話でしか聞いていなかったエンツォさんに遭遇した。 というより例の調査について面通しする為だった。 少し話をしてダンテが席を立ったスキにエンツォさんに耳打ちされた。 「いやー、あんたのおかげでここんとこダンテが働き者で助かってるよ。これも愛の力ってやつかな?」 それは私がダンテに避けられてるって事なのか。恋人っていつそんな設定になったんだよとか。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあ。」 私はそのどちらから突っ込めばよかったんだろう。 (私ってこんなに暗くて繊細な性格だったっけ・・・) 掃除をしている時間というのは自然と物思いに耽るものだ。 事務所の机を拭く手を止めてぼうっと考え込んでしまう。いやなことも、いやなことも。 「根暗・・・・・・」 いやなことばっかり浮かぶのはここに来てからあんまりいい思い出がないからだろうか。 超絶美形と一つ屋根の下で暮らすのはロマンチックと言えばドラマチックだがあまり嬉しくない。 そもそもそういう目的で住んでいるわけではないし。身の安全という色気の欠片もない理由だし。 (こっちに来てからあんまり笑ってないなぁ・・・・ま、状況が状況だから当たり前だけど。) 元々の性格は明るいほうだと自負していたのに、こっちではすっかり大人しい子に変化している。 歯に衣を着せるようになったし行動力もすっかり削がれている気がする。 悪魔に命を狙われるだのもしかしたら同居人も悪魔かもしれないだの、どうもここんところ私の周りは落ち着かない。 ふわふわした雲の上に降りろと言われたようにどこに足をつけることもできない。八方塞がり。 「じゃーあ笑顔の練習☆」とか脳の妖精にイタイ事を言われる前に再び掃除に意識を集中させようとする。 と、そこでごつんと全く可愛くない擬音付きで手に固い何かが当たる。 「う、わ・・・・」 金色の装飾が派手な大きな銃が当たり前のようにダンテの机に置いてある。 ちょっと前まで画面や写真でしか見たことがないようなものの実物が当たり前のようにある事に目眩がしそう。 ここに来てから何度も見かけてるし考えないようにはしていたけれど改めて見ると怖い。 指一本動かすだけで人を殺せる武器。彼が悪魔を殺すための道具。・・・・私だって簡単に殺せるのだ、これは。 (頼むからこんな物騒なもんを私の手でも気軽に触れるような場所に放置しないでほしい・・・) 改めて自分の同居人の性格の大らかさ、悪く言えばズボラさを思い知る。 私が撃って遊んだりしたらどうするつもりだ・・・・ってそもそも子供じゃないからそんな危険な一人遊びはしないけれど。 「銃、ねえ・・・・これも本物?いや、剣が本物なら当然か・・うん。」 とりあえず遠くに避けようと手に持った瞬間、ずしりとした金属の重量が手にかかる。 改めて本物だとわかる実感に少しの高揚感とそれ以上の恐怖に鳥肌が立ちそうになった。 自衛、という言葉がぼんやりした頭を過ぎる。 悪魔に対してはダンテによって保証されている。けれど彼に対しては誰も保証してくれない。 だとしたら私には戦う術が必要なのだろうか―――ダンテに対して。 (まだまだここには他に銃があるだろうし一丁位なら持っていってもバレないかもしれない。 けれど盗んでどうする?バレたら怒られる?いや、怒られるだけじゃすまないよな・・・さすがに。) 試しに両手でしっかりホールドしてたどたどしく構えてみる。 鏡を見なくても滑降が間抜けだとわかってしまう私の今の姿。腰が完全に引けている。 想像では簡単でも現実では上手くいかない。一丁だけでも重いのに二丁拳銃なんてあり得ないと思った。 (そもそも私はダンテに向けて引き金を引くつもり?・・・・彼を殺すの?) 答えなんて分かり切っていて銃を遠く離れたビリヤード台に静かに置く。 けれども視線は銃から離れないのは生への未練だろうか・・・・待て、殺されると決まったわけじゃないぞ。ポジティブに行け。 