控えめな朝の光。

深いまどろみの中から覚醒すると、視界に違和感が広がった。
それが何かも深く追求しようとしないで(眠いし)、枕元にあるであろう携帯電話に手を伸ばす。
しかしそこにあるはずの硬い感触は見当たらず布団の中で手が空を掴んだ。


「・・・・・・・・・・・・・・。」


そういえば今日の布団と枕はやけに固いような気がする。
いや、私も別に上流階級の人間でもないから元からすごく柔らかい布団で寝ていたわけではないけれど。

目を開けると部屋が散らかっていた。
壁にはギターが立て掛けられていたり、服が無造作に転がっていたり、床には銃が――――


「へ!?」


ちょっと待て、何で床に銃なんで当たり前のように転がっているんだ。
誰かが踏んだら危ないじゃないか!・・・・あ、いやそうじゃない。

問題は、何で私の部屋に銃なんかが転がっているのかっていう話だ!!


「・・・・ここ、よく見たら私の部屋じゃない・・・?」


銃もそうだが私はギターなんて生まれてこの方持ったこともない。
床に散らばる服も私のものじゃないし、あそこまで私の服のサイズは大きくないはずだ。

まるでここって男の人の部屋みたいな―――


「!!」


急にまどろんでいた意識が睡魔の海から覚醒する。
ほぼ同時に昨日(?)の夜の記憶も思い出して息を呑んだ。
やっぱりアレは一連のドッキリの流れ、むしろ私の幻覚かと思ったけれどそれだとこの場所の説明がつかない。

・・・・・もしかしたらここってダンテさんの部屋?

この荒廃っぷりと言うか腐海っぷりがあの駄目人間っぷりを体現しているような気がしてならない。
私の部屋も大概で人の事が言えないがここは相当のカオスっぷりを呈している。


(いや、助けてもらった人の部屋の事をぼろくそに言うなんてよくないわ、うん。)


何で気絶したかはよく思い出せないけれど、ダンテさんは悪魔から助けてくれた上に部屋まで提供してくれたのだ。
そこまでしてくれる良い人を悪く言うのはよくない――――けど。


着 替 え た 覚 え も 無 い の に 服 装 が 変 わ っ て い る の は 何 で だ ろ う 。


え、何、このサイズを間違えたってレベルじゃない大きさの黒いシャツは。
タイツはそのままみたいだけど、あれ?っていうかこの大きさって男用?



「おー、王子のキス無しでも目を覚ましたか、。」


扉が勢いよく開く音と共に銀髪の美青年、ダンテが現れる。
片手にはピザの配達と思われる箱を持っていて、もう片方の手で生地の切れ端を持っている。

足を前に突き出した姿勢といい、この人ドアを蹴ったな。
別に私の家じゃないからいいんだけど(これがもしそうだったらこの人を蹴り返す。


「・・・・・・・・おはようございます。」


ダンテさんのテンションと言動にどう返していいのかよく分からず、無難な返事をするに留めておく。
この人って常にこういう台詞回しをしてるんだろうか。


「お前テンション低いな。昨日の勢いはどうした?」

「目が覚めたばっかりなもので・・・ついでにまだ頭が混乱して何でここに寝てるのか分かりません。」

「ああ、それは地面にダイブする時にが失神したから。」

「・・・・・・・・・・。」


いやーイイ笑顔だったぜお前、と悪びれもなく続けるこの男に殺意が芽生えたが置いておく。

私はほぼ初対面に等しい(一応)命の人間にバックドロップかますほど心の狭い人間じゃない。
せいぜい脳内でものすごく遠くから呪う想像をする程度だ。


「一応聞いとくが怪我は?」

「精神的打撃なら少々。」

「なら問題ないか。」


新しく箱から取り出したピザを差し出された。
オーソドックスにサラミとチーズがたっぷり載ったソレは温かそうな湯気を出している。


「ありがとう。」


目覚めたばかりの胃にそんな重いものを入れるのもアレだと思ったが好意は好意なのでありがたく受け取っておく。
鼻に届く香ばしい臭いが私に空腹だった事を思い出させた。

かじってみるとおいしいチーズとトマトソースの味が味覚を刺激する。
どこのピザかは知らないけれど、空腹だったのもあってとてもおいしい。

当然のごとくお皿は無いけれど予想はしていたので突っ込むまい。


「ちなみにが着てた服はそこに置いてあるから。」

「ぶほっ!!」


ピザと共に意識まで噴き出しそうになるのを堪えて、ちらりと横のサイドボードを見やる。
そこには(予想通り畳まれていない)私の服が無造作にそこに置いてあった。

ぎ、ぎ、ぎ、と油をさしていない機械人形の動作でダンテに視線を戻す。


「ぬ、脱がせたの・・・・?」

「ああ。」


何でも無いように言うけれど、でも、でも、でもでもそれって・・・・

私 の 裸 と か 見 ら れ ま し た か ?

でるとこ出てないくせにでなくていいとこが出てたりする部分とか。
異性なんてせいぜい昔にお父さんに見られてことくらいしかないのに―――え、本気で?


