、ぬしに話がある。」

「はい?何でしょうか吉継さま。」


夕御飯にでてきた卵焼きを箸でつつきながら、居住まいを正す吉継さまに少し緊張する。

向かいには吉継さまが座り、囲むようにして三成さまが憮然とした表情でおざなりに食事をとっていた。
右側から感じる殺意の波動には「食事の時間などもったいない」という不満がひしひしと感じられるが当然スルー。
さしもの暴君にも唯一の親友の嗜みにはある程度は弱いのだ。


「安芸の毛利より、ぬしに縁談の話が持ちかけられた。」

「へー、縁談ですか結婚ですよねー、へーー・・・・・へ!!?」


思わず持っていた箸を落とし、膳に着地したそれは盛大な音を立てて場の空気を壊した。
しかしそれを拾おうなんて余裕は私の中から跡形もなく消し飛んでいる。


「ちょっ、安芸の毛利さまってこの間見たイケメンか!?そうなのか!!?
 その人と私が、け、結婚!!?何でだよフラグ立てた記憶なんてねえよ!!」

「なに、我の家と姻戚関係を結びより同盟を強固にする腹積もりであろ。」

「まじですか・・・政略結婚ってやつですか・・・・・」


すげえ、自分が一般家庭生まれだからとか抜きでもそんな単語は二次元にしか出てこないと思ってた。
けれどここは昔の日本なんだから充分に普通なのだ。この場合は私の反応がおかしい。

なんとなく三成さまの横顔を伺い、眉ひとつ動かさずに平然としているのを見てなんとなく落ち込んだ。
・・・・あれ?なんで私は今ちょっと残念な気持ちになったんだろう。


「つまり別に愛だとかそんな甘ったるい理由ではなく、吉継さまの家と関係を持つことだけが重要なのですね。」

「そうよ。ぬしもなかなかかしこくなった。」

「吉継さま私をいくつだと思ってるんですか・・・・」


毛利さま、というと例の西軍大集会(別名イケメンパラダイス)の時にあったものすごいイケメン様だ。
兜の形が何かの野菜を彷彿とさせるのが非常に気になったが、国主だし頭はすごくキレるし強いらしい完全無欠の美丈夫である。

ただ、印象としては刃のような冷たさがあって、少し得体のしれない恐怖を感じたのを覚えている。
世界という途方もない盤上に、自分すらも駒として配置し全てを睥睨するような―――近寄りがたさ。

吉継さまとは殊更に仲が良い(?)らしく、個別に紹介された時は肝が冷えたのも記憶に新しい。


(なるほど、あの人は確か謀略とか策略に長けている人だと聞いていたから、私と政略結婚とか言い出したのか。)


そこまでくるといっそ清々しい。

毛利さまは私に用があるのではなく、一応は血縁関係となっている大谷家に用があるのだ。
愛なんて情は一切なくて私を自分の家の繁栄に利用するためだけに結婚の話を持ち込んだ。

そう理解してしまうと先ほどの混乱も一気に冷めて冷静に事態を受け止められる。


「でも、そんなこと言っても私の家柄は・・・・その、アレだし。」

「なに、黙っておればバレまいて。」

「えー!そんないい加減でいいんですか?」


まぁでもDNAだの遺伝子云々だのは言葉すら生まれてない時代だからそんなものか。

落としていた箸を拾い上げて再びご飯を食べる作業を開始する。
うむ、今日の里芋の煮物はとてもおいしくていいと思います。


「ぬしにとっても悪い話ではなかろ。その件は保留にしておいたがどうする?」

「・・・・・・・・結婚、した方が・・・吉継さまたちにとってはいい、ですよね?」

「まあそれはそうよの。ぬしは複雑な背景を持っているということになっているゆえ多少の奇行も目を瞑られよう。
 そもそも毛利が用があるのは我の家であってには興味関心もなかろう。結婚したところで家庭を顧みる男でもあるまい。」