自分の心臓に手を押し当てるとどくどくと勤勉に脈打っているのがわかる。生きている証拠だ。 しかし今の自分の状況を生きている、とはあまり言えないような気がする。 生きた心地はしても活きた心地はしていない。心臓を動かす作業をしているだけ。 これって本当に生きていると言えるんだろうか?生を謳歌していると言える? (もう、何だかどうもでよくなってきたかも・・・・) 私の命なんてこちらに迷い込んできてしまってからもう決まっていたようなものなのかもしれない。 心臓が動いていても私が死んでいると思ってしまえばそれだけで、もうそこには意味はない。 ただ悪魔に殺されるかダンテに殺されるかという違いだけで私には退路が無くなっていて。 だ っ た ら 、 私 は 「?」 まるで仕組まれたようなタイミングでダンテが店に帰ってくる。 今まで考えていた内容が物騒なこともあってどきりとしてしまう。まだ悪いことはしていないのに、悪戯を見つかった子供のよう。 「あれ、今日は早いですね。夜遅いかと思ってました。」 「ああ・・・・ちょっと厄介なことになってな。」 あまり進んでいなかった掃除の手を止め、とりあえず台所でコーヒーの用意をする。 行動は仕事帰りの夫を労う新妻みたいでも甘い気配は全くない。単なる自分に課した義務。 「あれ以上あそこに居ても無駄だったんでの力を借りにきたんだ。」 「・・・・私にですか?私、何にもできないですよ?」 「何もしなくていい。お前じゃなきゃ駄目なんだ。」 セリフだけ見ればなんて甘い言葉なんだろう! その美貌も相まってどんな女でも確実にコロッといっちゃいそうだけど文脈が物騒すぎて嫌な予感しかしません。 愛の告白的なものでない事はコーラを飲んだらゲップが出るくらいに確実です。 しかし無下に断る事ができずダンテの言葉に耳を傾ける。 紅茶を入れるお湯が沸騰するまでの間にダンテが語ったことをまとめると。 いわく今日も今日とて悪魔退治を依頼されて行ってきたらしい。内容は絵にとりついた悪魔を祓うこと。 けれど依頼主が悪魔を刺激してしまい警戒され絵に閉じ籠もってしまっていた。 仕方がないから絵ごと破壊しようとしたら依頼主に涙ながらに止められてしまったらしい。当たり前だ。 「断っちゃダメなんですか?」 「悪魔が絡んでる以上尻尾を巻いて逃げる理由はないな。」 口調はいつも通り軽くてもダンテの瞳にはいつもと違う剣呑な光が宿っている。 ―――悪魔から逃げ出すわけにはいかない、悪魔を逃がすわけにはいかない。 そうとでも言いたげな彼はまるで悪魔を憎んでいるようだ。 (だとしたらダンテは悪魔じゃない・・・?いや、同族嫌悪という線もあるか・・・) わからない。全くもってダンテという生き物が理解できない。 そもそも判断するにはあまりにも情報が不足しているんだ。だから彼が見えてこない。 この深い霧の奥に潜むのは魔物か、それともただの親切な人間か。 「まぁ、つまり私が囮になれって事ですね。」 「理解が早くて助かる。頭がよくて柔らかい女はモテるぞ。」 「モテた記憶もないし文脈的に判断すればわかりますよ・・・あと自分のこと自覚してますから。」 無論、理解はしても命綱なしで樹海に入るような真似を私が好むはずもない訳で。 嫌だと突っぱねてやりたいがそれは養ってもらっている立場の人間としてはどうだろう。 「でも向こうは警戒してるんでしょう?私が行ったところで釣れるかはわかりませんよ。」 「釣れるさ。」 言い訳を重ねる私の紅茶を差し出した手を掬い、唐突にダンテの唇が私の指先を食んだ。 固い歯の感触と柔らかい舌の感触に一瞬意識が飛びかける。 あ、視界が白くなった。 「え、ちょっ、ええ!?何してんの!!!?あ、あたま大丈夫!!?」 色気のない私の悲鳴を余所にダンテの唇から赤い舌先がちろりと覗いた。 男とは思えない壮絶な色気に今度こそ本格的に気絶してしまいそう。いや、してしまいたい!いっそラクにしてくれ!! 「我慢できなくなるからさ。」 