よりも天才か・・・・?」

「え?今気付いたの?長年ずっと悩んでたんじゃ、」

「すごいな!お手柄だ!!」


飼い犬にそうするみたいに、うりうりと顎を頭に擦り付けられる。
相手に悪気はないんだろうけど、髭も痛いわで実際はすごく微妙な気分だ。あと早く解放してください。


「ところであのー・・・・いい加減に解放していただけませんか。
 三成さまに見られたら斬滅されますよ私達まじで。あと嫁入り前の女がする格好じゃないですよねコレ。」

「なんだお前さん、まだ三成とは寝ていないのか?」


一瞬意味が分からなくて、理解した瞬間に盛大に噴き出した。
頭上で若干引いたような声が聞こえたが構わない。もういい!!


「てめええぇぇぇ!怒った!もう怒った!!ほんと怒った!!!まじでいい加減にしろこの熊男が!!」


男の顔めがけて拳を振り上げるが、その体勢のまま強く抑え込むように抱きすくめられてますます暴れる。
こんなに懸命に努力しているのにびくともしないのがまた腹が立つ!悔しい!!


「こら、暴れるな!しかし図星か・・・・三成も案外奥手だな。」

「ぬおおぉぉお!!は・な・せっつーの!ばか!!ばかばかばか!!」

「だから落ち着けって、ほら、どうどう。」

「やだやだやだやだ!一瞬でも同情しちゃった私が馬鹿だったんだーッ!!」


ぼろぼろと年甲斐もなく涙が零れたのと同時に、相手がぎょっとしたのを感じた。女の武器発動!


「わ、な、何も泣くことはないだろ!?小生が悪かった、だから泣きやんでくれ!!」


手枷の嵌った大きな手で不器用に頭を撫でられる。
予想外に優しい行動にほだされそうになるが負けてたまるか!もっと後悔しろ!!


「みつなりさま、よしつぐさま・・・・」


ぐずぐずと鼻を啜っていると、襖が吹っ飛んできてびっくりして涙が止まる。ついでに心臓も止まった。

こんな事をするのは城内でもきっとただ一人。
駄目元で呼んだ名前だったけれど、縋るように振り向く。

(危機的な意味で)来てもらいたかったけれど、(怒られる的な意味で)来てもらいたくなかった人がそこに居た。


「貴様ら・・・・そこで何をしている・・・・・・?」

「ちょっ、三成、待て!」


部屋の入り口には美しい鬼が立っていた。
幻覚だと思いたい濃い紫の負のオーラを引っ提げて、周囲が歪んで見えるのは気のせいだと思いたい。

言いつけを破ってこの部屋に来たから怒られる、と身が貝のように縮こまらせる。


「貴様ごときがを泣かせるなッ!!」


えっと思った瞬間に首根っこを思いっきり引っ張られてあっさり拘束から逃れる。
それから目にも止まらぬ早業で官兵衛さまの頭を容赦なく踏みつけ、刀をゆっくりと抜く。

斬る気だ、さぁっと顔から血の気が引いたのを感じた。


「ちょっ、ちょっと待って!確かに色々されたけどそこまでするほどじゃ、」

「やはり殺す。」

「ええ!?だ、駄目だよその人そこまで悪い人じゃないって!!」


三成さまの細い腰に抱き付いて何とか制止しようと試みる。
しかし全く意に介さず刀は抜かれ、官兵衛さまの首めがけて流星のように振り下ろされた。


「・・・・・・・・・・ッ!!」


きぃん、と甲高い金属音がして三成さまの死刑の刃が空中で静止させられていた。
凄まじい力の拮抗で微かに揺れる切っ先を受け止めていたのは、藤色の宝珠。
いつの間にか三成さまの後ろに立っていた(輿の上だから座っていた?)吉継さまがやったらしい。


「刑部・・・・何故止めるッ!!?」

「やれ、三成。落ち着け・・・・今ここで暗を殺すのは得策でない。」


しかし官兵衛さまを庇ったその珠で官兵衛さまの頭を強くぶん殴った。
今度は誰も庇えずに地面に大きな頭が沈み、完全に沈黙する。思わず内心で合掌した。


「・・・・・生きてますか?」

「何、大丈夫よ。加減はしたわ。」


ヒヒッとあの独特な笑みを漏らして倒れ込む官兵衛さまを満足げに見下ろす。ドS通常運転。
枯れ木のような腰から手を離し、巨体を苦労してひっくり返して顔を覗き込む。

どう見ても完全に気絶しています、本当にありがとうございました。


「あ、本当だ・・・・よかっ」


た、と続ける前に再び容赦なく首根っこを引っ張られて鶏をしめるような声を漏らした。
この呼び方にも慣れたものですがもうちょっと優しくしていただけませんか、と内心で文句を言ってみる。


「何故貴様がここにいる・・・・・!!?」

「ま、まったくもってその通りです・・・・話しかけるつもりはなかったんですけど、見つかっちゃって。
 ちょっと手枷を嵌められているって聞いてたから興味を持っちゃったと言いますか、うん、すみませんでした。」