「み、見た・・・・?」


私の顔はさぞかし悲壮感に染まっていたことだろう。
意味も無くシーツを身体に巻き付けて、真っ青な顔とか細い声でやっとそれだけ絞り出した。


「―――言っとくが俺は着替えさせただけで何もしてないからな、珍しく。
 それとも血まみれの服のままの方が良かったのか?変わった趣味だな。」

「へ?血まみれ・・・・?そんなのおかしいよ、私どこも怪我してないもの。
 っていうか脱がせたんなら、その、知ってるでしょ!!?」

「じゃあ見てみろよ。自分の服を。」

「・・・・・・・・・。」


今はそれどころじゃない話をしていたはずだ。
私という一個人の存亡を賭けた壮大な話をしていたはずだ。

かの神話の蛇女のような壮絶な眼で相手を睨むが、軽く笑って顎で促すだけ。

・・・・・・いいだろう、その挑戦受けてやる。
常識として美形と女の人の顔には世界遺産レベルの保護条約が掲げられているが関係ない。
これでもし何も無かったらさすがの私も正義の怒りでこの男の顔面―――いや、どこかに拳をくれてやる。


怒れる炎を胸に自分の服を掴んで広げる。
やっぱり何も異変は無くて視線を銀の男に戻すと、指で「裏返せ」と指示された。

背中側を見たところで何の変化があるんだ、と裏返すと――――


「な・・・・!!」


――――そこには、確かな変化があった。

薄い色だった生地にべったりと付いた赤い液体が、時間のせいで赤茶色に変色しつつある過程にあった。
これがダンテの言うとおりだとしたら血で、でもこんな背中を覆い尽くすほどの量の血なんてどこから・・・・!!


「ひっ・・・・やあぁ!!」


背筋を這い寄る最大級の悪寒と共に自分の服を放り投げる。
それは壁へとぶつかり、力無く床に落ちて腐海の一部になった。

ダンテがその一連の流れを見て、やれやれと目を閉じた。


「だろ?俺の言ったとおり。ついでに言うと俺は滅多に自分から誘ったりしないんだよ。」


こんな量の血、私にいつの間に付いた?
少しならともかくあそこまでとなるとさすがに気付かないはずがない、私は頭は良くないがそこまで間抜けじゃない。


「ついでに加えるともっと胸が大きくて美人の方が好み――――おい、生きてるか?」


もしかしたら床に広がっていた赤いペンキ―――いや、あれが血だった?
だとしたらあの廃ビルで何が起こっていた?・・・・殺人事件?
ここまでの血だったら一人じゃない、何人も死んでてもおかしくない。


「・・・・・?」


あ の 部 屋 で 、 何 が 起 こ っ て い た ?


「ッおい!!」

「あ・・・・・・」


肩を強く掴まれて、びくりと震える。
近くなったダンテさんの青い瞳に私の恐怖に歪む表情が映っていた。

強烈な眩暈と嘔吐感に襲われるが何とか堪える。
けれどもうピザの続きを食べる気にはならずに箱の上に食べかけのピザを戻した。
そして言いようのない恐怖と不安感にシーツを指先が白くなるまで強く掴む。

寒い。
違う、コレは気温の寒さじゃなくて寒気が止まらないだけだ。


「―――ってマジで一般人なんだな。」

「・・・・・・有名人にでも、見え、ますか?」

「まさか!けどあんなに悪魔に好かれてるんだ。なんかやらかしたかと思ってた。
 悪魔ってのは基本的に犯罪者と仲良しだからな。」

「そう・・・・・。」


何だろう、この人はどうしてこんな血を見ても平気な顔をしていられるんだろう。
きっと私を助けてくれたあの部屋の中は血の海だったはずなのに。

ダンテに対する恐怖と嫌悪感までもせり上がってきて、もう限界だった。


「すみません、ちょっと、吐きそう、だから、洗面所か、何か・・・・」

「わかった。少し我慢しろよ、もつか?」


無言で頷くとダンテの腕が伸びてくる。
思わず嫌悪感で身体を震わせると、驚くほど優しく抱きあげられた。
昨日とは違う、まるで壊れ物を扱うかのような優しい所作に目を見開く。

そんな私の仕草になど気付かず、軋む階段を下りてどこかの部屋の前に辿り着く。
例の如く足で扉を開けるとそこはシャワールームらしく、レトロな造りの洗面所も見えた。


「一人で大丈夫か?」

「うん・・・・むしろそっちの方がいい。」


極限状態に近いとはいえ、ほぼ初対面の(そうでなくても嫌だけど)人に嘔吐姿を見せるのはやっぱり嫌だ。

脳内で全てを飲み込む大海嘯のイメージ映像を流しつつも、最後の理性で押し留める。
ダンテも限界を悟ったのか、洗面所の目の前に優しく下ろしてくれた。


「身体が気持ち悪かったらシャワーも使え。服は俺がテキトーに発掘するから。」

「(発掘・・・・?)うん、ありがとう。そうする・・・・」


じゃあ、という声とドアの閉まる音と共に人の気配が消える。



そこから先は間髪入れずに吐いた。
本来は上から下に通過させるだけの機能である気道を逆流する感覚は何度やっても慣れない。
吐瀉物を延々と水道に流しては吐く、という作業を何度も繰り返してようやく落ち着く。

