こんな夢を見た。

月明かりだけが頼りの夜闇の中、私は真っ赤な彼岸花の咲き乱れる丘で呆然と立ち尽くしていた。
どこを見渡しても真っ赤な世界は幻想的であると同時に気持ちが悪くて、けれど美しいとも感じていた。

ふと花の匂いの他に何か別の臭いが混じっている事に気付いた。
生理的に嫌悪感を伴わせるこれは―――腐臭だ。


探さなければいいのに視線を彷徨わせ、そこで初めて足元に誰かが横たわっている事に気付いた。
(体格的に判断して)女の人が顔に布をかけられ、両手を胸の前で組んで仰向けに倒れている。
肌も血の気が感じられず、この臭いも姿勢も相まって死人のようだと思った。

何となく、ただ何となく理由も無しにその顔の布を剥がした。
そしてその下にあったものに私は絶叫する。


「     」


そこには私と同じ顔があった。

















「・・・・・・・・・・・・・・・・夢?」


何だったんだろう、今の考えうる限りわりと最悪で夢見の悪い部類に入る夢は。
今になってみると全くもってありえない状況だったというのに妙な実感と迫力があった。

しかしここ最近の自分の状況のせいでとても冗談とは思えない。
(悪魔に狙われている的な意味で)自分の未来の暗示のようにも感じられた。まだ気持ちが悪い。

こんな嫌な夢はとっととおいしいものを食べて忘れるに限る。


悪寒で鳥肌が立つ腕を擦りながら立ち上がる、がすぐに動きが止まる。
ぎ、ぎ、ぎ、と油の注していない人形の動きで右を確認、左を確認しても青信号ではないのでどこも渡らない。


「おおっとデジャヴきたこれ。」


気絶したら変な場所にいるっていうのはもう一種のパターンなんだろうか。

私を挟んで左右には見上げるほどに高い本棚がずらりと並び、そのどれにも本がぎっしりと詰まっている。
周囲は薄暗く、どこまでも本棚が続いているような錯覚さえ覚える―――いや、まさかね。
そして埃っぽくて何年も人が立ち入った事のないような印象があった。空気も淀んでいる。

まるでこの場所だけ現実から切り離されているようだ。


(本の墓場みたい。)


身近な本の背表紙を見てみてもどこかの国の言語が並んでいるだけで、どんな本なのかも誰が書いたものなのかもわからない。
それに何故か手にとって中身を確かめようという気にはならなかった。嫌な予感がする。

そして私の嫌な予感というものはこちらに来てから特別な意味を孕んでいる。


(人の気配が感じられない。ここには誰もいないのかな?)


まさかまだ夢の中にいるんだろうか、と頬をつねってみたが当然痛い。つまり現実。
それにこんな不可思議な現象なんてこっちに来てから大分慣れたような気もするのでそこまで慌てない。
もう城が浮こうが塔が生えようがハートの女王に斬首を命じられようが大丈夫。いや、最後のはさすがに困る。


(・・・・・なんだか落ち着かない。)


ここは図書館の姿をしているけれど、普通じゃないことは何となく分かる。
どう違和感を感じているのかを説明はできないけれど、敢えて言うならここは全ての現実から切り離されている。
現実と夢の狭間があるというのなら、ここはきっとその狭間にある場所だ。だから現実味がない。


(何でこうなったんだろう?確かに図書館には行ったような気もするけれどこんな場所に見覚えはないわ。)


私は確か普通の図書館で普通に本を探していたはずなのだ。
ダンテは姿を消していて、うん、間違いなくあれは逃げたと思う。図書館が合わない男だし。
ここまでは普通―――けれどその後に誰かに声をかけられた。そこから何かが狂った。

けれど、私は誰に何と話し掛けられたの?


(そこから先の記憶がまた無い・・・頭の具合が悪いのは元からとして、健忘症にでもかかったのかな?)


