耐えられなくなった私が窓枠に手をかけたところでやっとダンテの爆笑が終わる。
般若の表情で相手を睨むが全く相手にされず、手を引っ張られて再びベッドに座らされた。

悪かった、と形だけの謝罪を受け取ってとりあえず許しておく。

しかしこの恨みは忘れないぞ。
今この瞬間から少しずつ髪の毛が薄くなるように念を送ってやる。


「・・・・そういえば私ってどこに行けばいいんですか?」

「あー、それはもういい。」

「へ?」


てっきりこのまま連れて行かれるのかと思っていたから拍子抜けする。

いや、まぁこんな珍妙な格好してるからそれでもいいんだけど。
これでその人にまで笑われたらなんかもう生きていけないかもしれないし。


「何でいきなり・・・・私を連れて行かないと借金返せないんじゃないんですか?」


私の質問にダンテが少しだけ眉を顰める。


「―――ま、気にすんな。金はちゃんと入ったし、俺にはまだ別のところに借金ある。」

「はあ・・・・それならそれでいいんですが(?)というかいくつ借金してるんですかあんた。」

「俺が自由に生きるのに必要な分だけ。」

「つまり国家予算ですか。」

「そうなるな。」


借金の具体的な金額は少し興味があったけれどさすがに聞き辛いのでやめておく。
でも、悪魔が絡んでくる危険な仕事をやってるんだから報酬だってそれなりの額だろうに、何で借金が絶えないんだろう。
聞いてみたい気もするがちょっと怖いような気もする。


「で、俺はアンタをどこに送り帰せばいいんだ?特別に安く請け負ってやるよ。」

「ありがとう。ええと、住所は・・・・?」


続けようとしたところで何も続かない事に気付く。
言葉にならなかった空気がむなしく舌の上を滑っていくだけ。
自分が住んでいる場所なのだから言えて当然の話なのにその部分だけすっぽり抜け落ちたように分からない。


(あれ?私って今、何を考えてたっけ・・・?)


考えようとするとするだけ頭がぼんやりと霞がかってしまう。
その原因を更に突き詰めようとすると何を考えていたのかすら分からなくなる。
自分が悩んでいる原因がどうでもよくなってしまう。

というか、あれ、どうでもいい事なんじゃないかな そ ん な 事 は 。


(――――いや、どうでもよくない!このままじゃ家にも帰れないし、その、困る!!)


よくないはずなのにそこから先を考えることがどうしてもできない。
考えてはぼんやりと消え、どうでもよくなっては我に帰る。
無駄な空回りを何度も繰り返してから事態の深刻さを思い知った。


「ー?」

「――――」


舌が凍りついたように動かない、けれどそれは身体の異常じゃなくて恐怖からだ。

自分の住んでいた場所が分からないという恐怖。
そしてそのせいで家に帰れないかもしれないという恐怖。

二重の恐怖が私の顔から血の気を奪っていく。


(昨日、命を狙われたショックで少し頭がおかしくなってるのかな・・・何かきっかけがあれば思い出せる?)


それにしても急にこんな当たり前であるはずの事を思い出せなくなるなんて自分の将来が心配だ。
時々聞く若年性アルツハイマーとかそういうのに自分がかかっていたら本当にどうしよう。
後で病院に行って脳を検査とかしてもらったほうがいいんじゃなかろうか。


「ち、なみにここは・・・どこですか?」

「アメリカ。」

「アメリカ・・・・・」


さすがにここが自分の住んでいた場所と違い過ぎるのは理解できる。
さっき窓枠に手をかけた時に見た光景が見慣れないものであったのは、ここ近辺には住んでいなかったのだろう。

でも、果たしてそうと言い切れるのだろうか。
住んでいる場所の記憶が無いのにこことは違うなんてどうして分かるのか。


(記憶喪失、っていう訳じゃない。他の記憶は残っている・・・・その部分だけ欠落しているだけで。)


家族や友人、思い出、言葉、人格は覚えている。

けれど自分の帰る場所が分からない。
けれど自分の故郷が分からない。
けれど自分の家が分からない。

私の現実が、日常がどこにあるのかが分からない。


「どうしたんだ?難しい顔して。まさか月とか言わないよな?
 さすがにそれはN●SAにでも頼れ。」


月だろうが天空の城だろうが、行くのが困難でも場所が分かるだけマシだと思う。
どんなに平坦な地でも帰る場所すら分からない私はどこに帰ればいい?


