「・・・・こうして見ると、本当にボロい建物なんだね。」


バイクに乗せられて揺られること数十分。
何度もダンテがふざけて命を落としかけた記憶が過ぎるがとっとと忘れたい。
屋根から屋根を走り抜けたり階段を下りたりするのは画面の向こう側の出来事で十分です。

当の本人は特に気に留める様子もなく腕を伸ばして伸びをしている。
あれだけのアクションをこなしておいて日常扱いだとでも言うのか、なんて恐ろしい。
いずれビルの壁面をバイクで駆け昇るなんて荒技をやってのけそうだ。

・・・・・想像で終わらなさそうなところがまた笑えない。


頭の痛くなる想像は早々にきり上げ視線を建物に戻す。


(最初にここに居た時から感じていたけれど、なんだか嫌な感触がする。
 はっきりとは言えないけれど、そう、一言で言うなら『近寄りたくない。』)


とは言え携帯が中にあるであろう以上は進むしかない。
ダンテも居る事だし、とっとと用事を済ませて撤退するに越したことはないだろう。

古びた自動ドアの扉の前に立つが、反応が無い。
試しにもう一度地面を踏んでみるが何の変化もない。


「・・・って見るからに廃ビルだから動く訳ないのか。」

「さっきから面白いダンスを踊ってると思ったらそういう事か。」

「黙って見てないで止めるか開ける方法を探してください。」


仕方無くガラス張りのドアに手をかけて開けようとするがビクともしない。
手が埃で灰色になって汚れてヌルヌルというかズルズルというかザラザラというか、うう、気持ち悪い。

後ろのダンテに視線で助けを求めると、大げさな動作で両手を広げ首を振られた。
何とも分かりやすい『呆れ』のポーズに少しだけイヤになる。


「ダンテさんの怪力だったら開けられるんじゃないんですか、コレ・・・」

「いいや。おめめをばっちり開けてよーく見てみな。ついでに少し離れた方がいい。」

「へ?」


チッ、チッと長い指が左右に振られるのを見て、言われた通りに目を凝らす。
そのまま数歩下がると、目の前を赤い何かが横切った。


「ッ何!!?何、今の!?いま、今、なにかよこぎっ・・・へ?手!?」


私を捉えられなかった赤い手がわよんわよんと揺れている。
恐る恐る手を伸ばそうとしてみると、それを阻むように敏感に再び反応した。

つまり、『通せんぼ』状態だ。


「だ、ダンテ・・・これ・・・・・何?」

「結界だよ。俺達に『入るな』って警告してるのさ。」

「ええええええ・・・・結界、ってあの、よく漫画とか小説とかの立ち入れなくなるアレ?」


そんなの困る、と続けようとした私の眼が唐突にあるものを捉える。

相変わらず揺れているあの大きい手のもっと先、ガラスの表面を這う赤い何か。
それが苦悶の表情を浮かべる人間の顔のような模様に見えて戦慄した。
気のせいだと言われればそれまでだが、悪魔だの結界だのと言われた後だとそれらが現実味を帯びてくる。

神様、私マジで何かしましたか。


「これってダンテさんでもどうしようもないんじゃ・・・」

「おいおい勝手に俺の無限の可能性を狭めてくれるなよ。
 この俺がどうしようもできないのは両手で足りる程度しかないさ。」


少し下がってろよー、という指示で更に数歩下がった。
彼にできないその数少ない内容をぼんやりと考えていると、ダンテがおもむろに扉に触れた。
当然のようにあの赤い手が阻止しようと襲いかかるが気に留める様子もない。


「ダンテ・・・・・ッ!!」


慌てて助けようとするが、足元から頭までを鳥肌が立つほどの悪寒に襲われて動けなくなる。
得体のしれない恐怖で身が竦む私をダンテは顧みようとはしない。

け れ ど 彼 の 輪 郭 が 一 瞬 だ け 歪 ん だ よ う な 気 が し た。

あの扉を這う真っ赤な呪いも縫い止められたかのように動かない。
数秒そうしていたかと思うとガラスに大きな亀裂が走った。
その裂け目から木の根のように幾筋にもわたるヒビが入り、ついには砕け散る。