「はあ・・・・・・。」


はっきりと愛情も何もないと言われてしまいどう反応すればいいのか。
分かり切っていたことなのでとりあえず曖昧な返事をして真面目に考える。

私を拾って面倒を見てくれている三成さまと吉継さまのお役に立ちたいという気持ちは十分にある。
できる限りのことはしたいと思っているし、ぜひ恩も返したい。
けれど結婚となると一生に関わる問題だから躊躇してしまう。

そもそもここに一生いるのかなんて分からないけれど。

しかし凡人・凡才全開の私がまさか歴史の偉人と結婚の話で悩むなんて考えたこともなかった。


(三成さまと吉継さまの役に立てるのなら結婚くらい、いや、でも待て結婚だぞ私?ゼクシィだぞ?)


愛はないけれど私と毛利さまが結婚、と思うと胸のもやもやが止まらない。
私みたいなのと結婚してくれるなんてだけでもありがたいお話なのに、それを素直に受け入れられない自分がいる。

きっと毛利さまが私を好きだからじゃなくて、私も毛利さまを好きじゃないからとかじゃなくて、もっと別の、


「そんな下らない話をするな刑部。断っておけ。」

「ヒヒッしかしこの年で籍を入れていないのも体裁が悪い。」

「えぇ!?私くらいの年ってもう結婚してるもんなの!!?」


吉継さまが大仰に頷き度肝をぬかれる。
でも確かに言われてみれば昔の人は短命だし政略結婚だかでとても結婚のスピードが早いとかどっかで聞いた気がする。
ってことは今の私はここの人達から見れば嫁ぎ遅れの残念な子っていう目で見られてたのか、なんかショックだ。


「だったら、私、」

「ならば私がもらってやる。それで文句はないだろう。」

「へッ!!?」


何?今の、聞き違い?言い間違い?勘違い?

固まる私をよそに、問題の爆心地は平然とした表情で私を見つめている。
まるで慌てる私が馬鹿みたいに、日常の動作みたいに何でもない様子で、核爆弾を私の頭の中に放り込んだ。


「な、ななななな何を言って、三成さま、しょ、正気ですか!?」

「そちらこそ何を言っている。刑部は毛利を信頼しているようだが私はそうではない。
 ならばこっちの方が効率がいいだろう。」

「・・・・・・・・・効率って、」


何だそれ。ふざけてるのか。

瞬間湯沸かし器もびっくりのスピードで舞い上がった頭は、しかし冷めるのも早く萎んでいく。
なんだか舞い上がってしまった自分が馬鹿みたいだ。いや、馬鹿なんだけど。


(そうだよね、この人だって毛利さまと同じで私を好きになってくれたからじゃないんだ・・・)


私の世間体を気にして?もしくは刑部さまと同じ理由で離れられたくないから?どれでもいい、甘い理由じゃないのは確かだ。

その事実はさきほどは平然と受け止められたのに、今回は酷く胸の内を掻きまわされるような心地だった。
さっき一瞬だけ感じたもやもやが生き物のように大きくなり、悲しいような悔しいような怒りのような感情がごった煮になって、


「私、他に人ならまだしもそんなどうでもいい理由で三成さまにもらわれたくないですッ!!」


気が付いたら感情のままに叫んでいた。

頭巾の下で感情がよく分からない吉継さまはともかく、三成さまは珍しく虚をつかれた表情をしていた。
私はその二人以上にびっくりした顔をしていただろう。現在進行形で驚いている。

あれ、私、今何言った?よりによって三成さまにそんな理由でもらわれたくない?えっ?


