結局、破片の血のことを聞けないまま時間が経ってしまった。
「じゃあ気にしなけりゃいいのに」と思いはしてもやっぱり無理だ。気になる。


(やっぱりあの位置でダンテがケガをしていないのはおかしいと思うんだけどなぁ・・)


彼が庇ってくれたとしか思えないのに、なんであの時それを隠したんだろう。
それは全然悪いことじゃないのに。むしろ英雄扱いなのに。
私はダンテに感謝したくてもそれすらできない。


(前もこんなことがあったような気がする。だから余計に気になるのに)


けれど問い詰めちゃいけないような気がする。
理由はわからないけれど、怖いのだ。それを明らかにしてしまうことが。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ。」


もうちょっと仲良ければ気軽に聞けちゃうのかもしれないけれど、残念なことに私とダンテの仲はそこまでよろしくない。
悪くはないけれど、良いのかと聞かれれば違う―――と思う。
友達未満、知り合い以上といったところだろうか・・・・うわ、これご近所付き合いレベルより劣ってない?

色々と手順をすっ飛ばして同棲までしているのに、随分希薄な関係だと今更ながら思う。
原因はダンテが家にいないこともあるけど、私も彼に対してどこか近寄りがたさを感じているのもあると思う。
壁を作られているというか、けれどこっちも壁を作っているというか。

お互いに歩み寄ろうとしていないのだからこのような曖昧な関係になるんだろう。


(・・・・・・まぁ、考えたってどうにかなる問題じゃないけど・・うん、勘違いだよね?私の。)


もりもりとコーンフレークを咀嚼しながら思考をそこで中断する。


ダンテが家事をさせてくれるおかげで食欲も少しずつ回復し、体力が戻りつつある。
やはり人間は労働をしなくてはならないのだ。前はあんなにしたくなかったのに。


(さて、今日は何をしようかなー・・・)


台所はここ数日の私の奮闘により大分使えるようになってきた。
初めてそこで料理を作れた時の喜びと感動は忘れない。下手な映画より感動する。全米も泣く。

肝心のダンテも感心しながら食べてくれた。
「うまい」と言ってもらえたので個人的には大満足である、うむ。


となると今日は一階のダンテの机の積まれた書類やがらくたの山を何とかしたい。
あそこを整理すればだいぶ散らかっている印象は拭えると思う。一番目につく場所だから。

そしてその後、夜ごはんは何にしようか。


「うーん・・・・。」


食材はこの間、面倒くさがるダンテに頼んで買い込んだから問題ない。
ダンテは大食いだけど私が小食になったから(望まないダイエット進行中)これだけあればしばらく大丈夫。


(けれど、困ったことに私の料理のレパートリーってかなり少ない部類に入るのだ。)


今まで料理は真剣にやった事はなかったし、自分が食べるというのもあって適当なのを作ってきた。
面倒くさい時は冷凍食品という魔法の道具に頼ったり、ある時はインスタントに頼ったり。

けれどせっかく悪魔から守ってもらっているというのに、そんなぞんざいな料理を出してしまっていいのだろうか。
それにこれは自分から言い出した事でもあるのだ。きちんとしたい。
本人は気にしなさそうだけど(ピザ星人だし)私は気になる。


ネットが繋がれば暇潰しもできるしレシピも調べられるから楽だけど、そこまで言うのはさすがにずうずうしい。
本屋で適当なのを見つくろって買ってきてもらおうかな・・・


――――図書館


「・・・・・その発想はなかった。ん?あれ?」


そりゃ調べ物と言えば図書館だけど、何でふっとその言葉が降りてきたんだろう。神の啓示か。しょぼいぞ、神。
でも、そっちの方がお金かからないし久々に外を歩ける口実になるからそっちの方がいいのかな?そんな気がしてきた。


(図書館、図書館ねえ・・・そういえば何で私って英語が読めるようになったんだろう?)