邪魔だった手が砂になる微かな音がやけに大きく聞こえた。


「よし、コレで開いたぞー。」

「・・・・・・。」


陽気な口調で私を振り返る彼はいつも通りに見えるが、それが逆に少し怖くなった。
この明るさが『何か重要なことをを私に隠しているのではないか』と勘繰らせてしまう。

まぁ、会って間もない人間相手なんだから隠すことなんて山ほどあると言えばそれまでだけど。


「今、何したんですか?結界って割には随分あっさりと開きましたけど。」

「俺のカッコよさに恐れをなしたんだろ。ほら、入らないのか?」

「入りますけど・・・」


何だろう、今ナチュラルに『それ以上聞くな』って釘を刺されたような気がする。
でもその深々と刺さった釘を引き抜くほどの勇気もなく、ガラスの破片を踏みしめる軽い音と共に中に入る。

ダンテが私の数歩前を歩いて周囲を警戒してくれる。
その後をおっかなびっくりしながら臆病者の私が続く。


(中はそこまで埃っぽくないな・・・あの扉からして随分積もっていると思っていたけれど。)


剥がれかけた床や天井を横目に何度か階段を上り部屋を調べる。
その部屋に出会ったのは何個目かの部屋の扉を開けた時だった。


「あ、ココだ。」


傍目にはただっ広い何もない空間だが、床が赤いので一目で分かる。
けれどそれが全部血かも知れないという可能性を思い出して浸入するのを躊躇った。

こんなに多くの血が何故この場に流れているのか。


(いや、全部がそうだとは限らない・・・・けれど怖い。
 もしこれが殺人現場、それも大量の人間が死んでいた場だったら?
 いやでもタチの悪い悪戯かもしれないし輸血用の物だったかもしれないし・・・・あああああ)


いつまでも扉の前で立ち往生してダンテを待たせるわけにもいかない。
ちらりと横に視線をやると彼の姿は無く、正面に戻した先で既に中をのんびり歩いている姿が見えた。

こんな量の血(いや、赤ペンキ!)にも躊躇ゼロですかそうですか。


(結論!早く回収し早く帰ろう!!怖いし、呪われるかもしれないし!!!)


呪いとか言ってる時点で何かに負けているような気がするが深く考えない。

恐る恐る一歩足を踏み出してしまえば後は簡単だ。
何も考えないように白線渡りの要領で赤がない部分を選んで進めばいい。


(そういえば、こうして見てみると結構赤くない部分もあるんだな・・・)


無作為にぶちまけられていた訳ではないという事なのだろうか。
ある程度まで来たところで周囲の床を見渡すと、赤色は何か図形のようなものを形作っていることが分かった。
何のと問われれば複雑すぎて口では説明できないが、どこがで見たような気がする。


「ダンテさん、これって何かの模様っぽくないですかね?」

「模様も何も・・・・魔法陣だろ。」

「まほう、じん?」


あまり聞き慣れない言葉に首を傾げる。
それと同時にどうしてそんな慣れない言葉なのに私には見覚えがあると感じたのかという疑問がわいた。


「―――ここで何かヤバい儀式かあったのかもな。」

「え・・・・そ、それってどういう・・・・・・」


――――プルルルルル♪


「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


突然響いた何かに、咄嗟にダンテの広い背中の裏に隠れる。
早鐘のように落ち着かない心臓に手を当てつつ呼吸を正せば何ともない、自分の携帯の電子音だった。

けれど、こんな時間にアラームなど設定した覚えはないような・・・・


「・・・・・」

「わ、わかってるから!止めて下さいそんな笑う気満々の目で見るのはお願いですから!!
 笑いたければ笑えばいいじゃないですか!」

「笑ってもいいとお許しが出たので。」


ダンテが貴族のように優雅な動作で一礼。


「ぶわははははははははははははははははは!!!」

「いつか殴る、絶対にコイツを合法的に殴ってやる・・・」


いつまでも続く無機質な電子音とダンテのものすごく楽しそうな大爆笑の二重奏が何とも不愉快だ。
原因の片方を担ぐアラームだけでも止めようと、携帯を拾い上げた手が固まった。