どうもこちらの世界に来てからというものの、記憶が曖昧になりがちだと思う。
原因は分からないけれど、もし大事な事を忘れてしまったらと思うと恐ろしい。

このままだとこれから先の人生が不安すぎる。家に帰ったら一度ちゃんと病院で診てもらわないと。


とりあえず気絶している間に何か盗られたり怪我をしていないのかをチェックして何も無いことにほっとする。
けれどその数秒後、自分が普段付けていないアレが無くなっている事に気付いて愕然とした。


「えっ!?」


無い。
ダンテが出かける前に付けてくれたあの銀のブレスレットが腕に無い。

慌てて足元を隈なく探してみるけれど、どこにもそれらしいものが見当たらない。
外しさえしなければ失くしそうにもないものなのに、どうして?


「うっそー・・・・うわ、うわー・・・・・・」


せっかくのもらいもの(なのはどうかはわからないけれど)だというのに何という事だ。
しかももらってからまだ一日も経っていないのに高速で失くしてしまうなんて。
これは素直に自分の不甲斐なさに泣きそうになる。


(ダンテに何て謝ろう・・ほんと泣きたい。)


自分の立場上、ダンテの不興を買うような真似は絶対にしたくない。イコールそれは死を意味するからだ。
きっと彼は怒ったりはしないけれど・・・いや、それすらも分からない。私は彼の事をよく知らないから。

これから店に帰ってからの事を思うと気が重い。あまり帰りたくなくなってきた。
もちろんこの場所にいつまでも留まっているつもりもないが。


(ん、でもお守りが無いってことはまさか)


背中から聞こえた物音にぞわりと鳥肌センサーが一層強くなる。
これが反応して何かが現れたということは、ええと、つまり、そういうことで。


「ッ!!」


後ろを振り返るなどという愚行はせず脱兎の如く一目散に走り出す。
全速力で走るなんてあの日この世界に来て以来だ。運動自体が久しぶりに感じる。

次いで直ぐに人ならざる者の不気味な唸り声と金属(おそらくは武器だろう)を引きずる耳障りな音が周囲に響く。
走る私の姿をぴたりと追うように複数の何かが疾走する、悪魔が私を追ってくる音がいやに大きく聞こえる。

私は自慢じゃない上に切ないことだけれど足が遅い。
だからこのままだといずれきっと追いつかれて殺されてしまうのは確実なのは旅人算を使わなくても分かる。


「ダン・・テ!たすけ、て!!」


弾む息と途切れそうになる声で必死に助けを求めても、あの逞しい赤い背中が現れる気配は無い。
自分の助かる光明が見えない事に涙がぼろぼろと零れて口に入って少しむせる。さっきとは別に意味で気持ちが悪い!


ここで問題です。次の三つの中から一つだけ選び○を付けて答えなさい。
@可愛いは突如反撃のアイデアがひらめく。
Aダンテが来て助けてくれる。
Bどうしようもない。現実は非情である。


(○を付けたいのはAだけど@も捨てがたい・・・というか@になればいいのに!
 なんか、こう、パァーッと特殊能力に目覚めちゃったりして敵を倒せるようになったりすればカッコいいのに!!)


そんな馬鹿なことを考えている内にもどんどん足が重くなってきて背後の足音も近くなってくる。
けれど考えども待てども救いのヒーローも自らの封印されていたかもしれない力が目覚める気配は全くない。

これはBに○を付けるのが正解かもしれない。最初から分かっていた事だけど!


(これは、やばい。今度こそ死ぬかもしれない?)


いよいよ絶望感で目の前が真っ暗になりそうになった時、ふと前方に何かががいる事に気付いた。
近づくにつれてそれが人の形をしている事に気付いて更に絶望感が強くなる。

このままだとあの人が巻き込まれる――――ッ!!


「に、逃げて!そこの・・・・」

「――――騒々しい。」

「え?」


聞き覚えのあるあの声、と思った瞬間に頬を愚風が撫ぜた。
そのぞくりとした恐ろしい感触に振り返ると、そこにはバラバラに切断された髑髏の悪魔の死体が転がっていた。
少しした後に自分の運命を思い出したかのように砂へと還ってどこかへ消えていく。

夢のような、けれど気持ちが悪い光景に少し呼吸が止まる。


「な、な、え?」

「貴様、何者だ。」


振り返れば私の首筋に銀の長い棒、ではなく冴え冴えとした冷たい光を放つ日本刀をぴたりと押し当てられた。
もし少しでも喉を、身体を動かせば命はないというよいこでも分かる明白な脅しだ。