内心でどんな説教をされるのかと怯えながら次の言葉を待つ。
しかし言葉の代わりに乱暴に目許を拭われ(正直少し痛かった)手を強く引かれて顔を寄せられた。


「・・・・・・・・土臭い。」

「え?嘘!!?」


一瞬どきどきしたけれど三成さまの不機嫌そうな声に甘い空気は一瞬でかき消された。

何やら女中さんに早口で指示し(香が何とか)手を握ったまま歩き出す。
てっきり説教が来るかと思っていたのに拍子抜けした。


「三成、暗は我の好きにしてもいいのか?」

「好きにしろ。」

「あ、でも吉継さま!あんまりいじめたりしないでくださいね!!」


私の嘆願に三成さまがぎょろりと睨んだ。あ、今なら蛇に睨まれた蛙の気持ちとシンクロできる。

余計な口をたたいてしまったと後悔しながら死刑囚のような気持ちで後に続く。
前を行く死刑執行人は無言すぎて場がもたない。このままだと謎の心臓発作で死ぬ。


「えっと、私、土いじりなんてしてませんけど・・・」

「今の貴様からは穴蔵の湿った土の臭いがする―――気に喰わん。」


それってもしかしなくても官兵衛さまの匂いって事なんだろうか・・・そんなに感じないけれど。

しかしながら前を行く三成さまの怒気が半端なくて心臓が縮こまる。
注射で例えるなら順番を待つよりもさっさと打って楽になりたい、今そんな気分。


「・・・・・・三成さま、お説教は・・・?」

「後でする。まずはその不快な臭いを落とせ。」

「(やっぱりあるのか)今から謝っておきますけど、ごめんなさい。軽い気持ちで近付きすぎました。」


ぴたりと三成さまの部屋の隣で止まり、襖を開けるとむあっとした何かの香りが漂ってきた。
良い匂い―――どうやらお香を焚いているみたいだ。好きな部類の匂いだけど、正直濃すぎる。


「フン、最初から素直に大人しくしていればいいものを。やっと学習したか―――次は斬滅する。」

「あ、でも悪いことばかりじゃなかったですよ。いいこともありました。」

「・・・・・・・・何を吹き込まれた?言え。」

「い、言わなきゃ駄目ですか・・・・?」


へらりと微笑めば氷の視線が返ってきて心が折れそうになる。
コレを面と向かって本人に言うのは何の罰ゲームだ。恥ずかしくて蒸発する。

しかし三成さまの目が言っている―――さっさと吐け、でないと斬ると。半ばヤケになって白状する。


「三成さまがどれだけ私のことを大切にしてくれてるのか、教えてくれました。」

「―――――」


しん、と廊下が静まり返って居たたまれない気持ちになる。帰りたい!どこにだ!!

てっきり嫌味の一つでも返ってくると思ったけれど、無反応の方がずっと辛い。
官兵衛さま官兵衛さま、やっぱり勘違いだと思います。後でぶん殴らせてくださいね。

すごすごと部屋に入ろうとした腕をもう一度掴まれ、強く抱き寄せられる。
さっきとは違う三成さまの細い胸板からはえも言われぬ良い匂いがした。何かは分からないけれどこの香よりもずっと、


「みつ、な、り、さま」

「・・・・・・やはり土臭い。」


ぺっと放られて部屋の中に押し込まれて襖を勢いよく閉められる。
一瞬だけ見えた顔が赤く見えたのは気のせいだろうか、たぶん気のせいじゃなかった。


「否定、しなかった・・・・・」


あ、どうしよう。官兵衛さまが正しかったかもしれない。

ぼっと顔から火が出てるのかと錯覚するほど頬が熱くなってへなへなと座り込む。
握りしめたままの髪飾りまでもが身体の熱がうつったかのようにすっかり熱くなっていた。







































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あとがき。
ちなみに後日、官兵衛の手枷はより頑丈なものに変えられて(第三武器あたり)三成には香の匂いがきついと眉を顰められる、と。

プロットは浮かんだら忘れないように携帯に打ち込むのですが。
もうね、プロットの時点で1万文字(限界)を余裕で越えてるんだからクソ長くなるのも分かってたんですよ。ほんと長文ごめんなさい。
でもこれ途中で切るところなかった気がする・・・かつて連載でもこれ位の文字量を平気で叩きつけてたね!当時の私斬滅されろ。

卒論はこの文字量×2で終わる=1日で終わるはずなのにそんなに現実うまくいきません。
テーマは三成とハシビロコウの類似性じゃだめですか、そうですか。でもあれ完全に一致だよね。

なんとなく三成からは「コレ柔軟剤使っただろ!」「いいえ使ってません!!」のあの商品の匂いがすると思ってる。
あれ?アレって柔軟剤のCMだっけ?何のCMだったっけ?「ふわっふわやぞ!」とか言ってなかったっけ、まぁいいか。
花だとすると木蓮とか雪柳とかコブシとか白百合とかいいと思います。

官兵衛の手枷はアレ風魔に頼めばなんとかしてもらえるんじゃねとかいつも思ってる。
忍者はなんとなく錠開けとか得意そうなイメージがある・・・・佐助とか手先が超器用そう。
そうでなくてもバサラ世界なら斬鉄できそうな人間ゴロゴロいるし、鉄球の部分だけでも何とかできると思うんだけどなぁ
実際に鍵職人が何とかできるのかとかノコギリあぶねーじゃねーかとか当てずっぽうなんて気にしないでください。
 

2010年 11月4日執筆 八坂潤
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