「・・・・・・・・っ!!」 こ の ま ま 食 べ ら れ る ! ? 全ての神経と意識が一瞬ビリヤードに置かれた銃に向けられた。 何で、人間が悪魔の気持ちなんか理解できるの?悪魔を殺す立場だから詳しいの!? ダンテも私に対して我慢が出来なくなってるってこと?あ、もちろん悪い意味で!やっぱり悪魔!!? ぐるぐると沸騰する頭の中で疑問と恐怖と羞恥心が奇妙なダンスを踊り始める。 曲調は狂ったように激しい曲。否、狂っているのは私の方!頭がおかしくなりそう!! 恐らくこの世でもっとも不細工な彫像に対して薄氷色の美しい瞳が悪戯っぽく笑い、ちゅっと濡れた音と共に私の指先が解放される。 視覚・触覚だけでなく鼓膜まで刺激されて更なる奇声が口の端から漏れる。 けれど何でそんな事が分かるのかと叫ぶ事だけはなんとか思いとどまった。 心臓はまだばくばくと音を立てるのに忙しい。 当の本人は大量の砂糖をコーヒーに投入するのに忙しい。って何やってんだこの人! 「あ、あの、う、うええ、えっと、あー・・・ちょ、ちょっと待って、落ち着きます。あー・・・」 「別に口にしてるんじゃないんだからそんなに慌てなくてもいいだろ?」 「すいませんねー免疫が無いんですよ!」 大きく息を吸ったり吐いたりして呼吸を落ち着かせようとする、が、ちっとも意味がない。どうしよう! ダンテは全然しれっとしてて普通だから自分がアホみたいだけどそんな事はないはず。え、ここ怒るとこ?殴ってもいいの? 彼を見てると自然と唇に目がいって全力で視線を宇宙へ逸らす。駄目だ、死のう!死因は恥ずかしさでいい!! (違うから!恋人同士の睦言とかそういうんじゃ絶対ないから!!しかもダンテ手慣れてたし!!! ああもう、いっそこのまま床に穴でも掘り下げて潜んでしまおうか!ギブミー穴!!) ―――――ああ、でも。 けれどその昂揚感も一つの答えに急速に冷え込んでいく。 荒かった呼吸が正常化され、赤かった顔が平常化され、いつも通りの私に戻る。心臓以外は。 「い、いですよ。お世話になってますから、当然です。」 そうだ、当然だ。私に他に選択肢がないから当然の答えだ。 絞り出すような声で、でもできるだけ平坦な口調で自分の命を悪魔に差し出した。 絵に憑依した悪魔と目の前にいる美しい悪魔とに平等に。 「ご安心を。お姫様はちゃんとお守りいたします。」 「姫は止めてください・・・恥ずかしいんで。」 芝居かかったセリフに苦笑し、自分もコーヒーで苦い想いを流し込む。 ―――どうせこの人は初めから私の命を握っているようなものなんだ。 だから今回もし死んでしまったとしても、 (それは私が悪魔に殺されるか近い将来ダンテに殺されるかの違いだけ。) 気付けば私の指は祈るように組まれていた。 ―――誰に無事を願えばいいのかだなんていう答えは明白だった。 NEXT→ ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- あとがき。 コーヒーが・・・未だに・・・・飲めない・・・・・・(現在20歳 ミルク2つ入れてガムシロ2つ入れたけど無理だった・・・・もう紅茶と青汁牛乳に生きるしかない。 ダンテって銃のコレクションとかしてないかなー。 魔具とか手元に置いてるならしてるかと思って銃もいくつか持ってる設定で。 えー、アレです。ダンテとの仲も冷え切っていてつまらなくてすみません。 いつも「これって誰得?」とか思いながら書いてます。読んでくださって本当にありがとうございます。 そろそろ仲直り的なものをしますのでもやもやしてる方はそれですっきりしていただきたいです。 二人の距離間とか、主人公の被害妄想的なものとか。でもコレしっかり書きたかったんだ・・・!自己満足で申し訳ない。 一応口直しにちゃんとお色気シーン入れましたがどうですか。 実際こんな事されたら訴えてもいいレベルなのに、美形は特権ですね。すごーいや。 2009年 8月11日執筆 八坂潤