けれど、そんなことをしなくても私は指一本動かすことはできなかった。


「・・・・・・・・・・・・・」

「答えろ。」


いや、むしろアンタが何者だ。

日本刀を握るその手の先にはあまりにも見知り過ぎているあの美しい顔があった。

それ自体が輝いているのではと思わせる月色の髪に、深い海の底を思わせる氷色の瞳。
神様がその手で整えたのかと聞きたくなるくらいに見慣れた端正な顔、けれどその美貌は不愉快そうに歪められている。


どこをどう見ても、何度も見ているあのダンテと同じ顔がそこにはあった。
いつもとは違うのはあの派手な赤いコートではなく落ち着いた青いコートを身に纏っていることと髪型位だろう。

半裸でなくてきちんとコートの下にも黒い服を着込んでいる事にも驚いてしまう。
やっぱりコートの下に服を着るという私の常識は正しかったのか。ダンテを見ていると常識がどんどん薄れていく気がしてとても困る。

髪型はいつもみたいに無造作に垂らされておらず、オールバックにして髪の毛が立てられている。
美形はどんな髪型でも似合うんだな、とどうでもいい事を思った。


「ダンテじゃ、ないの?」


彼はダンテと同じ顔をしている、けれどダンテだと判断するにはどうしても違和感が拭えない。
それにこの人は私のことを知らないような素振りだった、口調も違う、服装もきちんとしている、よって彼はダンテではない。証明完了。

ダンテもどきは私の問いに対して、その秀麗な銀の眉を跳ね上げ更に表情を険しいものにした。
不興を買ってしまっていたらどうしようかと内心で冷や汗がだらだらと垂れていく。

さっきあっさり悪魔を撃退したところをみるときっと彼もダンテと同じくらい強い。
つまり悪魔よりも弱い私なんかはあっという間に三枚に下ろされてしまう。


今の私の言葉はNGワードに登録しておこう。もう二度と言わないので許してください。


「貴様、あれを知っているのか。」

「ええ、まあ。」

「ふん・・・・そうか。」


彼が馬鹿にしたように鼻で笑い、そして優雅な動作で刀を鞘に納める―――が、それと同時に悪魔の悲鳴が私の背後から響く。
見たくはないのに反射的に振り返ってしまうと、悪魔が半透明の蒼色の剣に貫かれ絶命しているのが見えた。
ポーズから察するにちょうど私に鎌を振り下ろすような、私を殺そうとしている瞬間を切り取ったような体勢で静止している。

砂の崩れる音ともに緊張から解放され、息を吐く。
もしかしなくても、私は彼に助けられたのだろうか?


「あ、あの、」

「貴様のせいで少々騒がしくなってきたようだ・・・早くここから出て行け。
 死ぬのは勝手だがここの本を血で汚れるのは迷惑だ。ここには貴重な本が多い。」

「・・・・・・・・・・・。」


つまりこの人は私の命<本だと言いたいのか。本気で?

それだけ言うと、私に興味など無くしてしまったように彼の目は手元の本へと落とされた。
もう言葉が続く様子もない男の姿を信じられない気持ちで見守る。 

ダンテも相当だと思ったけれど、この人の方が更に上をいく変人だと思う。
 
 
「出て行きたいのは山々なんですけど出る方法が分からないんです。
 気が付いたらここに居たから来る方法もわからないし・・・」

「そうと気付かずにこの狭間の場所へ迷い込んだのか?相当の間抜けだな。」


彼と同じ青い目が私を馬鹿にしたように眇められる。きっとダンテはこんな冷たい表情をしないだろう。
私にとっては理不尽な視線に居心地が悪くなって内心で盛大な溜息をつく。

―――そんな目で見られても、馬鹿にされても、私だって来たくてここに来た訳じゃないのに。


「手を。」

「?」


言われたとおりに大人しく両手を差し出すと、途端に容赦なく重い本を数冊乗せられて腰が抜けかける。
なんとか体勢を崩さないよう奮闘し両腕と両足に力を込め、説明を求めて彼を見た。

当の本人は先程の蒼の剣を何本も従僕のように従え、あの日本刀を鞘から抜いていた。
その一種の幻想的ともとれる光景に感嘆だか恐怖だか分からない息が口から漏れる。

けれど、そこで違和感に気付く。


「その剣、さっきからどうやって出しているの?それに、浮いてる・・・」

「・・・・・・・・・。」

「貴方は、誰?何者なの?」


人間だったら、何もない空間から剣を出してそれを操るなどという芸当ができるはずがない。
ダンテと同じ姿をしたこの人は、いったい何者?人間じゃないとしたら、いったい何?

