ダンテへの不信感は今や抑えられないものになっていた。

ベッドのシーツに芋虫のように包まりながら、階下から自分を呼ぶダンテの声を無視してしまう。
こんな事はいけないと頭では分かっていながらも声は出ない。体も動かない。自然と無視の形になる。


(昨日見たあの青い人は誰?何であんな魔法みたいな芸当ができるの?)


何の仕込みもなく空中に剣を生成するなどとてもじゃないが人間業じゃない。
きっとあの人は人間じゃなかった。人間じゃないとすればきっと・・・・悪魔だ。
私がこの世界で最も恐れるもの、私の命を狙うもの、闇に紛れる異形の者達。
人の形をしているものは初めて見た(いつもは骸骨のオンパレードだ)けれど、悪魔にとって人間に化けるくらい簡単なのかもしれない。

そしてきっとあの図書館も人間がいるような場所じゃなかった。
例えるならそう、私が発見された廃ビルのような―――人が踏み入ってはいけない場所。
青い彼はあそこを『狭間の場所』と呼んだ。それは人間の世界と悪魔の世界との狭間という意味かもしれない。


(何であの人はダンテと同じ顔をしているの?ダンテは何故あの人と同じ顔をしているの?)


もしかしてあれはダンテだったのだろうか?―――いや、そんな事はないような気がする。これは直感。
ダンテとは外見は一部を除いて相似している、けれど中身は似て非なるものだ。

けれど無関係という事はけっして無いだろう。
可能性として考えられるのは兄弟、だろうか?どちらが兄で弟なんだかわからないけれど。
身長も年齢も変わらないように感じられたから、きっと二人は双子なのかもしれない。


(家族か・・・失礼だけどとてもそんなものがいるようには見えなかったなぁ・・・・)


もちろんコウノトリ云々を信じている年ではさすがにない。
けれど部屋には家族の写真など飾られてはいないし(金髪美女なら1枚あったけれどあれは若すぎる)その手の話など聞いた事がない。
連絡をとっている様子も見られないし、部屋の掃除をしている私が思うのだから家族の痕跡などないだろう。


けれどこの場合、問題なのは―――彼が人間なのかどうかということだ。


ダンテがあの青い人のように変な剣を従えている姿など見たことがない、けれどそれは私が見ていないだけなのかもしれない。
思えば実際に彼が戦っているところなどそう何度も見ている訳ではないから判断できない。

それに思い返せば怪しいところなんてたくさんある。
怪我をしたと思ったらしてなかったり、常識的に考えてあの運動能力はおかしいし、前に彼の輪郭がぼやけたように感じたこともある。


私には、ダンテが人間だと信じることができない。

私には―――ダンテが悪魔だと思い始めてしまっている。


(だとしたらどうして私を殺さないんだろう・・・どうして傍に置いてくれるの?守ってくれるの?)


彼を信じたいと思う気持ちと疑う気持ちがぐるぐると頭の中に渦巻いている。
態勢を変えて天井を仰ぐと、堪えていた涙がぽろりと零れた。


(逃げてしまおうか、ここから。)


でも、ここから逃げ出してどこへ行くというのだろう。

この世界に私の知り合いなんていない―――つまり助けてくれる人なんていない。
逃げ出したところで悪魔に囲まれて喰われてしまうに決まっている。
そもそもダンテから逃れられる自信など全く湧いてこない。


(全て夢だったらよかったのに。)


あの図書館での不思議な出来事も、そして現在進行形で起こっている不可思議な出来事も、全て。
そうすればこんなに悩むこともなくベッドの上で目覚めればいいだけだ。それだけで全てが解決する。

けれど図書館での出来事は現実だとあの本の存在が残酷に突き付けてくる。
千切れてしまいそうな程のこの胸の痛みが今この瞬間も現実だと冷酷に告げてくる。


―――いっそ真相を尋ねる勇気が私にあればいいのにと思う。
けれどもしそれで彼が悪魔だったとしたら、そうでなくても機嫌を損ねたら、そう考えると何もできない。

私はダンテがいないと生きることすら満足にできないのだから。



(ねえ、私は何を信じればいい?)