「そおおおおおぉぉぉぉぉぉおおいぃ!!」


持っていた箸を勢いよく食べかけの皿が乗った膳に叩きつける。
しぃん、と私の奇行に周囲が静寂に包まれたがどうでもいい、今はこの場を脱出したいそして埋まりたい。どこかに。永遠に。


「ごちそうさまです!」

「何を言う?まだ皿に残っておるではないかぬしらしくもない。」

「いいんです!お腹いっぱい胸いっぱいなんで!!失礼しましたッ!!」


いち早く事態を察知した吉継さまのからかうような言葉を無視して、なるべく二人の顔を見ないように立ち上がる。
そしてそのまま逃げるように部屋を飛び出し、着物が乱れるのも構わず自分の部屋へ駆けていく。

廊下をすれ違う人の目が痛いけどやめてほしい、今は受け流す余裕がない。

そのまま自室に転がり込んでから、布団が敷かれているのをいいことに押入れを調べる。
案の定、空いていたスペースに身体を捻じ込んで光が漏れないようにきっちりと襖を閉めた。
そして膝を抱えて目を瞑って更なる暗闇の中へと逃げ込む。


(あああああああああ!わ、私、今、何言った!!?
 他の人ならともかく、三成さまのところにどうでもいい理由で、お嫁に行きたくない?はぁ?何言ってんだ私!!)


あまりの混乱に吐き気すら催しながらも必死に自分の言葉の意味を整理する。
無意識に飛び出てしまったあれは、つまるところ私の本音だ。あんな事を言うつもりなんてなかったのに強い感情に負けてしまった。

でも私は何の感情に負けたんだろう?


(毛利さまは平気なのに、三成さまに、その・・私を好きになってもらえた訳でもないのに結婚するのは・・・嫌だと思った?
 これが別にあの場にいた長曾我部さまでも真田さまでも平気なのに?って選択肢にイケメン多いな!いやどうでもいいんだよ!!)


問題は、三成さまだからこそ駄目だったという点だ。

他の人なら愛がなくても結婚できる?→でも三成さまとは愛がなくては結婚できない?=私は三成さまに、愛されたい?
世間体だとか吉継さまみたいに友達だから一緒にいてほしいとかそんな理由じゃなくて、そうか、

私は三成さまに好きになってもらいたかったのか。


(うそだ・・・私、三成さまのこと、好きになってたの?)


自分で出してしまった結論に力が抜けた。

やっと名前を付けられた感情が重みを増して頭の中に堂々と腰を下ろす。
そしてさっきのもやもやの意味にも納得のいく回答が出てしまい、逃げ場がなくなってしまった。

普通だったら恋の芽生えなんて喜ばしいもののはずなのに絶望感に涙がこぼれた。
自覚した瞬間に終わってしまった恋路は一寸先も闇に満ちている。


(そんなの無理だよ・・・だって私、顔も頭も運動神経も何もかも劣ってて、心だってあんなに綺麗じゃない。身分も違う。)


何より大きな障害は、私がこの時代の生まれではないということだ。

そもそも事故のような形で来てしまった私は元の時代に帰る方法も分からないが来た方法も分からない。
だからいつどんなきっかけで元の時代に帰ってしまうかわからない。帰ったらもう会えない。
携帯の電波も届かない場所の人と400年かけたって会えるはずがない。


(それに今の三成さまは秀吉さまの仇の、家康さまを殺すことしか考えてない。
 あんな憎悪に満ちた心のどこにそんな余裕があって、私なんかが潜り込めるの?無理に決まってる!)


色々な要素を抜きにしても、今や復讐の鬼と化している三成さまが私に時間も感情もかまけてくれるはずもない。
もしそんなことに現をぬかしてくれても自分を責めて自害してしまいそうだ。それ位に私の居場所はあの人の中にない。

馬鹿だ。なんて不毛な恋心を抱いてしまったんだ。
恋っていうのはもっと希望に満ちたものじゃなかったのか、これでは絶望感しかないじゃないか。


(それに、もし告白したところで断られたら超気まずいし同じところに住んでるんだから顔を合わせないわけにはいかないし)


勝率が低すぎて話にもならないし、失うものが大きすぎる。ものすごくリスキーな賭けだ。
絶対に想いを告げるなんてことはできない。今この瞬間に厳重に封印して意識の底に沈めることが決定した。