「――――分からない。」


震える声でやっとそれだけを絞り出した。
ダンテが少し嫌そうな表情をするがそれも当然だ。


「・・・・家出なら手伝わないぞ。」

「本当に、分からない。他の記憶は、自分の歴史とか家族とかは覚えているのにそこだけ覚えてない・・・・
 他の記憶から掘り起こそうとしても風景だけ何かに塗り潰されたように分からなくなる。」

「・・・・・・・」

「そもそも、何で私はあそこに居たんだろう・・・・目が覚めたらあそこに居て、倒れてて。
 私ってどうやってあの場所に行ったのか、どうして居たのかもわからない。」


でも何故か自分はあの場に居て、しかも悪魔を呼んでいたという。
でも悪魔と会うなんて、今まで生きてきてあんな怖い経験は無かったしこれからも無いと思っていた。

私が眠っている間に何かあったのだろうか。


「ダンテさん、何で私って悪魔を、その、呼んでしまうんですかね?」

「さぁ?さすがにそこまではわからないな。俺は先生じゃないんでね。」

「・・・・じゃあ、何度でも言うけれど人違いって言うのは・・・」

「それは無い。俺には分かる。」

「・・・・・何で分かるんですか?」


ああ、まただ。
昨日もそうだけどダンテはこの話題になると表情は変わらないが何かが変容する。
何がと問われれば困ってしまうのだけど、でも表面化してないだけで何かが内側で蠢いているように感じるのだ。

まるで捕食者と目が合ってしまった哀れな犠牲者のような
もっと言うと悪魔に睨まれているような、生きた心地のしない気持ちになる。


「――――俺はデビルハンターをやって長いから分かるんだよ。勘、ってやつだ。」

「勘じゃアテにならないじゃないですか・・・・」


思いっきり不信感を込めた目で見ると無言で頭にチョップを喰らわされた。
手加減はもちろんされているんだろうけれど目の前がちかっと光る。


「うごっ・・・・」

「のくせに生意気だ。」


そう言って笑うダンテの眼は、さきまでの猛獣のような光は失せ凪いだ海のように穏やかな色をしている。
それを見ると安心できるけれどさっきとの差異がやはり引っかかる。
問いただしたした方が良い方も気がするがまだ知り合って間もない私にはどれが本質か見極められない。

それに今はそんな事よりも考えるべき事がある。

私が悪魔を呼ぶのはわかったとしても、依然としてどうやって帰ればいいのか分からない。


「にしても、何でこんな体質(?)になっちゃったんだろ・・・今までこんなことなかったのに。」

「突然変異か?」

「人を変な生き物みたいに言わないでください。」

「充分変わってるだろ。」


その台詞はこの人にだけは言われたくない、断じてだ。
まぁ確かに変な部分もあるかもしれないがそれは一般人の範囲内でこの人ほどネジがぶっ飛んではいない。


「―――――というか、今帰っても私が悪魔を呼ぶから家が危険なんじゃ・・・・」

「そりゃそうだ。」

「な・・・じょ、冗談じゃない!」


ベッドから身を乗り出し、ダンテの逞しい腕を掴んで引き寄せる。
触れた瞬間に彼の腕がぴくりと不自然に動いた気がするが気にしていられない。


「強引だな。」

「何で、こうなったのはまぁ今は置いておくとしてコレって何とからならいんですか!?
 家が分かる分からない以前にこんなんじゃ周囲の人に迷惑がかかり過ぎて戻れやしないですよ!!」

「まー、退屈しなくて済むんじゃないか?」

「退屈どころか死ぬ!死ぬから!!私も家族も一般人だから!!!」


家に帰ってご飯を食べているところを悪魔に襲われる想像をして顔が青くなる。
私の家族は特殊な訓練なんて積んでいない一般人だからなす術もなく殺されるに決まっている。

その場に私がいるせいで、私のせいで!


「そういえば・・・ダンテさん、今ここに私が居ることって迷惑じゃないんですか?
 今この瞬間にも悪魔が入ってくるかも・・・・」

「安心しろ。どんな女を大事にするのはイイ男の条件の一つだ。
 それにここには色々と魔除けとかしてあるんだよ。
 女を抱いてる時に悪魔が来ることほど興醒めな瞬間って無いからな。」