襲い来る絶望感に耐え切れずに涙が零れた時、唐突にドアが開く音がした。
反射的に目を瞑り眠ったフリをしてしまう―――ああ、本当に意味なんてないのに。


「ー・・・・って何だ。まだ寝てんのか?」


声すら美しい男が私の眠るベッドに腰掛け、重量に軽く揺れる。
ここまで来たら引き返すこともできず、無反応を貫く事しかできない。


しばらく無言が続いた後、彼のしなやかな指が私の目元から頬をそっと撫ぜる。
それが涙の痕をなぞっているのだと、そしてその手つきがあまりにも優しくて体がびくりと震えた。

一瞬の静寂。

さも今起きたかのように素振りで瞼を開き、ベッドに腰掛ける彼を見上げる。
隣に並べなくても一目でわかってしまう、あの青い人とどうしようもなく似ている赤い彼を。


「ダンテさん。」

「起きたみたいだな。具合でも悪いのか?」

「うーん・・・・・たぶん。」


まさか「仮病です」だなんてとてもじゃないが言えなくて言葉を濁す。
内心ではこの鋭い男に見破られてはいないかどうかヒヤヒヤしてしまう。


ダンテはしばらく考え込むような素振りを見せた後、私の額に自分の手を当てる。
その手が思ったよりも冷たくて、そして気遣わしげでまた泣きそうになってしまう。


「嫌な夢でも見たのか?」


実際は眠ってなどいないから夢は見ていないけれど、でも嫌な夢というとあれを思い出してしまう。
むせ返るような彼岸花の匂い、その中に横たわる自分の死体、ゆるやかにこの体が腐敗していくリアルな感覚。

・・・・・・思い出したら本当に気分が悪くなってきてしまった。


「うん・・・・私が死んでいて、その死体が腐っていく夢。」


綺麗な青空色の目が細められ、彼の少し白い指が私の手に触れる。
何かを確かめるように、壊れ物を扱うような手つきで。


「・・・・・俺の目にはが死んでいるようにも腐っているようにも見えないけどな。」


彼なりに気を遣ってくれているのだろう、その言葉に少し嬉しくなり更に胸が痛くなる。
優しい人だと分かっても疑いの気持ちまでは晴れる事がない自分が恨めしい。


突然、ダンテの大きな手が私の視界をすっぽりと覆い隠した。
意図がわからない行動にたじろぐが、彼の手はびくりとも動かない。


「ダンテ、さん?」

「寝ろ。そんな辛気臭い夢を見たってことはどうせ寝れてないんだろ?
 別に1日位お前が仕事をサボろうが俺は気にしねえよ。俺はいつもサボってるしな。」


本当の睡眠不足の原因は彼にあるのだけれど、そんな事を言い出せるはずもなく。
更にダンテが傍にいると余計に寝付けないなどと言えるはずもなく。


「・・・・・・・・・・。」


ただ、彼の偽りかもしれない優しさに身を委ねる。


「俺が寝付くまで傍にいてやるから。」


その言葉に不覚にも再び涙が零れてしまう。
ダンテが私の視界を手で覆っている以上それに気付かないはずはない、けれど彼は何も言わない。

安堵感が麻薬のように不安を揉み消していき、寝不足も手伝って眠りに落ちていく。


――――ダンテになら、騙されていてもかまわない


薄れゆく意識の中で・・・・・一瞬でもそう思ってしまった。
















(・・・・・やっと寝たか)


の視界を手で覆ってしばらくした後に安らかな寝息が聞こえてきた。
手をどけても特に苦しそうな表情もなく、天使の寝顔という訳ではさすがにないが一般人の寝顔程度には落ち着いていた。

試しに頬を軽くつねってみるが嫌そうな顔をしただけで目を覚ます気配はない。
例の悪い夢とやらを見ている様子も無さそうだ。


(は気付いてんのか?)


自分の手で寝かしつけたとはいえ、無防備に眠っているを見ると脱力しそうになる。


(いや、気付いたな・・・・さっきの俺を見るあの目)


あの見慣れた黒い目に少し怯えの成分が混じっていたことを見逃さなかった。
全て気付いたとは思えないが、恐らく薄々と気付いているだろう――――俺が人間ではないこと位は。

それでもなお、こうして俺の前で無防備に寝てみせる。
さすがの俺もの危機感の有無に疑問を抱かざるを得なかった。


(何でコイツは逃げようとしないんだろうなー・・・)


もし逃げ出そうとしたら、まぁ、その時は―――その時は?