画面には『着信』の二文字が表示されているのだ。
しかしそのすぐ下には『非通知』の三文字と、右端には『圏外』の無情な言葉。

狭い画面の中で矛盾と謎がひしめき合っている。
これは一体何を暗示しているのだろう。

恐る恐る耳に当てて、通話ボタン。


「物語のヒロインにナッた気分はどウでスカ?」

「は・・・・・・?」


私が固まったのは開口一番の相手の電波発言に対してではない。
いや、それも十分に一役買っているが。

それよりも子供とも老人とも、女とも男とも聞き分けのつかない無感情な相手の声。
当然こんな不愉快な声を持つ人間など知り合いにはいない訳で。
テレビの万引きGメンとかで聞くボイズチェンジャーでも使っているのだろうか。

いずれにせよこんな手の込んだ悪戯をする人間なんて周囲にはいない!

この電波の向こう側に居る人間は一体誰だ。
い や 、 そ も そ も 人 間 な の だ ろ う か ?


「えーと、どちら様、ですか?相手とか間違えてません?」

「貴女を違ゥ世界からオ招きしタものデス。
 もチロん、私ハ相手を間違えテなどイマセんよ、サン?」

「ッ・・・!!」


携帯を介して伝わる悪寒が虫の群れとなって襲いかかる錯覚。
ダンテが私の尋常ではない様子を見て、窓から外を見渡し始めた。

自分の名前を誰かに知られているのも十分恐ろしいが、それよりも相手は何を言った?


「違う、世界?招いた?どういう事よ・・・・それ。そんなのが現実に起こる訳が」

「コノ世界ハあなタにとっテノ非現実でスよ。
 貴女が認めヨウが認メマいガそんナ事はドウデモいいノでス、モうページはメくらレタのだカら。」

「どうでも・・・・・いい?それに、物語って」

「異世界カら人間を呼ビ出す二ハ多大ナ犠牲を支払イまシタ」

「犠牲・・・・」


自然と目線が床に広がる赤い海を追ってしまう。
酸化して茶色く変色しつつある彼岸花の花畑。

これが、全部、私を、呼ぶための、生贄?
私を呼び出す為とやらにこんなにたくさんの人が殺された?


「う、嘘だ・・・嘘、嘘、嘘。信じない信じない私はお前の言う事なんて・・・」

「何ヲ言ってイルンですカ、コレは、貴女ガ望んダことデシょウ?」

「え?」

「私は貴女ノ望ム非現実を提供しタダけ。」


私が、望んだ―――?

確かにここに来る前は現実に鬱屈していない訳ではなかった。
けれどそれは冗談であって私は自分の家が、友達が、そして家族がいるあの些細な現実の方がいいに決まっている。

それにもしも、もしもそんな下らない自分の願望に付き合わされて人間が殺されていたら。
だとしたら私はこの人達にどんな顔をして謝ればいい?


「せいゼイ私の役に立って楽しマセテ下サい。そウでなけレバ人柱の意味ガ無イ。」

「・・・・・そんな・・の・・・」

「でハ、ゴきげンヨう。」


電話が切れるのとダンテが私の身体を引っ張るのはほぼ同時だった。
壊れたカラクリ人形のように力の抜けた身体はいとも簡単に赤い腕の中に収まる。
そしてほんの数秒前まで私がいた空間を鋭い銀が薙いだ。

携帯電話が紙のように両断されて床に落ちる音が遠く聞こえる。


「、落ち着いてさっきの事を思い出せ。負の感情に悪魔は釣られるって言っただろ?
 それをお前がこんなところで撒き散らしたりしたら・・・」

「人が死んだ、殺された・・・嘘だ、嘘だ、けれど、そんな、まさか」

「おま・・・人の話を聞いて・・・・ッ」


軽く突き飛ばされると同時に金属同士が絡み合う甲高い悲鳴が耳の傍で響いた。
のろのろと視線を上げた先にはダンテと悪魔が戦っている。
普段だったら恐ろしくて身を竦めるような光景でも今の私には無関係な事のように思えた。


ここにある血は殺された誰かのもの。
ここで殺されたのは私を呼び出す為に。
ここに私を呼び出したのは私の矮小な願望と、誰かの陰謀のせいで。


(私みたいな、こんな下らない命のせいでたくさんの人が死んで・・・)


わかっている。
私が直接殺した訳じゃないし、そうと知っていた訳でもない。
だから私が謝ってどうにかなる問題じゃないのも理解している。

けれどそれ故にこの罪悪感が拭いきれない。

私は、どうすれば許してもらえる?