その事に気付いたのはつい最近だ。暇潰しにダンテの部屋の雑誌を読んだ時の話。(ちなみにつまらなかった
誇張でもなく本当に雀の涙程度しか英語力が無いはずなのに、こっちに来てからは長い英文もすらすら読める。
ダンテに確認してみたら意味もちゃんと合っていると言われた。本当に何故だ。便利だけど。


(あれ、そういえば目も良くなってる?)

 
これは今になって気付いた。ここのところコンタクトも眼鏡もしていないのに視力に困った事がない。 
ちゃんと遠くも見えるし近くも見える。さりげないこと過ぎて気付くのに時間がかかった。

なんだか昔に戻ったみたいで便利だと思う。見え過ぎて余計なもの(幽霊とか悪魔とか)まで見えてしまうのが欠点か。


(そっち方面に敏感になったのは確実にこっちに来てからだわ、うん。)


危ないところ(多分そういうのがいっぱいいるところ)は鳥肌と悪寒で分かってしまう。
現に今いるこの事務所にもいくつかそういう場所があって、ダンテに「よく分かったな」と感心された。

分かってるならお祓いしろよ。放置しないでください。


もうお祓いしてもらったので安全だけど、悪魔がこの建物に近付いてるとやっぱりざわざわする。
ダンテいわくこの探知能力はかなり精度がいいらしい。彼とほぼ同格だとか。

けれど探知できるからといっても本人が弱すぎるので戦えず、せいぜい逃げ道を探すのに役立つくらいだろうか。


(何でだろう。こっちに来てから命の危険に晒され過ぎて今まで眠っていた第六感が目覚めたのかな?)


火事場の馬鹿力ってやつだろうか?火事場で霊感に目覚める奴なんて聞いたことがない。
でもこういう目に遭う事が多くなったからそっちの方向に特化したのかもしれない。


「私、ちゃんと元の世界でやって行けんのかな・・・」


帰った時もまだ霊に敏感なままだったら困る。すごく怖い。それって私にはどうしようもない事だから。
ダンテにもこのことは一応報告しておこう、関係があるのかもしれないし。



―――――帰れるかもわからないのに、元の世界に戻った時のことなんて考えてどうするの?



「・・・・・・・・・・・・・・。」


ふっと浮かんだ疑問に言葉も思考も亡くして立ち尽くす。
氷が背筋をなぞる様に心が冷えて行く。急速に世界が色を喪っていく。


(あーあ、全くもってその通りだから困る。)




















 

「という訳なので図書館に行きたいのですが。」

「本、ね・・・枕にでもするのか?」

「え、ええー・・・・枕ってあんた。」


うわー、予想はしてたけれどこの人の頭の中では本=読む物ではなく頭の下に敷く物らしい。
でもこの人が本を読んでる姿は想像できない・・・・あ、今想像してみたら結構かっこよかった!眼鏡とかかけないかな?


(いや、そうじゃねえよ。何で話がそっちに流れていったんだよ今。)


自分のこの性格は嫌いじゃないけれど、真剣な頼みごとをする時に話が逸れるから困ったものだとも思う。


「いや、枕じゃなくて本を借りに行きたいんです。料理の勉強とかしたいので。」

「別に買えばいいじゃねーか。それ位出すぜ?」

「それはその通りなんですが、なぜか図書館に行きたいんですよねー。
 ま、タダだしそっちの方が経済的でいいじゃないですか。」


そういえば外国の図書館ってどういうものなんだろう。
確か日本と違って地震がないから結構モダンなデザインが多いと聞いた気がする。


「お前地理わからないだろ。」

「うっ・・・地図さえあれば何とか。」

「ほほう、俺無しで悪魔が来ても何とかなると。」

「あー・・・・・・・・」


そういえばそうだった。
ここは安全で悪魔が中まで襲ってこないから忘れてたけれど、それはここだけの話で外では悪魔を呼び寄せてしまう。
自分で対処できるならまだしも、私には悪魔を倒すなんて無理な話な訳で(Gだって一人で倒せないのに・・・!