「でも」

「それに言ったろ?悪魔を狩るのは俺の趣味の範囲内だ。
 人生は刺激があるからこそ面白い。」


危険な刺激過ぎる、と思わず呟きかけた言葉を飲み込む。

ダンテは当り前のように刺激を享楽として受け取っているらしいが、それは強者の特権だ。
私みたいな弱者は刺激を恐怖として受け取るしかない。

どうやって家族も自分も危険に晒されないかを考えて、ふとダンテの肩書きを思い出す。


「・・・・・ねえ、ダンテさんって何でも屋なんですよね?」

「何でも屋だからって犬の散歩まではやらねーからな。んなもんはママに任せとけ。」

「じゃあ、私が悪魔に狙われる原因って探れますか?」


ダンテが悪戯を思いついた子供のように眼を細めてみせる。
もっとも、それは火薬庫で花火大会しようぜとかそう言う物騒な悪戯を考え付いた顔だったが。


「――――いくら出せる?」

「・・・・・どれ位ですか?」


はっきり言って手持ちはそんなに無い。
それにこういう何でも屋さんの依頼っていうのは漫画で見る限り高そうだ。
もっとも、命がかかっているのだから出し惜しみなんてしていられないのは分かっているが。


「難易度と面白さに寄るな。危なければ危ないほど燃える。」

「(ほんとに危険人物だなこの人・・・・)じゃあ、最低でもいくらですか?」


長い指が一本立てられた。

ここがアメリカだとすればドルな訳で、1ドル=100円ちょい位と考える。
まさかセントじゃあるまいし、いくらなんだろう。


「1万ドル。」

「1万・・・・100万と少しってこと!!?え、ちょ、本気?本気で!?高すぎるんじゃ・・」

「ちなみに昨日の依頼は250万ドルだから。
 には気絶させちまったし少しばかり迷惑をかけたから割引で。」

「は・・・・・?」


安くなってこの値段か。
しかも冗談でもなく本気らしい。

ある程度の覚悟はしていたが、予想外の金額の暴力に眩暈がして立っていられなくなりそうになる。
鼻から空気と一緒に魂まで旅立とうとするのを見送るか一瞬迷って緊急阻止。

これは、100万円で自分の命を買うって事なのか。
自分の命ってこんなに価値のあるものだっけ?
しかも家に帰っても狙われるかどうかわからない保険に100万なんて大金を支払うなんて・・・!


――――カタカタ!


「うわ!!」


窓枠からの不審な音に振り返れば、そこから骸骨の顔が覗いていた。
瞳のない髑髏の眼窩の奥にある真っ赤な光は真っ直ぐに私を見ている。
しかし悪魔は屋内に入る訳でもなくただもの欲しそうにこちらを眺めているだけ。

魔除けをここには施しているから安全、というさっきの言葉が脳裏をよぎった。


「モテる女は辛いな。・・お前、本当に何をやらかしたんだ?」

「だから!それを、聞いてるんですってば!!」

「そりゃそーだ。」


ダンテがおもむろにが窓枠に近寄り、開けたと思った瞬間に銃声が響く。
いつ抜いたかも分からない雷鳴のような速度で抜き撃ちされた悪魔はずるずると窓に手を擦り付け地面に落ちていった。

最後まで光の無い目で私を名残惜しそうに眺めながら。


「――――で、どうするんだ?。」

「すみません依頼させて下さいお願いします。」


自分が窮地に陥って初めて命の大切さを思い知りました。(匿名 女性)

100万円がなんだ!もうこんな怖い思いしなければなんでもいい。
1億とかそんな無茶な価格じゃないんだからローン組むなりなんなりすれば何とかなる、うん(金銭感覚の麻痺


「ただし!成功報酬でお願いします。」

「確定報酬って事だろ?言われなくてもそのつもりだから安心しとけ。」


自信満々に言ってのける彼に少しだけ胸の不安が晴れる。
まだ問題は残っているけれど、命の保証に関しては問題はなさそうだ。
この人の近くに居れば一応は守ってはくれるらしい。

さて、残る大きな問題は。


(命と同じくらいに大きな問題は自分の家が分からない事よね。
 いくら命があってもそればっかりはどうしようもないし、お金も払えなくなってしまう。)


相変わらず自分の帰る場所は頭が霞がかっていて分からない。
考えれば考えるほどぼんやりとして、何を考えていたのかすら分からなくなる。

それでも自分の異常と戦いながら頭の中を探り、途端に閃く。


「携帯!!」


自分のカバンをひったくるように手繰り寄せ、逆さにして中身をシーツにぶちまける。
掻き分けるように目当ての物を探すが、何故か見つからない。
一つ一つ手に取って丁寧に調べても見慣れたそれは見つからなかった。