いくら待ってもその答えが返されることは無かった。答える必要がないとでも言わんばかりに。
けれどそれが加速度的に不安を煽っていく。


――――ねえ、貴方と同じ顔をしたダンテも人間じゃないの?


「それを、」

「?」

「落としたら刺す。」

「・・・・・は!!?」


それとはもちろん強制的に持たされた本の事で、落としたら・・・え?刺す?

聞こえた言葉が本当かどうか判断できない、けれど暴君のように凶器を侍らす彼を見ていると本当のような気がしてくる。
急にこの本の重みが増したような気がして冷汗が更に垂れる。足された重量は私の命の重さか。

さっきとは別の意味で呆然とする私を置いて青い背中が颯爽と歩いて行く。

慌てて鞄に一番重い本を1冊入れて腕の負担を少しでも軽くする。
これなら落とす確率は低いだろう、つまり私が刺される確率も低くなる・・・・本当に刺すのかな?この人。




それからしばらくは青い背中を追って迷路のような道を進み続けた。
あの人はその間に一度もこちらを顧みる事はしなかったし、歩みを遅める事も無かった。
私が付いて来ていようが途中で脱落していようがどうでもいいのかもしれない―――彼が預けた本以外は。


(そういえばあの人の事、私は何にも知らない・・・)


結局、名前は何でダンテと同じ顔をしているのは何でかとか聞きたい事はたくさんあったのに彼は何も答えてくれなかった。
一番大事な「彼が人間なのかどうか」も聞きたいけれど、でも聞いてもいい事なんだろうか?


「あの、」


意を決して話しかけた瞬間に両手が軽くなって、私の身体は現実の図書館の外に出ていた。
周囲を見渡してもそこには日常が転がっているだけで、あの青い背中は影すら残さず消えていてどこにも見当たらない。
忙しそうに行きかっている人の流れも、時たまクラクションを鳴らす車の音も、つい先ほどまで静謐に身を置いていたので少し耳に痛い。

天を仰ぐとまだ日は高い所にいて、私は一体どれくらいあの場所にいたのだろうと思った。


「?」


赤い声が聞こえて、ダンテが三段アイスを食べながらこちらに近付いている事に気づいた。
表情や動作が全て先ほど見ていたものと違って、彼は本物だろうと思った。何よりコートが赤い。

彼はとても綺麗で迫力があって目立つからどこにいても容易に見つける事ができる。
あの青い彼だって同じはずなのに、けれどついには彼の姿をもう一度見つけることは出来なかった。


(・・・・・いったい、今のは何だったんだろう。)


幻想的かつよく分からない出来事だった。
まるで今の出来事すらもひっくるめて夢だったのではと思える。


けれど鞄の中にある本の重みだけが現実だったのだと告げていた。





































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あとがき。
一週間以内にうpできなくて申し訳ないです。
人生で初めて胃痛とお付き合いしました。彼、強引で・・・・・////
なったことがないので「これが胃が痛いのか盲腸なのか腹痛なのか分からない」と言ったら「上が胃で下が腸かな!」といい笑顔で言われました。
だからその上か下かが分からないんだってば(泣
病院行ってお薬もらったのでだいぶよくなりました。ほんと土曜日は辛すぎて常に前傾姿勢でした。


お兄ちゃんとの邂逅編。
場所はSEに出てきたバージル編OPの図書館だと思ってください。
私のお兄ちゃんはムービーではあんなにかっこよくアビスを斬り伏せていましたが、それ以外だとと自信をなくすのかぼっこぼこにされます。

バージルの納刀シーンだけでご飯3杯はいけるね。ほんとかっこいい。

そろそろ改変前に話が戻ってきます。前フリが長いんだよコンチクショー。


2009年 6月16日執筆 八坂潤
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