折角の思い付きだったのに、早速がらがらと音をたてて崩れていってしまった。
あーあ、いい考えだと思っていたから余計に残念だ。


「ま、いざとなったらピザ頼みゃいいだろ。
 ・・・・・・それにここんところ妙だしな。」

「妙?」


ダンテがだとしたらそれはいつもの事ではないだろうか。

反射的に口にしようとして、慌てて噤む。
何度も言うが彼とはそこまで仲が良くないし、その表情は珍しく真剣だ。


「の事を抜きにしても最近悪魔が活発すぎる。」

「最近、ずっと家にいないですしね・・・・何か嫌な事が起きなければいいですけど。」

「起きなければいい?冗談だろ?その何かが起きなきゃつまらないってのに!」

「へ?」


玩具を楽しみにする子供のように楽しそうな笑みの彼に対して、思わずごくりと唾が鳴る。
こんな状況だというのに彼は何でこんな笑みを浮かべるのだろう。理解できない。


「・・・・・ダンテは何かが起こったほうがいいんですか?」

「当然だ。このまま何も起きずにジジイになるなんてごめんだね。」

「そういう考え方もあるか・・・うん、でも残念です。久々に外に出られるかと思ったので。」


口ではそういうものの、心の中ではまだ諦めがついていない。
自分でも何故そこまで図書館に執着するのか分からないけれど、行きたいのだ。


「図書館・・・行かなきゃ・・・」


否 、行 か な く て は な ら な い の だ 。

思考が霞がかったかのようにぼんやりしていく。
今まで考えていたことの全てがかき消され、ただ漠然とした使命感のようなものがあった。


「・・・・・?」

「はい!?」


怪訝そうなダンテの声にはっと我に返る。

あれ?私、何を考えてたんだっけ?図書館に行きたい理由?
そんなのはもちろん料理の勉強のために決まって―――うん、そうだ、そうだった。


「お前そんなに図書館が好きなのか。オレには理解できないね。」

「いや、本を読むのは確かに嫌いじゃないけれど、そこまで好きかと言われれば、えーと・・でも行きたい?」

「・・・・・分かったよ、ちょっとこっちに来てみ。」

「?」


大人しくダンテの傍に近寄ると、芝居がかった動作で彼の手が差し出される。
気取った表情も伏せられた長い睫毛も完璧な造形の顔立ちも相まって、そう、陳腐な言葉だけど王子様みたいだった。

不意に見せてきた彼のかっこよさに内心でどぎまぎしてしまう。落ち着け心臓、本当にそういうのじゃないから。


「お嬢さん、美しい御手を拝借。」

「・・・・美しくなくて申し訳ないのですが、どうぞ。」


恐る恐る差し出した私の腕を彼の端正な手がそっと掴んだ。
予想外の行動に思わずびくっと過剰に震える。動物か私は。


「いいコだ。じゃあご褒美だ。」

「〜〜〜〜〜っい、いいこって!?」


とんでもなく甘くて低い声でそんな事を言うものだからたまったもんじゃない。
変な所から汗が噴き出るのも感じても、彼の手を振り払うことができない妖しい魅力があった。


私の腕を右手で支えたまま、もう片方の手でデスクの引き出しを漁る。
一瞬だけ緑色の星の石やら真っ赤な丸い石が中から見えた気がする。

そして手は何かを探り当てたように止まり、私の前にそれを掲げた。


「ブレスレット?」


掲げられたそれは白銀の細い鎖に青い宝石が飾られた綺麗なブレスレットだった。
それを慣れた手つきで私の腕にわざわざ付けてくれる。

・・・・またこの人は私をどきどきさせるような事を・・・!


