「正直だな。素直なのは嫌いじゃない。」 「は、はい。ありがとうございます・・・」 自分でもものすごく間抜けな顔をして恥ずかしい事を言ったと自覚していても、胸の鼓動が早まるのは止められない。 背景に大輪の薔薇を背負っているような心理状況はきっと今この瞬間を指すに違いない。 恥ずかしさやらなんやらで火照る頬を押さえながら内心で身悶えする。 私ごときにはこんな「美形に命の危機を救われる」なんて機会はそうそうない。 これはまさか恋なのかと、一目惚れで舞い上がる私にぴしゃりと冷水が浴びせられたような寒気が走った。 「――――っ」 視線の先には男が片手に携えている人間の子供ほどの背丈の大きな剣。 中ほどから先にかけて赤い血が滴っているのが月の光でよく見えた。 そういえばさっき私を襲ってきた人達の姿が見かけない。 もしかしたらこの人が(私を助けるためとはいえ)殺したのかもしれない。 ――――もしかしたら危ない人なのでは? 冷静になってみれば、こんな廃墟同然の建物に人がいるなんておかしい。 その人は刃物(しかも大き過ぎる)を持っていて相手を殺すなんて、常識的に考えて怖い。 命の恩人という恩を諸々から差し引いて考えてみても色々と不安な人だ。 そう考えてから見ると、彼の非人間的なまでの甘い顔も優しい言動も全てが罠のように思えた。 私を安心させてからあの剣で殺されてしまうのではないかと不安がよぎる。 「ここは立ち話には向かなそうだ。とっとと移動を・・・」 「えっと、いいです。私これから家に帰らなきゃいけないので・・・・」 ありがとうございました、と言うが否や走り出す――― 「逃がすか金ヅル!!」 「ッぎゃーーーーーーーーーーー!!」 ―――が、ものの5秒も経たない間に腕を掴まれて引き戻される。 それでもなお逃げようとする私に痺れを切らしたのか、両手首を掴まれて軽々と空中に吊り下げられた。 まるで飼い主に捕まった猫のように間抜けな状況だ、情けなさすぎる。 地べたに足が付かないだけでじたばたと暴れても意味が無い。 腕に力を入れて蹴りでもかましてやろうと足掻くが全くの無意味に終わる。 「わ、わ、下ろして!下ろしてよ!!っていうか金ヅルって何!!?」 「素直なのは嫌いじゃないと言ったが、素直じゃないのは嫌いじゃないとは言ってない。 悪ぃけどこっちも借金がかかってるんでね。特に何もしないから大人しくしてろ。」 「借金!?っていうか何、そのあくどそうな台詞! お願いだから手を離してよ下ろしてくださいお願いします!!」 「イヤだね。だってお前、下ろしたら逃げるだろ。」 「い、いや、逃げない。」 「はい、嘘。」 ぶらぶらとぶら下げられたままどこかへ連行されそうになる。 どんな力で掴まれているのか彼の手はびくともせず、足が無駄な抵抗さながらに空を切るだけ。 うう、これって結構自分の体重がかかって辛い。 足もだんだん疲れてきた、泣きたくなってくる。 先程までの薔薇色の空気は跡形も無く去り、代わりに厳しい冬を迎えた木々のようにどんよりとしてくる。 「―――んなこの世の終わりみたいな不景気なツラすんなよ。 ほら、「逃げません」って誓えば下ろしてやるから。」 「無理です、逃げたい。」 「じゃあこっちも無理だな。仕事だから。」 私の舌ってば正直過ぎる。 彼と向かい合うような形で運ばれているため、進行方向の視界が見えないのが不安で仕方が無い。 こんな美形の顔をずっと見ていられるなんて幸せだなぁなんて全くもって思っていない、欠片もだ。 そういえばこの人、改めて見たら半裸に直接コートを羽織るという斬新すぎる格好をしていた。 鍛え上げられた理想のような腹筋と筋肉が目に入り、ものすごく目のやり場に困る。 顔といい肉体美といい、私は一体どこを見ていればいいんだろう。 「仕事って・・・それに私と何の関係が?仕事もここの建物の解体業者か何か?」 「解体業者か、あながちはずれてないな――――ただし。」 