鏡で見た自分の顔は医者に見られたら死亡と診断されそうな位に土気色だった。
生気の感じられない顔はげっそりしていて、自分でも見ていられない位に酷い。
ましてやダンテに見られたくなんてないと思いつつ、足はふらふらとバスタブへ近付く。


「服はドアの外に置いとくから終わったら着替えろよー。
 終わったら二階に来い。二階で待っててやるから。」

「はーい・・・・・。」


ドアの外に何かが置かれる音と、階段を上る音が遠くに聞こえる。

―――さっきは怖いだなんて思ってしまったけれど、やっぱりダンテは良い人の部類に入ると思う。
よくよく思えば悪魔狩りなんてやってるんだから血を見慣れてるのも当然だ。
人格と性格に多少の難はあるけれど、たぶん根は悪くない人なんだろう。

というか、正直、私を殺さないだけでも相当いい人だと思う。

こうして服も提供してくれるし、ベッドで寝かせてくれたし、シャワーも貸してくれる。
そもそも彼は私を悪魔から助けてくれた命の恩人じゃないか。

それなのにさっきは勝手に怯えて、恐れて、怖がって。
私は馬鹿だ。


(悪いことしちゃったなぁ・・・・)


服を脱いで畳んでから、シャワーの栓を捻ると温かいお湯が出てくる。
全身を、特に背中を重点的に流してようやく気が済む。

かけてあったタオルを借りて身体を拭いてから鏡を見ると、やっと見られるような顔になってきた。
相変わらず死神と仲が良さそうな表情だが、まぁさっきよりはマシだろう。


(出たら改めてちゃんとしたお礼を言わないと。)


少し開けたドアから手を伸ばし、用意された服を掴んで広げる。


「――――――――――――――――――――は?」


瞬間、ダンテへの感謝の気持ちが音を立てて崩れた。






感情のままに階段を駆け上がり、先程の部屋の扉を蹴り開ける。


「お前なー・・・ここ、階段もろいから」

「っんなことより何!?この服!馬鹿なの死ぬの!!?」


呆れたようなダンテの目線が私の服を見る。

あ、今、噴き出すのを我慢した顔をしたな。


「チャイナドレスなんてネタ以外で着る機会があるなんて思わないっつーの!!
 細い腰回りとか無駄に深いスリットとか短い裾とか!タイツなかったら自害してるわ!!」


扉の前に置いてあったのはダンテの趣味だかわからないチャイナドレスだった。
深い赤に豪華な刺繍な入れられているそれは、まるで格ゲーの女キャラが着てそうな勢いである。

思わず自分の正気を疑ったが現実は現実だった。

 
「ニアッテルヨ、。マルデテンシミタイダ。」

「その台詞、きちんと私の眼を見て感情込めて言えるの?」

「無理。」

「・・・・・ッこうなるって少し考えりゃわかるじゃない・・・何でこんな目に・・・・・」


恥辱と屈辱でぷるぷると震える私にダンテが嫌味っぽく笑う。

この格好を見られるのも恥ずかしいが、腰回りがものすごくキツいのがすごく泣ける。
女の意地に賭けてなんとか着たものの地味に辛い・・・うっぷ。


「そもそも、何でこんなの持ってるの!?」

「前に桃屋・・・・娼館を護衛した時におまけでもらった。
 もらったはいいが使う機会が無くてな、ちょうどいいからお前にやるよ。」

「宴会で着ろってか。」

「喜ばれるんじゃねえの?おじ様方に。」


我慢できなくなったダンテが腹を抱えて笑い転げる。
本人を目の前にしていい度胸だから、誰かあの男にパイルドライバーでもかましてやってくれないかな。
あと何かの事故で金だらいか何か落ちてくればいいのにな、いいのにな。


「・・・・死にたい。」


もういい、現実を見るのが辛すぎる。

ダンテの爆笑をBGMに虚空を見上げれば死神(※幻覚)が茶目っ気たっぷりにウインクしてくる。
可愛い動作だがマント被った髑髏がやっても誰も嬉しくない、私も嬉しくない。

しつこい死神の勧誘(※幻聴)を丁重に断りつつ、魂までも抜ける深い溜息を吐いた。































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あとがき。
おっと、チャイナドレスの悪口はそこまでだ!
チャイナドレスは俺のジャスティス。アリマリは俺の正義。

八坂的にはチャイナドレスは女の魅力を最大限に引き出してくれる服だと思います。
腰回りとか深いスリットとかたまらん、なんで中国はアレを一般服にしなかったんだ。
KOFの笑龍とかドツボ過ぎて死ねる。ほんと可愛い。

まだダンテに対しての遠慮が消えません。というかしばらく消えません。
アレを境に徐々に打ち解けられる様子とか書きたい。

あんまり話が進まない。
・・・・・・・・・・ゆっくりしていってね!!


2006年 10月24日執筆
2007年  4月5日加筆修正
2008年 11月8日加筆修正 八坂潤
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