「アミュレットともいう。ま、要は魔除け用の道具だ。」

「へー・・・・綺麗。」

「あとは、と。」


しゃらしゃらと澄んだ音を立てて揺れるそれを眺めていたら、いきなり頭から何かをぶっかけられた。


「ッ!!!!!?」

「これでよし、と。」


ぽたぽたと零れる雫の間から満足そうな顔をしたダンテが見えた。
さっきまでの甘い雰囲気はどこへやら、いきなり水をぶっかけてくるとはどういう事だ。

文字通り水を差すってか、誰がうまいこと言えと。


何が起こったかを理解した後は当然ながらふつふつと怒りがわいてくる。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・何すんの。
 返答次第によってはいくら私でも怒る、というかしばき倒す。」

「いや、無理だろ。」

「すごく冷静に諭された!!?」


わなわなと震える拳が私の怒りの大きさを示している訳だが、ダンテは動じることなく私の濡れた髪を手櫛で丁寧に整えてくれる。

・・・・・・べ、別に嬉しくなんてないんだから!
そんなので誤魔化そうとしてもさすがに今のは許せないんだからね!!いや、マジで。


「待て待て落ち着け。今かけたのは聖水だ。」

「・・・・・・だから何?」

「二重に魔除けをしといたからが外を出歩いても大丈夫って事さ。」

「へ?」


ダンテがあのお決まりの赤いコートを羽織り、代わりに私に黒いジャケットを被せる。


「ほら、行きたいんだろ図書館。」

「あ、うん、たぶん・・・・」

「何で自信無さげなんだよ。あんなに行きたがってたくせに。」


貸してもらった革のジャケットに袖を通し(ぶかぶかだ)立ち上がった。
袖を折りながら外へ向かうダンテの隣に並ぶ。


「本か・・・」

「どうかしましたか?ダンテ。」


思い出すように伏せられたダンテの青い目に少し哀愁が漂っていたような気がして思わず聞き返してしまう。
けれど私の視線に気づいた途端にそれはなりを潜め、いつもの悪戯っぽい輝きが目に宿る。

あ、また何か隠し事をされたような気がする。


「・・・・・・何でもない。さ、行くか。」


誤魔化すように、早足で私の隣を抜けてさっさと外に出てしまう。
それは「聞かれたくない」という分かりやすいサインだったので敢えて追及しなかった。


少し躊躇してから、久々に外へ一歩足を踏み出す。
久々に吸う外の空気は清々しくておいしく感じるような気がした。

そしてダンテの言う通り、鳥肌が立つ様子も悪寒もしない。つまり安全だ。


(そういえばこれ、本物の宝石じゃないよね?絶対に無くさないようにしないと・・・)



さっきとは違う意味でどきどきする心臓を服の上からそっと押さえる。

その際にまた、しゃらりとブレスレットが澄んだ音を立てた。





































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あとがき。
本編で述べたとおり、ダンテとの仲は今は希薄ですが徐々に仲良くはなります。
夢主としては居候という立場、足手まといという自覚からダンテに立ち入ることができません。
ダンテは一身上の都合で、でも夢主の為に近寄りません。
だからお互いに嫌い合っているとかそういうのでは決してないのです。むしろ逆。


サファイアには魔除けの効果がある、って聞いた気がするのでブレスレットの青い宝石はそれになりました。
宝石はアクアマリンとかトパーズとか好きです。あ、ペリドットもいい。

サファイアはフェンリル召喚を習得するのでいずれ本編で召喚します。すいません嘘ぶっこきました。
どうせならオパールでシヴァの方がいいです。シヴァ大好きなのでバイク扱いなのは納得いきません。
シヴァはおっぱいでかくて露出度の高い美女だろ・・・常識的に考えて。

意味がわからない人は気にしないように。

ちなみに私の誕生日の月は12月なのでトルコ石なんだ・・・うん、嫌いじゃないけど光ってるほうが良かった・・・!!
だから誕生石関連の商品ってあんまり好きじゃないです。せつない。


2009年 5月24日執筆 八坂潤
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