(どうしてこうなっちゃったんだろ・・あんなに私達って仲が悪かったのに。
 あの流れだったら惚れるのは確実に家康さまだったろうに、どうしてめんどくさい方に惚れてしまったのか・・・)


来た当初、互いに(私は大人だから内心で)舌打ちから挨拶を始め、よく邪険にされて。
その度に家康さまに慰めてもらって―――三成さまはただ単に不器用なだけで悪い人じゃないって知って。

誰もがそうありたいと一度は思う、自分を通す生き方のせいで周囲と衝突してばかりで、でもそれでも曲げられない生き辛い人。
そう育てたのが秀吉さまと半兵衛さまのせいだと思うと少し恨めしくもなった。
助けも求められてもいないのにあの儚い人を助けてあげたくなった。その芯が折られた時、支えてあげたくなった。


(なんだ私、ベタ惚れじゃん・・・・)


ぐしゃぐしゃと頭を掻きまわして、閉塞感に息を吐いた。でもどこにも行けない。

初めから与えることを前提にしていた恋は実る云々以前に不毛だった。
ただでさえ恋だの何だのとは無縁そうなあの人に、何かを与えられることなど期待してはいけなかったのだ。


(っていうか私って馬鹿だなぁ・・・さっき逃げておかなければまだ誤魔化せたものを、あれじゃ完全に肯定したようなものだよほんと)


よりによってあんな意味不明な奇声を挙げてこの部屋に逃げ帰ってしまうなんて、私は本当に馬鹿なんだと思う。
吉継さまにはどうやらバレバレだったみたいだけど、三成さまはきっと気にも留めていなかっただろうに。

逃げ出してしまったことで私は自分の行動のヒントをわざわざ提示してしまったのだ。


(いや、でも希望は捨てちゃだめだ。たぶん三成さまのことだからきっと深読みなんてしない。
 だって私達そんな素振りなんて今まで全くなかったし、向こうもそんな気は当然ないし、気が付いてくれる訳が、ない。)


安心するべきなのに、とても悲しくなってしまった。
三成さまにそういった対象で見られていないことを再認識してしまったから。

はぁ、と溜息をついてずるずると押入れの壁に寄り掛かる。
だらしなく投げ出した足は襖に当たり、改めてこの場所は窮屈だと感じた。


(明日からまた普通に接しておけば大丈夫、三成さまも不審には思わないはず・・・
 大体、あの人は家康さまの首をとることにご執心なんだから気に留めるはずがないんだ・・・・・・)


なんだか悩んでいたのが馬鹿らしくなって溜息をついた。
まさに独り相撲で、相手を煩わせる価値もない自分の被害(加害?)妄想。
相手に届きすらもしなかった矢が力なく地面に刺さっている。


(元の時代に帰りたい・・・・もしくはなんか、死にたい。)


目が覚めた時、この身体は溶けてしまっていればいいのに。
いなくなった私のことを見て少しでも三成さまは心を痛めればいいんだ。それだけで幸せだ。

でも痛める理由は私が欲しいそれじゃない。
私でなくても、自分の親しい(?)人間がいなくなったから悲しむだけで、それは私の欲しい理由じゃない。


「、何をしている。」

「――――今、自分が消えるにはどうすればいいか考えてました。」


聞きなれた声に閉じていた目を開ければ、眩しい光が漏れていて呼吸が止まる。
襖の隙間で四角く切り取られた空間内に目を瞠る三成さまがいることに私は心の底から絶望した。








































スサノオ→
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あとがき。
三成←幸せにしてあげたい。
家康←幸せにしてほしい。

だと思うんですがみなさんどうですか。
「そぉい!」の汎用性は異常だと思います。そおおおぉぉぉおい!!

家康は半兵衛に頼まれて二人の仲のフォローをしていたのに、いつの間にか自分が主人公に入れ込んでたとかだと萌えます。
半兵衛は未来の知識の有用さから三成に仲良くするように命令してたが、いつの間にかその枠を越えてたとかだと萌えます。

 
2010年 11月18日執筆 八坂潤
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