何の前振りも無く両手が離され、小さい悲鳴と共に落下しかけた身体を片手で抱き寄せられる。 顔面に押し付けられる逞しい胸板と赤面する間もない早技に、私はただ目を白黒させるしかない。 「悪魔専用だけどな。」 「へ?悪魔?」 何言ってるの?正気?と続く言葉が大きな音にかき消される。 事態を理解できずに膠着する私の身体を逞しい腕が反転がさせ、眼前にさっきの人達と同じ姿の死体が広がる。 あげかけた悲鳴を大きな掌が塞ぎ、あろうことか私の手を掴みその人達の死体を触らせた。 気持ち悪さやら嫌悪感やら恐怖やらで涙が零れる。 「むー、むー!!」 「だから暴れんなって――――ほら、これが悪魔だ。」 「むひゃひふな!!(無茶言うな!!」 コイツを殴ってやろうかと掲げた左腕がびたりと止まる。 原因は目の前で現在進行形で起こっている異常だった。 「!!・・・・・何、これ・・・」 右手で触らされていた死体の感覚が無くなった、と思ったら砂に溶けていたのだ。 瞬く間にそれが全身に広がり、最後には骨も残らずに消滅した。 念の為に死体があった床を撫でても砂の感触のみでぞっとする。 ――――さきほども、このせいで死体がなかったのだろうか。 「この人達、一体・・・・」 「『人』?おいおいアンタどこに目が付いてるんだ?それとも実は盲目か?」 からかうような馬鹿にするような口調にむっとして振り返る。 そこには予想通り、にやにやと童話の猫のように笑う男の姿があった。 片方の手には漆黒の大きな銃が握られていて、おそらくさっきの大きな音はこれで撃ち殺した音なのかと理解する。 あんなに大きな刀を持っている人に今更銃刀法違反など指摘する気にもならない。 「それが悪魔さ。アンタはさっき俺の事を人を殺したと勘違いしてたみたいだが違う。 俺が殺したのはそこに転がっているのと同じ雑魚の悪魔だ。」 勝ち誇ったように笑うこの男に対しての反論が思い浮かばない。 先程から自分に起こっている怪奇現象と、目の前の死体だった砂が常識を侵食していく。 今日は厄日なんだろうか。 「――――悪魔なんて、本当にいたんだ。知らなかった・・・」 「その口調だと今までに悪魔に会ったことが無いみたいだが、そうなのか?」 「当たり前よ。私、単なる一般人だし。」 「ふぅん?」 男が値踏みするような眼で私の爪先から髪の毛までを眺める。 いきなり向けられた無遠慮な視線から逃れるように両手で身体を抱きしめた。 「え、何、何なの?」 「ここにやたら悪魔が出るのは多分アンタのせいなんだが・・・そうか、今まで会ったことが無かったのか。」 意外そうに軽く目を見開く男の表情は何かを考えるように伏せられた。 薄氷色の瞳を縁取る銀色の睫毛とその影までが美しくて、思わず姿勢を正す。 嗚呼、自分の本能が恨めしい。 「・・・・それって私が悪魔を呼んでるように聞こえるんだけど気のせい、ですよね?」 「気のせいじゃない。よかったな。」 「よくない!それ、どういう事!?」 「俺が知る訳ないだろ。そっちこそ身に覚えはないのか?例えば浮気とか。」 悪魔って浮気されたら怒るのだろうか。 突っ込もうかと思ったけれど表情からさすがに冗談だと察して口をつぐむ。 ―――私の犯した悪事なんてせいぜいピンポンダッシュ位だ。 我ながら器の小さい悪戯だが、さすがにそれはもう時効だろう。 「無い、です。今までも接点は無かったしこれからも無いと思ってたので。 そもそも悪魔が存在するだの自分が会うだのは実際に真剣に悩んだことはないし・・・」 ううむ、と頭を抱えて唸る。 何度も昔の思い出やら行動やらを思い返すがやっぱりわからない。 それとも無意識の行動が癇に障っていたのだろうか、だとしたら何とも迷惑な話だ。 「勘違いっていうのは?」 「それはない。」 瞬間、ぞくりと鳥肌が立った。 目の前の男の表情が獰猛な肉食獣の笑みに変化したように見えたからだ。 しかしそれはすぐになりを潜め軽薄そうな表情に入れ替わる。 まだ出会って間もない私にはどちらが彼の本性かわからない。 