「何で私なんかの為に・・・・誰もそんな事、頼んでないのに・・・」


ダンテの剣が煌めいて床に鮮やかな血が塗り足される。
怒涛の勢いで彼が悪魔の群れを圧倒していくが、それでも一体のみが私に向かって来た。

偽物のように鋭く光る鎌が振り上げられるのを抵抗せずにぼんやりと眺めていた。


い っ そ こ の ま ま 


「ッ!逃げろ!!」


悪 魔 に 無 残 に 残 酷 に 殺 さ れ た 方 が ―――


「・・・・あんの馬鹿!!」


目の前で鮮やかな血の華が狂い咲いた。
けれどそれは私のものでもなく、悪魔のものでもない。

私を守るために突き出された赤い腕から血が涙のように滴っていた。


「ダン・・て・・・・・」


彼が私を庇って腕を鎌で斬りつけられた。
斬りつけられたら怪我をするのは当然で、そして血も流れている。


海の底から急速に意識が浮上した。


咄嗟にダンテの腕を掴み止血しようとする。
けれどその手を怪我した手で逆に掴まれて身体が震えた。

掴まれた腕の痛さよりも、ダンテの形相の方が。


「ダンテ・・・ごめん、ごめんなさい。私のせいで・・・」

「・・・・・・・・・・・」

「本当にごめんなさい・・・」


泣きそうな声での謝罪に対して、彼にしては珍しいであろう溜息をつく。
このまま見捨てられてしまうかもしれないと思うと、目の前が真っ暗になっていくような心地だった。

気まずい空気の中、ダンテが荷物でも持ち上げるかのような体勢で私を抱えあげる。
普段だったら悲鳴を上げて暴れるような事態も、大人しく人形のように従う。

抱きかかえるような体勢のおかげで彼の顔が見えない事に感謝した。


「とりあえず、帰るぞ。忘れものはないよな?」

「・・・・・ない。大丈夫。」

「いいか、さっきの事は店で考えろ。ここで考えてるといつまでも悪魔を呼び寄せる。
 普段だったら別に構わないが今のみたいなのを無傷でエスコートするのは難しいからな。」

「ごめん・・・・」

「それ以上謝ったら怒るぞ。」

「――――――」


沈黙に対し、ダンテは「よし」と満足そうに頷いてから走り出す。
目を閉じていても分かる悪魔の殺気がどんどん減っていくのを感じながら彼の背中に縋りついた。

今の私には他に頼れるものも縋る相手もいない。


考えるなと言われても先程の言葉が頭を過ぎった。

もしもあの言葉が本当だとしたら。
もしもここで惨劇が起きていたとしたら。


「・・・・・・・・」



その日、生まれて初めて私は自分の罪悪感を抱いたのです。



































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あとがき。
ダンテがやっと少しかっこいい。
あとちょっとだけ盛り上がってきたような気がする。

大体の人が三次元に憂鬱を感じていると思います。
けれど二次元にいったところでそれが昇華される保証もないんですよね、結局。
「二次元行きたい」って言っている人間の内の何人が全くの未練もなく旅立てるんだろうか。


最近モンハンのプレイ時間を見たら570時間超えてた件について。
たぶんその時間を執筆に当ててたら70本はかけてたかもしれない。
つまりDMCの連載夢は書き終わっていた計算になる訳だ。
・・・・・・まぁ、こういうの考えちゃいけないと分かってるんですがね。

冬コミの原稿あるのにやってませんHAHAHA死ぬかもしれない。
いや、カラーページ1枚だから何とかなるけれど表紙だから責任重大な気がする。


2008年 11月30日執筆 八坂潤
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