「無い・・・・どうして・・・・・」


昨日の夜までは確かにあったのに。
忽然と携帯電話だけが姿を消す訳もいないのに。

再び血の気が引く音が耳の奥で響く。
目の奥が熱くなってじわりと涙がにじんだ時、鞄に残る痛々しい切り口を見て思い出す。

あの時、悪魔に鞄を斬られて残された傷。
その瞬間に中身が落ちる音を聞いたような気がする。

つまり。


「落したんだ・・・・あの時に・・・」


そうと分かればやる事は一つしかない。
落としたものは持ち主が拾いに行くべきだ。


「ダンテさん、昨日の場所ってどこだか分かりますか?できれば道案内をお願いしたいのですが・・・」

「いいけど、何で」

「携帯電話があれば家族に連絡が取れるんです。
 そうすれば帰る場所も分かるし、自分の無事を伝えられるので。」

「ああ、なるほど。」


ダンテが立ち上がり、床に落ちていた赤い革製のジャケットをこちらに投げて寄越す。
羽織れという事なのだろう。

袖を通してみると体格の差が歴然で、自分の指が出てこない。
少し情けないが何度か袖をおって何とか手首を出す。

服と格闘している内にダンテは既にあの大きな剣を肩に担いでドアに立っていた。


「やっぱり、出ますかね・・・?」

「今は昼だし悪魔も大人しくしている頃合いだ。
 大丈夫だと思うがが居るし、念の為な。」

「ありがとうございます。お願いします。」


赤い背中に続いて建物を出るとそこは絵に描いたようなスラム街が広がっていた。
古めかしい煉瓦が敷き詰められた道路に昼でも薄暗い通り道。
ゴミ箱からは中身が溢れていてどう見ても整備が行き届いているようには見えない。

あの建物から一歩外に出たからには悪魔がいつ襲ってくるかもわからない、そう思うと緊張する。
がちがちになってダンテの傍から離れようとしない私を見て彼は笑った。


「いくらなんでもそうホイホイと出てこないっての。
 アイツらだって常に退屈してる訳でもないだろ。」

「でも、さっき・・・・」

「それはお前の負の感情につられて出てきたんだよ。
 そういう暗い気持ちってのは悪魔の大好物だからな。」


だから明るく行こうぜー、と気楽に言われるが非常に困る。
気楽だなんて普段は意識せずにやっているはずなのに意識するとこんなにも難しいものなのか。

ますます硬直する私を半ば呆れながら、ダンテが真っ赤な大型バイクを引っ張ってくる。
それに乗りこむダンテは当然のようにヘルメットをしていない。


「・・・・・ダンテさんは赤い色が好きですね、本当に。」


少し苦労しながらもダンテの後ろに同じようにして跨ろうとして深すぎるこのスリットが危険な事に気付く。
一般市民への視覚的暴力を防ぐ為にも、仕方が無く恋人みたいに横座りになって服を掴んだ。


「主人公の色だからな。目立つだろ?」

「あー、なるほど戦隊モノですね、わかります。」

「そう言うお前は?ピンクか?」

「ヒロインカラーですか。」


ダンテがバイクのエンジンを入れて辺り一帯に猛獣の方向のような爆音が響き渡る。
鼓膜を震わすそれに顔を顰めつつも音に負けそうな声で呟く。


「目立たない色なら、何でもいいかな・・・・。」


物語の当事者になんてなりたくない。
せいぜい自分は村人Aだとかそういう目立たない傍観者でいたい。


「つまり脇役志望って事か。」


しっかりと耳に届いていたらしいその言葉を鼻で笑い、ダンテの長い足が地面を蹴る。
途端に強い風と共に景色が通り過ぎていき、衝撃が頬と脳を揺さぶった。


(だって、私みたいに何もできない人間は主役の影に隠れるしかないじゃない。
 ヒロインって言うほど可愛くもないし性格も良くないし)


けれども反論を飲み込む程度には私は賢明だったらしい。
代わりに小さなため息を漏らして眼を閉じた。

































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あとがき。
古龍を狩ると紫色のペイントボールが出るって聞いたのに未だに出会ったことが無い。
おっかしいな20体は狩ってるんだけどな・・・
灰色とか赤色とかなんちゃって紫のペイントボールは出るんだけどな・・・・・・

古龍の大宝玉に未だに出会ったことがありません、泣きたい。
エンプレスとかカイザーの頭装備が作れない、泣きたい。
古龍の大宝玉確定報酬クエとかありませんか、この際難易度は問わない。


ダンテの報酬って相当もらってるみたいですね。
漫画とか小説を参考にしていると。
それなのに借金とかツケが絶えないのかあの男は。


2008年 11月20日執筆 八坂潤
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