でも、もしわかったとしても私には成す術も無いことは明白だった。 私はこの人から逃げる事も―――倒す事もできないと本能が告げている。 「――――で、自分がどんな状況に置かれているのかわかったか? えーと・・・・・そういや名前を聞いてないな、お互いに。」 ―――いずれにしても、諦めるしかないなさそうだ。 この人にどこかに連れて行かれるのか、それとも悪魔にむざむざ殺されるのか。 どちらを選ぶかと問われればもちろん生き残る可能性の高い前者を選択する。 私にはさっきの悪魔を倒す武器も無いしあっても倒すことなんてできない。 無事にここから脱出するには手助けが必要だ。 そして目の前の人がその力を持っているというのなら、利用するしかない。 「一つだけ、聞かせて。あなたはここに何をしに来たの? まさかわざわざ私を助けに来ただけっていうことはないでしょう? それを聞かないと不安で死にそうです。聞けたら抵抗しないかも。」 「まるでウサギみたいだな。そんなか弱いモンには見えねぇけど。」 今何つったこの男。 さっきから、否、最初から思っていたけどこの人無礼過ぎる。 ふつふつとわき上がるこちらの怒りの炎など気にも留めずに男は笑う。 嗚呼、もしこの人が超が4つつくほどの美形でなければ躊躇いなく殴っていたのに。 顔が良いだけで行動を躊躇う自分の情けなさと本能に泣きそうになる。 「俺がここに来たのは『ここで悪魔が大量発生する理由を調べてこい』って依頼が来たからだ。 そろそろ借金の返済とかヤバかったし悪魔狩り関連だったら断る理由も無くてね。」 「それでここにいて、私を連れていこうとしてるのね。 にしても悪魔狩りって・・・・・スポーツみたいな言い方だけど、危なくないの?」 「俺にとっちゃスポーツと同じだ、むしろ単なる暇潰し。」 「うわ、嫌な趣味。」 薄々気付いてたけど認めたくなかった、けれど今なら認められる。 この人、冗談みたいに格好良いけれど基本的に駄目人間だ。 悪魔を倒すのが趣味とか、借金があるとか。 これはこじつけかもしれないが服装も何となく駄目人間臭がぷんぷんする。 けれどこんな物騒なことを趣味にできるのなら、やっぱりすごく強いのだろう。 だとしたら私の選択肢は一つだ。 「私はの名前はです。あなたは外人さん? たぶんこっちはそっちと順番が逆だから日本人だからが名前でが苗字。」 「それはエスコートのお願いととっても?」 エスコートね、そんなに優雅で洒落たものだったらどんなによかったか。 「私はただ、生きて家に帰れればもう何でもいいです。 あんまり遅いと・・・もう手遅れみたいだけど、家に帰らないと両親が心配するから。」 「――――そうか。」 両親、という単語に少しだけ銀の男が反応したように見えた。 それを横目に見ても特に反応もしようがなく、小さく溜息を吐くに留める。 心が更なる心配に塗り替えられる前に頭に軽い衝撃。 視線の先の男はこちらの頭に乗せた手をくしゃりと掻き混ぜたところだった。 数秒だけ目が合い、男が勝気な笑みを浮かべる。 「ま、安心しろよ。俺は何でも屋みたいなのもやってるからな。 事が済んだらきっちりを家まで送ってやる。」 「ッ本当に!?さっきは『駄目人間だなこの人』だなんて思ってすみませんでした! ありがとうございます・・えーと・・・・」 「ダンテだ。つーかそんな事思ってたのかよお前・・・。」 先程とは打って変わったように飛びついてくる私の態度に辟易しながらダンテが苦笑する。 ああ、さっきは駄目人間だなんて言って本当にごめんなさい。 ちょっと駄目人間かもしれない上に危ない人っぽいけど良い人ではあるようで!! 「約束して下さいね!絶対だから!!」 「――――わかったよ、約束する。戻してやるから少しテンションを下げてくれ。 俺は自分よりテンションが高いのは苦手なんだよ。」 「あ、そうなの。ごめんなさい。」 何とも自分勝手な理屈だなと思いつつも、飛びついていた腕を離す。 家に帰れるかもしれない、送ってくれるかもしれないと思うと急激にこの人がいい人のように思えてきた。 