戯れにの細くて生白い首に自分の指を這わせる。
初めはそっとなぞるだけだったのが、自然と指は首を掴んでいた。


「ぅ・・・・・。」

「・・・・・・。」


―――このまま力を入れればは自分の身に何が起こったのかも分からずに死ぬだろう。

人間の身体は自分から見て驚く位には脆い、そしてそれは女の身体ともなれば尚更だ。
少しだけ力を入れてやればが苦しそうに呻き、その声に手を離す。

の白かった首には紅葉色の自分の手形がうっすらと残ってしまっていた。
その痕を労わるようになぞったがまた同じ事の繰り返しになると気付き、今度は頭を撫でてやる。


(俺はをどうしたい?傍に置く理由は?守ると言っておきながら首を締める理由は?)


傍に置く理由は依頼された仕事だから仕方がなく、不可抗力だ。

実際、を外に放り出しでもしたらあっという間に悪魔の餌食にされるだろう。
誰かに預けても悪魔が相手ではドアの鍵を閉める程度では意味がない。
それに治安が悪い場所を選んで店を構えたからへの脅威は人間も含まれる。


さすがにここまで関わっておいてむざむざ死なせるのは後味が悪い・・・と思っているが本当のところはどうなのかわからない。
真相はただ単にが他の悪魔に奪われるのが癪なのか、または自分の手で殺したいから置いているのか。

いずれの理由も一端を担ってはいるがしっくりは来ない。
本当の理由はぼんやりと霞がかっていてまだ見えて来ない。


守ると言っておきながら首を絞める理由は半分流れる悪魔の血のせいだ。

父方の、か弱い人々を守るために活躍した英雄サマと言えど元は混じり気無しの純粋な悪魔だ。
天使のような善行の陰にも悪魔の本能による苦悩は消える事はなかったかもしれない。


(って事は母さんと暮らしていた時もこんな事があったのか?)


今はもうぼんやりとした姿しか思い出せない父の背中に問いかける。
当然ながら答えなど返っては来ないから真実など分からない。

でも、もし自分と同じように苦しんでいたとしたら・・・・親父はどうやってこの衝動を抑え込んでいたのか。
自分が今そうしたように愛した母の細い首を絞めた事もあったのだろうか。


起こさないようにベッドから静かに立ち上がり目を閉じる。
そして眠るを一瞥してから雷鳴の速さで背中の剣をベッドへと振り下ろした。
 

「―――――」


一瞬の間。

文字通りの意味で剣はの目と鼻の先の距離で止まり、甘い香りの血の一滴も垂らしていない。
自分の頭上で何が起こっているのかも知らずには相変わらず安らかに眠っている。

それに何故か安堵し、剣を背中に収めて部屋を出た。


―――俺はをどうしたい?


再び内側から問いかけられる問いかけ。
これは俺がをどうにかしてしまうまで続くだろう。


(わからねえよ、そんなの。)


気持ちとは裏腹に高揚してしまった本能に、握りしめた母の形見が冷たかった。

















「・・・・・・・・・・・・・・・・。」


夕方、目が覚めた私は首に残る赤い痕を見つめ―――また少し涙した。





(いっそ殺そうと思った。)

(いっそ殺されてもいいと思った。)





































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あとがき。
えーと、切ない晴れ模様でお送りしました。
ギャグが少なくて申し訳がない限りです。私としては書くのが苦手だから助かりますが!!!

ダンテと打ち解けたらギャグがぽつぽつと増え始める予定ですよー。
大爆笑とまではいかなくてもくすりときていただければ幸い。

相変わらずダンテを書くのに慣れません。口調が安定していないように感じる。


ちなみに今のDMCスタッフは「服は脱がせてもメガネは取るな」のスローガンでベヨネッタ開発を頑張っているようです。
ベヨネッタと双子が遭遇することになったら超仲悪そうっていうか町が消えそう。
とりあえず私としては5にバージルが出るかどうかをはっきりさせてほしいところ。
というか・・・・・え、出るよね?次回作・・・・


2009年 7月24日執筆 八坂潤
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