一度は去った薔薇色の空気も少しだけ戻ってくる。 今ならこの人に煮るなり焼くなりされてもいい―――・・・・ 「ぐえ、え?何するの?」 いきなり前振りもなく小脇にひょいと抱えられる。 まるで荷物でも扱うかのような動作だ、というか絶対に荷物扱いしてるなこの男。 しかもこの態勢ってダンテの腕が腹に喰いこんで、じ、地味に辛い。 妖精さんお願いです、今だけでもいいから私の体重を軽くして下さい。 「やっぱりここは立ち話に向かなかったな―――舌を噛むなよ、。ここから飛び降りる。」 「はぁ!?何でいきなり・・・・」 自殺願望をまき散らしてるの、と思ったが周囲を見て納得せざるをえない。 無数の赤い目。 二十四など遥かに超える数のそれは全て悪魔のものなのだろうか。 「いや、だからといって!大体ここを何階だと思って・・・・」 「口をしっかり閉じてろよ!死んだらこっちも元も子も無いからな!!」 「@*?#$%&〜〜〜〜!!!?」 硝子の砕ける音と共に急激に地面が近くなる。 冗談だと思いたいが容赦なく頬に当たる風はどこまでも現実だ。 ――――ああ、やっぱりこんな人に全てを任せるんじゃなかった。 現実を直視するのが辛すぎた私は微笑みと共に意識を失う。 それはきっと天使のような、そして全てを諦念しきった賢者のような笑みだったに違いない。 すとん、と赤い男が猫のように静かに軽やかに道路に着地する。 人間という枠では語れない、優雅かつ超人的な跳躍を見せたダンテだが息の一つも切らせていない。 「よし、着地成功―――おい、ここからは歩いて・・・」 「・・・・・・・・・・。」 「おーい。聞いてるか?・・・げ」 持っていたの顔を抱えあげると、そこにはイイ笑顔で気絶するの姿があった。 この状況でこの笑顔で気絶するなんて、コイツの器はでかいのか小さいのかよくわからない。 「なんだもうイっちまったのか・・・まぁ、かえってこっちの方がやりやすいか。」 もう一度気絶したを小脇に抱え直し、もう片方の手は背中の剣を握る。 道路の隅々からは黒い煙と共に様々な形状の悪魔が出現していた。 皆一様に、舐めるような目でを見つめている。 口から垂れ流した唾液が地面を汚す者までいた。 「焦るなよ。これは俺のモノだぜ?お前らはそこら辺で自慰でもしてな。それとも俺と踊ってほしいのか?」 「―――――」 挑発ともとれる脅迫にも屈せず、悪魔たちは距離を詰める。 自分の実力はここら辺に出現する悪魔には痛いほど叩きこんでいるのになおを求める。 理由は分からないが気持ちは分かる。 現に、俺の中の悪魔も――――― 『約束して下さいね!絶対だから!!』 の泣き笑いのような表情が脳裏をよぎる。 少しの罪悪感が俺に理性を取り戻させ、最悪の事態だけは避けさせる。 「――――約束なら仕方が無いな、ったく。さっさとを家に帰らせねえと俺がもたないぜ・・・・」 ふぅ、と彼らしくもなく小さく溜息を吐いて下ろしていた剣を悪魔に向ける。 たったそれだけの動作で悪魔が怯む、しかし進軍は止まらない。 「いいぜ××××野郎。溜まってるのは俺も同じだ――――全部この場で吐き出させてやるよ。」 内臓も、命までも、全てを晒して引きずり出してやる。 ダンテは口角を吊り上げ歪んだ笑みを浮かべると共に悪魔に斬りかかる。 それは子供とも悪鬼とも見分けがつかない表情だった。 NEXT→ ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- あとがき。 今回だけで同じ相手に二回の失恋。 さすがの主人公も惚れる相手を間違えたと自覚しました。 『借金』という言葉だけで大抵は一歩引くと思う。 修正前と違って明らかに糖度が下がったと思うけど気にしない。 割と自然な流れになったと思うんだけどなってなかったら申し訳ない。 今回の目標はとりあえず『違和感なく』を目指しているので・・・・!! 2008年 11月5日加筆修正 八坂潤